V:coup d'état
それから城外に出ると、屍の山は大分無くなっていました。
白のエルフとオークがまだ息が有る者を癒やし、癒やされた者達が死人達を埋葬をしようと運んだのでした。
一行は馬に乗り、王に別れを告げて馳せて行きました。
ヴィルニアとエレクトラはアノルの自分達の白馬に乗り、ディアとオークは闇の様な大きな黒馬に乗りました。
それから一度も休まず日が完全落ちた頃、少女は急に馬を飛び降り、少女にはとても不似合いな、背丈より少し大きな、頑丈そうな弓を取り、十本程矢を番えて、果てしないとも思われる漆黒の荒原へと放ちました。
矢は音を立て、遂に夜目の効かぬ少年の目の届かぬ場所に飛んで行きました。
ヴィルニアは馬の歩を止めましたが、シャイアンは矢の飛んだ方向に馬を馳せて行きました。
少女はオークに止まるように呼びかけました。
「待て!此処にはアバンが有るではないか。追撃は必要無い!」
オークは戻って来て、
「しかし王女の御身を護らねば。」と言いました。
少女は答えました。
「それも必要無いな。エレクトラは王女でアバンの使い手だろう?支配権が無いとはいえ、身を護ることすら出来ぬとは思えぬ。」
それから白はヴィルニアからアバンを取り上げ、エレクトラに渡し、言いました。
「くは、我が兄より受けし王族の力を示せ。」
エレクトラは物を言わず、アバンを手に取り、少女が弓を射たのと同じ方向に魔石を掲げ、呪文を唱えました。
アバンからは目眩く閃光が放たれ、エレクトラがアバンを向けた遥か遠くから地響きがしました。
少女は、オークを見て、
「さあ、エレクトラとヴィルニアは食事を取らねば。」
と言いました。
少年は父を失った事と、祖父を殺せねばならぬと云う悲しみで食べる気にはなれず、エレクトラも同じでした。
シャイアンは落ち着かない様子でオークの大剣を抜き、白はヴィルニアにこれまでの事を語って聞かせました。
白が口を開きました。
「私は本当の所、暗闇を統べ、支配するエルアラ、“闇”の主で在り、ドワーフやゴブリン、オークなどの暗闇の醜き兵達の王位に君臨するカランディだ。しかし私が在るべき場所を奪ったのはリンウェと同じエルアラ、空間のナルディンと焔の民ハバリの支配者、私達に於いて最も力在り、最も先に産まれし者、ライノールだ。我が兄の襲撃に我が国は破滅を余儀無くされ、闇の國には砦となるべき同盟国も無く、強靭な民は残虐な焔に死に絶えて逝った。そしてシャイアンは唯一人、生き延びて私に付いて来たのだ。他の者達は皆、捕虜にされるか殺された。だから私は他の兄弟達や全生物の為にも兄を殺せねばならぬ。その為にお前の力が必要なのだ。」
少女は其処で言葉を切りました。
ヴィルニアは彼女こそが、被害者であると思いました。
エレクトラは干した肉を少し齧りまた白馬に跨り、「さあ白、急ぎましょう。ご覧の通り我等の敵はすぐ其処にいます。」と言いました。
少女は馬に乗り、先頭を行きました。
ヴィルニアとエレクトラはその後に続き、シャイアンが殿を務めました。
更に入り日の刻まで進むと、ヴィルニアはその鋭い眼で獣の死骸を見いだしました。
そしてヴィルニアそれこそエレクトラの云う敵の斥候であると悟りました。
それからオークとエルフ達は東雲の光の中をさらに進みました。
日が一番高くなる頃、一同はヴィルニアの国の国境に着きました。
ディアは純白の髪を束ね黒い外套の中に隠して頭巾を被り再び銀の仮面を付け、王国内に入りました。
エルフの敵、オークであるシャイアンは言いました。
「私がこれより中へ罷り通る事は叶いますまい。白よ、貴女に付いて参れぬ事をどうか許し給え。」
白エルフは静かに頷きました。
それからシャイアンは、ヴィルニアに向かって言いました。
「レイシアンの血を受け継ぐ者、類い希なる半エルフの少年よ、どうか貴方が使命を果たさん事を。」
白は言いました。
「お前は直ちに水の民レピシアの地へ行け。」
シャイアンは頷きました。
「白の姫君の仰せの儘に。」
オークは煌めく両刃の剣を抜き、剣は閃き、エルフへの忠誠を示しました。
シャイアンは声高に言いました。
「我が古の主君、我が白の姫、我が闇のカランディ。我に恩恵を与え賜ん事を。」
シャイアンは馬に飛び乗り駆けて行きました。
都の近くまでくると、エレクトラは言いました。
「げに悲しい事です。我が息子、我が夫に似て非なる者、古のレイシアンの末裔よ。貴方は我が大陸の同胞、即ち死すべき命を持つ全ての者達の為に清らなるその身に罪を負うのです。嗚呼、貴方も私も尊属を失わんが為に城に戻るのです。夫を失った次の朝に。一体、これほど悲しいことがありましょうか。」
白は言いました。
「だとしても、進む他はあるまい。それともお前はこの儘、破滅の道を選ぶや。どちらにせよ我等は悲しみを纏わん。」
「我が王、我が母、貴女方には悩む時間は無いはずです。さあ。」
そう言うとヴィルニアは馬で先に駆けて行きました。
