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ソウが見た不思議な光景 〜 ブロックさんとミュートさん 〜

 俺の名はソウ。一子相伝の殺人拳『スルースキル拳』の使い手だ。

 俺はこの架空世界を旅して回り、さまざまな強敵と出会って来た。

 強敵というのはいいものだ。何度拳を合わせても充実感があり、闘いの後には友情も生まれた。


 今、俺は新たな土地『ナロウ王国』に着いたところだ。

 ここにはどんな強敵がいるだろう?




 町の入口を潜ると、町の人がちょうど楽しそうに鼻歌をうたいながらこちらへ歩いて来る。


 俺は町のことを聞こうと思い、話しかけた。

「こんにちは」


 すると突然、その人の周囲に壁が出現した。

「うお!?」とびっくりして仰け反る俺を無視して、その人は何も気づいていないように俺の横を通り過ぎて行った。


「なんだったんだ……。今のは……」


 俺が呆気にとられていると、二人の拳士が話しかけて来た。

 早速強そうな二人に出会えて俺は嬉しかった。


「ようこそ、ナロウ王国へ。旅のお方」

 そう言って出迎えてくれたのは、鋲のたくさん入った革のジャンパーを着た、見るからに強そうな、逞しい大男だ。


「我らが王国はどなたでも歓迎します。新たな住人になってくださると嬉しく思います」

 大男の隣に並び、優しい声でそう言ってくれるのは長身の優男。薄青い美しいローブを纏っている。


 俺は二人に挨拶をした。


「こんにちは。俺はこの町に強敵を求めて来ました。見たところ、お二人ともとても強そうですね。拳士とお見受けしました。どうか、私と手合わせ願えませんでしょうか?」


 すると二人は顔を見合わせ、申し訳なさそうに俺に言ったのだ。


「生憎ですが、私達はアンドロイドなのです」

「アンドロイド? NPCノンプレイヤーキャラクターということですか?」

「まあ、そのようなものです」

「そのようなもの……というと」


 二人はそれぞれに名乗った。


「私の名は『ブロック』と言います」と、革ジャンの大男。

「私は『ミュート』です。よろしく」と、青いローブの優男。


「ところで……」と、俺は二人に聞いてみた。「さっき、町の住人と出会ったのですが……」

 話しかけた途端、その人の周囲を壁が取り囲み、しかも自分の存在には気づいてもいないようだったと話すと、ブロックさんが説明してくれた。


「あなたに対してブロック機能とミュート機能を同時に使用していたようですね」

「ブロック? ミュート?」

「ブロックとは迷惑メールのブロックや着信拒否のようなもの。相手が話しかけて来たらそれをはじき返します。ミュートは掲示板のNGID設定機能のようなもの。設定した相手の言葉を聞こえないものにします」

「しかし……。私はこの町に来たばかりで、あの方のことなど知らないのですが……」

「名の通った強い拳士にはことごとくミュート&ブロックを事前にしている人は多いのですよ。腕に覚えのありそうな人間が嫌いなのでしょう」

「へえ……。失礼というか、無礼じゃないですか?」

「我慢してください。それがこの町のルールです」


 俺は二人に町を案内してもらえることになった。

 ライブのような催しがそこかしこで開催されていた。ここはそういう『自己表現』を観光資源にしている町なのだ。

 ステージの上で歌っている人や物語の朗読をしている人、演劇をしている人がいる。そんなステージが途方もない数設えてあり、どれを見に行ったらいいかわからないぐらいに活気があった。

 ステージの外では出演者同士の交流などもあり、見ているだけで俺もなんだか楽しくなって来た。


 しかし、すぐに気づいた。

 一見、活気があるように見えるのだが、よく見るとなんだかみんなコソコソとやっている。

 なるべく目立たないように、盛り上がらないように、抑えた楽しみ方をしているのが明らかなのである。


 ブロックさんに聞いてみると、すぐに理由を答えてくれた。

「あまりお客を集めすぎたり、賞賛されたりすると、不正をしているのではないかと疑われるのを怖がっているのですよ。プロとしてデビューすることの出来たパフォーマーさんだけが何も気にすることなく、盛大に盛り上がることが許されているのです」


