3-②
「さあ、お待ちかねのガチャガチャタイムだ!」
帰り道では、またも三枚のメダルを拾った。今日の収穫は六枚。いつもより多くて、いつもより女は張り切っている。
まあいつも、この時間は張り切っているのだけれど。
赤褐色の箱。女がガチャガチャと呼ぶそれは、本当にガチャガチャだった。
受け入れ口にメダルを一枚。嵌めこんだらレバーをぐるりと回して、受け取り口にことん、と小さな音を立てて、紙が出てくる。
「どれどれ。……『虫よけスプレー』……。今か? 今かなあ、これ、出てくるの……」
満面の笑みでそれを広げた女は、すぐにがっかりした顔に変わる。
有用なものが出てくる確率は、そこまで高くない。出てくるものは今のところまるで関連性が見えない。だから、本当に細々としたものばかりが出てきたりして、肝心の物が出てこなかったりもする。
たとえば、今引いた『虫よけスプレー』。今が夏で、これから家の庭で花火でもやるのだったらものすごく助かるアイテムだったのかもしれないが、あいにく未だにこの世界に季節は存在していないし、野ざらしのベッドだけがある場所を家と呼べるほど月子は原始的な生活に慣れていないし、花火をするための火種もないし、後始末をするためのバケツもないし、何なら花火だってないし、ついでに言うなら自分たちを刺しに来る虫すらもいない。
「私、運あんまりよくないのかなあ……。月子ちゃん、ちょっと引いてみてよ」
「え、」
たまに、こういうことを女は言う。
正直な話、月子はこういうものは全然引きたくない。何か自分に責任とか、そういう言葉がついて回るのが嫌なのだ。小学生の頃のグループワークで、いつの間にかやりたくもない班代表にされていて、やりたくもない発表順決めのじゃんけんに参加させられて、負けて、他の班員からものすごく文句を言われた記憶がある。
けれど月子は、正直な話は全然できない性質であり、その上頼まれたことには素直に従う性質でもあるので、言われるがまま、女の代わりにガチャガチャの前にしゃがみこむ。
メダルを一枚、入れて引く。
紙を広げる。
「『時計』、出ました」
「おおっ、いいね! ……いいのか?」
いいと思った。月子は。
これがあれば、一日の活動時間の目安が立てられる。これまでは行き当たりばったりで、だいたい体力の半分くらいを使ったな、と女が判断するあたりまで歩き続けては引き返してきて、だいたいそろそろ夜になったな、と女が判断するあたりで眠りにつく、そんな生活を送っていたのだ。この昼も夜もまだ導入されていない空間では一日の流れが曖昧で、生活リズムが狂っているのかいないのかすらも定かではなかった。それを考えると、時計があるだけでずいぶん計画的な生活を送れるようになる。
はずだ。
「どうなんでしょう……」
そう思ったが、言わなかった。言って、否定されたら怖いから。ひょっとすると『時計』を早い段階で引き当ててしまったことがのちの工業的で悲しく苦しい人間社会誕生の引き金になってしまうのかもしれない。そういう漠然とした不安を拭いきれなかったのもあって、はっきりと言葉にしないまま、月子は女にその紙を手渡した。
女がそれを握って、開くと、もう手のひらの上には腕時計が現れている。想像していたよりもごつごつとした、大きなものだった。
「はい、あげる」
「いいんですか」
ひょい、と差し出されたのを両手で受け取っておいて、それでも月子は聞き返す。こういうことは今までの間にも何度かあったけれど、月子はそのたび、毎回こうして聞いている。
いいんですか。
「私、時間守るの苦手なんだよね。だから君が持っててよ」
「はあ……」
適材適所、と言って女は笑う。月子はそれをぺたぺたと触りながら、左の手首に回して着ける。左の腕だけがその重み分、地面に向かって引っ張られているようで、少し気持ちがよかった。
感触を確かめ続けている月子の肩に、女が手を置いた。驚いた月子が、わっ、という声を堪えていると、そのままぐるり、とその身体が回されてまたガチャガチャの箱に向き合わされる。
「よし、今日はぜんぶ月子ちゃんに引いてもらおうか!」
「え、ええっ?」
勘弁してほしい。そう思ったが、月子にそんな言葉を口にする勇気はない。
いいからいいから、と女が肩を揉んでくるのがくすぐったくて、それから逃れるように首を逸らして、仕方なく箱の前に屈み込む。
『ハサミ』
『網戸』
『電信柱』
『アイマスク』
その日はぐっすり眠れた。