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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今なお求むものども

作者: 我武者羅

 夜も更けた午前三時。

 多くの視線のなか、輸送電磁列車(リニア)F208便が《キングス・バルラ》駅の地下ホームに停車した。


 普段ならばこのような輸送電磁列車がこの駅に止まることはない。だが異常が発生したために緊急措置としてこの駅に止まることになったのだ。


 ホームに集うのは、厳重な装備に身を固めた、屈強な傭兵たち。

 そんな彼らもその惨状を目にすれば、思わず声をあげる。

 電磁列車の車体には貫通した銃弾のあとがそこら中にあり、半ばの車両右側面にはえぐれたとばかりの大穴がぽっかりと空いている。


 こんなことをする不届きものは、いったいどんなやつなのだろう。

 車両に踏み入った傭兵たちの前には、誰も姿を見せていない。

 いや、車両ごとに配置されていた警備員が倒れている。だが誰も息はしていない。

 そして例に漏れず、おぞましいほどに顔を歪めている。

 いったい、何を目にしたのだろう。

 わずかに残った薬莢は、答えになり得ない。車体の穴よりも明らかに数が少ないのだ。


「──いったい、何が起こったんだ」


 最後尾との連結口で、ポツリと傭兵の一人が呟いた。

 なにかぶつかったかのようにひどく歪んだ連結口の先に、最後尾は存在していなかった。




●○●




 彼にしても、彼女にしても。今回は簡単な依頼のはずだった。

 盗まれて闇オークションに流される”品”を、輸送電磁列車から”取り返す”。ただ、それだけのこと。


 そのために二人は”積み荷”として輸送電磁列車F208便に運び込まれた。


 仲間の手を借り、輸送管理情報や生体反応に欺瞞を施してもらったのだ。

 電磁列車は言わば弾丸。溢れんばかりの電気と磁力で走っているのだ。

 いくら線路ガイドレールが用意されてるとはいえ、積み荷でバランスを崩すようでは事故を引き起こしかねない。

 そのために積み荷は厳重に管理されている。

 そこで積み荷を調整し、一つ二つ減らしたり別の便にずらせば、二人分の余裕はできる。


 いかに厳密な管理とはいえ、警備員に潜り込むよりは簡単だ。

 ついでに生体反応の欺瞞などいくらかの障害もクリアして、二人は密室である貨物電磁列車(リニア)に潜ることが叶った。


 準備は大変。だがそれはいつものこと。かけられるだけの準備は、しておくに越したことはないのだから。

 

 あとは警備員を掻い潜るなりすればいい。その通りに二人は実行していた。


 警備員を気絶させ、隙をぬって通りすぎていく。彼らは油断ばかり。あくびが出る、と彼女も蔑む。

 荷の山を進みに進んで、先頭車両でようやく依頼の品発見をできた。


 ところが、警備員が起き上がり、二人を見つけてしまった。


 警備員は見事なことに応戦の構えをとり、警棒を抜き放つ。

 だがあえなく彼女に切り払われ、峰打ちで地に沈むことになった。

 応援の連絡はすでにいったようだが、問題ではなかった。

 もう依頼の品は手のなか。悠々と逃げ出せば良いだけのこと


 だが結局、見つけられたことがそもそもいけなかったのだろう。

 斬り飛んだ警棒の先はきれいに宙を飛び、彼らの見つけた目的の箱に当たったのだから。


 それはもう、一瞬といえど沈黙の走ったもの。

 傷をつけては評価にも関わりかねない。

 現にその拍子に箱の鍵がとれ、蓋がわずかに開いていたのだから、不安もしてしまうもの。

 箱は、あくまで古びた木の箱。保全のためのケースを用意されたとはいえ、油断するべきではなかった。


 その隙間から覗くのは、黒々とした赤の紙。

 鈍くも妖しく瞬くその光は、まるで血のように、黒い。


 傷は、ついてないらしい。

 あぁ、ひとまず問題なさそうだ。



 二人して安堵したときである。




 彼らめがけて、数多くの()()たちが突っ込んできたのは。


「──なっ!?」


 兵士だ。警備員ではない。

 ここは時速五百キロで弾丸のように飛ぶ車内。

 今までいたのは彼らの他に警備員だけ。コンテナはどれも閉まっているし、中身もあった。

 どこかに隠れようはずもないのだ。


 では、こいつらはなんだ。

 二人を取り囲むのは揃いの制服、銃剣付きの長銃を携えた男たち。

 

