一一〇、おっさん騎士パーサー
一一〇、おっさん騎士パーサー
身支度の最中のルセフの居る天幕の前へ、中年で、ピンクのハート柄の下着一丁の男が、現れた。そして、出待ちをして居た覇偈達の所へ駆け寄った。程無くして、ワケキューレへぶつかるなり、勢い余って、覆い被さるように、倒れ込んだ。
「おっさん、何者だ!」と、ゲロービスが、怒鳴った。
「デヘルの刺客でござるかっ!」と、身構えた。
「お前達! この変質者を退けろ!」と、ワケキューレも、喚き散らした。
「わ、私は、変態じゃない! こ、子供になど興味は無い!」と、下着一丁の男は、即座に否定した。単純に、事故のようなものだからだ。そして、慌てて、飛び退いた。
少し後れて、ルセフが、簡易天幕から出て来た。そして、「どうしたというのだ?」と、尋ねた。
「そこの半裸の者が、ワケキューレ殿を、襲おうとして居たのでござる」と、覇偈が、事情を説明した。
「見る限り、見境無さそうだな」と、ルセフも、見解を述べた。
その直後、「このド変態め! “神の子”であるわしを辱めようとは! 覚悟は出来て居ろうな!」と、ワケキューレが、剣先を向けた。
「そ、そんなつもりは…」と、下着一丁の男は、両手を上げながら、表情を強張らせた。単に、ワケキューレの存在に気が付かなかっただけだからだ。
そこへ、「ルセフ様! 敵襲ですかな?」と、ラオスが、現れた。次の瞬間、「あ、あなたは…!」と、両目を見開いた。
「お前さんは、ラオスか?」と、下着一丁の男は、問うた。老けてはいるが、騎士団を抜ける前の面影が在ったからだ。
「そ、そうです! パーサー団長!」と、ラオスが、間髪容れずに、返事をした。そして、「どうして、そのような格好で…?」と、眉を顰めた。
「私にも、何が何やら…」と、パーサーは、苦笑いをした。旅に出たのは、数日前の事なのに、まるで、数年以上も経過している様相だからだ。
「サングン様が、魔物に連れ去られたとかで、騎士団を抜けられましたので、団長の席は、まだ、空席ですよ」と、ラオスが、冴えない表情で、語った。
「いやぁ〜。すまん、すまん。私も、気が動転していたものでな。結局、見失って、戻る際に、茶色い空を自在に飛び回る魔物に襲われて、この様だよ」と、パーサーは、溜め息を吐いた。命からがら、彷徨っていたら、この場へ行き着いたからだ。
「団長が戻って来たので、心強いですよ!」と、ラオスが、嬉々とした。
「何処かの国と、戦でもしているのか?」と、パーサーは、怪訝な顔で、尋ねた。自分が
旅立った時は、良好な関係が築かれていたからだ。
「はい。実は…」と、ラオスが、昨日のデヘル侵攻から語り始めた。
しばらくして、「じゃあ、王都は、デヘル軍に占拠されている訳か…」と、パーサーは、眉間に皺を寄せた。王都の陥落など、予想だにして居なかったからだ。
「パーサーよ。私の助力となって貰えないかな?」と、ルセフが、要請した。
「そうですね。王子に頼まれちゃあ、男が廃るってもんですよ。協力しましょう!」と、パーサーは、快諾した。国の存亡の危機を、私的な理由で、見捨てる訳にもいかないからだ。
「わしは、反対じゃ!」と、ワケキューレが、異を唱えた。
「どうやら、先刻の事を根に持っているみたいだな」と、ゲロービスが、溜め息を吐いた。
「あれは、ワケキューレ殿に、故意にぶつかった訳じゃないでござる」と、覇偈も、口添えした。
「いや。その破廉恥な格好で、わしにぶつかって来たというのは、確信犯じゃ」と、ワケキューレが、頭を振った。
「それは、誤解だ! 人相の悪い茶色い蝙蝠の翼を持った魔物から逃げて来たんだよ!」と、パーサーは、訴えた。鎧を砕かれて、逃げるしかなかったからだ。
「では、その魔物とやらは、何処じゃ? 嘘をつくのも、大概にせえ!」と、ワケキューレが、語気を荒げた。
その直後、「うわっ! デヘルの敵襲かっ!」と、奥の方で、騎士の声がした。
「おい! 一撃で、骨になったぞ!」と、別の怒号がした。
「どうやら、私を追って来たようだな…」と、パーサーは、顔を顰めた。まさか、ここまで来るとは思いもしなかったからだ。
「戦力を削られん内に、急ごう!」と、ラオスが、口にした。
「奴の飛行能力は、半端じゃない! 皆に、協力して欲しい!」と、パーサーは、頭を下げた。独りで倒せる相手ではない強敵だからだ。
