3-③
何度も眠れば、夢を見ることだってある。
たとえば、こんな夢。
月子は半透明になって、自分の住む家の前にいる。
ただいま、と言って家の中に入ろうとするけれど、なぜだか先へ進めない。どうしてだろうどうしてだろうと頭を悩ませているうちに、ふと気付く。ああそうか、鍵を持ってないからだ。ポケットを叩いてみる。裏返して中を見てみる。でも、やっぱり家の鍵は見つからない。
仕方がないから誰かが帰ってくるまで、その場で立って待つことにした。家の前の通りは静かで、歩く人もいなければ、走る車もない。待って待って待って待ち続けた。
待って待って待って、待ち続けた。
でも、誰も帰ってこない。
あれからどのくらいの時が経ったのだろう。もらった腕時計を確かめてみても、どうしてだろう、文字盤が読めない。今が何時なのかさっぱりわからない。空を見る。もうすっかり黒くなっている。どうして黒いんだろう。空が黒くなることなんてあったっけ。ああそうか、あれは夜だ。すっかり忘れていた。昔々には、そんなものもあったんだっけ。
自分はここにいていいんだろうか。
急に不安になった。帰ってこない人を待ち続けていることには何の不安も感じなかったくせに、これからもいつまでもいつまでも待ち続けるつもりでいたくせに、もしかしたら自分がこの場に存在することは許されていないんじゃないかと、思った瞬間からもうすっかり震えるほどに怯えている。
いなくなった方がいいのかもしれない。この場から。
でも、と思う。
夜になったのだし。そろそろ誰かが帰ってくるかもしれない。そうして家の中に入れてもらえるかもしれない。わざわざここまで来ているのに急にどこかに行ってしまうだなんて、それこそ馬鹿みたいじゃないか。だってほら、目の前に家があって、
電気が点いていた。
家の窓から、光が洩れだしていた。声だってそう。聞こえてくる。何度も聞いたから聞き間違えようのない、姉の声、母の声、父の声。
笑う声。
表札を見た。
初風月子の名前は、載っていない。
初めからなかったように、スペースごと消えている。
悲しいよりも納得の方が先に来て、そのことが何より悲しかった。
ここにはいられない。月子は歩き出す。行く場所なんてどこにもないから、ただいつもと同じように惰性で、学校への道を辿る。
駐車場。
自動販売機。
カーブミラー。
コンビニ。
交差点。
地下鉄への階段。
荒野。
荒野。
荒野。
女。
言う。
「一緒に行こうよ。君が必要なんだ」