エレクトラは呟きました。
「嗚呼ヴィルニア、貴方は何時の間にこの様に父に似てしまったの?私には貴方が破滅に導かれ…いいえ、自ら向かっている様にしか見えないわ。」
白はヴィルニアに続き、その後ろにエレクトラが続きました。
ヴィルニア達はこの都の一番西の宮殿の様に大きな館に住んでいました。
都に着くと、エレクトラは
「我が家にいらして下さいませ。私の最も愛する者が彼らの父や母の様に苦しんでおります。」
と言いました。
しかし幾ら頼もうと白が決して首を縦に振らなかったので仕方なく城に向かいました。
都を更に進み、城門まで来ると兵士に止められ、白は軽やかに黒馬を降り立ちました。
白は言いました。
「さあ、門を開けて貰おう。エレクトラ王女とその息子、王孫ヴィルニアが帰った。」
すると兵士が無言のうちに門は開き、一行は馬に乗ったまま城内に入りました。
馬を厩に置くと、彼等は如何にもエルフの王城らしい、煌びやかな宮殿に入りました。宮殿には細やかな彫刻、明らかに魔力を持つ大きな宝石、美しい絵などが飾られていました。
玉座の間の近くに来ると扉は自ら開き、東のエルフ達、即ちアヴァンシアの国アノルの王マイヌートが玉座に座していました。
彼はエルフの美しさ荘厳さを纏い、明らかにケユクスとは違う若さを持っていました。
彼も偉大なエルフ、レイシアンの純血なる子孫で、衰えることなきを約束された者の一人でした。
彼等は後に続く者達、或いは久しくして産まれた者達、即ちフェニエルと呼ばれました。
マイヌートは言いました。
「黒衣の者よ、汝何者たるや?」
「どうぞメリリアとお呼び下さい。」
メリリアとは闇或いは黒の乙女で、彼女はそれを嗤う様に言いました。
それを不快に思ったマイヌートは言いました。
「仮面も外套も我が間で纏うべきに非ず。汝それを赦されん事に能わず。何故王の間に入るや?」
「ご無礼お詫び申し上げます。私は闇の民リンシアであります。光は我等の命を奪います。御意に背かん事、どうかお許し下さいませ。ご用が御座います。お聴き入れ下さい。」
「申せ。」
マイヌートが言いました。
「お伝え申し上げましょう。我が国の女王、闇のディアが崩御なさいました。我が民リンシアは、私と出掛けていた騎士達を除けば皆、討ち死に致しました。女達は悲しみに自ら事切れ、子供は道連れに御座います。無情の兵に自刃する者も珍しくは有りませんでした。女帝の兄で在らせられるライノール王の焔の民がハバリとの戦いでそのようになり果てたので御座います。私はそれを陛下にお伝え仕りに参りました。」
マイヌートは心底悲しそうな表情を浮かべました。
しかしその場にいる総ての者はそれが偽りの貌で、瞳の奥が喜びに閃いた事を見抜きました。
「誠か、カランディ同士の戦いがまた始まったのか。同族がまた死んで逝くのを見届けねばならぬのか。」
それからエレクトラに目をやると、言いました。
「王女よ、そなたの婿は何処へ。あの卑しい人間はエルフ同士の戦を恐れ既に逃げたと申すか。」
エレクトラは応えて、
「いいえ、私の夫は名誉ある死を遂げました。人間の短い命が更に短くなっただけのこと。私はもう悲しみませんわ。」
と言い、ケユクスの折れた剣とアバンをマイヌートに示しました。
「我が父君、どうかこれは私にお譲りください。」
マイヌートは、笑みを浮かべ、
「よかろう。それでこそ我が王女だ。エルフは絶大なる悲しみにも耐え抜く力を持つ。さあ再び我が娘となりこの国の姫として城に住むのだ。」
と言いました。
「有難う御座います。我が王、私は女王としてこの城に君臨致しますわ。」
彼女は刹那のうちに、毒の塗られた小刀を鞘から引き抜き、その両刃を持ってマイヌートに向かいました。
彼はフェニエル・エルフの優れた身体能力を以てして小刀を躱そうと俊敏に動きました。しかしエレクトラも素早く、加えてその鋭い切っ先はマイヌートに瑕を与えました。
高貴な鮮血が滲み、王の外套を赤く染めました。
王はそのまま倒れこみました。
「さらば、我が父!私の夫と同じように、貴方の命もまた短くなったのです。私がこの城に住まうのは姫としてではなく王として、です。」
「何故だ、エレクトラ!我が娘、エルフ王を見くびるな。この程度では死なぬわ!」
「エルフはただの毒薬では死なない。だからこそ、毒だ。お前の孫がお前に手を掛ける!」
白は銀の仮面を外し、赤い虹彩と白く豊かな髪を露にしました。
「卑しい闇のカランディ、か!流石だな、我が娘を堕落させるとは!さらば、エレクトラ!」
「もう直ぐ毒が周る。その毒薬は麻痺させるだけ代物だ。但し強力な催眠効果がある。お前は毒薬では死なせぬ!お前の孫がお前の息の根を止める。さあ!」
ヴィルニアは母のナイフを取り上げ、倒れている祖父に向かって振り上げました。
王は遂に事切れ、アノルには新たに女王が君臨しました。
遂にヴィルニアが祖父に手を掛けました!
タイトルが何故かフランス語・・・爆