 四方八方死に物狂い。とまどいをよそに背を預け合う二人へと銃剣をかまえて突っ込んでくる。


 慌ててかがめば頭上を刃がかすめて、兵士たちは互いに串刺し。

 だがそんなことも意にかさず、二人へと手を伸ばす。


 白目をむき、血を濁々と流すその眼差しは狂気に染まる。


 ──ヨコセ、ヨコセ、ヨコセ

 

 異口同音にわめきもがく兵士の上から、さらに兵士が突っ込んでは手を伸ばして絡み合い、それはさながら人の籠。


 二人が払いのけようとも、なお腕はうごめく。

 途切れることないうめき声に包まれて、彼は戸惑うことしかできない。


「なんだよ、なんだよこれ。ちょっと気持ちわりぃな!?」

「いやそんなのわかりきったことですからね! なんでこんな急に──」


 彼女も、常日頃の澄まし顔をはっきりと青ざめさせる。

 剣を振るっても全く堪えた様子のない兵士たちに、腰もどこか引けていた。


 はっと、その言葉が途切れる。


 周囲の熱気が、引いていた。

 兵士らの伸ばす腕も止まり、彼らの視線が窓の一点に注がれている。


 なんだ、と疑問に思う間も惜しい。

 二人は兵士の籠を押しのけて、先頭車両を抜け出した。


 輸送電磁列車(リニア)は駅をひとつ、通過していた。


●○●



 二人が列車のなかを下っていきながらも、兵士たちは迫ってくる。


 待ち構えた兵士を撃ち、切りかかり、そのつくづくを二人は払い除ける。


 兵士たちに先程の狂気は、どこにもない。だが明らかに動きは代わり、”箱”を狙っている。


 ──カエセ、カエセ、カエセ


 声が、響いてくる。

 いくら逃げても追い払おうとも、彼らは立ちはだかる。

 誰もいないはずの車内の、どこからそんなにやって来るのやら。


 ──ヨコセ、ヨコセ、ヨコセ

 ──オレノモノ、オレタチノモノ


 ずっと、そんなことを兵士たちは呟いている。

 