 それでなるべく盛り上がらず、楽しまないように気をつけてやっているのか。

 バカみたいな光景だなと思ったが、俺にはわからない世界なのでスルースキルを発動させた。


 しかし、やはりアレが気になる。

 見ないようにしようとしても、どうしても気になってしまう。


『ランキング』と看板の出されたステージに立つ出演者の前を通り過ぎて行く人の何人かが、そこを通る時に周囲に壁をシュッと出現させる。そんな光景をちょくちょく見かけるのである。あまりにもそれは異様な光景だった。


 ブロックさんがまた説明してくれた。

「ブロック機能は私が、ミュート機能はミュートさんが、民衆に無償で貸し出している便利機能です。民衆はいつでも好きな時に、各自の自由意志で私達の能力を引き出して使うことが出来ます」


 私は素直な感想を言った。

「しかし……。だからといって、あまりにも無節操に使用しすぎじゃないですか? はっきり言ってみっともないし、他人に対して失礼なのでは?」

「神が『各自自由に使ってよい』と定めてらっしゃるのです」

「それって神がめんどくさいだけなんじゃないですか? 何かトラブルが起きても責任をとらなくていいように、責任を民衆に丸投げしてるだけなんじゃ……」

「民衆だってバカではないはずです」

「でも普通、そんな機能使わなくても、よほどひどい被害でもない限り、自分でブロックとかスルーとか出来るものなんじゃないのかなぁ」

「民衆とはそういうものですよ。弱いものだ。だから私達の便利機能に頼るのです」

「まぁ、戦士の私達と違って民衆とは弱いものだ。それはわかる。それにしても……」

 俺はそう言ってその場の光景を眺めた。


 愛の告白をしているらしい男性がいた。それを受ける女性の周囲に壁が出現した。どうやらミュート機能も併用しているようで、女性から男性は見えてすらいないようだった。


 俺は言った。

「その気のない異性から告られて、冷たい態度をとり続けてあげるのは優しさというものだ。そんな優しさを自分では発動させることが出来ず、便利機能に頼ってしまうというのは……。人間としての機能が弱っている証拠なんじゃないですか?」


 今度はミュートさんが答えてくれた。

「ここはネット世界ですからね。現実世界で人間関係にくたびれ果てているのに、ネット世界でまでそんなエネルギーを使いたくないというのが民衆の総意のようですよ」


 そう。ここはリアル世界ではない。インターネット上の仮想空間であり、ヴァーチャルワールドなのである。だからといって……


 俺は言った。

「しかし、だからといって、相手は感情をもたないNPCなどではない。自分が傷つかないために相手は傷つけてもいいなんて、そんなわけはないでしょう。何よりリアルでそんなに人間関係にくたびれ果てるというのなら、ここで練習して経験を積めば、それはリアルでも役立つことになると思うんですが……」


 すると傍で聞いていたらしき女性が、俺に罵声を浴びせて来た。

「押しつけるな!」


 女性の音頭に同調するように、他の者たちもこぞって俺を罵倒しはじめた。

「おまえの意見を押しつけるな!」

「それはおまえの意見でしかない!」

「考え方が狭すぎる!」


 いや、俺は素直に自分の感想を口にしただけだったのだが……。違うというのならどうか反論してほしいだけなのだが……。彼らはどうやら自分達が批判された気になり、不快にさせられたことだけが問題なようだった。まぁ、どうでもいいのでスルースキルを発動させた。


 俺は続けてミュートさんに言った。

「しかしあなたの能力は便利なものですね。私も是非使って、あの民衆たちを見えなくしてしまいたいものだ。……しかし、気になることがあります」


 俺が話を続けようとした時、町に入り込んでいた魔王の部下のモヒカンが武器を振り上げてこちらに迫っているのを見つけた。俺は指先ひとつでそいつをダウンさせると、続けた。

「こういうモヒカンに対してブロックを使うのはわかる。ミュートでは暴力を防ぐことは出来ず、ボコられてしまいますからね。ただ、一般民衆どうしでブロックを使う意味というのは、何なのですか? ミュートだけでいいような気がしてならないのですが……」


