一二二、王子の決意
一二二、王子の決意
ソリム国王都ローナの東側側の郊外に在る“モルモ新聞社"の応接室で、ネイル達は、レーア国への視察と王子ラックスの帰還について、話し合って居た。
「私の情報によると、レーア国では、王族不在の為、暫定的だが、宮廷魔導師のサリア様と騎士団長のブレーク様が、代理を為されて居るそうだ」と、モルモが、語った。
「王子様。一先ず、帰られては、如何ですかな?」と、ターカルが、進言した。
「しかし、謀反人達を前にして、父上と母上を見捨てた身だ。民達が、受け入れてくれるかどうか…」と、ラックスは、溜め息を吐いた。臆病者を、民衆が受け入れてくれる訳が無いと思うからだ。
「しかし、あれは、不意討ちみたいなものでしょ? 気に病む事なんて無いと思いますわよ!」と、フリデンが、意見を述べた。
「しかし、逃げた事に変わりは無い!」と、ラックスは、仏頂面で言った。他力本願で、国が戻ったとしても、自分の権力の及ばない他国同然だからだ。
「この国も、先日、二人の家臣と思って居た者に、乗っ取られるところでしたわ」と、ジェリアが、口を開いた。そして、「この国を救って下さったのは、他所者のネイル様ですよ」と、告げた。
「ええーっ!!」と、フリデンが、信じられない面持ちで、素っ頓狂な声を発した。そして、「ネイル、やるわね…」と、感心した。
「た、偶々さ」と、ネイルが、謙遜した。
「私は、ネイル様のお陰で、こうして、この国の王女として居られるのです。ラックス様も、あなたのお父様達を見捨てたなんて、思わないで下さい。邪な輩が、このような事態を招いた結果なのですからね」と、ジェリアが、熱っぽく語った。
「そうですよ。わしも、何の役にも立っ居りません。しかし、城勤めをさせて頂いてます」と、ターカルも、口添えした。
「でもよ! あんたらは、何もしないで、元の身分で居られるけど、俺らは、その裏切り者共が居なくなっても、全然、暮らしは良くなっていないぜ」と、ダンパンが、口を挟んだ。
「うんうん」と、アレマも、すかさず頷いた。
「先日の騒動の所為で、寧ろ、あたいらの生活は、悪い方へ向かってるよ!」と、作業着姿のウルフ族の娘も、ぶっきらぼうに、補足した。
「君達。ジェリア様に、文句を言っても、仕方が無いだろう」と、モルモが、窘めた。そして、「手伝いをして居らんくせに、文句を言うな!」と、叱った。
「くっ…!」と、ダンパンが、歯嚙みした。
「ははは…。私も、耳が痛いよ…」と、ラックスも、苦笑した。自分が、怠けているように聞こえるからだ。
「モルモさん。あたいらだって、生活に余裕が有れば、復興の手伝いだってするさ。でも、ほとんど、無料奉仕なんだから、それを手伝わないからって、そんな言い方は無いだろ?」と、作業着姿のウルフ族の娘が、意見した。
「む! それは、初耳じゃぞ!」と、ターカルが、語気を荒らげた。
「どうやら、何者かが、抜き取っているようだな」と、ネイルも、同調した。
「そうね。まあ、他人の上前をハネて、自分の懐に入れちゃう奴が居るのよねぇ〜」と、フリデンも、補足した。
「そ、そうなんですか…」と、ジェリアが、目を瞬かせた。
「う〜む。わしらは、身分が知れ渡って居るから、何処のどいつが、やっているのか、見当が付かんな」と、ターカルが、歯軋りをした。
「ターカル様。そこら辺は、我々に調べさせて貰えませんかな?」と、モルモが、申し出た。
「そうじゃな。この街の情報通ならば、問題無いじゃろう」と、ターカルが、力強く頷いた。
