9 初めての対人戦
三幹部のヴェロスは厳しく、俺の事をまだ認めようとはしなかった。
正式に魔王軍の新入りとして認めてもらう為、俺はヴェロスと一戦交えることになった。
ここで俺の人柄や魔王軍として相応しい実力を証明出来なければ、三幹部を呼び戻す処か、俺自身が追い出されかねない。
「お前の力がどれ程のものか、見せてもらうぞ」
ヴェロスは首を回し、氷のように冷たい視線を送りながら俺を見下す。
そして狼を彷彿とさせる四つん這いの姿勢になる。
「分かりました……ヴェロスさん !」
俺は緊張で全身が強張りながら息を吐き、ゆっくりと戦闘の構えを取る。
恥ずかしながら対人戦は生まれて初めてだ。
人間だった頃も対人戦の機会に恵まれなかった。
「あの子大丈夫かしら、ヴェロスは手加減ってのを知らないのよね」
「お、大怪我しなきゃいいけど……」
カミツレとフライゴは窓を開けながら二人を見守っている。
「…………」
俺とヴェロスは一定の距離を保ちながら互いに睨み合い、それぞれ出方を伺っていた。
ピリピリと痺れるような空気が張り詰められる。
「こちらから行くぞ !」
先にヴェロスが攻撃を仕掛けた。
クールな見た目とは裏腹に獣じみた野性味溢れるスタイルで砂埃を撒き散らしながら駆け出す。
俺も応戦しようとするが、突然目の前で瞬間移動をしたかのように姿を消した。
俺は驚いて後退りし、キョロキョロと辺りを見回す。
「遅い !」
上を見上げるといつの間にかヴェロスが高くジャンプし、勢いのまま俺の頭上目掛けて落下しようとしていた。
「うわっ !」
慌てて腕を十字に組んでガードしようとするも間に合わず、急降下してきたヴェロスの直撃をモロに喰らい、衝撃で砂煙が舞い、轟音が鳴り響いた。
普通の人間や並の魔族ならこの一撃で粉々になっていただろう。
「いてて……」
尻餅をついたものの、俺は殆ど無傷の状況だった。
何故なら俺の体は既に人間では無く、魔王の加護を受けた無敵の肉体と化していたからだ。
ヴェロスの落下の勢いを利用した攻撃をまともに受けながらも特にダメージは無かった。
「あの子、やるわね」
ヴェロスの攻撃を防いだ光景を目の当たりにし、感心した様子のカミツレ。
フライゴも目をパチクリさせていた。
「ほう、今のは挨拶代わりだったんだが……手応えを感じなかった……少しはやるようだな」
ヴェロスはバク転しながら起き上がり、体勢を立て直す。
「ま、まあ……それほどでも……」
俺は照れ隠しをしつつ、ヴェロスから目を離さないでいた。
ヴェロスは体重も軽く、スピードに特化した戦士。
肉眼で動きを追うことは不可能。
それにまだまだ力を隠してるようだ。
決して油断は出来ない。
俺は自分の両手を眺める。
……この体にどれくらいの力が秘められてるのか。
どれだけ能力を使いこなせるのか……自分の体なのにまだまだ知らないことだらけだ。
この試合の中で自分の中で実力の底、限界を知る必要があった。
「今度は俺から行きます !」
俺は拳を握って力を込め、ヴェロスに向かって走り出した。
「ふん、肉体は丈夫でも動きが鈍いな、俺の瞳には案山子に見えるぞ !」
ヴェロスは突風を巻き起こしながら俺が走るより早く移動して俺の周りを囲い、グルグルと回り始めた。
空を裂くあまりの速さに何人もの残像が見えるようだ。
「やっぱ速いっ…… !」
俺は素早く走り回るヴェロスの生み出した竜巻の檻に閉じ込められた。
迂闊に動くと体ごと引き裂かれかねない。
「何か手は……」
