2 人間やめます
勇者パーティーに裏切られ、ダンジョン内で置き去りにされて魔物に殺され、俺の人生は呆気なく幕を閉じた……。
かに思われたが……。
「どうやら傷は元通りのようだな」
突然現れた謎の長身の女によってどういうわけか俺は生き返った。
手も足も自由に動く。
声だって出せる。
痛みだって感じないしズタズタにされたはずの全身には傷一つ残っていない。
間違いない、俺は今生きてる。
「あの……貴女は……」
俺は仁王立ちで威風堂々と佇む彼女を見上げながら、震える声で恐る恐る尋ねた。
「私の名はサリー……サリーナ・デモンだ、ま、分かりやすく言えば魔王だな」
「ま、魔王 !?」
俺は思わず声が上ずった。
聞き間違いなんかじゃない。
女は確かに魔王と名乗った。
昔話でしか聞いたことのない、全ての魔物、魔族の頂点に君臨つ最凶の支配者……それが魔王。
まだ駆け出しの冒険者である俺はいきなりラスボスと出くわすなんて…… !
今になって寒気に襲われ、ガタガタと全身が震え上がる。
「そう怯えるでない、私がいなければ貴様は復活出来なかったのだぞ ?」
魔王と名乗る女……サリーは呆れながらやれやれとため息を溢した。
一体何が目的なんだ……仮に魔王だとして、こんな俺を蘇生させて何のメリットがあるというのか……。
「と言っても、遥か昔、伝説の勇者と戦い敗れ、全盛期の力を封印されてしまったからな……今の私は残りカス程度の魔力しか残っていない」
「そ、そうなんですか……」
サリーは自嘲気味に言った。
俺は震え声で相槌を打ち、機嫌を損ねないよう気を付けた。
確かにこの女からはそれほど強大な魔力を感じなかった。
いや、明らかに俺の仲間達……リーダーのマルス以上ではあるのだが、予想より遥かに凡人並と言える。
もし全盛期の魔王が目の前に現れたのなら、近くにいるだけで俺は焼け焦げていただろう。
小さい頃に俺が聞いた昔話の中で、数百年前に伝説の勇者率いる光の勢力と魔王率いる魔族達との世界を賭けた激闘が繰り広げられ、勇者によって魔王は封印され、世界に平和が訪れたとされている。
「最近ようやく長い眠りから目が覚めてな、しかしこれだけ長いと私以外の魔族が全滅してしまってな……一から軍を立て直さねばならんのだ」
困りきった表情を浮かべ、サリーは頭を掻きながら言った。
「そこでまず手当たり次第に新たな魔王軍に入るように部下を集めていたのだ」
「成る程……それは大変ですね……助けて下さってありがとうございました、では俺はこの辺で……」
俺は苦笑いをしながらそっと後退りしてこの場から立ち去ろうとした。
面倒事に巻き込まれそうな予感がしたからだ。
「待て」
サリーは俺の背中の裾を掴み、軽々と持ち上げた。
その声はさっきより低く機嫌が悪そうだった。
まるで釣り上げられた魚のようになった俺はジタバタと抵抗するが、彼女の巨体から逃れられるはずもなかった。
「何故逃げようとするのだ ? 話は最後まで聞くものだぞ ?」
「すみません、そんなつもりは……」
俺はなるべく刺激しないよう精一杯取り繕った。
「まあ良い……それで単刀直入に言う……貴様には我が魔王軍最初の部下になってもらうぞ」
「え……えええええ !!?」
サリーの言葉に衝撃を受けた俺は驚きのあまり顎が外れるくらいに大きく口を開けて叫んだ。
「ちょっ……困りますよ……! 魔王軍なんて ! 自分で言うのも何ですけど俺は冒険者で勇者の仲間……貴女の敵なんですよ ?」
「知ってる、だが貴様はその勇者に裏切られたのだぞ ?」
「う……それは……」
サリーの指摘に俺は図星を突かれ、ハッとなった。
確かにあいつらに酷い裏切り方をされた……
だからって人類を裏切って魔王に寝返り……世界征服の片棒を担ぐなんて……。
「それに今の貴様はもう"人間"では無いのだぞ ?」
「え ?」
魔王は掴んでた手を離して俺を地面に放り投げた。
「どう言う意味です…… ?」
「貴様を復活させたのは蘇生術等では無い、死人を生き返らせるなんて都合の良い魔法なんて無いからな……貴様には人間をやめてもらった」
その瞬間、嫌な予感が脳裏を過り、鳥肌がゾワッと立った。
「まさか……俺は……」
俺は覚束無い状態で自らの手首を掴んだ。
……脈が無い……。
胸に手も当てて見たが心臓の音が全く聴こえなかった。
それだけじゃなく、俺の肌は氷のように冷たく、体温をまるで感じない、まさに動ける死体。
サリーが俺に施した術は死体に魔力を注ぎ、永久に腐らないようにし、不死者にする事だった。
「悪く思うなよ、私が居なければ、このまま死んで肉体も朽ちていたのだからな」
サリーの説明も聞かずに、俺はショックで放心状態になって崩れ落ちるように項垂れた。
こんな身体になってしまった以上、他の人に知られたらおしまいだ。
どんな目に遭わされるか分からない……。
俺は人間じゃなくなった……。
ショックのあまり感情も虚無になり、涙すら出なかった。
「そう卑下するな、人間を止めた代わりに貴様の身体にはこの私の力が込められてるのだ、これからは私と共に最強の魔王軍を結成し、この世界を支配するのだ !」
イキイキとしながら高らかに宣言するサリーだったが、俺はそんな気分にはなれなかった。
「ちょっと……一人にさせて下さい……」
気持ちの整理をつけたくて、俺はふらつきながらこの場から離れようとした。
「魔王軍に入りたかったらいつでも言ってくれ、ま、今は団員0人だがな! どうせ貴様も行き場所なんてないと思うがな !」
人の気も知らずに、サリーは上機嫌の様子だ。
俺は振り返りもせず、うつむいたまま歩き続けた。
だが、そんな俺の前に巨大な何かが立ち塞がっていた。
「あ……何だ…… ?」
全長15メートルはある上位クラスの魔物が触手をうねうねさせながら俺を見下ろしていた。
巨大な花弁のような襟巻きが特徴的で爬虫類と食虫植物を合わせたようなグロテスクな外見の化け物が涎を川のように垂れ流していた。
「ぎ、ぎゃああああ !!!」
続く