「モルモさん。俺らにも、手伝わせて下さい!」と、ダンパンが、やる気を出した。
「あたしも、協力するよ。他人の不幸に乗じて、甘い汁を吸っている奴を放って置く訳にはいかないからね」と、アレマも、意気込んだ。
「そうね。あたいらの取り分を着服されていると思ったら、何だか、腹が立って来た!」と、作業着姿のウルフ族の娘も、憤慨した。
「一応、責任者辺りから調べるべきかもね」と、フリデンが、助言した。
「確かに」と、ネイルも、相槌を打った。
「でも、他人を疑うのは…」と、ジェリアが、逡巡した。
「ジェリア様は、そのままで宜しいのです」と、ターカルが、告げた。
「そうです。こういう汚れ仕事は、俺達の役目なのですから」と、ネイルが、口添えした。
「しかし…」と、ジェリアが、表情を曇らせた。
「私も、奸物を見過ごせない性格ですので、ご助力をさせて頂きたい」と、ラックスも、志願した。ソリム国では、一介の旅人なので、何ら不都合は無いからだ。
「それでは、ラックス様の帰国が、遅くなります…」と、フリデンが、意見した。
「このまま、手ぶらで帰っては、格好が付かん。土産話の一つでも、持って帰らせてくれ」と、ラックスは、頭を下げた。何かしらの役に立ちたい気分だからだ。
「フリデン。ラックス様に、恥を掻かせるのか?」と、ネイルが、口を挟んだ。
「わ、分かったわよ! まあ、あたしは、雇われの身ですから、雇い主には逆らえませんからね!」と、フリデンが、投げやりに、承諾した。
「ははは…。私の我儘に付き合わせて、すまんな…」と、ラックスは、詫びた。他国であれ、奸物を放って置いて帰るのは、無責任な気がするからだ。
「もう! 今回だけですよ!」と、フリデンが、腕組みをしながら、むくれた。
「ラックス様。フリデンは、面倒見の良い“姉"みたいな者です。頭ごなしに、反対している訳じゃないので…」と、ネイルが、補足した。
「うむ。今回の件は、フリデンのお陰で、相当、助けて貰ったよ。帰国が適ったら、恩を返させて貰うつもりだよ」と、ラックスは、考えを述べた。フリデンの働きにより、こうして生き延びられて居るからだ。
「お、王子様…」と、フリデンが、目を伏せた。
「多分、俺とジェリア様とターカル様は、バレているから、犯人達は、正体を現さないだろうな」と、ネイルが、口にした。
「そうですね。ターカルが、通りの真ん中で、大声を出すから…」と、ジェリアも、溜め息を吐いた。
「あ、あれは、その…」と、ターカルが、口ごもった。
「犯人捜しは、あんたらの仕事じゃないぜ。まあ、悪い事をする場所ってのは、人目に付かない所でやるもんだしな」と、ダンパンが、仄めかした。
「そうね。それに、あんたらは、普段通りにして居てくれれば、あたいらも、動き易いってもんよ」と、アレマも、口添えした。
「そうそう」と、作業着姿のウルフ族の娘も、頷いた。
「私が、連絡役をするとしよう。役人は、ダンパン達の言葉には、耳を貸しちゃあくれないからなねぇ」と、モルモが、申し出た。
「私とフリデンは、酒場で、情報収集でもするかな。流しの吟遊詩人の体ならば、少しは、怪しまれないだろう」と、ラックスは、告げた。一応、吟遊詩人の身形なので、酒場ならば、目立たないと思うからだ。
「ラックス様。お酒は、駄目ですよ」と、フリデンが、即座に忠告した。
「勿論だよ」と、ラックスは、苦笑いした。
「あの酒場が、一番良いですかね」と、ネイルが、示唆した。
「うむ。城の近くじゃから、何かと都合が良いじゃろう」と、ターカルも、賛同した。
