プロローグ、闇の胎動
プロローグ 闇の胎動
ドファリーム大陸の中央を占める大国デヘル帝国。帝都に在るオツレーゲ城の王の間に、一人の壮年の男性が、就寝用の長衣姿で居た。
そこへ、二人の人物が、転移して来た。
「おお! 待ち侘びたぞ!」と、壮年の男性は、歓喜の声を発した。計画を実行へ移す時が来たのだという意味だからだ。そして、「ダ・マーハ、ネデ・リムシーよ。いよいよなのだな?」と、問うた。
「はい。ソリム国での実験は、上々でしたので…」と、絶壁頭の司祭が、含み笑いをしながら、回答をした。
「しかし、ソリム国を滅ぼせなかったそうじゃないか?」と、壮年の男性は、指摘した。中途半端な騒動を起こしたに過ぎないと、密偵から聞いていたからだ。
「少々、想定外の事が起きたので…」と、絶壁頭の司祭が、口籠った。
「貴様、この計画は、何としても、成就させなければならんのだぞ! 想定外では済ませられんのだぞ!」と、壮年の男性は、語気を荒らげた。行動を起こすと、後には退けなくなるからだ。
「皇帝陛下。ソリム国の件は、我らに、慢心が有ったので、あのような結果になった訳です。しかし、今回は、万全でございます」と、頭巾を目深に被った魔導師が、口を挟んだ。
「ほう。抜かりは無いと申すのだな?」と、壮年の男性は、右の眉を上げながら、尋ねた。今一つ信用出来ないからだ。
「はい」と、頭巾を目深に被った魔導師が、淡々と返事をした。
「カドゥ陛下。ネデ・リムシーは、神魔戦争時代の魔法に精通している者です。失敗を糧に、過ちを繰り返さない男です。この計画の重要性も、解っている筈ですよ」と、絶壁頭の司祭が、取り繕った。
「この大陸の統一こそが、わしの悲願だ。だからこそ、貴様らの話に乗っかったのだ。デヘル帝国の統一が叶ったら、大陸中の神魔戦争時代の遺跡は、調べ放題にしてやるからな!」と、カドゥは、力強く言った。デヘルの領土となれば、二人に、遺跡の調査を好きにやらせると密約していたからだ。
「だからこそ、協力をさせて頂くのですよ。陛下に、統一して頂かなければ、私達も、何も出来ませんので…」と、絶壁頭の司祭が、揉み手をしながら、同調した。
「まあ、利害が一致しているだけの事なんだがな」と、カドゥは、口元を綻ばせた。満更、悪い気はしないからだ。そして、「どの国から攻めるつもりだ?」と、問うた。最初が、肝心だからだ。
「大陸全部です」と、ネデ・リムシーが、しれっと答えた。
次の瞬間、「な、何ぃ〜!?」と、カドゥは、素っ頓狂な声を発した。荒唐無稽な回答だからだ。そして、「ほ、本気で、言っているのか?」と、信じられない面持ちで、尋ねた。いくら何でも、一国で、大陸中の国を相手にするのは、無謀だからだ。
「本気です」と、ネデ・リムシーが、即答した。
「陛下。まさか、怖じ気付いたのではないでしょうな?」と、ダ・マーハが、問うた。
「ははは。そ、そんな訳無いだろうが!」と、カドゥは、力強く言った。そして、「単に、面食らっただけだ!」と、言葉を続けた。ここで、尻込む訳にもいかないからだ。
「それは、良かったです。陛下が怖じ気付いて、取り止めると申されますと、我々の準備も、無駄になってしまいますので…」と、ダ・マーハが、仰々しく言った。
「しかし、我が国の兵士を全員投入したとしても、全ての国を相手にするのは厳しいのだが、何か策でも有るのか?」と、カドゥは、質問した。兵力からしても、大陸中の国々との長い継戦は、難しいからだ。
「陛下。我らも、無策で、大陸中の国々と戦をしようなどとは、思ってませんよ」と、ダ・マーハが、勿体振った。
「ほう。では、どう戦うつもりなんだ?」と、カドゥは、尋ねた。興味が、唆られるからだ。
「ネデ・リムシー、説明を」と、ダ・マーハが、左隣のネデ・リムシーへ、目配せした。
「承知」と、ネデ・リムシーが、頷いた。そして、「私が、今回の作戦に使用する策は、ソリム国で行った実験を踏まえたものでございます」と、告げた。
「しかし、実験は、失敗したのだろう?」と、カドゥは、眉を顰めた。信用ならないからだ。
「ええ。しかし、実験に、失敗は付き物です。しかし、兵力不足を補うのは、十分の能力は、備わっていますので、問題無いかと思います。と、ネデ・リムシーが、回答した。
「兵力不足を補えるとなるとは、随分と大口を叩けるものだな」と、カドゥは、溜め息を吐いた。大方、近隣の国から援軍でも取り付けたものだと考えられるからだ。そして、「で、何処の国と手を結んだのだ?」と、問うた。
「いいえ。何処の国とも、結託して居ませんよ」と、ネデ・リムシーが、頭を振った。
その瞬間、「ちょっと待て!」と、カドゥは、両目を見開いた。他国の援軍無しなど、有り得ないからだ。
「陛下が驚かれるのも、無理は無いでしょうね」と、ダ・マーハが、示唆した。
「それは、どういう意味だ?」と、カドゥは、睨みを利かせた。聞き捨てならないからだ。
「それは、魔物を無尽蔵に出せる塔を国境沿いに配置して在りますので…」と、ネデ・リムシーが、告げた。
「それは、ソリム国で、使用した物と同じなのか?」と、カドゥは、半信半疑で、尋ねた。失敗は、許されないからだ。
「はい」と、ネデ・リムシーが、返事をした。そして、「今回は、他にも同時に、複数の塔を出現させられます」と、言葉を続けた。
「同時に…だと…?」と、カドゥは、息を呑んだ。そして、「そんな器用な事が、出来るのか?」と、眉間に皺を寄せた。独りでやるには、広範囲過ぎるからだ。
「陛下。私達は、物見遊山で、ライランス大陸へ渡った訳じゃないんですよ」と、ダ・マーハが、口を挟んだ。
「つまり、この計画には、ライランスの方からも、紛れ込んで居るのだな?」と、カドゥは、含み笑いをした。協力者が居るのなら、納得だからだ。
「はい。既に、所定の位置で、待機しています」と、ダ・マーハが、回答した。そして、「陛下の御声一つで、いつでも始められますよ」と、言葉を続けた。
「そうか。では、夜が明けたら、開戦だな」と、カドゥは、意気揚々と口にした。仕掛けるとなると、早いに越した事は無いからだ。
「流石は陛下。見事な御決断でございます」と、ダ・マーハが、同調した。
「ふん。お世辞は要らん。さっさと動け!」と、カドゥは、急かした。歴史的な夜明けが、待ち遠しいからだ。
「ネデ・リムシー。陛下の気が変わらぬ内に、我らも、動くぞ。夜明けまで、時間は無いからな」と、ダ・マーハも、意気込んだ。
「うむ」と、ネデ・リムシーも、頷いた。
間も無く、二人が、瞬間転移魔法で、去るのだった。