九九、連携
九九、連携
「“タクの切符”を、もう一枚、譲って貰えないだろうか?」と、ケッバーは、要請した。マウス族の女盗賊だと、工事中の橋の先端へ、転移しそうだからだ。
「あんた、この辺りの地形を判ってんの?」と、マウス族の女盗賊が、警戒した。
「そうだな。君よりは、少しは、判って居るさ」と、ケッバーは、返答した。断片的だが、昼に通った位置を記憶しているからだ。
「そう。まあ、あたいじゃあ、目の前の場所くらいしか想像出来ないから、あんたに付き合うわ…」と、マウス族の女盗賊が、渋々、承知した。そして、ケッバーの右肩へ、左手を置いた。
「よしっ!」と、ケッバーは、声を発した。転移先が、思い浮かんだからだ。その直後、左手で、タクの切符を受け取るなり、千切った。次の瞬間、雑木林と林道が、視界に入った。
「ここは、何処何だい?」と、マウス族の女盗賊が、身構えながら、問うた。
「恐らく、昼に、私が通って来た道の何処かだと思う…」と、ケッバーは、回答した。昼の記憶で転移したので、同じ場所なのかは、自信が無いからだ。
「このチャブリン達の死体は、あんたが殺ったのかい?」と、マウス族の女盗賊が、尋ねた。
「そうかも知れないな」と、ケッバーは、淡々と答えた。そして、「チャブリン以外の死体は、無いか?」と、問い返した。オサッキノコや他の者の遺骸が、転がっているかも知れないからだ。
「いいや。見当たらないねぇ」と、マウス族の女盗賊が、即答した。
「う〜む」と、ケッバーは、腕を組んだ。現在位置の目処が、立たなくなったからだ。そして、「印を見つければ、何とかなるかも…」と、口にした。林道の近くならば、道沿いの幹に、印を付けているからだ。
「印って?」と、マウス族の女盗賊が、仏頂面で、問い掛けた。
「一応、“○”を描いているんだがね」と、ケッバーは、回答した。どれかには、付いている筈だからだ。
「ひょっとすると…」と、マウス族の女盗賊が、言葉を詰まらせた。
「どうした?」と、ケッバーは、怪訝な顔をした。些か、気になったからだ。
「奇面樹に、印を付けたんじゃないかなってさ」と、マウス族の女盗賊が、口にした。
「なるほど。つまり、その可能性も、有り得るって事になるな」と、ケッバーも、納得した。印を付けた樹木が見当たらない理由に、合点が行くからだ。
「しかし、奇面樹は、どちらと言うと、ウスロ川の上流にしか居ないからねぇ」と、マウス族の女盗賊が、冴えない表情をした。
「そうか。取り敢えず、道沿いに進んで、森を抜けてから、考えるのは、どうだろうか?」と、ケッバーは、提案した。森の中で、目印を探すよりも、道沿いに移動して、抜け出た方が良さそうだからだ。
「そうだねぇ。夜の森は、何が出て来るか、判らないからねぇ」と、マウス族の女盗賊も、同意した。
間も無く、二人は、右奥に延びる方へ進んだ。しばらくして、坂道になっている土手へ出た。
「左へ行けば、橋の方へ出られそうだな」と、ケッバーは、口元を綻ばせた。先刻見た橋の高さからすると、左の上り坂へ行って方が、良さそうだからだ。
その直後、「しっ! 誰かが来るよ!」と、マウス族の女盗賊が、警告した。そして、右手の親指を立てながら、右の下り坂を指した。
「ツーノ。今夜は、ここで、野営らしいぜ」と、男の声が、聞こえた。
「シキヂ、文句垂れんなよ。今夜の見張りが済んだら、明日は、王都へ引き返して良いんだからよ」と、ツーノが、あっけらかんと言った。
「それも、そうだな。昨日の今日で、出動なんだから、正直、しんどかったんだよな」と、シキヂも、吐露した。
「まあ、朝まで、魔物が出て来なきゃ良いんだけどよ」と、ツーノが、願望を口にした。
「ちっ! どうやら、帝国の見張りみたいね」と、マウス族の女盗賊が、呟いた。
「私が、何とかしよう」と、ケッバーは、申し出た。自分ならば、誤魔化せると思うからだ。
「分かった。あたいは、繁みに隠れるよ」と、マウス族の女盗賊が、即座に、左手の繁みの中へ、飛び込んだ。
間も無く、「そこに居るのは、誰だ!」と、色黒肌の男が、松明を差し向けながら、問うた。
少し後れて、縮れ頭の男も来るなり、「ツーノ。こいつ、ウキキ族だぜ!」と、補足した。
「これは、これは。私は、デヘル帝国に雇われて居ますケッバーという傭兵です」と、ケッバーは、恭しく挨拶をした。自尊心の高いデヘル兵の機嫌を損ねると、面倒臭い事になるからだ。