「あの場所は、ここからでも、丁度の距離だし、ダンパン達が出入りしても、違和感は無いだろう」と、モルモも、同意した。
「俺は、てっきり、鍵盤亭の方かと思ったぜ」と、ダンパンが、口にした。
「あの品の無い女主人のやっている店か…」と、モルモが、ぼやいた。
「あたしも、あの女主人は、ちょっと…」と、アレマも、顔を顰めた。
「そうそう。男に飢えたような色目が、露骨過ぎるのよね」と、作業着姿のウルフ族の娘も、憎々しげに、補足した。
「そこだったら、俺が、担当しても良いぜ」と、ダンパンが、鼻の下を伸ばしながら、申し出た。
「あそこの女主人に、気に入られているからでしょ!」と、アレマが、つっけんどんに、指摘した。
「そうそう」と、作業着姿のウルフ族の娘も、相槌を打った。
「ダンパン。どうせなら、給仕員として、潜入しては、どうかね?」と、モルモが、提案した。
「う〜ん」と、ダンパンが、難色を示した。
「あんた。あの店に、未払いが溜まっているみたいじゃない。その内、何処かへ売り飛ばされちゃうかもね」と、作業着姿のウルフ族の娘が、淡々と言った。
「ああいう女って、表と裏を使い分けて居るのよねぇ〜」と、アレマも、口添えした。
「ま、まさかな…」と、ダンパンが、表情を強張らせた。
「何なら、私が、その店へ行っても構わないが…」と、ラックスは、口を挟んだ。ダンパンの代役でも構わないと思ったからだ。
「王子様。もしも、連中の密会場所だったら、店内では、手の内を見せないでしょうね。それに、懐柔する為に、あの手この手を使って来ると思いますよ」と、モルモが、憶測を述べた。
「私の存在が、邪魔となる訳か…」と、ラックスは、眉根を寄せた。自分が行くと、“目立つ"とまでは、考えていなかったからだ。
「まあ、ラックス様のような端正な顔立ちの方ですと、勘繰られる可能性も有りますからね」と、フリデンが、したり顔で、言った。
「確かに、粗野な連中しか出入りしないから、王子様のような優男は、悪目立ちするな」と、ダンパンも、助言した。
「そうね。あの女主人、店の名前の通り、“鍵盤"を自慢するだけで、弾いているところを見た事何て無いわよ」アレマが、補足した。
「そう言えば、そうだな。つーか、何処に、“鍵盤"が在るんだよ?」と、ダンパンが、怪訝な顔で、尋ねた。
「店の奥で、花瓶やら酒瓶を置いてる台だよ」と、作業着姿のウルフ族の娘が、回答した。
「ああ。あれかぁ~。何か、邪魔な台だとは思って居たんだよなぁ〜」と、ダンパンが、納得した。
「鍵盤を、そんなに雑に扱うとは、勿体無い…」と、ラックスは、頭を振った。高価な楽器だからだ。
「まあ、音楽とは無縁だから、弾くのを止めて、路線変更したのかもな」と、ダンパンが、淡々と言った。
「そうそう」と、アレマも、頷いた。
「あたしは、金槌の音も、鍵盤の音も、同じだと思っているからねぇ〜」と、作業着姿のウルフ族の娘が、豪放磊落に言った。
「そうそう。何でも、質よりも量だからね」と、アレマも、口添えした。
「大体、俺の借金は、ハンナの飲み代なんだからな」と、ダンパンが、ぼやいた。
「だって、あそこの酒って、値段の割に、水みたいな味しかしないんだぜ。まあ、ダンパンが、女主人に、“お熱"を上げて居る間、付き添い料として、飲ませて貰って居るから、問題を起こさないだけだよ」と、ハンナが、理由を述べた。
「完全に、“カモ"られているわね」と、フリデンが、指摘した。
「そうだな。すでに、向こうの“術中"に嵌っているな」と、モルモも、同調した。
