一一六、ルセフとワケキューレ
一一六、ルセフとワケキューレ
ゲロービス達が、森の奥へ救援に向かって行き、ルセフとワケキューレだけとなった。
「ワケキューレ殿。私と居ても、退屈なのでは?」と、ルセフは、気遣った。自分と居たところで、何も起こらないからだ。
「お主、気付いて居らんのか?」と、ワケキューレが、口にした。
「まさか、デヘルの刺客でも?」と、ルセフは、身構えた。気配を感じないが、用心に越した事はないからだ。
「いや。性質の悪い奴じゃ」と、ワケキューレが、厳かに言った。
「魔族のような者でしょうか?」と、ルセフは、怪訝な顔で、問うた。人外の種族と思ったからだ。
「うむ。しかも、パーサーと同じような感じじゃ」と、ワケキューレが、回答した。
「だとすると、茶女悪魔か、茶変魔くらいの奴ですかねぇ」と、ルセフは、名を挙げた。色仕掛けをする魔族と言えば、この二種族くらいだからだ。
「そろそろ、姿を現さんかっ!」と、ワケキューレが、怒鳴った。
「お子ちゃまにしては、鋭いわねぇ」と、甘ったるい声がした。
少し後れて、「マセてるからじゃねぇのか?」と、男の声が、口添えした。
「姿を見せんかっ!」と、ワケキューレが、誰も居ない所へ、突撃した。
間も無く、背の高い下着のような格好の髪の長い女と股間だけを葉っぱで隠している全裸の男が、出現した。
「ったく! 危ないわねぇ!」と、髪の長い女が、ぼやいた。
「まさか、俺らの位置がバレるなんてな…」と、葉っぱの男も、信じられない面持ちで、口にした。
「ふん。わしは、お前らの悪意を感じ取れるんで、判るんじゃよ!」と、ワケキューレが、したり顔で、告げた。
「そうかい。中々、良い物が作れそうだな」と、葉っぱの男が、舌なめずりをした。
「まさか、あやつよりも、変態が居るとは…」と、ワケキューレが、ドン引きした。
「あたしは、そこの美形の男で、鞭を作っちゃおうかなぁ〜」と、髪の長い女も、口元を綻ばせた。
「う〜ん。私も、まだ、やらねばならぬ事が有るので、君の願いを聞き届ける訳にはいかんな」と、ルセフも、頭を振って断った。デヘルの手から、王都を取り戻さなければならないからだ。そして、「どうしても、戦うと申すのであれば、お相手するよ」と、微笑んだ。不本意でも、危害を加えて来る者とは、戦う覚悟が在るからだ。
「フフフ。益々、あなたを支配したくなったわぁ〜」と、髪の長い女が、鼻を鳴らした。
「チャキュバス。先日も、調達したばかりじゃねえかよ!」と、葉っぱの男が、指摘した。
「先日と言っても、一〇〇年近く前の話でしょ
!」と、チャキュバスが、語気を荒らげた。
「お、お前ら、何歳何じゃ…?」と、ワケキューレが、愕然とした。
「そうねぇ。魔王様が封印されて、一〇〇年くらい彷徨って居たかしらねぇ」と、チャキュバスが、語った。
「魔王が封印されたのは、五〇〇年前の話だぞ!」と、ルセフは、口を挟んだ。二人の会話には、四〇〇年の誤差が有るからだ。
「“神魔大戦”って、一〇〇年前でしょ?」と、チャキュバスが、眉を顰めた。
「人間とは、数もちゃんと数えられない下等種族なんだから、間違ってても、おかしくないさ」と、葉っぱの男が、上から目線で言った。
「そうだねぇ~。精々、あたし達の道具の素材でしかないからねぇ」と、チャキュバスも、冷ややかに、同調した。
「なるほど。ひょっとすると、あの変態と同じような“時渡り”をやったのかも知れんのう」と、ワケキューレが、仄めかした。
「確かに、パーサーの話と似ているな」と、ルセフも、同調した。パーサーも、旅に出て数日間しか経過していないと語っていたからだ。
「時渡り? いやいやいや。それは無いだろう。一〇〇年もの間、茶害村の領域から出て帰れんのだからな」と、チャキュバスが、口にした。
「つまり、森に迷い込んだ者を、道具の素材にしていたという事なのか?」と、ルセフは、尋ねた。行方不明になった者達が、二人の餌食になっていると考えられるからだ。
「まあ、そういう事だな。茶害村へ、一〇〇年も、戻れないから、人間共を食い物にさせて貰っただけだぜ」と、葉っぱの男が、理由を述べた。
「どうやら、この森で、色んな事が、起こり始めておるようじゃな」と、ワケキューレが、眉間に皺を寄せた。
「そうだな。多分、二人の申す事も正しいと思う」と、ルセフも、頷いた。二人が、嘘をついているようにも見えないからだ。そして、私に、一つ考えが在るのだが…」と、提言した。妙案が、閃いたからだ。
「人間風情が、俺らに、何をやらせようってんだ?」と、葉っぱの男が、凄んだ。
「やるか、やらんかは、話を聞いてからでも良かろう」と、チャキュバスが、興味を示した。
「私に協力してくれるなら、茶害村への帰還を手伝っても良いぞ」と、ルセフは、告げた。魔族の者達ならば、人数の少なさを、多少は補えると思うからだ。
「茶害村への帰還ねぇ〜」と、チャキュバスが、溜め息を吐いた。