 するとミュートさんは答えてくれた。

「ミュートだけでは、自分の見えていないところで暴言を吐かれていても気づけないからと言うのです。だから壁も併用し、そういう暴言ははね返せるようにしているのです」


 呆れてしまった。

 つまり、自分が相手からミュートされているらしいと気づいたら暴言を吐きはじめるようなキチガイが周囲にはいっぱいいると思っているのだ。

 どれだけ人間をバカにしているのだ。

 そんなキチガイがいたら誰かに神に通報してもらい、世界から追放してもらえばいいだけなのではないだろうか?

 俺からすれば、そんなキチガイを見抜けないだけでも信じられないことではあるが……。


 このままではヤバいだろう、この世界。

 俺は善意のつもりで自らステージに上がり、演説を打ってみることにした。


「諸君! 愛せないものの前は何も言わず素通りするものだ! 壁を作って相手に見せることは相手をモヒカン呼ばわりすることで、それは防御であるが、モヒカン呼ばわりされたのが罪もない民衆であるなら、それは攻撃の意味ももつ! モヒカンなどそうそう町に入り込んで来るものではない! 君の目にモヒカンのように映っているそいつはモヒカンなどではない! ただの善良なる民衆だ! 好きではないと感じるのならばミュートを使うべきである! いや、そもそもスルースキルさえ自分で持っていれば、そんな機能すら使う必要はない! 人間力に目覚めよ! 己を人間として成長させるのだ! そうでないとこの町はいずれおかしな伝染病を外界までまき散らす温床となってしまう!」


 すると町の英雄と呼ばれているらしき男が一人、戦う前から勝ち誇ったような冷笑を浮かべながら、前に進み出て来て俺に言った。

「あなたは考え方が狭い。狭すぎます。もっと広い世界を見ることをお勧めしますよ。ここはそういう町なんです。ここでは誰もが他人を無用に傷つけてでも自分だけを守ることが神から許されている。ここではそれが常識なんです」


 世界は広いんだからこういう不思議な常識もある、それを認めろということらしかった。

 いや、認めるも何も、認めさせたいのならまず俺の言うことにまともに反論してみてほしかっただけなのだが……


「もう、いいよ」

「しつこい」

「おまえはいらない」

「他人を批判するな」


 口々にそう言われ、仕方ないので俺は町を出ることにした。

 出て行く時に、ブロックさんとミュートさんに挨拶をした。


「弱い民衆を守る貴方がたのことを尊敬します。しかし、弱すぎて自分では何も出来ないあの民衆のことは……」


 ミュートさんが自分の口に人差し指を当てた。

「愛せないものの側は、黙って通り過ぎるものですよ」



 俺は町を出た。

 ミュートさんの言う通りだと思ったからだ。

 俺だって言葉の矢がやむことなく降り注いで来るならブロックさんにお願いしたい。あまりに醜いものが目につくところにずっとあったらミュートさんの能力を貸してもらいたい。しかし、あの民衆たちは、いくらなんでも気軽にそれらの機能を使いすぎだ。あのままではあの町の人間関係は荒れ果てて、ひどい有様になって行くことだろう。

 もちろん、俺の杞憂に過ぎないのかもしれない。俺が間違っているのかもしれない。それならばそうと、俺を納得させる反論をしてみせてほしかった。もちろん自分のパフォーマンスを磨くのに忙しく、そんな労力を使っている暇はないというのなら納得も出来たが、それにしてはやたらと裏の掲示板などでも無駄な労力を駆使して俺を叩いて来るのだ。俺が反論などしようものなら匿名で暴言で返せるような場所で的外れな反論を浴びせて来るのだ。


 人間的弱さの享受。

 強さを磨くことの放棄。

 自分が気に入らない他者への尊厳の不要の全肯定。

 そんなもののように俺は思えた。


 それがこの町だけのことで済むのなら俺はもちろんスルースキルを発動させるだけだ。

 しかし、この町は大きい。それが問題だ。

 未来に向かって、この町が香ばしい毒を放つことになる。俺にはどうもそんな気がして仕方がなかった。


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