「わしは、変態を手伝うのは嫌じゃ!」と、ワケキューレが、ごねた。
「おれは、協力するよ。ここで、厄介になる身だからな」と、ゲロービスが、告げた。
「拙者も、王子には、恩義が在るので、助太刀するでござる」と、覇偈も、申し出た。
「それは、助かる! 二人でも、心強い!」と、パーサーは、笑みを浮かべた。協力を得られないと思ったからだ。
「まあ、ワケキューレは、気分屋だし、機嫌を取る方が、魔物と戦うよりも、厄介かもな」と、ゲロービスが、口にした。
「確かに、後ろから刺されそうなくらいの殺気を感じるな…」と、パーサーも、苦笑した。先刻の事を許していない気配を感じて居るからだ。
「ゲロービス殿。この剣を貸そう」と、ルセフが、右手で、装飾の施された騎士剣を差し出した。
「王子っ! その剣はっ!」と、ラオスが、目を見張った。
「宝剣“黄者の剣”ではありませんかっ!」と、パーサーも、素っ頓狂な声を発した。王族にしか帯刀の許されていない“国宝”だからだ。
「私に、丸腰の者を行かせろとでも言うのか?」と、ルセフが、冷ややかに言った。
「いえ…」と、二人が、即座に、口を噤んだ。
「では、ありがたく使わせて頂きます…」と、ゲロービスが、恭しく両手を伸ばした。
「王子。その前に、私めに、御渡し下さい」と、パーサーは、要請した。宝剣を手放さなくても良い方法を思い付いたからだ。
「何だ?」と、ルセフが、直前で、パーサーへ差し向けた。
「まさか、あんたが使うってのか?」と、ゲロービスが、口を尖らせた。
「ちょっと、待て!」と、パーサーは、右手で、宝剣を持った。そして、「王子、ありがとうございます」と、放した。これで、準備完了だからだ。
「これで良いのか…?」と、ルセフが、冴えない表情をした。
「ええ」と、パーサーは、頷いた。その直後、「はっ!」と、気を吐いた。次の瞬間、右手には、宝剣が握られていた。そして、「ほらよ」と、何食わぬ顔で、ゲロービスへ差し出した。
「あ、ああ…」と、ゲロービスが、呆けた表情で、受け取った。そして、剣を抜くなり、黄色い刀身が、姿を現した。
「これが、我が家に伝わる魔具の能力“複製の指輪”の力でございます」と、パーサーが、告げた。国宝の複製は、御法度だが、今は緊急事態だからだ。
「噂には、聞いていたな」と、ルセフが、納得した。そして、「今は、一振りでも欲しい。この騒動が済んだら、人数分を複製して欲しい」と、依頼した。
「承知しました。ならば、早く、現地へ向かわねば、騎士達が、殺られる一方ですぞ!」と、パーサーは、口にした。刻一刻と、戦力を削られているからだ。
「どうせなら、ワケキューレの剣も、複製して貰えれば良いんじゃないか?」と、ゲロービスが、提言した。
「“真剣”なら、拙者も、使えるかも知れんでござる」と、覇偈も、同調した。
「どうだ? ワケキューレ殿。協力して貰えないかな?」と、ルセフが、尋ねた。
「ふん。わしの“神剣”を、複製じゃ? やれるもんなら、やってみい!」と、ワケキューレが、憮然とした表情で、喧嘩腰に、差し出した。
パーサーは、右手で鞘を持った。その直後、「痛っ!」と、顔を顰めた。そして、「その剣は、魔具よりも、格上の業物のようだな」と、感想を述べた。理由は、判らないが、複製は不可能だからだ。
「ふん。“神の子”のわし以外に、持つ事を許さんという事じゃな」と、ワケキューレが、どや顔をした。
「なるほど。“神剣”を“真剣”と勘違いしていたでござるか…」と、覇偈が、はっとなった。
「神剣だか、何だか知らないが、俺は、お前の事を“神の子”とは思って居ないからな!」と、ゲロービスが、つっけんどんに言った。
「そう思うのは、お前の勝手じゃ。それに、わしの剣が、変態に複製されるのを拒んだのかも知れんしな」と、ワケキューレが、憎まれ口を叩いた。そして、「早う行け!」と、左手で払った。
「パーサー、急ぐとしよう! せっかくの反撃の士気が、下がってしまう!」と、ゲロービスが、急かした。
「そうだな。それに、魔物を連れて来た私に、責任が在る。この落とし前は、着けねばなるまい!」と、パーサーは、意気込んだ。魔物を誘導した責任は、自分の手で着けるべきだからだ。
「まだ、生き残っててくれれば良いのだが…」と、ラオスが、心配した。
間も無く、パーサー達は、現場へ急行するのだった。