俺は手のひらに魔力を集中させ、小さな赤黒いエネルギーの球体を生み出した。
以前この球体を巨大化させて怪物にぶつけて倒した事があった。
アングリーブレイズは初期技。
初期技と言うことは工夫次第で色々と応用が利くのかも知れない。
「はっ !」
俺は精神を集中して想像力を働かせる。
動きの速い者を封じる手段とは何か。
思考の海を泳ぐ中で俺はふと思い出した。
幾度もサリーを拘束した触手の存在を。
「よし !」
俺は記憶を頼りに球体に魔力を更に注ぎ込む。
ビー玉のように小さな球体は鞭のように長くしなやかに、鎖のように硬く禍々しいもへと変形していった。
「よし出来た! 相手の動きを止める 魔王の鎖 !」
俺は魔王の鎖を振り回し、ヴェロス目掛けて投げつけた。
鎖はヴェロス本体に巻き付き、一瞬でグルグル巻きにして動きを止め、竜巻をかき消した。
「何っ !?」
鎖に拘束された状態で地面に叩き付けられるヴェロス。
必死に抵抗し、鎖を引きちぎろうとする。
その力は凄まじく、俺は引っ張られないよう踏ん張り、鎖を掴んで抑え込むので精一杯だ。
「面白い事するじゃない、無からイメージして鎖を作り出し、スピードが自慢のヴェロスの動きを封じるなんて」
「ま、まるで魔王様みたい……」
二階から観戦していたカミツレ、フライゴは驚きを隠せずにいた。
「舐めるなよ……小僧 !」
ヴェロスの瞳から眩い光を放ち、全身に力を込めると自力で鎖を破壊し、拘束から脱した。
流石は三幹部の一人、一筋縄ではいかない。
「やっぱ駄目か……」
とはいえ、鎖を破壊するのにかなり体力を使ったのか、ヴェロスは息が上がっていた。
「ふっ……勝った気でいるようだな小僧……空を見てみろ」
不敵に笑うヴェロスに言われて上を見上げると、空は暗闇に染まられ、散りばめられた星が輝いている。
それだけではなく、ベールのように薄い雲に覆われながら黄色く輝く巨大な月が浮かび上がった。
いつの間にか夜になっていたようだ。
「今宵は月が出ている……この意味が分かるな……」
ヴェロスは勢い良く服を脱ぎ捨て、鍛え上げられた上半身を露にする。
次の瞬間、ヴェロスの体が徐々に黒い体毛に覆われ始める。
人狼は月の光を浴びる事で眠っている力を解放し、獣人の姿へと覚醒する。
今までのヴェロスはまだ本気を出していなかったようだ。
「はぁぁぁぁぁぁ !!!」
段々と人の面影は消え、顔つきも凶悪な肉食動物のそれに変わっていく。
ヴェロスから凄まじい魔力を肌で感じ、俺は思わず唾を飲んだ。
「運が悪かったわね……獣人となったヴェロスを前に立っていられるものはいないわ」
カミツレは憂いた表情を浮かべ、カーリーを見下ろす。
ヴェロスは見違える程に凶悪な変貌を遂げた。
黒毛に覆われた体、肉を容易く切り裂く剣のように鋭い牙と爪。
ヴェロスは完全に獣人として覚醒を果たした。
「第二ラウンドだ……気を付けろよ、獣人となった俺は気性が荒くなる……無事で済むとは限らないぞ……」
牙を剥き出しにし、ニヤリと笑みを浮かべるヴェロス。
冷静だった性格が一変し、人が変わったように好戦的になっているのが解る。
俺は身震いし、緊張が全身を走った。
「はっ !!!」
ヴェロスは両腕を広げ、目にも止まらぬ速さでこちらへ向かってきた。
余波で風が吹き荒れ、木の葉が枚散る。
俺は咄嗟に身構える。
だがその時……
「そこまでだ !」
突然サリーが二人の間に割って入るように現れた。
俺とヴェロスは思わず直前で動きを止める。
続く