1話 誕生!まほろば天女ラクシュミー 2
「ぽちっとなー」
教室に入ってイスを引くと突然誰かが髪でしっかりと隠したはずの、襟足にあるほくろを寸分の狂いも無く人差し指でつく。
ぼたんと言う名前と絡めて、中学校にあがるまでさんざっぱら繰り返されてきたコノいたずらに思わず「ひやっ」と首をすくめる。
しかし、ほぼ一年ぶりの今日のそれにおどろきこそすれまったく不快感は無かった。
なぜならその声。
振り返ると予感は的中。
「ちーよーちーん」
「もー、千代ちんはやめてっていってるのにー」
お母さんの妹の娘、従姉妹の千代ちんは唇を尖らせた。
「でもそんなこというなら”ぽちっとな”もやめてよね」
「ゴメンゴメン」
千代ちんは赤いさくらんぼのような飾りをつけた小さなツインテールを揺らしながら手を合わせた。
「でもこっち来るって聞いてはいたけど、まさか同じクラスだとはねー」
「ねー」
千代ちんはにっこり微笑んだ。
「今までおっきな町にいたんでしょ、がっかりじゃない? こんな田舎」
「そんなことないよ、それに毎年ぼたんちゃんトコに遊び来てるから高畠は第二のふるさとー、みたいな」
「そーぉ? わたしはこんな田舎じゃなくて大都会にあこがれるんだけどなー」
「どうして?」
「だって刺激的じゃない! こーんな田舎じゃイベントだってたいしたコトしないし、ニュースだって駅においてあった鬼の置物がなくなったーとか、そんなだし・・・・・・」
「いいじゃない、平和で」
頬杖を付くわたしに千代ちんが微笑む。
「でも、ぼたんちゃんと一緒のクラスでよかった。だって新しいお友達作るの心配だったから。ね、誰か知り合いの娘いない?」
言われてわたしは教室をぐるりと見渡した。
すると、教室の後ろのほうで男子がなにやら言い争う姿が目に入った。
「なにガンくれてんだ! ゴルァ!」
「あぁん、おめぇどこ中よ?」
丸刈りが数人、さっそくサル山のボス争いが始まったようだ。
「どうしたのかしら?」
不安げな顔をする千代ちん。
「大方誰が強いのなんのってやつでしょ。ほら、今年から町内の四つの中学校が合併になったから」
わたしが千代ちんにそう答えた瞬間、教室の引き戸が威勢よく開いた。
教室中の視線が入り口に集まる。
そこに現れた詰襟には首が無かった。いや、首から上が引き戸の上に来るぐらい彼の身長が大きかったのだ。
しん、と静まり返った教室。
視線が集中する中、彼はゆっくりと身をかがめながら教室に入ってきた。
やや赤みがかり荒々しく逆立った髪の毛、頬には大きな傷跡。規格が間に合わないため、 七分そでの短ランのようになってしまっている詰襟。
前のボタンはとめられず、真っ赤なTシャツが見えている。
彼はおもむろに坊主頭の一団に近づくと、腰をかがめ手に持っているプリントを見せ指をさす。
先ほどまで威勢のよかった坊主頭の一団は一言も発せず、ゆっくりと震える指先で廊下側の前から
3番目の席を指した。
巨漢の彼は立ち上がり、入り口を見やると指で合図を送る。
するとそこには彼ほどではないが背の高いメガネの男子が立っていた。
彼は猫背でやや天パの入った髪が肩まで伸びている。神経質そうな面立ちで、偏見を承知で言わせてもらうとオタクっぽい容姿だ。
その彼は廊下側の一番前の席、巨漢の彼は三番めの席にどっかと座った。
巨漢の彼が席に座る姿はまるで幼稚園のPTAに参加する父兄が園児のイスに座らされているようだった。
いつしか彼らの周りには誰も立ち入れないような空間ができていた。もちろんわたしも千代ちんもその空間には立ち入れない。
「……青木君と赤木君って言うみたいよ……」
「……どこ中なんだろ?」
「……なんだか、近寄りがたいよね……」
黒板に書き出してある席次表を指差して誰かがつぶやいくと、教室中でひそひそと彼らについての詮索が始まった。
出席番号二番の青柳君とは同じ中学だった。
ざわつく教室を見回してみると、気の弱い彼は角の方で青い顔をしていた。