 なんのことだ。そう疑問には思いつつも、二人とも自ずと口にすることはなかった。


 苛烈な銃撃も、ふとしたときに途切れることがある、

 ぽかんと、大きな口を開けて窓の一点を見つめる彼ら押し退け、斬り捨て、急いで通り抜けた。


 ごうと一瞬、列車を包む風の音が変わる。列車は駅をひとつ、通過した。



●○●



 真ん中の車両にたどり着くと、車両一杯の黒煙が彼らを迎えた。


 その煤臭い煙に顔を覆いながらも、迫った兵士を一人撃ち倒す。

 その一瞬の間にも煙は吹き抜けて、視界が晴れていく。

 あまりの煤臭さに火事かと思ったが、どうやら違う。

 煙は車両の右横腹に空いた大穴から流れてきている。


 大穴の向かいの壁には(もり)が打ち込まれ、そこに繋がれたロープは大穴から外の方へと繋がっていた。

 いつの間にこんなものが打ち込まれたのだろうか。

 そのような衝撃音は、聞いた覚えがない。


 穴からそっと風上を覗きこむと、電磁列車(リニア)に並走する列車があることに気づいた。

 まさしく箱、無骨な鉄の客車がいくつも連なり、ガタゴトと揺れている。


 だが先頭の方は、溢れ出る黒煙がその姿を覆い隠していた。

 風に流され引きずる煙は遠く跡を引き、いつまで黒々とした筋を残す。


 この大穴から流れ込む煙も、そうして流れてきたものらしい。 


「この臭い、燃えてますね」

「ずいぶん威勢よく燃えてやがる。……間違いない、よなあ」


 ええ、と彼女もはっきり頷いた。


 がしゃがしゃと規則正しくもやかましい音は、ピストンと車輪の音。

 ぼう、ぼうと甲高く響いてくるのは、汽笛の音。


 そのオーケストラは腹の底から響くように力強い。

 並走しているだけなのに、電磁列車(リニア)の車体が震えているように感じてしまう。

 ──まるで怯えているかのよう。


 先頭車両の姿は見えない。だがその特徴はまさしく──


「汽車、だよな」

「蒸気機関車ってやつですよね。博物館でみたことありますよ」

「おれたちが乗ってるのって電磁列車(リニア)だよな」

「はい、間違いありません。しっかり潜入前に見ています」


 互いに認識を確認しあって、頷いた。


「なんで蒸気機関が電磁列車に並走できるよ」

「さあ、知りません。ただ、先頭だけで140キロはだせるとかお祖父様は昔に聞いたとか……」

「改造……してるのかね」

「さぁ……?」


 はて、と彼女は首をかしげながらも、ロープを断とうと剣を振るう。


 軽くしなやかな強化硬質カーボンの刃は麻縄へと滑り込もうとする。

 その刃を、突如滑り入ったフックが止めた。


「こいつらっ!」


 そこにいたのは、ロープを滑り降りてきた兵士たち。

 手慣れた動作で留め具をはずしながら、彼女に銃剣を突き刺そうとする。

 彼によって兵士の頭がはじけなければ、彼女の命はなかっただろう。


「ありがと」


 彼女は彼へと礼を言う。あと一手遅ければ、彼女の心は串刺しとなっていただろうから。

 そのようにしながら、もう一度刀を振るうのが彼女である。


 それでも、またもフックに阻まれたのだが。


「あぁ、もう!」


 憤りながらも諦めて、彼女はロープを潜り抜けた。やって来た兵士を斬っておくことは忘れない。


 わずかながらも溜飲を下げた彼女だったが、ガチリと背後で鳴った音が、振り返らせた。

 彼女の眉も、下がっていく。なにせ目の前にはフックが三つ。

 彼の銃弾が撃ち込まれる。

 五つ、銃弾。十──


 もう振り返らず、二人は後尾へと走り出していた。


 フックが、兵士たちが、積み重なっていく。



●○●


 

 貫く通路を、コンテナの山で狭い車内を潜り抜け、二人は駆け抜けていく。

 兵士たちもまた隠れてながらも、こちらを迎え撃っている。


 彼らの練度は、それなりのもの。ばらばらと銃弾をばらまいて、こちらを威嚇する。


 とはいえ、それだけなら、むしろ怯えているといったほうがよいものだ。

 本当に怖い弾幕は、撃つことすらしないのだ。


 彼女はやすやすと掻い潜り、刀を振るう。銃を、兵士を斬り捨てる。


 強硬突破だ。

 床を蹴りコンテナを蹴り、長い輸送電磁列車を後ろへ、後ろへと突き進んでいく。


 ──警備員はどこにいったのだろう。

 ふと、そんな疑問が浮かぶ。

 彼らは大半はただ気絶させただけだ。どこかに寝っ転がっていてもおかしくないのだが。


 また立ちはだかる兵士たちが地に沈み、その脇を駆け抜ける。



●○●



 気づけば、最後尾についた。

 待ち構えた兵士を倒してから、警戒を続ける。

 だが、なにも起きない。

 先程までは執拗なまでに追いかけてきたというのに。

 隠れられるはずもない物陰から現れたというのに。


 どこからも、兵士たちが現れない。 


 連結口から?

 それとも傍らの大コンテナから?

 運転席に潜んでいるのか?


