彼女のギフト
ギフト、それはこの国に生まれた人間なら誰にも平等に与えられるものだ。十五歳になると神殿でどんなギフトが与えられているか調べることが出来る。将来の仕事にも関わるため皆自分のギフトがより良いものであることを望む。
身体強化や魔法、精密な絵を描いたり、未来を見たり様々なギフトがある。どんなギフトがあるか調べるギフトは神殿への就職が決定したような物だからとても人気がある。芸術系もギフトがあることによって支援されやすいのでそれを望むものも多い。兎に角、より強く汎用性が高いギフトを得たいと誰もが思っているのだ。
ルルーは姉のリリーみたいな身体強化のギフトが欲しかった。格好良く戦う姉に憧れていたのだ。
ギフトの内容は身分や性別に関係なく、平民でも強力なものが得られることがある。だから、なり上がりのチャンスとも言える。リリーはそれに成功したのだ。身体強化と剣技の二つのギフトを得たリリーは傭兵になり、その活躍を認められて地方の伯爵令嬢付きの護衛騎士になった。
ルルーの周りでそんなに出世したのはリリーだけだ。母のララーはパンをふっくらと焼くギフトでパン屋に勤めている。父が亡くなってから一生懸命朝早くから働いて二人を育ててくれた。
ルルーもリリーのようにお金をたくさん稼いで母に楽をさせてやりたい。こんな狭い家じゃなくてもっと広くて素敵な家に引っ越させてあげたい。いつもそんな風に考えていた。だから、十五歳の誕生日を迎えた時には急いで神殿へと走っていったのだった。
そして、ルルーのギフトを神官が調べてくれた。彼が少し困ったように眉毛を下げたので、その時点でルルーははずれギフトなのかと落胆した。そして次のように告げられた。
「君のギフトは、甲殻類の殻を一瞬で剥いて下処理を完了する、というものだ。非常に珍しいし便利なギフトだと思う」
「甲殻類、ですか?」
「ああ、エビやカニだね」
「なるほど」
ルルーはがっくりと肩を落としてとぼとぼと帰路につく。甲殻類を処理と言われても困ってしまう。姉のようになりたかったのにと思うとつい涙がこぼれた。
家に帰るとルルーは母にギフトのことを伝えた。
「お母さん、私のギフトなんだけど甲殻類の殻剥きと下処理が一瞬で終わるんだって」
「甲殻類? エビやカニ?」
「そうよ」
「それはまた珍しいわね」
母はあっけらかんと言った。その顔に嘲りや落胆がないことにルルーは安心する。
「うん。神官様も珍しいって言ってた。私これからどう生きたら良いんだろう?」
「ルルー、世の中にはギフトとは関係のない仕事についている人だってたくさんいるよ。だから大丈夫。ルルーには良いところがたくさんあるんだから」
「そうかな?」
「そうよ」
そう言って母はルルーを抱きしめた。母に抱きしめられるのは久しぶりで少し照れくさかったが、母からただよう美味しそうなパンの匂いでルルーはお腹がぐう、と鳴った。
それから一ヶ月経った。ルルーは自分に向いている仕事を見つけてそこで働いている。
「ルルーちゃんこっちもお願い!」
「はい!」
ルルーが手をかざすと次々とエビの殻が剥かれ背ワタが外れていく。それを手際よく女将が料理していく。
海沿いにあるシーフードレストランでの仕事はまさにルルーにとっての天職だった。
忙しい昼食時が終われば夜の仕込みを始める。カニに手を翳して殻を外し、身をほぐす。ルルーはそれを女将に渡してたから他の作業を手伝う。
「ルルーちゃんが来てくれて本当に助かってるよ。エビやカニの下処理は大変だし時間がかかるからね。人気があるからたくさん必要だし、私にはルルーちゃんが天使に見えるよ」
「女将さん、褒めすぎですよ」
ルルーはちょっと照れくさくて鼻の頭をかく。隣からカニを料理する良い香りがする。このレストランにとってルルーは最早なくてはならない存在だった。給料だって平均より多く貰っている。姉のように華やかではないが立派な仕事だとルルーは思っている。
日々を忙しく過ごしているとあっという間に一年が過ぎた。その日は長めの休暇を貰った姉が久しぶりに帰郷するのでルルーは朝から落ち着かなかった。姉のことは好きだがコンプレックスが強いのだ。身体も大きくサバサバとしていて悪ガキどもを引き連れていたリリーに比べてルルーは花を摘んだりお菓子を作るのが好きだったし、見た目も姉の方がずっと綺麗だった。初恋の相手のジョンも姉のことが好きでルルーなんて全く眼中になかった。
そんな事を思い出しながら家に帰ると既に姉が帰ってきていた。記憶よりも色が白くなり、髪がかなり伸びていた。ルルーが着たことがないような上等な生地の服を着たリリーはどこかのお嬢様のようだった。ルルーが驚いた顔をしているとリリーは苦笑いをした。
「これ、似合わないだろう? お嬢様が折角帰るのだからとプレゼントしてくれたんだけど、普段あまりスカートなんて履かないから落ち着かないよ。髪もお嬢様が伸ばして欲しいって言うから面倒だけどこんなに長くなっ
てしまって。手入れが大変なんだ」
