一〇二、てめえ、何者だ?
一〇二、てめえ、何者だ?
ゲラーナ達は、先刻伸した“人面下衆魔犬”を拘束して、酒場へ連れ込むなり、入口で、仰向けにした。
「こいつが、下衆魔犬共を操っていた親玉かい?」と、ティーサが、眉を顰めた。
「ええ」と、蜥蜴族の戦士が、頷いた。
「こいつには、色々と聞かんといかんのう!」と、オギャワが、右手の指の関節を鳴らしながら、口にした。
「そうだな。隠れ家を叩いておかないと、何ともならんからな」と、ゲラーナも、同調した。危険度を下げておくべきだからだ。
「あの“スケル豚”って奴も、気になるな」と、蜥蜴族の戦士も、口にした。
「確かに、魔物にしては、何か異質だったな」と、ゲラーナも、感想を述べた。よく判らないが、魔物とは、別物のような気がしたからだ。
「喋るかどうか知らないけど、この寝転がって居る奴を、起こして、吐かせるしか無いさね?」と、ティーサが、提言した。
「言えてるな。わしが、活を入れて、起こしちゃろうかのう」と、オギャワが、嬉々とした。
「あんたの活で、目を覚ますだろうけど、まともに喋れないだろうな」と、ゲラーナは、溜め息を吐いた。目を覚ましたとしても、悶絶で、話せる状態じゃないだろうからだ。
「確かに、あんたの活は、話を聞き出すのには、向いていないな」と、蜥蜴族の戦士も、補足した。
「ぐっ…!」と、オギャワが、歯嚙みした。
「大事な情報源だし、ぶん殴っても、本当の事を吐くかも、怪しいものだぜ」と、ゲラーナは、眉根を寄せた。素直に吐くかどうか、判らないからだ。
「そうじゃのう。わしとやり合おうと息巻いて居ったから、ぶん殴るくらいじゃあ、素直に口を割らんかもな」と、オギャワも、同調した。
「殴らなくても、痛い目に遭わせる方法は、在るぜ」と、鱗鎧の傭兵が、提言した。
「あれか…」と、蜥蜴族の戦士が、冴えない表情をした。
「あれしか無いだろう」と、鱗鎧の傭兵が、満面の笑みを浮かべた。
「しかし、東の島国にしか生えないやつだろ? ここだと、遠過ぎて、手に入らないんじゃないのか?」と、蜥蜴族の戦士が、渋い顔をした。
「諦めるのは、早いんじゃないさね?」と、ティーサが、口を挟んだ。
「東の島国の香辛料だぜ。ここには、無いと思うんだがなぁ〜」と、鱗鎧の傭兵が、溜め息を吐いた。
「いや。確か、東方の酒も在ったから、ひょっとすると、在るかも知れないぜ」と、蜥蜴族の戦士が、可能性を述べた。
「た、確かに…」と、鱗鎧の傭兵も、聞き入れた。
「うちも、色んな国の香辛料を取り扱っているから、名前を言えば、判るかも知れないさね」と、ティーサが、口にした。
「鼻に、“ツン”と来るやつだ…」と、鱗鎧の傭兵が、顔を顰めながら、特徴を告げた。
「鼻に、“ツン”と来るやつさねぇ〜」と、ティーサが、腕を組んだ。そして、「東方で、鼻に“ツン”と来るやつさねぇ〜」と、小首を傾いだ。
「“ワビサビ”ってやつじゃないのか?」と、ゲラーナは、口を挟んだ。“ワビサビ”という香辛料が、鼻の奥へ、“ツン”と来た事を、思い出したからだ。
「そうそう。そんな名前だ」と、鱗鎧の傭兵が、口添えした。
「ワビサビさね。確か、珍しかったから、粉末のやつを一つ仕入れてたさねぇ!」と、ティーサが、清々しい表情をした。そして、悠然と仕切り台の方へ、歩を進めた。
「ワビサビを、普通に食わせても、つまらんのじゃないか?」と、オギャワが、意見した。
「まあ、普通に食べても、強烈だからな。鼻にでも塗るかな」と、ゲラーナは、口元を綻ばせた。オギャワの“活”と違って、刺激が半端ないからだ。
「そいつは、面白そうじゃのう。わしは、やった事無いから、想像はつかんがな」と、オギャワも、嬉々とした。
その直後、人面下衆魔犬が、目を覚ました。そして、「ここは、何処かなぁ〜?」と、と白々しく振る舞った。
「こいつ、絶対、気が付いて居たぜ」と、鱗鎧の傭兵が、冷ややかに言った。
「そうだな」と、蜥蜴族の戦士も、同調した。
「てめえ、魔物か、何かか?」と、オギャワが、威圧した。
「さあな」と、人面下衆魔犬が、素っ気無く返答した。
「お前、喋った方が、身の為だぞ」と、ゲラーナは、促した。このままの状態だと、ワビサビ地獄なのは、必至だからだ。
