一〇八、危機一髪
一〇八、危機一髪
ぢゃぢゃ丸達は、アフォーリー達をやり過ごした後、三叉路の所まで戻って来た。
「ぢゃぢゃ丸、太り過ぎなんじゃないのか?」と、椪が、指摘した。
「拙者は、忍びでごぢゃる! 重たいと思うのは、気の所為でごぢゃる!」と、ぢゃぢゃ丸は、語気を荒らげた。自分では、思っているほど、太っているとは、思っていないからだ。
「おい! 静かにしろっ!」と、夏絽悶が、一喝した。そして、「先刻の破裂音から、かなり騒ついているからな!」と、補足した。
「そうだな。お前以外にも、忍びが紛れ込んでいるのかも知れんな」と、椪も、口にした。
「はて? 拙者以外の忍びと言えば、覇偈の他に知らんでごぢゃるが…」と、ぢゃぢゃ丸は、小首を傾いだ。覇偈以外の忍びを見て居ないからだ。
「その言は、後で考えるとして、早々に、加速手押し車の所へ急ぐとしよう。デヘルの連中に見つかると、面倒臭い事になるからな」と、夏絽悶が、提言した。
「そうだな。俺も、背中の荷物を、早く下ろして、楽になりたいからな」と、椪も、同調した。
「失礼な!」と、ぢゃぢゃ丸は、憤慨した。荷物扱いなのは、少々、頂けないからだ。
「だったら、自分の足で歩けるのか?」と、椪が、意地悪く尋ねた。
「う…」と、ぢゃぢゃ丸は、歯嚙みした。今の足首の状態では、立つ事もままならないからだ。
「椪殿、からかうのも大概にしておけ。奴らに見つかったら、どうなるか、判らんぞ」と、夏絽悶が、窘めた。
「ははは、へいへい」と、椪が、飄々と返答した。
間も無く、三人は、左の林道へ、速やかに曲がった。しばらくして、チャブリン達の死骸が転がっている所まで戻った。そして、繁みへ分け入り、不自然に被せられた枝葉の所に突き当たった。
「どうやら、見つかっていないようだな」と、夏絽悶が、安堵した。
「まあ、これだけ暗かったら、松明が有っても、中々、気が付かねぇだろう」と、椪も、にこやかに言った。
「それか、ここへ来るまでに、破裂音がして、引き返したとか…」と、ぢゃぢゃ丸が、可能性を述べた。枝葉を積み上げただけだから、隠すにしては、お粗末だからだ。
「まあ、何にせよ、乗り込むとしよう」と、夏絽悶が、促した。
「だな」と、椪も、相槌を打った。そして、「運転は、任せたぜ」と、ぢゃぢゃ丸を運転席へ下ろした。
「承知したでごぢゃる」と、ぢゃぢゃ丸は、身の回りの枝葉を除けながら、応えた。運転席に立った事で、少し、気が楽になったからだ。
少し後れて、二人も、枝葉を除けて、乗り込んだ。
その直後、「ちょっと待て!」と、夏絽悶が、制止した。そして、誰かが来るぞ」と、告げた。
ぢゃぢゃ丸も、林道の方を見やった。程無くして、二つの燈色の明かりが、川の方から、林道沿いに近付いて来るのを視認した。そして、「デヘルの捜索が、始まったのかも知れないでごぢゃるな」と、口にした。この辺を彷徨いて居るのは、十中八九、デヘルの兵士と断定出来るからだ。
「うむ。そう考えるのが、妥当じゃろうな」と、夏絽悶も、同調した。
「先に、伸しちまうか?」と、椪が、意気込んだ。
「椪殿。仕留め損ねると、後々、面倒臭い事になるかも知れん。大人しくしておいた方が、無難だろう。ぢゃぢゃ丸も、戦力外だしな」と、夏絽悶が、提言した。
「そうだな。今回は、大人しくしてやるぜ」と、椪が、渋々聞き入れた。
