九、森の心得
九、森の心得
三人は、集落を後にして、道無き道を進んで居た。
突如、ブーヤンが、歩を止めた。
ゴルト達も、少し後れて、立ち止まった。
「どうした?」と、ゴルトほ、問い掛けた。そして、右手を柄に持って行った。チャブリン達かも知れないからだ。
「いや、違う!」と、ブーヤンが、即座に否定した。そして、「奇面樹が、動き回って居る」と、告げた。
「へ、この森の本領発揮ってところかよ…」と、バートンが、皮肉った。
「そうだな。今日の森は、いつに無く騒がしい。それに、奇面樹にぶつかると、次々に跳ね飛ばされて、跡形も無くなってしまうからな」と、ブーヤンが、語った。
「下手に動くなって事だな」と、バートンが、溜め息を吐いた。
「そうだ。多分、集落の焼き討ちが、原因だろうな」と、ブーヤンが、見解を述べた。
「俺達だけだったら、奇面樹に、跳ね飛ばされて居たかもな…」と、ゴルトは、身震いした。森の事に関しては、無知だからだ。
「確かに…」と、バートンも、相槌を打った。
「奇面樹は、襲い掛かって来ないのか?」と、ゴルトは、問うた。魔物である以上、襲われない保証は無いからだ。
「奴らを刺激するような真似さえしなければ、大丈夫だ」と!ブーヤンが、回答した。
「まあ、落ち着くまで、大人しくしてろって事だろ?」と、バートンが、口を挟んだ。
「そういう事だ」と、ブーヤンが、淡々と言った。そして、「お前らに、心得を教えておくとしよう」と、告げた。
「どうせ、何も出来ないんだから、聞かせて貰おうぜ」と、バートンが、同調した。
「お前、暇潰しになるから、そう言っているだけだろ?」と、ゴルトは、指摘した。待つのが退屈だから、暇潰しに丁度良いという魂胆が、見え見えだからだ。
「へっへっへぇー」と、バートンが、誤魔化した。
ブーヤンが、振り返り、「まあ、何でも良い。森を生きて出たければ、私の話を聞け」と、厳かに言った。
「こいつは、真剣なやつだぜ」と、バートンも、畏まった。
「そうだな」と、ゴルトも、頷いた。口調からして、真面目な話だと察したからだ。
少しして、「じゃあ、話すとしよう」と、ブーヤンが、咳払いをした。そして、「まず、さっきも言った事だが、奇面樹が騒ぐ時は、無闇に動かないで、落ち着くまで動かない事。特に、夜は、物音を立ててはいけない。奇面樹が、過敏になって居るからな。野営をするなら、開けた場所でせよ。チャブリンも、隠れる場所さえ無ければ、容易には襲って来られないし、火に近付く度胸も無いからな」と、語った。
「でも、さっきの集落じゃあ、火を恐れて居るような素振りなんて、無かったぜ」と、バートンが、指摘した。
「厶・チャブリンの無茶振りで、乱暴狼藉をして居たんだろうな」と、ブーヤンが、見解を述べた。
「チャブリンにとっては、厶・チャブリンの無茶振りには、逆らえないって事か…」と、ゴルトは、溜め息を吐いた。火の恐怖さえも凌駕するくらいの無茶振りの力には、絶対的なものを感じたからだ。
「それだけ、今日は、異常だという事だ…」と、ブーヤンが、淡々と言った。
「そりゃそうだ」と、バートンも、同調した。
しばらくして、「奇面樹の気配が、無くなった…」と、ブーヤンが、告げた。
「じゃあ、先へ行けるんじゃないのか?」と、バートンが、口元を綻ばせた。
「それは、そうなんだが…」と、ブーヤンが、口籠った。
「あまり、良くない事でも?」と、ゴルトは、尋ねた。喜ぶべき事でも無さそうだからだ。
「何者かが、別の場所で、騒いで居るって事だ…」と、ブーヤンが、険しい表情で、返答した。
「まだ、狂暴な奴が居るとか…」と、ゴルトは、表情を曇らせた。まともな奴じゃないのは、確かだからだ。
「まさかな…」と、ブーヤンが、呟いた。
「ブーヤン、心当たりでも有るのか?」と、バートンが、すかさず問うた。
「ああ」と、ブーヤンが、すぐさま頷いた。そして、「私の知り得る限りじゃあ、ヤッスルという、この森一番の怪力の木こりかな」と、回答した。
「木こりねぇ〜」と、バートンが、眉を顰めた。
「あいつは、奇面樹の事も詳しいから、危険性も知っている筈なんだがな」と、ブーヤンが、眉間に皺を寄せた。
「尚更、その線は薄いんじゃないかな。この森を知って居るんだったら、奇面樹を怒らす真似なんてしないでしょう」と、ゴルトは、異を唱えた。自分だったら、手出しをせずに、やり過ごすだろうからだ。
「いや、あいつは、集落の惨状を見て、怒り狂って居るかも知れない」と、ブーヤンが、否定した。
「かもな」と、バートンも、同調した。
「言われてみれば…」と、ゴルトも、はっとなった。怒りに任せて、岩人形へ斬り込んだ覚えが有るからだ。
「助けに行ってやりたいが、数が数だ。ヤッスルには悪いが、先を急がせて貰うとしよう」と、ブーヤンが、渋い表情で、口にした。
「この機を逃すと、また、足止めだしな」と、バートンも、同意した。
「そうだな。知り合いの作ってくれた好機を活かさないとな」と、ゴルトも、賛同した。これを逃す訳にはいかないからだ。
「後れるなよ」と、ブーヤンが、背を向けるなり、歩き始めた。
少し後れて、二人も、続いた。
「ゴルト、こういう時のブーヤンって、頼りになるよな」と、左隣のバートンが、耳打ちをした。
「そうだな」と、ゴルトも、小さく頷いた。集落の時とは、別人のように、落ち着いて居るからだ。そして、「まあ、あの時は、仕方無いだろう」と、補足した。あのような蛮行を許せる訳が無いからだ。
「だな」と、バートンも、相槌を打った。
三人は、森の奥へと進むのだった。