「何をされようと、俺からは、何も言う事は無い!」と、人面下衆魔犬が、言い放った。
「そうか。もし、さっきの話を聞いて居たのなら、悪い事は言わん。素直に、答える事だな」と、ゲラーナは、勧告した。ワビサビは、殴られる衝撃よりも、強い刺激だからだ。
「へ、そんなハッタリをかましたところで、俺は、ビビらないぜ!」と、人面下衆魔犬が、不敵な笑みを浮かべた。
「一応、忠告したからな」と、ゲラーナは、溜め息を吐いた。少量でも、破壊力は抜群だからだ。
間も無く、ティーサが、黄緑の粉末を小皿に盛って、左手に乗せながら、運んで来た。
「どれくらい使うんだ?」と、鱗鎧の傭兵が、好奇の眼差しで、問うた。
「拷問なら、あたいに、任せて貰えんさね?」と、ティーサが、申し出た。
「そうだな。ティーサさんのやり方で、お願いするとしようか」と、ゲラーナは、聞き入れた。そもそも、拷問など、やった事が無いからだ。
「じゃあ、昔のやり方で、やろうさね」と、ティーサが、満面の笑みを浮かべた。
その瞬間、ゲラーナ達は、ただならぬ気配を感じた。
「坊や達ぃ~。しっかり見とくんだよ!」と、ティーサが、嬉々としながら、人面下衆魔犬へ跨り、腹部に腰を下ろして、馬乗りになった。
その瞬間、「お、重い…」と、人面下衆魔犬が、呻いた。
「質問に、答える気になったさね?」と、ティーサが、穏やかに、尋ねた。
「ふん!」と、人面下衆魔犬が、鼻で蹴った。
「なるほど。それが、あんたの答えさね」と、ティーサが、しれっと言った。そして、「そう言う強情なところが、唆るさねぇ〜」と、目を細めた。
「恐らく、敵に回しちゃいけない人だろうな…」と、ゲラーナは、見解を述べた。過去に、かなりの拷問をしていると直感したからだ。
「わしなら、制裁を何発も、ぶち込んでいるかのう」と、オギャワが、自身との比較を口にした。
「ババア! 重たいんだ! さっさと退けよ!」と、人面下衆魔犬が、暴言を吐いた。
「一番、ヤバい言葉だぜ…」と、鱗鎧の傭兵が、強張った。
「ほぉ〜。あたいに、そんな口が利けるなんて、中々、気の強い子さねぇ〜。やり甲斐が有るさねぇ〜」と、ティーサが、勿体振った。
「何をする気か知らんが、脅そうたって、怖くないからなっ!」と、人面下衆魔犬が、粋がった。
その直後、「お黙り!」と、ティーサが、人面下衆魔犬の左の頬を、右手で叩いた。そして、「舐めた口を利いてんじゃないさね!」と、恫喝した。
人面下衆魔犬が、面食らった表情で、固まった。
「あたいを、ババア呼ばわりしてくれたんだから、それ相応の代価を払って貰おうさねぇ」と、ティーサが、半笑いで、示唆した。
「やはり、相当、ムカついて居たんだな」と、ゲラーナは、呟いた。まあ、面と向かって言われれば、腹が立つのも、無理は無いからだ。
「確かに…」と、鱗鎧の傭兵も、相槌を打った。
「ビンタには、あのようなやり方も有るのか…」と、オギャワが、感心した。
「いや。あんたのは、多分、張り手だろうな」と、蜥蜴族の戦士が、指摘した。
間も無く、ゲラーナは、ティーサへ、視線を戻した。
「先ずは、この悪い口へ、ワビサビを入れちゃおうさねぇ〜」と、ティーサが、小皿を傾けて、粉末を、人面下衆魔犬の口へ流した。
次の瞬間、「な、何だ!? これは!?」と、人面下衆魔犬が、顔を歪ませた。
「どうやら、ワビサビの味が、気に入ったようさね」と、ティーサが、口元を綻ばせた。
「うわぁー。マジかよ…」と、鱗鎧の傭兵が、ドン引きした。
「まあ、ティーサさんを侮辱したあいつが悪い」と、ゲラーナは、淡々と言った。“ババア”呼ばわりした以上、無事で済む訳が無いからだ。
「そうじゃのう。わしも、口の利き方を気を付けんといかんのう」と、オギャワも、神妙な態度で、同調した。
その間に、ティーサが、右手の人差し指と中指に、粉を付着させるなり、「さあて、今度は、鼻の中へ入れちゃおうさねぇ〜」と、示唆した。
「あれは、洒落にならんぞ!」と、ゲラーナは、顔を顰めた。鼻の中へ入れられた日には、確実に、嗅覚がぶっ壊されるのは、必至だからだ。
「アレをやられたら、話を聞けないだろう」と、鱗鎧の傭兵も、眉根を寄せた。
「ちょ、ちょっと待て!」と、人面下衆魔犬が、必死の形相で、待ったを掛けた。
「何だい?」と、ティーサが、白々しく尋ねた。
