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1話 誕生!まほろば天女ラクシュミー 3

「文殊様、今日から新しい学校生活がスタートしました。がんばって勉強しますので、いい高校に入って、いい大学に進学できて憧れの雑誌編集者になれますように……」

 賽銭箱にふんぱつして五十円を入れた。

 放課後、学校帰りに亀岡文殊へよってみたのだ。

 ここは山形県東置賜郡高畠町。山形県の南東部に位置する人口約二万四千人の町だ。

 亀岡文殊堂は平安時代、九世紀のはじめごろに建てられたお寺で、学問の神様を祀っている。日本三文殊のひとつに数えられるそうだ。

 学問の神様にあやかって、かどうかは定かではないが、新しい中学校はこの近くに建てられたのでせっかくだからと足を伸ばしてみたのだ。

 毎年正月には合格祈願の参拝客で2キロ四方の道路で大渋滞を起こすこのお寺も、受験シーズンも終わって、年度初めの平日の夕方、観光客の姿はさっぱりだ。

 長い石段の上、太くて高い杉の木立に囲まれた亀岡文殊堂はいまだ雪囲いの板で囲われていた。日差しが温くなってきたとは言え林の中の日のあたらないところにはまだ溶けきらない雪が見える。

 と、しんと静まりかえってしかるべき文殊堂の林の中に、似つかわしくない音がズシーンズシーンと響いてきた。どうやらお堂の裏手のほうからその音は聞こえてくるようだ。

 工事でもしてるのかな?と、私は好奇心に駆られて音のする方へと歩いていった。

 異臭がした。

 次に、信じられないような光景が目に飛び込んできた。

 木立の奥に見えたのは、高さ3メートルはあろうかという毒々しげな紫色をした有機質の円錐形の物体であった。

 下から八分目ほどのところから生えた丸太のように太い腕のような器官でしきりに地面をたたいている。

 その紫色の物体が叩いているあたりを緑色の小動物のようなものがちょろちょろしていた。

 耳がたれ、もこもことした体毛におおわれたそれは小型犬のように見えた。

 小型犬は、紫の周りを駆け回りながらしきりにほえたり跳びかかったりを繰り返していた。 

 そうするうちに紫の円錐形をした物体はグニャグニャと体を波打たせながらわたしの方へと向きを変えた。

「ひいっ」

 とわたしは息を飲む。

 円錐形の頂上部分には半月上に見開かれた、つりあがった赤い目のような器官と、ぎざぎざの牙を模した口のような器官がついていた。

「!?」

 わたしの声に反応したのか緑色をした小型犬が動きを止めてこちらを振り向く。

 紫の円錐形はそのスキを見逃さなかった。化け物は丸太のような腕をすくい上げるように小型犬に向かって振りぬいた。

 小型犬は放物線を描いてこちらへと向かって飛んできて、

 すぽん

 と、わたしの腕の中におさまってしまった。

 犬はぐったりとした様子で頭をたれている。

 打ち身や擦り傷などでひどくけがをしているようだ。

 ちょっと待って、この子がこっちに飛んできたっていうことは……

 わたしは視線をチラッと上に移す。

 最悪だ、化け物と目が合ってしまった。

 紫の化け物はゆっくりとおぞましく体を波打たせながらこちらへ向かって向きを変える。

 その間わたしはヘビににらまれたカエルのように身動きひとつ取れずにその動きを見つめていることしかできなかった。

 化け物の動きが止まる。

 腕をゆっくりと持ち上げながら、化け物は真っ赤で大きな口をさらに大きく開く。

「だぁーーーーーでぇーーーーなぁーーーーー」

 化け物がそう叫んだと同時にわたしも我にかえる。

 あわててスカートをひるがえし駆け出した。

 お堂の横を走り抜け、広い境内を突っ切って、石段の前まで出て後ろを振り返る。

 化け物は見えない。

 午後の日差しの下に出ると今までのことが白昼夢の中のことのようである。

 しかし、ズシン、ズシンと規則正しく響いてくる振動が、先ほどまでのことが現実であることを物語っている。

 お堂の影から化け物が顔を出す。見知った建物と比較すると、その大きさのリアリティが笑っちゃうほどよく伝わってくる。

「なんなのよ、なんなのよ、なんなのよもー」

 突きつけられた現実から逃げ出すために、わたしは階段をかけおりた。

 先ほど見た感じでは化け物は円錐の形状から足を二本、短いながらも生やしたようだ。

 短足で腕が長い、まるでゴリラのように変体した化け物の足が遅いのが救いだ。

 わたしは何度もすべって転びそうになりながら全速力で階段を駆け下りる。

 犬を抱いてるから両方の腕が使えないが、それでも転ばないバランス感覚は我ながら感心する。

 しかし悲しいかな運動不足、売店にたどり着くころには下りとはいえ横っ腹が痛くなる。

「だめ、もう走れない」

 人のいるであろう場所にたどり着いた安心感もあって急に足が重くなる。

「あそこに、あそこにさえ逃げ込めば助けてもらえる」

 という希望はベージュ色のシャッターによって打ち砕かれた。

「だでーーーーーーなーーーーーーー」

 化け物の声が近づいてくる。とにかくかくれなきゃ。わたしは売店の裏手へと回ると体を丸めてぎゅっと目をつぶった。

挿絵(By みてみん)


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