一〇〇、吉報
一〇〇、吉報
夜空に、星々が、瞬き始めた頃。王都の北西の森の奥に陣取って居るドナ国王衛騎士団の下へ、三人の男女が現れた。そして、筆頭騎士ラオスの先導で、ルセフの所に通された。
「ルセフ様。今夜が、攻め時かと思われます」と、異国の若者が、跪くなり、進言した。
「アフォーリー隊が、居なくなったから、その手薄な時に、と言う事か?」と、ルセフは、怪訝な顔をした。茶竜の部隊を相手にするには、厳しいからだ。そして、「根拠を申してくれないかな?」と、促した。失敗は、許されないからだ。
「はい」と、異国の若者が、語り始めた。
しばらくして、「なるほど。ぢゃぢゃ丸殿が、仮設の本陣を荒らして、混乱を来たしていると申すのか…」と、ルセフは、理解を示した。そして、「しかし、茶竜を何とかしないと、すぐに、取り返されるな…」と、眉間に皺を寄せた。茶竜という難敵が、残って居ては、すぐに、奪還されるかも知れないからだ。
「ルセフ様。拙者も、茶竜に対しての“対抗手段”を入手したからこそ、来たのでござる」と、異国の若者が、不敵な笑みを浮かべた。
「つまり、後ろの二人が、茶竜への対抗手段という事かな?」と、ルセフは、頼り無さそうな丸腰の若者と武装した子供の女戦士へ、視線を向けた。後ろの二人に、茶竜を倒す策が有るのだと察したからだ。
「おい、覇偈。このナヨナヨした兄ちゃんと幼いお嬢ちゃんが、茶竜を倒せるとでも言うのか?」と、ラオスが、訝しがった。
その直後、「何じゃと! わしを愚弄するのかっ!」と、子供の女戦士が、憤慨した。
「ラオス殿。その方は、拙者の目の前で、茶竜を前にして、一歩も退かなかった猛者でござる。見縊っていると、痛い目を見るでござるよ」と、覇偈が、忠告した。
「ふ〜ん」と、ラオスが、冷ややかに、見下ろした。
「くぬぬぅ〜」と、子供の女戦士が、歯嚙みした。
「ワケキューレ、戦場で、実力を見せてやろうよ」と、丸腰の若者が、宥めた。
「ルセフ様。拙者は、茶竜に襲われて居たところを、二人に救われたでござるよ」と、覇偈が、熱っぽく語った。
「覇偈が、そう申すのだから、間違いは無いだろう」と、ルセフは、聞き入れた。それに、覇偈は、忠義者なので、信に値するからだ。
「本当ですかねぇ?」と、ラオスが、ぼやいた。
「わしらが、嘘を申しておると言うのかっ!」と、ワケキューレが、激昂した。
「まあ、茶竜を倒したと言っても、信じろって言う方が、難しいだろうな」と、丸腰の若者が、溜め息を吐いた。
「わしらの言う事が信じられんのなら、手を引くがな」と、ワケキューレが、吐き捨てるように言った。
「拙者も、見た事を申したまででござる。御二人が、手を引くと申されるのなら、好機を逸するだけでござる」と、覇偈も、口添えした。
「私は、この者達の言葉に乗っかるとしよう。時機を逃すと、この国は、デヘルの領地となってしまうのでな」と、ルセフは、決断を下した。国の存亡の懸かった戦になりそうな予感がしたからだ。
「王子まで、そのような事を…」と、ラオスが、愕然となった。
「おっさん、ビビってんのか?」と、ワケキューレが、冷やかした。
「う、うるさい!」と、ラオスが、怒鳴った。
「まさか、素手で、茶竜を倒したんじゃないだろうな?」と、ルセフは、質問した。若者が、武器らしい物を持っていないからだ。
「流石に、僕でも、素手で、茶竜は倒せませんよ」と、丸腰の若者が、苦笑した。
「そりゃそうだ」と、ルセフは、納得した。茶竜の鱗は、茶鉄並みの硬さなので、一般的な武器が、通用しないからだ。
「ルセフ様。この者は、自前の剣を、何者かの謀り事で、持ち去られているのでござる。どうか、代わりになる物を、御与え下さい」と、覇偈が、進言した。
「確かに、助力をして頂く者に対して、何も与えぬのは、礼を欠くな」と、ルセフも、同調した。丸腰のまま、戦わせる訳にもいかないからだ。そして、「ラオス、騎士剣を与えよ」と、指示した。自軍で、最高級の武器だからだ。
「王子。このような素性の知れぬ者に、騎士剣を与えるのは、ちょっと…」と、ラオスが、渋った。
「申し上げ難いのですが、自分も、茶竜とやり合うのに、騎士剣は、扱い辛いので…」と、丸腰の若者も、冴えない表情で、理由を述べた。