「ううん、すごく素敵だよ。どこかのお嬢様かと思った。お姉ちゃん、大事にされてるんだね」
「ああ。護衛騎士なのにこんな良くして貰って申し訳ない位だよ」
「お姉ちゃん、戦ったりとかはもうしていないの?」
「最近はお嬢様のお茶やら買い物に付き合うことが多いかな。お嬢様がどうしてこんなに私に構うのかわからないよ」
リリーへの劣等感がどんどん積もっていく。自分なりに折り合いをつけたはずなのにルルーは姉のことを羨ましい、と思ってしまった。ルルーの顔が曇ったのを見てリリーは話題を変えた。
「そういえばルルーのギフトは何だったんだ? 手紙じゃ絶対に教えてくれないから気になっていたんだ」
「私のギフトは、甲殻類の殻を剥いて下処理を一瞬で終わらせられるんだ」
ルルーは努めて明るい声を出した。卑しい嫉妬が顔を出さないように慎重に笑みを作る。
「甲殻類ってエビやカニのこと?」
「そうよ。海沿いのシーフードレストランで欠かせない人材なのよ」
「そうか。ルルーも立派になったな」
嬉しそうに目を細める姉は相変わらず優しくて、ルルーは苦しくなる。長く伸ばした髪に手入れされた肌、仕立ての良い服、どれもルルーにはないものだ。後ろで括れる程度の短い髪に日焼けしたそばかすの多い肌、安くて丈夫な服。姉と比べると惨めな気持ちになった。姉のことが好きなのに、苦しいとルルーは思った。
姉が帰ってくるという話をしたら女将が大きなロブスターをくれたのでルルーは姉と母の前でギフトを披露した。二人ともすごいと褒めてくれたがルルーの気持ちは晴れなかった。
翌日は休みを取っていたので姉と母と町に出かけた。姉が二人に何かプレゼントしたいというので雑貨屋や良服店を見て回った。そろそろお茶でもしようかと言っている時に悲鳴が聞こえた。町中の人たちが逃げてくる。
その先を見つめると巨大な黒い影が見えた。
「モンスターか! 私が行こう。どこかに剣があれば良いのだが」
「探してみる! 見つかったらお姉ちゃんに渡すね」
「ああ、ありがとう。危ないから母さんもルルーも無理はしないでくれ。私は騎士だから皆を守る義務がある」
「でも、お姉ちゃんの主人はお嬢様でしょう?」
「目の前の困っている人を放ってはおけないさ」
姉はいつもこうだ。真っ直ぐで、正しくて、羨ましくなる。ルルーにとって憧れの人。だから、姉に誇れる自分でありたい。ルルーは鍛冶屋に走って行き一番強そうな剣を選んだ。店主はいないようなので後で事情を説明しようと考えた。重い剣を持って走るのはとても苦しかったが、ルルーは姉に剣を渡すために彼女がいるところを目指した。ルルーがリリーの近くに辿り着くと大きなモンスター相手に姉はモップのような棒切れで戦っていた。どこかを怪我しているようで動きが悪くなっている。ルルーはリリーに向かって走る。人生で一番一生懸命走った。
「お姉ちゃん! 剣だよ!」
「ありがとう、ルルー。これで戦える」
重たい剣を軽々と持ってリリーはモンスターに立ち向かう。とても巨大で硬そうなモンスターだった。関節の間から毒のような禍々しい緑色の汁が噴き出している。リリーが素早い剣捌きで攻撃していく。だが、硬い身体にはなかなか傷を付けられない。しかし、モンスターはリリーが手強いとさとるとルルーへと狙いを変えた。それに気付いたリリーはルルーを守ろうと前に出る。だが、モンスターの速さに追いつけなかった。
「ルルー!!!」
「お姉ちゃん。ごめんね。駄目な妹で」
武器も持たずひ弱なルルーは迫り来るモンスターになす術もなく両腕で顔を覆った。すると、奇跡が起きた。ルルーの目の前にいたモンスターが真ん中でパックリと割れて身と殻に分かれたのだ。ひどい匂いが漂ってきたがルルーは無事だった。リリーはルルーに駆け寄ると彼女を抱きしめた。
「ルルー、無事で本当に良かった。しかし、あんなに強いモンスターを一撃で倒すなんてすごいぞルルー!」
「もしかして、あのモンスター、甲殻類だったの?」
「多分、そうなんだろう。本当にルルーが無事で良かった」
姉に抱きしめられるなんて幼い頃ぶりでルルーは少し恥ずかしかったけれど、彼女のしたいようにさせた。
駆けつけた騎士団員にことの顛末を告げると彼らは非常に驚いてから、また似たようなモンスターの討伐があれば手伝ってほしいと言った。ルルーとリリーはモンスターから町を守ったことにより表彰されて報奨金も貰った。そのお金でルルーと母は広い家に引っ越すことができた。姉は数日後に主人の元へ帰っていったが、これからはもっと手紙を書くとルルーと母に約束した。
それから、ルルーは普段はシーフードレストランで働き、甲殻類の討伐があれば傭兵としてそこへ向かった。彼女さえいれば甲殻類のモンスターなら何でもすぐに討伐できたため、甲殻類殺し(シュリンプクラブキラー)という二つ名が付いたのだった。
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