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英傑物語  作者: しろ組


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一〇六、聞き耳を立てる

一〇六、聞き耳を立てる


 ソノイの宿酒場の厨房(ちゅうぼう)にて、三人のブヒヒ族の兄弟が、切り盛りして居た。ソリム国で、山賊ををやって居た“ブヒヒ三兄弟”と恐れられていたお尋ね者達であった。しかし、現在は、心を入れ替えて、料理人をして居るのだった。

「ターヤ兄貴。まさか、ここで、再び、料理人になれるなんて、思いもしなかったよ…」と、小柄なブヒヒ族の男が、涙(ねぎ)を刻みながら、涙ぐんだ。

「そうだな。ジェリア様に救われた命だ。これで、山賊なんて続けてたら、今度会う時に、顔向け出来ねぇからよ」と、鼻から右の頬へ、(えぐ)られた傷痕の在るがっちりとした体格のブヒヒ族の男が、寸胴(ずんどう)鍋の煮物を、お玉で、右回りに掻き混ぜながら、頷いた。

 ジェリアが居なければ、今頃は、三人共、首と胴が、離れていただろうからだ。

「しかし、ゲオ様が、斡旋(あっせん)してくれるとは、思わなかったよ…」と、巨躯(きょく)のブヒヒ族の男も、口にした。

「ポンク兄貴。きっと、裏が在るんじゃないかなぁ〜」と、小柄なブヒヒ族の男が、訝しがった。

「俺も、ムルンの言う事に賛成だ」と、ターヤも、同調した。悪人ではないのだが、少々、信用には足らない人物だからだ。

「確かに、おで達、汚れ仕事をやらされたよな」と、ポンクも、理解を示した。

「だろ?」と、ターヤは、得意顔となった。思い返せば、ゲオから受けた依頼(しごと)は、碌でもないものばかりだからだ。

「ゲオの事だから、ここで、おいら達をタダ働きさせておいて、給金は、自分の懐へ入れているんじゃないの?」と、ムルンが、ぼやいた。

「確かに、有り得るな」と、ターヤも、渋い表情で、頷いた。何かに理由を付けて、上前をハネられた事が、度々(たびたび)在ったからだ。

「兄貴。おで達、ここから、一生出られないかも知れないぜぇ」と、ポンクが、オロオロした。

「そうだな。でも、今は我慢しろ! ここを出ても、俺達を置いてくれるような所は、無いぜ」と、ターヤは、宥めた。感情に任せて飛び出したところで、世間は、認めてくれやしないからだ。

「悔しいけど、そうだね」と、ムルンが、聞き入れた。

「兄貴、我慢するよ。おで達三人で、これまでも、生きて来られたんだからな」と、ポンクも、理解を示した。

「まあ、今は、何であれ、この宿酒場に必要とされて居るんだ。やるべき事をやるだけだ」と、ターヤは、淡々と言った。ここを飛び出したら、山賊稼業に戻るのは、火を見るよりも明らかだからだ。

「んだんだ。食べる事には、困らねぇからな」と、ポンクが、満面の笑顔で、頷いた。

「確かに、ポンク兄貴の言うように、満たされているのは、確かだよ。でも、束縛(そくばく)されているみたいでさぁ〜」と、ムルンが、口を尖らせた。

「確かに、山賊の時と違って、自由気ままって訳には行かなくなったな」と、ターヤも、同調した。今は、店に合わせて、生活をしなければならないからだ。そして、「ムルン、不満か?」と、尋ねた。弟達の考えも聞かないで、宿酒場で働く事となったからだ。

「何か、張り合いが無くなったんだよねぇ〜」と、ムルンが、冴えない表情で、回答した。

「そうだな。ずっと、ここに籠もりっきりだもんな」と、ターヤは、頷いた。買い出し以外は、外出して居ないからだ。

「ターヤ兄貴。おい達、ずっと、この生活のままなんだろうか…?」と、ムルンが、嘆息した。

「さあな。何とも言えんな…」と、ターヤは、言葉を濁した。雇われて、日が浅いので、店の者に、我儘は言えないからだ。

「ムルン、兄貴を困らせてんじゃない。山賊になったのも、兄貴が、お前を(かば)った所為なんだからな」と、ポンクが、指摘した。

「…!」と、ムルンが、息を呑んだ。

「もう昔の事だ。これ以上は、何も言うな!」と、ターヤは、怒鳴った。理不尽な理由で、殺されそうになったムルンを庇った事など、後悔して居ないからだ。

「そ、そうなんだ…」と、ムルンが、愕然となった。

「ポンク! 余計な事を言いやがって…!」と、ターヤは、睨み付けた。ムルンには、知られたくなかったからだ。

「ごめんよぉ~。兄貴ぃ~」と、ポンクが、神妙な態度で、詫びた。

「ふん! 言ってしまったのは、仕方が無い! ムルンも、気にすんじゃねぇぞ!」と、ターヤは、言い含めた。この傷痕は、自分の弱さが招いただけの事であり、誰の所為でもないからだ。そして、「しかし、あの半魚族の船長は、何者なんだ?」と、口にした。見掛けは、冴えない半魚族の中年なのだが、妙に、人望が在るのが、気になるからだ。

「“イーグレット”って、何か、偽名っぽいよね」と、ムルンも、見解を述べた。

「そうだな。よくは、判らんが、連れて来たウルフ族の男も、風格を感じるな」と、ターヤは、補足した。威圧感が、(にじ)み出ているからだ。そして、「(たぎ)るぜ」と、口元を綻ばせた。ジェリアの救出に出向いた夜の事を、思い出したからだ。

「兄貴。厄介事に、首を突っ込む気じゃないだろうな?」と、ポンクが、表情を曇らせた。

「そうだよ。兄貴が居なくなっちゃったら、店が回らなくなっちゃうんだからね」と、ムルンも、口添えした。

「わぁってるって!」と、ターヤは、返答した。確かに、厄介事に(かま)けて良い身分じゃないからだ。そして、「まあ、話の内容が気になって仕方が()ぇ! ちょっと、話を聞いてみようぜ。他に、客も居ねぇみたいだしな」と、提案した。一応、話の内容くらいは、把握して居ても、困らないからだ。

「兄貴、盗み聞きは良くないと思うぜぇ」と、ポンクが、難色を示した。

「ポンク兄貴。聞かれて不味い事なら、こんな所で、話はしないよ」と、ムルンが、言い含めた。「そりゃそうだ」と、ポンクが、理解を示した。

 間も無く、三人は、厨房の戸口から、聞き耳を立てるのだった。

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