「俺らが、一〇〇年も、戻れないってのに、こいつらが、出来る訳がねえ!」と、葉っぱの男が、語気を荒らげた。
「それだけじゃないぞ」と、ワケキューレが、口を挟んだ。そして、「お前達の欲しい人間も、殺り放題じゃぞ」と、言葉を続けた。
「ああ。我々以外で、武装している奴や茶竜に乗った者なら、どんなに殺っても構わないよ」と、ルセフも、口添えした。デヘル兵を、どのような手を使ってでも、排斥したいからだ。
「茶竜に乗った奴って…」と、葉っぱの男が、日和った。
「悪い条件じゃないわね。あたしらに、そのような話を持ち掛けるって事は、あんたらも、それだけ厳しいって事なのね」と、チャキュバスが、口元を綻ばせた。
そこへ、覇偈達が、戻って来た。
「王子! 御無事ですかっ!」と、ラオスが、問うた。
「どうやら、俺らは、嵌められたみたいっすよ!」と、葉っぱの男が、喚いた。
「皆の者! ちょっと待て!」と、ルセフは、大声で制した。同士討ちになってしまうからだ。
「チャンプ、静かにおし!」と、チャキュバスが、窘めた。そして、「茶悪魔を倒すくらいの奴らと戦って、無傷では済まないよ!」と、補足した。
「そうみたいだな…」と、チャンプも、聞き入れた。
その間に、ラオスが、寄って来るなり、「王子。この者らは、何者なんですか?」と、尋ねた。
ルセフは、経緯を説明した。
しばらくして、「女性の方は、ともかく。葉っぱ一枚の男は…」と、パーサーが、腕組みをした。
「お前には、言われたくないわ!」と、チャンプが、怒鳴った。
「どっちも、どっちじゃ…」と、ワケキューレが、嘆息した。
「私は、好きで、こんな格好をしている訳ではない!」と、パーサーが、語気を荒らげた。
「どうだかな」と、チャンプが、薄ら笑いを浮かべた。
「それは、ともかく。王子、“茶害村”を本気で探す気なんですか?」と、ラオスが、表情を曇らせた。
「うむ。約束は、約束だからな」と、ルセフは、真顔で返答した。
「王子。目的の為と言えども、少々、気乗りしません」と、パーサーも、難色を示した。
「拙者は、王子に賛成でござる。頭ごなしに反対するのは、如何なものかと思うでござる」と、覇偈が、意見を述べた。
「そうだぜ。王都を取り戻すのなら、この二人の力を借りるべきだと思うぜ」と、ゲロービスも、口添えした。そして、「今は、人を選んでいる余裕は無いと思うんだがな」と、補足した。
「埴猪口にしては、中々、良い事を申すのう! 手段を選んで居ては、成就せんからのう」と、ワケキューレも、同調した。
「まあ、向こうには、茶竜やら岩人形とかで、不意討ちをして来たんだし、今回は、色んな者の助力を借りるしかないだろう」と、ルセフは、淡々と言った。贅沢を言える立場ではないからだ。
「しかし、仲間を殺った連中と共闘するのは…」と、ラオスが、歯嚙みした。
「おいおい。茶悪魔は、俺らの種族からしたら、下等な奴だぜ」と、チャンプが、口を挟んだ。
「あいつは、戦闘力は高いんだけど、弱い奴にしか突っ掛からないのよねぇ」と、チャキュバスが、溜め息を吐いた。そして、「誰か、あいつに追い掛けられたんじゃないのかい?」と、問うた。
「あ…」と、パーサーが、表情を強張らせた。そして、「私の所為だな…」と、言葉を詰まらせて、俯いた。
「団長、わざとじゃないんですから、気にしないで下さい」と、ラオスが、執り成した。
「茶悪魔は、茶害村の番を任されている下級魔よ。こんな森を彷徨くのは、おかしいわね」と、チャキュバスが、訝しがった。
「そういうものなのか?」と、パーサーが、小首を傾いだ。そして、「森の中を歩いて居たら、偶々、遭遇しただけの話だがな」と、苦笑した。
「もしかすると、五〇〇年前の封印が、解け掛かっているのかも知れないな」と、ルセフは、眉間に皺を寄せた。城の地下の封印が解け掛けて、おかしな現象が、起こり始めているのかも知れないからだ。
「私の考えでは、魔王“カドタロト”ではないだろうか?」と、パーサーが、どや顔で、考えを述べた。
その瞬間、「茶害村の“魔王”様じゃないですかっ!」と、チャキュバスが、素っ頓狂な声を発した。
「一〇〇年前に、封印された魔王様じゃんかっ!」と、チャンプも、驚愕した。
「私の祖先と勇者一行が、死闘の末に、封印したと伝えられています」と、パーサーが、胸を張って、声高に言った。
「何か、腹立つ!」と、ワケキューレが、イラッとなった。
「確かに」と、チャンプも、同調した。
「まあまあ…」と、ゲロービスが、宥めた。
「王子。封印が解けたら、どうなるか、判りませんよ」と、ラオスが、冴えない表情で、困惑した。
「そうだな。これで、すべき事が決まったな」と、ルセフは、示唆した。王都へ向かう事が、最優先となったからだ。そして、「場合によっては、敵を増やす事になるかもな…」と、溜め息を吐いた。魔王とデヘルを相手にするという最悪の事態も、考えられるからだ。
「王子、作戦会議としましょう」と、ラオスが、進言した。
間も無く、一同は、輪になって、作戦会議を始めるのだった。