「あ、あんたらの知りたい事を喋るから、勘弁してくれぇーっ!!」と、人面下衆魔犬が、叫んだ。
「ほう。そうかい、そうかい」と、ティーサが、相槌を打った。そして、「そう言っているから、質問しな」と、促した。
「さっきも尋ねたが、お前さんは、魔物の類か?」と、ゲラーナは、質問した。今度は、まともに答えてくれると思うからだ。
「う〜ん。何と言えばいいか分からんが、俺は、外を出歩いたのは、この街が、初めて何だよ」と、人面下衆魔犬が、あやふやに答えた。
「じゃあ、この街の近くに、お前達の巣でも在るのか?」と、蜥蜴族の戦士が、尋ねた。
「そうだな。俺と下衆魔犬達は、この街に在る広い荒れ地から、放たれたんだよ」と、人面下衆魔犬が、淡々と語った。
「荒れ地?」と、ゲラーナは、眉間に皺を寄せた。この街で廃れている場所が、重い浮かばないからだ。
「ゲオのおっさんなら、知っているかも知れないさね」と、ティーサが、口にした。
「あのおっさん、この街の古株みたいなもんだしな」と、ゲラーナも、同調した。自分の知っている者の中では、古参だからだ。
「ひょっとすると、わしらが暴れ回ったエ・グリンの邸の庭の事かも知れんのう」と、オギャワが、口走った。
「た、確かに、あんたらが暴れ回ったから、元を知らない奴が見たら、庭とは思わないだろうな」と、蜥蜴族の戦士が、補足した。
「そうなると、エ・グリンの邸は、まだまだ探らなければならないだろうな」と、ゲラーナは、考えを述べた。人面下衆魔犬のような奴が、邸内に居ると考えられるからだ。
「じゃあ、“スケル豚”とか言う野郎も、お前と同類なのか?」と、オギャワが、口を挟んだ。
「ああ。気が付いたら、同じ場所に居た…」と、人面下衆魔犬が、回答した。
「ひょっとすると、お前を取り戻しに来るかも知れんな」と、ゲラーナは、見解を述べた。仲間を呼びに帰ったとも考えられるからだ。
「さあな。あいつ、他人の顔色を窺うのが、旨いからな」と、人面下衆魔犬が、淡々と言った。
「つまり、当てにしていないという事か…」と、ゲラーナは、溜め息を吐いた。当てにならないという口振りだからだ。
「わしは、そうは思わんがのう」と、オギャワが、異を唱えた。
「どう言う意味だ?」と、ゲラーナは、眉間に皺を寄せた。根拠が知りたいからだ。
「わしと殴り合うて立って居たんじゃから、性根は、真っ直ぐじゃという事ぢゃ」と、オギャワが、得意満面で、理由を語った。
「確かに、俺達が戻っても、殴り合って居たな」と、蜥蜴族の戦士が、頷いた。
「一応、エ・グリンの邸は、調べておくべきだろうな」と、ゲラーナは、口にした。捨て置く訳にもいかないからだ。
「あの邸へ、行かなきゃならんのか…」と、蜥蜴族の戦士が、冴えない表情を浮かべた。
「まあ、この前みたいに、正面から行く気は無いし、中の様子を探るだけだろうな」と、ゲラーナは、考えを述べた。取り敢えず、人面下衆魔犬の言った場所の答え合わせをする予定だからだ。
「そうか…」と、蜥蜴族の戦士が、納得した。
「わしも、連れて行け!」と、オギャワが、申し出た。そして、「攻め込まれる前に、わしが乗り込んぢゃる!」と、意気込んだ。
「いや。あんたは、ここに残って貰うぜ」と、ゲラーナは、告げた。行き違いになっても、困るからだ。
「何じゃ。留守番か。つまらんのう」と、オギャワが、顰めっ面で、ぼやいた。
「一応、スケル豚とか言う奴が来るかも知れんから、残って貰いたいだけさ」と、ゲラーナは、理由を述べた。人面下衆魔犬の奪還を阻止出来るのは、オギャワくらいしか任せられないからだ。
「そうか。ならば、残るとしようかのう」と、オギャワが、聞き入れた。
「ウホホ族の者が居れば、安心さね」と、ティーサも、目を細めた。
「俺は、どうすれば良いんだ?」と、鱗鎧の傭兵が、尋ねた。
「日輪大熊猫の手当てでもしてやれ」と、蜥蜴族の戦士が、指示した。
「分かったよ」と、鱗鎧の傭兵が、承諾した。
「さあて、さっきの“ババア”呼ばわりは、ちょっとムカついたから、お仕置きをするさね」と、ティーサが、右手の人差し指と中指に、再度、ワビサビを付着させた。そして、人面下衆魔犬の鼻孔へ、突っ込んだ。
その刹那、「ぐひゃあーあああーっ!」と、人面下衆魔犬の悲鳴が、響くのだった。