三人は、二つの明かりを注視した。進行方向次第で、動かなければならないからだ。間も無く、前を通り過ぎた。やがて、気が付く風も無く、遠ざかった。
「どうやら、気が付いて居ないようだな」と、椪が、ぼやいた。
「椪殿。何だか、残念そうだな」と、夏絽悶が、指摘した。
「いやぁ。せっかく、喧嘩が出来るかと思ったんだがよ」と、椪が、あっけらかんと言った。
「椪殿は、喧嘩っ早いからねぇ」と、夏絽悶が、溜め息を吐いた。そして、「その内、大物と喧嘩が出来るかも知れねぇよ」と、示唆した。
「茶竜だけは、勘弁だけどな」と、椪が、苦笑した。
「それはそうと。さっきの連中が戻って来たら、出発しよう」と、夏絽悶が、提言した。
しばらくして、「戻って来ないのは、おかしいでごぢゃらぬか?」と、ぢゃぢゃ丸が、口を開いた。捜索にしては、戻って来そうにない感じだからだ。
「確かに、捜索にしては、人数が少ないな。このまま留まるか、加速手押し車を走らせるかだがな」と、椪も、口添えした。
「ひょっとして、捜索じゃなく、林道を封鎖する為に、先手を打たれたのかも知れんな」と、夏絽悶が、考えを述べた。
「つまり、無視して行ったって事か!」と、椪が、語気を荒らげた。
「どうやら、悶さんの言う通りのようでごぢゃるな」と、ぢゃぢゃ丸は、顔を顰めた。川の方より、複数の松明の明かりが見え始めたからだ。そして、「二人共、発車するでごぢゃるよ!」と、告げた。その刹那、操縦桿を前へ傾けた。
その瞬間、加速手押し車が、後方発車した。程無くして、林道へ出るなり、川の方を背にして、走った。
ぢゃぢゃ丸は、すぐに、操縦桿を立てた。
その直後、加速手押し車が、木にぶつかる寸前で、停まった。
その途端、「そこの怪しい車! 待ちやがれ!」と、先頭のデヘル兵が、叫んだ。
「その気は無いでごぢゃるよ」と、ぢゃぢゃ丸は、呟いた。応じたところで、地獄の責め苦が待っているだけだからだ。そして、右側へ押し倒した。
その直後、加速手押し車が、デヘル兵達の一団へ、向かって行った。そして、真っ只中へ突っ込んだ。
デヘルの兵達は、隊列を乱して、林道から脇道へ退避した。
その間に、ぢゃぢゃ丸は、加速手押し車を停車させるなり、「操縦を間違えたでごぢゃる…」と、苦笑した。前進と後進の操縦に、いまいち慣れていないからだ。
「お主の失敗も、偶には役に立つもんじゃな」と、夏絽悶が、溜め息を吐いた。
「そうだな」と、椪も、相槌を打った。
「う、うるさいでごぢゃる!」と、ぢゃぢゃ丸は、憮然となった。褒められているのか、貶されているのか、判らないからだ。そして、操縦桿を引き倒した。
「誰か、そいつらを捕まえろ!」と、先頭のデヘル兵が、喚いた。
少しして、散らばって居たデヘル兵達が、取り囲みながら、近付いて来た。
間一髪の差で、加速手押し車が、急発進して、前方を塞がれる前に、駆け抜けた。
「ぢゃぢゃ丸、行け行けドンドンだぜ!」と、椪が、はしゃいだ。
「言われなくても、そうするでごぢゃる!」と、ぢゃぢゃ丸も、頷いた。今は、逃げる事が、最優先だからだ。
「ぢゃぢゃ丸。とにかく、王都まで、速度を維持しろ!」と、夏絽悶が、指示した。
「承知したでごぢゃる」と、ぢゃぢゃ丸は、返答した。何か、考えが在ると察したからだ。そして、運転に専念した。間も無く、燈色の明かりを瞬く間に抜き去った。
しばらくして、加速手押し車は、森から原っぱへ出るのだった。