「ダンパン、ハンナ。女主人は、借金漬けにして、何かをさせようって魂胆かもね」と、アレマが、心配した。
「かも知れないな」と、ネイルも、口にした。そして、「どうせなら、借金返済の面目で、二人が、女主人に、直談判ってのは、どうだろうか?」と、提案した。
「その方が、女主人に伝わりそうじゃのう」と、ターカルも、賛同した。
「ダンパン、嘘が下手だからなぁ〜」と、アレマが、ぼやいた。
「う、うるせぇ!」と、ダンパンが、怒鳴った。
「あたしが、頭を下げて、頼み込んでやるからよ。安心しな」と、ハンナが、自信満々で、力強く言った。
「ハンナって、工房で、一番、口が巧いもんねぇ」と、アレマが、補足した。
「口が巧いって、まるで、詐欺に掛けているような物言いじゃないか!」と、ハンナが、気分を害した。
「あたいが言いたいのは、ハンナの話術は、耳障りが良いって言いたいんだよ」と、アレマが、理由を述べた。
「ふん。どうだろうかねぇ」と、ハンナが、満更でもないという感じで、口元を綻ばせた。
「やれやれ。外は、もう暗くなっておるじゃないか」と、ターカルが、口にした。
「もう、城門は、閉まっているでしょうね」と、ジェリアが、眉根を寄せた。
「そうですな。今日は、何処かの宿で、休むとしますかな?」と、ターカルが、淡々と言った。
「そうですね」と、ジェリアも、同意した。
「御二人共、城へ戻れますよ」と、ネイルが、示唆した。
「ネイル殿、抜け道の事でしょう?」と、ラックスが、口を挟んだ。城門以外の入口ともなると、脱出用の抜け道しか考えられないからだ。
「ええ」と、ネイルが、頷いた。そして、「流石は、王族の方ですね」と、言葉を続けた。
「ネイル、当たり前の事を言わないのっ」と、フリデンが、指摘した。
「ははは…」と、ネイルが、苦笑した。
「フリデン。我々も、宿探しの途中だったな」と、ラックスは、にこやかに言った。宿探しの途中で、ネイル達と合流して、まだ、宿泊先が決まっていないからだ。
「そうですね。御城に泊めて頂く訳にもいきませんし…」と、フリデンも、深刻な顔をした。
「うちで良ければ、休んでくれて構わんよ」と、モルモが、申し出た。そして、「御二人を危険な目に遭わせちゃあ、何を言われるか、分からんからな」と、眉根を寄せた。
「私は、構わんが…」と、ラックスは、フリデンへ、視線を向けた。気を遣わせてばかりだからだ。
「あたしに、異存は有りませんわ。ラックス様の仰せのままに…」と、フリデンも、同意した。
「だそうだ」と、ラックスは、返答した。そして、「宜しく頼む」と、一礼した。
「そ、そんな! 勿体無い!」と、モルモが、畏まった。
「ダンパン。今から、“鍵盤"へ行ってみるかい?」と、ハンナが、尋ねた。
「明日からにしようぜ。モルモさんらも、準備が要るだろうからな」と、ダンパンが、頭を振った。
「確かに、一刻も早く決着を付けるべきだが、すぐに実行とは、頂けないな」と、モルモも、難色を示した。
「見切り発車みたいなもんだし、情報収集が、最優先だな」と、ネイルも、意見を述べた。
「ダンパン。あんただけ先走っても、駄目って事ですよ。足並みを揃えなきゃ」と、アレマも、口にした。
「もう一人、そそっかしい娘が居るんだけどな」と、ラックスは、フリデンを一瞥した。フリデンも、先走る性格だからだ。
「確かに」と、ネイルも、口元を綻ばせた。
「ふ、二人共。何よ!」と、フリデンが、反応した。
「先走るのは、若者の特権じゃ。フォッフォッフォ」と、ターカルが、目を細めた。
間も無く、一同は、解散するのだった。




