始業
中学2年生の夏、私は「普通」でいることをやめることにした。
あの息の詰まるような視線の中に晒されるのも、周りと比べるしか能がない親の元にいるのも、もうこりごりだ。
こんな生活から、抜け出したい。
そう決意した夜、周りへの視線を防ぐため伸ばしていた前髪をパッツンと切ってやった。
そして、まだ肌寒い3月のある日、先輩の卒業式に行くからと言って家を抜け出した。そうしてそのまま、私は制服のままで姿を消したのだった。
___
見慣れた教室のような部屋、見慣れた学校のような机、見慣れた窓から見えるグラウンド、聞きなれたチャイムの音、同じ制服に身を包む6人の男女。私が「普通」をやめた日から3週間が経過した今日、この「学校」とも言える場所に、見慣れた6人の男女が集められた。
「ねぇ、これどういうこと?」
ポニーテールの女がつぶやいた。胸に付けられた名札には「神永」と書かれていた。
この状況だと、神永は我々に問いかけたのかもしれない。だが、その場にいた誰も口を開こうとしなかった。その態度を見て、神永が不機嫌そうに口を開こうとしたとき、木造の扉が大きな音を立てて勢いよく開いた。
「あ?なんだおめぇら、座れ」
入ってきたのは髪を無造作に結んだジャージ姿の女性だった。なぜかバットを肩で支えて持っており、もう片方の手には見慣れた黒い「閻魔帳」が見えた。言葉と同じように鋭い目を見て、全員並んだ6つの机へと向かう。
「あ、」
3つずつ、2列に並んだ机の真ん前には教卓と思しきものが立っている。その目の前の机だけが嫌がらせのようにぽつんと空いていた。__で遅れた。
全員が知らんと言わんばかりに目線をそらす。誰だって教師に一番近い席は嫌に決まっている。あのヤンキーのような女性が教師とは思えないが、この状況から行くと彼女がこの教卓を使うことはなんとなくわかった。
「はぁ、」
小さくため息を吐きながら仕方なく余りものの席に座る。
「よかったな、雲隠」
「っえ、」
不意に名前を呼ばれてすっとんきょんな声が出る。
「残り物には福がある。そんなお前にプレゼントだ」
そういうと、彼女は私の名札になにかを付けた。
「なにこれ、リーダー…!?」
「クラスから1人、リーダーを出さなきゃいけねぇが、ンなかったるいコト誰もしねぇだろ」
「…だからここの席に座った生徒を…ってことですか!?」
「ご名答」
いたずらっ子のようににやりと笑う彼女はどことなく幼く見えた。が、あまりにも短絡的すぎる。しかし、なぜか名札に付けられた歪な「リーダー」というバッジは取ろうとしても取れなかった。
「はは、お似合いじゃん」
さっきの神永が面白そうに斜め後ろから野次を入れる。
「さぁおめえら、今日からここ『殺し屋学校』が始動する。知っての通りここには殺し屋を目指すガキどもが集まっている。全員仲間で全員ライバルだ」
先生の言葉にこの先への恐怖か、はたまた武者震いか、よくわからない震えが起きる。それでも、顔のにやけを抑えることはできなかった。
「精進しろ、お前ら」
あの日、「普通」をやめた私たちの「殺し屋学校」での"非"日常が始まる。
私たちはここで殺し屋になるんだ。