 いくらでも考えられてしまう。目に映るすべての物陰が、怪しく思えてしまう。

 そっと、彼は連絡を送る。脱出の手はずを進めなければ。

 もうこんなところからは、はやく逃げるに限る。


 通信が開くのを待つ。銃を構えたままじっと動かず、目を凝らす。

 彼の眼尻を、そっと汗が伝っていく。


 ねぇ、と彼女は彼を呼ぶ。横目でそっと顔色をうかがえば、”上り”の時よりあきらかに、悪い。

 冷静な彼女にしてはおかしいほどに、青ざめている。


「すごい、奇妙なんですけど。やっぱり間違いじゃないんですよ」

「まあ、その顔を見ればわかる。なんだい」

「手応えが全然ないんです」

「そうかい?幻惑装置(イリュージョン)ってわけでもないだろ。リアルだろうに」


 足元に倒れた兵士を足で小突けば、引き締まった固い肉の感触が確かにある。

 立ち込めるのは硝煙と血の臭い。そこら中には、機関銃の痕。


 なんだろうかと彼は首をかしげ、足元の死体を手をつけた。

 視線は周囲に向けたまま。警戒は怠らない。

 懐から見つけたのは、何やら古びた手帳だった。


「お?」

「──じゃあ」


 眺めていた彼だが、彼女のずいぶんと神妙な声には手を止めて、振り仰ぐ。


「じゃあ、なんであんなに血が少ないの」


 青ざめた顔のまま、彼女は見つめる先にあるのは、今まで戻ってきた車両たち。

 連結口の扉は、どれも壊されて開いたまま──


 連なる車両たちには、点々と赤が浮かぶ。けれど、その数は妙に少なかった。

 車両ひとつに一人分だけ。警備員の分だけが、そこにある。


「おいおい、さっきまでの激闘はなんだったよ」

「──ちょっと!?」


 彼女が、叫ぶ。

 気づけば、周囲の痕跡も消えていた。兵士の死体も、おびただしい血のあとも、どこにもない。

 彼が手をつけていた、あの死体も。


 最後尾の車両は、荷が雑然と詰め込まれた、まっさらな姿。


「私、確かに斬ったんですよ。ちょっとでも余裕があったら血糊も懐紙で拭って、捨てちゃまずいから閉まってるんですよ」


 彼女が懐から取り出した懐紙は、グシャグシャになっているというのに、真白のまま。


「あれは、なんです」

「さぁ……ほんとに変なものでも見てんじゃないかね」

「とにかく、逃げましょうよ。もう目的の品は手にいれたんですし!」

「……で、どうやって?」


 それに、ここは電磁列車(リニア)のなか。

 時速は五百キロオーバー。外に転がり出るのは無理無茶無謀。


 当初は空中の機から回収されるつもりだったのだが──


「……来ますかね」

「さあ……困ったことに通信が効いてない」


 通信が、いまだに開かない。妨害でも行われているだろうか。


 助けも呼べない。

 時速五百キロの密室に閉じ込められたも同じこと。


 ──どうにかして脱出しなければ。


 そう考えた瞬間。ガン、と衝撃が彼の体を突き抜けた。

 いつのまにか連結口に現れた兵士たちの放った銃弾が、彼の脇を打ったのだ。

 仰け反った彼は三つ、五つと跳ねて飛ぶ。


「大丈夫ですか!?」

「まあ、な」


 顔を歪めながらも、彼は答えた。

 彼女がコンテナの影に彼を押し込まなければ、銃弾の雨にさらされていただろう。


 問題は、せっかくの依頼品が傷ついてないか。

 現物のまま回収できればいい、とは依頼主の言。

 それでも脇にさげた硬質ポーチに穴が空いてしまったのが、気にかかる。


 また、銃撃戦となるのだろうか。

 コンテナを背にして考えていると、またも静かになっていることに気がついた。


 そっと兵士らを覗いてみれば、戸惑うように互いに目配せしあっている。


「いえ、なにか言い争っているような……?」


 いったい何が起きたのか、彼女も疑問は隠せない様子。

 それでも好機と彼女が刀を構えるのを、彼はそっと押し止めた。


 (いぶかし)がる彼女に、彼はそっと”それ”を見せる。


「──球……」


 あぁ、と納得入ったように、彼女は頷いた。

 彼は宙へと放り投げると、球体はころころ転がって、連結口へと向かっていく。


 兵士たちがそれに気づいたときには、勢いよく転がって足元にたどり着いていた。


 慌てて蹴飛ばそうとする兵士たち。だが、止まる。

 また、窓の一点を見つめていた。


 ──アア

 ──マタ、スギテイク