「なるほど。ならば、お前の盗まれた剣に近い物で、我慢して貰うとするかな」と、ルセフは、聞き入れた。使用者に、扱い難い物を与えても、邪魔になるだけだからだ。
「はい」と、丸腰の若者が、了承した。
「ここには、騎士剣以外には、大した物は無いな」と、ルセフは、ぼやいた。デヘルに攻め込まれる事を想定していなかったので、通常の物しか持ち合わせて居なかったからだ。
「今回は、ローヴェナとの模擬戦だったから、標準装備しか持ち合わせてませんからね」と、ラオスも、同調した。
「ゲロービスよ。丸腰で行くしかあるまいな」と、ワケキューレが、上から目線で言った。
「ゲロービス? ひょっとして、“ブタマンダー”とか言う邪竜を倒した?」と、ラオスが、目を瞬かせた。
「ええ。まあ…」と、ゲロービスが、はにかんだ。
「ブタマンダーとは、伝説の竜じゃないのか?」と、ルセフは、眉を顰めた。架空の存在かと思っていたからだ。
「いいえ。奴は、実在して居たのですよ。世界を我が物にする為に、自らの存在を伝説上のものとして、欺いて居たんですよ」と、ゲロービスが、どや顔で語った。そして、「奴の唯一の失敗は、世界を我が物にする手前で、存在を明るみにするという失敗をやらかした事ですね」と、得意満面で、補足した。
「確かに、間の抜けた話だな。今回のデヘルの侵略のように、カドゥが仕掛けるのは、噂程度にしか思って居らんかったからな」と、ルセフは、眉根を寄せた。何となく、やり口が似ているような気がしたからだ。そして、「ブタマンダーとやらは、どんな失敗をしたんだ?」と、尋ねた。興味が唆られるからだ。
「私の国の姫を誘拐したのですよ」と、ゲロービスが、回答した。そして、「架空の存在だったのが、その誘拐により、本物となったという訳です」と、補足した。
「よく、本物だと信じられたなぁ〜」と、ラオスが、怪訝な顔をした。
「だって、“物語”のまんまの事をやったので、流石に、話の通りに動いたら、ブタマンダーの根城のデヘレスト山へ行き着くんですよ」と、ゲロービスが、語った。
「なるほど。つまり、君だけが、その伝説を信じていたという事か…」と、ルセフは、納得した。信じて居なければ、そのような場所まで、足を運ぶ訳がないからだ。
「いいえ。僕も、最初から信じてはいませんでしたよ」と、ゲロービスが、頭を振った。そして、「ブタマンダー伝説は、故郷で語り継がれていた話でして、デヘレスト山へ赴いたのは、好奇心で、行っただけですよ」と、理由を述べた。「しかし、ブタマンダーが居たとなると、応援を呼びに戻られたのではないのか?」と、ルセフは、眉間に皺を寄せた。独りで倒すのは、厳しいだろうからだ。
「ええ。実在して居るとは、思ってませんでしたね。それに、ブタマンダーも、竜の端くれですからね。でも、姫が食べられそうでしたので、思い切って、斬り掛かりました。そして、気が付いたら、ブタマンダーが、横たわってて、姫が、傍に居ました。実感は無いのですが、故郷では、竜を倒した“英傑”になって居ました」と、ゲロービスが、はにかんだ。
「なるほど。でも、覇偈が、倒すところを見たのだろ? 茶竜を?」と、ルセフは、尋ねた。茶竜も、竜の部類だからだ。
「茶竜を倒したところを、しかと、この目で見たでござる。ブタマンダーを倒した実力も、本物と見て、間違い無いでござる」と、覇偈が、力強く返答した。
「わしの手助けが、抜けておるがな」と、ワケキューレが、ぼやいた。
「私は、ゲロービス殿の話を信じてみようと思う」と、ルセフは、考えを述べた。覇偈が、茶竜を倒した現場を目撃をして居るのだから、ブタマンダーの話も、本当の事だと信じられるからだ。
「ルセフ様。このような与太話を間に受けるのは…」と、ラオスが、表情を曇らせた。
「ラオス。私は、王都を取り戻す為には、どんな話でも、信じてみたいのだよ。ここは、ゲロービス殿の話に乗っかるとしよう」と、ルセフは、意気込んだ。日和っていては、取り戻せないからだ。
「王子が、そのように申されるのでしたら、自分は、付いて行くまでです」と、ラオスも、同調した。
「至急、出撃の準備だ!」と、ルセフは、指示を出した。態勢を立て直される前に、攻め込むべきだと判断したからだ。
「御意!」と、ラオスが、即答した。そして、足早に、離れて行った。
ルセフも、身支度を始めるのだった。