「ウキキ族の卑しい傭兵が、何故、このような所に居る?」と、ツーノが、つっけんどんに、詰問した。
「確か、アフォーリー隊には、“人間”以外は、居なかった筈だぞ!」と、シキヂも、眉を顰めた。
「私は、別命で、動いて居たものでして…」と、ケッバーは、愛想笑いを浮かべた。嘘ではないからだ。
「本当かどうか、怪しいものだ…」と、ツーノが、疑惑の眼差しを向けた。
「確かに、下等種族言う事を、額面通りには信じられんな」と、シキヂも、同調した。
「そうですか。先刻、チャブリンの一団が、こちらへ来られて居ましたので、私が片付けたのですがね」と、ケッバーは、右手で、林道の方を指した。チャブリン達の死骸を確認すれば、信じると思うからだ。
「なるほど。どの道、交代に向かわなきゃならんから、本当か、どうか、ついでに見て来てやる!」と、ツーノが、半笑いで告げた。
「見え透いた嘘を言うもんじゃないぜ」と、シキヂも、薄ら笑いを浮かべた。
間も無く、二人が、林道の方へ、進入した。
ケッバーは、遠ざかるのを視認するなり、「もう、出て来ても良いぞ」と、声を掛けた。
少しして、マウス族の女盗賊が、呼応するように、繁みから出て来た。そして、「何だい? あの物言いはっ!」と、不快感を露わにした。
「そう腹を立てるな」と、ケッバーは、宥めた。獣人種に対しての差別発言に、いちいち腹を立てて居ては、限が無いからだ。
「益々、あの橋を壊したくなったわねぇ」と、マウス族の女盗賊が、不敵な笑みを浮かべた。
「そういう事だ」と、ケッバーも、同調した。橋を台無しにする事が、目的だからだ。
二人は、左の坂を上った。間も無く、作業現場を視認した。そして、道端の草むらへ、身を伏せた。
「茶竜を動員して、突貫工事をやっているのか?」と、ケッバーは、推察した。その場凌ぎの組み立てにしか見えないからだ。
「まあ、進軍が遅れているんで、焦っているのかも知れないわね」と、マウス族の女盗賊も、憶測を述べた。
「そうかも知れんな。今頃は、ダーシモの手前まで進軍している筈だからな」と、ケッバーも、頷いた。アフォーリーとしては、遅れを取り戻したい筈だからだ。
「どうして、王都のように、茶竜で攻め込まないんだい? あたいなら、同じ手を使っちゃうけどね」と、マウス族の女盗賊が、口にした。
「茶竜にも、限りが有るからな。あまり、分散させたくないのだろう。それに、アフォーリーは、自分の指揮下の隊で、ダーシモを攻略したいのだろう」と、ケッバーは、語った。自尊心の高いアフォーリーにとっては、自力で、ダーシモを占領して、それを手土産に、帝国での存在感を増長させたいのだと考えられるからだ。
「つまり、あんたの考えでは、アフォーリーって奴は、茶竜を引き連れて来ないって事かしら?」と、マウス族の女盗賊が、訝しがった。
「恐らくな。多分、橋を造らせたら、茶竜を帰らせるだろう。王都の守備を固めておかないといけないからな」と、ケッバーは、考えを述べた。アフォーリーは、自力で叩き潰したい性分だと考えられるからだ。
「舐められたものね。つまり、脳筋軍団って事なのね」と、マウス族の女盗賊が、皮肉った。
「そうかも知れんな」と、ケッバーも、相槌を打った。力が全てだと思っている“脳筋野郎”なのは、所々、見受けられたからだ。
「この橋を壊されたら、間違い無く、発狂するかもね〜」と、マウス族の女盗賊が、勿体振った。
「そうだな。最初が、旨く行き過ぎたから、ここでの足止めは、アフォーリーにとっては、精神的に痛いかもな」と、ケッバーも、同調した。橋を壊されるとなると、功を急ぐアフォーリーにとっては、精神的な痛手は、相当なものとなるだろうからだ。
「しかし、茶竜共が、鬱陶しいわね」と、マウス族の女盗賊が、ぼやいた。
「確かに、近寄り難いな」と、ケッバーも、頷いた。不用意に近づけば、茶竜の吐く茶炎に焼かれるからだ。
「橋へ近付きさえ出来れば、“爆炎玉”を仕掛けられるんだけど…」と、マウス族の女盗賊が、歯嚙みした。
「どうせなら、奴らに、“爆炎玉”を運ばせるのは、どうだろう?」と、ケッバーは、提案した。無理に、危険を冒さなくとも、爆炎玉を橋まで運ばせられれば良いからだ。
「それは、どういう意味だい?」と、マウス族の女盗賊が、問うた。