 そして、手榴弾が爆発する。


 吹き飛ばされる兵士たち。その前に彼女が立つ。兵士たちには目もくれず、切っ先を向けたのはその足元。


 床が剥がれむき出しになった、車両同士を結ぶ連結器。その一部に、彼女はカーボン刃を押し当てた。

 ガキリと鈍い音をたてて、意外と簡単にも連結器はあっさりと解放された。


 ──最後尾を列車から外せばいい。

 それが彼の考えていた、最後の手段。


 ぐん、と慣性に引っ張られてつんのめりそうになるのを、二人はこらえた。


 視線の先では、先の車両と汽車がぐんぐんと離れていく。


 電磁列車(リニア)の車両口で、兵士たちが我先に飛び出さんと、うごめいて牛づめになっていた。

 だが、誰も飛び出さない。恨めしそうに手を伸ばしてばかり。


 風を切り、汽笛の音を響かせて、電磁列車(リニア)と汽車は去っていく。



 補助のレールを通っているうちに、最後尾の速度も落ちていった。

 頃合いを見計らって、二人は車両から抜け出した。



●○●



「なんだったのでしょうね、あれは」

「さてな……夢でもみてたかね」


 すっかり夜も更けた空の下。

 二人が丘から見下ろす先、線路は真っ直ぐ、地平線の向こうまで続いている。

 輸送電磁列車(リニア)は遥か彼方。さて無事に駅に着いたのか、それとも。

 あの奇妙な一団は、どこにいくのやら。


 疑問を抱きながらも、彼はそっと手元の手帳をめくっていた。

 あの兵士の懐から取り出したもの。

 彼の手にあったせいだろうか、兵士が消えても、残っていた。


「……あぁ、そういえばあなた、拾ってましたね」

「なんでか残ってた。紙手帳とはずいぶんレトロなものを使ってやがる」

「そういうものですかね。私は普通に祖父の家でも使ってますが」

「いくらカーボンだからってそんな刀使うんじゃおかしくないか」

「何がおかしいですかね?」


 ぱらぱらと手帳を流し見て、彼は首をかしげる。


 開いてみると、ずいぶんと古い字が、まばらに書き連ねてある。

 クセのある字の上に文体までもが古くさく、彼には読み取りきれなかった。

 けれども、彼女ならば朝飯前。

 さっと眼に通して、訳してくれた。


「『──切符の配給を待ちわびる日々が、もはや唯一の慰め。この恐怖からようやく帰れる』」

「『故郷の駅は、まだあるだろうか』」

「駅、ねぇ……」


 彼は、そっと腰元の箱を開けた。

 取り出したのは、あの依頼の箱。銃弾のせいか、大きな傷がついていた。


「良いんですか、開けちゃって」


 彼女はどこか、怯えたようす。それでも覗き込むようにする辺り、彼女は興味は隠せていない。


 蓋を開ければ、何やら紙が入っている。あの一瞬に覗かせたおぞましい光も、どこにもない。

 ただ古びた、長方形の紙。


「あの兵士たちは、これが欲しかったのかね」


 それは、切符だった。

 行き先はキングス・バルラ。日付はかすれて読み取れない。だが、百年は昔なのは確かだろう。


「……使えるんですかね」

「さあ。ただこれはもう使えんだろ」


 その縁には、箱の破片によって新しい傷がついていた。

 ハサミでもいれたような、はっきりとした切れ込みだった。




●○●




 遭難した輸送電磁列車(リニア)F208便のことなど知らぬように、《キングス・バルラ》の駅は相も変わらずの盛況であった。

 だが、普段とは少々違った盛り上がりが、中の大広場にある。

 

 《キングス・バルラ》開講二百年を祝う歴史展だ。

 古く戦前からあるこの駅の歴史は大層なもの。

 歴代の写真やら物品の数々が、電子化されずに、現物のまま並べられていた。


 その大胆な方針もあってか、お客も盛況。護衛も盛況。


 その中の目玉のひとつが、わずかに赤の飛沫のついたチケットが()()

 怪しい光などどこにもない、時を経て古ぼけただけのただの切符である。

 その終着駅として記されているのは《キングス・バルラ》。


 添付された解説いわく、前線の兵士に送られる帰還便の切符。


 しかしここにあるのは、一枚を除いてハサミの跡もないものばかり。

 今でも使うことも可能ではあるその切符は、かつて前線まで届かなかったものと言われている。



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