卒業パーティーで婚活詐欺されました ~幸せを呼ぶ壺から始まる恋の話~
「学園卒業までにパートナーが決まらなかったら、親からお見合いしろって言われてて焦ってたんだからしょうがないでしょ! 向こうから声かけてきてくれて、つい嬉しくなって話していたら、いつの間にかこの『幸せを呼ぶ壺』を買わされちゃって……」
「ルイズの騙されやすさは相変わらずだな。それで、いくらしたの? その壺」
「300リラ。あ~あ、ツイてないなあ」
詐欺とは思えない程、非常に妥当な値段……何だったら少しお得なぐらいだ。やっぱりいつもの『カモすぎてカモれない』パターンか。
ルイズはどこまでも純粋でお人好しで騙されやすい。騙そうとした人間が心配してしまう程に。
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親同士の仲が良かった関係で、幼い頃から彼女とよく一緒に遊んでいた。一つ年下ということを差し引いても、ルイズはあまりにも無邪気過ぎて、少しでも目を離すとふらふらと誰かに付いて行ってしまいそうでいつも心配していた。あの頃はまだ、世話の焼ける妹のように感じていた。
6歳の頃、彼女は本当に誘拐されてしまった。本人曰く、「お菓子をあげるから付いておいで」と言われてコロっと連れ去られたらしい。今時そんな誘い文句で騙される貴族の子供がいるのだろうか。
攫われた彼女は誘拐犯から三食ごちそうを振る舞われて、そのまま解放された。あまりのチョロさに家庭環境を心配されて、知らない大人に付いて行かないようお説教されたらしい。誘拐犯から。
彼女の両親も本当に誘拐されたのか半信半疑だった。実際は迷子になったルイズを優しい世話好きな人間が保護してくれただけなのではないかと。彼女の話を聞くとそうではないことは明らかだったし、ルイズが嘘を吐く時は、必ずたらりと汗を流し右斜め上を見つめ口笛を吹くという癖があるので、おそらく誘拐されたのは真実なのだろうと言う結論に至った。
だが、『誘拐された』という事実は様々な憶測や風評を招きかねないので、大規模な捜査は行われなかった。
僕は許せなかった。妹のように大切に思っているルイズを、(結果はともかくとして)犯人は傷つけようとしたのだから。そして彼女を守れなかった自分自身にも腹が立っていた。
子供に出来ることなんて限られていたが、地道な聞き込みを続け、三年掛かりで犯人の居場所を突き止めた。改心せずに悪事を続けてくれていたおかげで、一切躊躇せず警邏に匿名で通報した。
12歳の頃、彼女は魅了の魔法をかけられた。本人曰く、「隣国から取り寄せた珍しいクッキーがあるのですが召し上がりませんか」と名前も知らない同学年の男子生徒から誘われて、ホイホイ食べてしまったらしい。6年間でいったい何を学んできたのだろうと呆れてしまった。
男爵令嬢の婿という立場を狙った犯行だと後に取り調べで判明したが、実際には解毒薬を飲ませ介抱した上に、知らない人間からもらった飲食物を簡単に口にしないよう注意されたらしい。強制わいせつ未遂犯から。
何だか様子がおかしいルイズを問い質して一連の出来事を聞き出した僕は、はらわたが煮えくり返るような怒りとともに彼女への恋心を自覚した。
ルイズには今回の件を口止めした。デリケートな内容だし、幸か不幸か彼女は奴のことを運悪く食あたりした自分を助けてくれた親切な人程度に考えているようだったから。
前回とは異なり、すぐに犯人の生徒を突き止めることが出来た。限りなく拷問に近い取り調べを終えた後、二度と彼女に近づかないことを約束させ、奴を退学させた。事件を未然に防げなかったことは悔やまれたが、さすがに四六時中一緒にいることはできなかったのでどうしようもなかった。
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「そんなにお見合いがしたくないなら……僕で良ければパートナーになるよ。ルイズのことは小さい頃からよく知っているし、そのうちもっと大きな犯罪に巻き込まれないか心配だし……爵位も同じで親同士も付き合いがあるし……それに……何よりルイズの事好きだから……」
口の中がカラカラで、声が震えてしまいそうになりながらも、何とか彼女に想いを告げた。
「……アラン、私を騙してるんじゃないよね……?」
思わず気が遠くなりかけた。あれだけホイホイコロコロ怪しい奴等に散々騙されてきたくせに、幼馴染の僕を疑うのか……まさかそこまで彼女に信用されていないとは思わず、途轍もないやるせなさを感じた。
「何で僕にだけ疑り深いんだよ……」
『嘘じゃない』『信じてほしい』と説得すべきなのだろうけれど、ショックのあまり情けない本音が口から零れてしまう。
「だって……嘘だったら悲しすぎるから……」
気付けば彼女の両眼には涙が溢れんばかりに溜まっていて、その声はか細く震えていた。これは好意を寄せられている証拠だと受け取っていいのだろうか。
「嘘じゃない。信じてほしい。僕は君のことを心から愛している!」
「……私も、アランのこと大好き!」
このへんてこな幸せを呼ぶ壺のおかげで、僕の片思いは成就したようだ。でも、長い一方通行の歴史があったことなんて、人知れず彼女を守るために近寄る悪人を排除してきた独り善がりの過去なんて、そんなものを彼女が知る必要はない。
僕らの恋はここから始まるのだから。
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〇月〇日
アランがやっと告白してくれた。長かったけど頑張ってきて良かった。あんな下らない壺でも役に立って本当に幸せを呼んでくれるなんて、馬鹿な男にも騙されてみるものね。
私の嘘も演技も、今まで隠してきた狂おしいほどの恋心もアランは知る必要ない。
私達の恋はここから始まるのだから。