「つまり、橋の資材へ仕込むんだよ」と、ケッバーは、回答した。予め、橋の資材へ仕込んでおけば、自動的に、橋へ組み込まれるようになるからだ。
「なるほど。そういう事ね」と、マウス族の女盗賊も、理解を示した。そして、「あたいも、初めて使う物だから、どれほどの物か、判らないけどね」と、補足した。
「“玉”と言うのだから、投げたりする物だろうか?」と、ケッバーは、推理を述べた。投げると、発動する物かと思ったからだ。
「そうねぇ。出どころが、“タクの切符”をくれた奴だからねぇ」と、マウス族の女盗賊が、冴えない表情で、口にした。
「その者は、魔導師か?」と、ケッバーは、好奇の眼差しで、問うた。興味が、唆られるからだ。
「茶色い背広の商売人だったわね」と、マウス族の女盗賊が、回答した。そして、「タクの切符は、ちゃんと使えるから、この“玉”も、本物だと思うんだけどね」と、言葉を続けた。
「そうか。まあ、今は、その“爆炎玉”が使える事に、期待するしかないだろうな」と、ケッバーは、淡々と言った。出どころは、些か胡散臭いが、橋をぶっ壊すには、爆炎玉が、本物である事を信じるしかないからだ。
二人は、作業の様子を窺った。しばらくして、間隙が在る事に気付いた。茶竜が、資材を持ち直す時に、一度、地面へ置くからだ。
「あの誘導兵の奴、邪魔ねぇ」と、マウス族の女盗賊が、ぼやいた。
「そうだな。私が、奴の気を逸らすとしよう。仕込みの方は、君に任すよ」と、ケッバーは、申し出た。自分が関与して居ないという証人も、得られるからだ。
「分かったわ。じゃあ、行動開始ね」と、マウス族の女盗賊も、賛同した。
間も無く、ケッバーは、道に戻り、誘導兵の所へ向かった。
誘導兵が、数歩手前で気付くなり、「お前! ここで何をして居る!」と、声を発した。
ケッバーは、その場で、歩を止めた。そして、「アフォーリー様に、御報告をしたいのですが…」と、道を間違えた振りをした。惚けた演技をして、仕込みの時間を稼ごうと思ったからだ。
「アフォーリー様は、この坂を下った先の天幕に居られる!」と、誘導兵が、素っ気無く返答した。
「ええっ! どうして、このような所で、アフォーリー様が、居られるのですか! もう、ダーシモまで、進軍なされて居るものだと…」と、ケッバーは、わざと驚いた。知らないように振る舞っておいた方が、疑われないだろうからだ。
「何だ? お前、橋が落とされて居る事を知らんのか?」と、誘導兵が、溜め息を吐いた。
「ええ。初耳です」と、ケッバーは、蒲魚振った。そして、「だから、茶竜を動員されて居るのですね」と、初見のように振る舞った。初めて知ったと思わせておけば、怪しまれないだろうからだ。
「アフォーリー様も、高い所が苦手なのを知られたくないものだから、わざわざ、歩く方を選んだんだろうな」と、誘導兵が、ぼやいた。
「だから、茶竜に頼らないんですか…」と、ケッバーは、笑いを噛み殺した。弱みを見せたくないので、茶竜を使わないのが、真相だからだ。
「おい! 今のは、誰にも言うなよ!」と、誘導兵が、慌てて口止めした。
「ははは。大丈夫ですよ。自分は、口が堅いのでね」と、ケッバーは、力強く同調した。アフォーリーの弱点を入手出来たのは、大収穫だからだ。
間も無く、「お喋りは、ここまでだ。茶竜を誘導しなきゃあならんからな」と、誘導兵が、打ち切った。
「お邪魔しました」と、ケッバーは、一礼をするなり、踵を返した。そして、先刻の草むらの所まで戻った。
そこへ、「一応、“爆炎玉”は、仕込んだからね」と、マウス族の女盗賊が、含み笑いをしながら、告げた。
「そうか。後は、成功か失敗かを確認するだけだな」と、ケッバーも、口元を綻ばせた。爆炎玉の威力を見届けたいからだ。
二人は、先刻の草むらへ、身を伏せた。そして、時を待った。
しばらくして、橋の在る川の中ほどの所で、燈色の炎が、閃いた。その直後、破裂音が、轟いた。
次の瞬間、複数の大小様々な炎の塊が、川の中へ落下した。
「どうやら、大成功みたいねっ」と、マウス族の女盗賊が、歓喜の声を発した。
「そうみたいだな。少なくとも、今夜中には、架けられそうもないな」と、ケッバーも、見解を述べた。どれくらい壊せたかは、判らないが、作業を遅らせるたのは、間違い無いからだ。
「一先ず、ダーシモへ帰りましょう」と、マウス族の女盗賊が、提言するのだった。




