6 魔族の住む屋敷
かつての魔王三幹部を探す為に森を探索していた俺とサリーだったが、途中ではぐれてしまった。
いくら探してもサリーは見つからず、俺は途方に暮れていたが……。
「こんな場所に屋敷があるなんて……」
偶然か必然か……宛もなくさ迷っていた俺はある屋敷を見つけた。
青々と生い茂った木々に囲まれた土地に建てられていた、怪しげな古びた大きな屋敷……。
洋館は赤いレンガで造られており、4階建てで古いながらも豪華に感じた。
周辺は煙のように白い霧が充満し、如何にも幽霊とかが出そうな雰囲気だ。
俺以外に誰かがここに足を踏み入れた形跡は無かった。
「まさかとは思うが……三幹部ってここに住んでたりして……」
俺は冗談交じりに笑いながら独り言を呟いた。
流石に都合が良すぎると。
「ええ、その通りよ」
突然女の声が聴こえ、背後から冷たい気配を察した。
俺はびっくりして急いで振り向き、臨戦体勢に入ったが誰も居なかった。
「何だ……聞き間違いか ?」
警戒心を強めながら辺りを見渡す。
緊張感から呼吸は荒くなり、汗が止まらない。
俺は短刀を構えて腰を低く落としながら必死の形相で辺りを見回した。
得体の知れない何者かが何処かにいる、
しかもそいつは簡単に俺の背後を取れる。
「そんなに怖がらないでよ、お客さん」
霧の中に紛れているのか、女の高く綺麗な声は聴こえるのに姿が見えない。
「お、お前は誰だ!す…… 姿を現せ !」
俺は恐怖心を押し殺しながらたどたどしく叫んだ。
いくら魔王から力を授かったと言え、元々へたれで場数も数少なく、立ち向かえる自信が無かった。
「フフフ、お望み通り見せてあげるわよ」
唐突に声の主は霧の中からその美しい女の姿を現した。
銀色に輝く長い髪、グラマラスなサリーとは対照的にスラッとしたスレンダーな体型、雪のように白い肌……。
そして何より特徴的なのが血のように染められた赤い瞳……。
妖艶な雰囲気を醸し出すこの女、間違いなく普通の人間では無い。
「アタシの名前はカミツレ……この洋館の主よ」
カミツレと名乗る女は八重歯をちらつかせながらにっこりと微笑んだ。
カミツレ……サリーが話していた三幹部の一人と同じ名前だ。
「普通の人間が絶対にここに辿り着けないように魔法をかけてたのに、貴方は見つけてしまった……きっと普通ではないのね」
カミツレは意味深な笑みを浮かべ、品定めするかのように俺を嘗め回すように見つめた。
「えっと……君はここに住んでるの ?」
俺はドギマギしつつ、カミツレに質問を投げ掛ける。
「ええ、長い間ね……でも一人じゃないからそんなに寂しくもないわよ」
カミツレは洋館の方を振り向きながら指を差し、
「立ち話もなんだし、屋敷でゆっくり紅茶でも飲みながら話さない? 心配しなくても取って食ったりはしないわよ、貴方からは同類の匂いがするから」
カミツレは柔らかい笑顔を浮かべながら言った。
一瞬罠だと思ったがカミツレからは敵意を感じない。
「折角のお誘いですが……でも俺、人を探してて……この森ではぐれてしまったんです……」
「あら、それは大変ね……だったら一緒に探してあげるわ、私の方がこの近辺には詳しいから」
見た目の割に意外にも彼女はフレンドリーで初対面の俺に対して親切に接してくれる。
そして俺とカミツレはサリーを探すことになった。
だがこの果てしなく連なる木々に囲まれた
地で遭難者を探し当てるのは砂粒から宝石の欠片を見つけるに等しい。
おまけに霧のせいで視界は最悪だ。
「本当に見つかるんでしょうか……」
「ええ心配いらないわ、闇雲に探すより効率的な方法があるの」
カミツレはニヤリと微笑むと自らの美しい片腕を鋭い爪で切り裂いた。
「なっ、何を !」
果実のように柔らかな肌から真っ赤な血が鮮やかに滴り流れる。
やがて地面に落ちた血の滴が無数の白いネズミや小さなコウモリの姿に変貌し、一目散に散っていった。
「これが私の持つスキルの一つ……「鮮血奴隷」よ、アタシの血から仮初めの命を誕生させ、使役させるの、この子達を使えば楽に見つかるでしょ ?」
「な、成る程……」
吸血鬼らしい血を使った能力を目の当たりにし、俺は目を丸くするしか無かった。
コウモリは空を飛びながら超音波を利用してターゲットを探し、ネズミは地を這いずりながら優れた嗅覚で探す……。
実に利に叶ってる。
「何か見つけたようね」
一匹のコウモリがバタバタと忙しなく翼を羽ばたかせ、慌てふためきながらカミツレの元へ舞い戻った。
どうやらただ事ではないらしい。
「急ぎましょう」
コウモリに案内されて俺達はその場所に駆け付けたが、信じがたい光景に思わず目を疑った。
ハエトリグサを巨大化させたようなグロテスクな外見の食虫植物がサリーを蔦でがんじがらめに捕らえていた。
全身に強くからみ付いた蔦はストロー状の先端部分を首筋に突き刺し、ゴクゴクと魔力を吸っていた。
かなりの時間魔力を吸われ続けたのか、サリーは痙攣しながら真っ青な顔でぐったりしていた。
「サリー様ァ !!!」
俺は青ざめながら思わず叫ばずにはいられなかった。
いくら本来の力を失っているとはいえ、こんな魔物ごときに容易く触手に捕らわれるなんて……。
俺は自責の念に駆られ、立ち尽くすしか出来なかった。
「ま……魔王……様…… ?」
一方カミツレは衝撃のあまり全身を震わせ、手で口を覆いながら後退りした。
「君の探してた連れって……まさか……魔王様 !?」
「は、はい……黙っててすみません……」
カミツレは人が変わったように血相を変え、鬼のような形相を浮かべると……
「魔王様に触れるなケダモノがぁぁぁぁ !!!」
カミツレは大気を震わせる程の怒声を上げ、一瞬で巨大食虫植物の前に近付くと、サリーを拘束する蔦を掴み、優雅とは程遠い野蛮さと豪快さで力ずくで引きちぎり、バラバラにした。
拘束から解放されたサリーは力なくカミツレにもたれかかった。
「魔王様! ご無事ですか! 魔王様 !」
カミツレは気を失ったサリーを抱き抱えながら必死に呼び掛けた。
外傷は何処にも無いが、意識を失ったままだ。
「まずいわ……魔力欠乏症よ……相当吸われたんだわ……急いで屋敷に戻るわよ !」
「は、はい !」
サリーを救出した俺達は大急ぎで屋敷へと向かった。
続く