3ー①
どんなとんでもないことをやらされるのかと怯えていたら、思ったよりも創造性の薄い仕事で、心底助かった。
「月子ちゃん、見つかったー?」
「いえ、何も……」
「だよねえ。あんまり歩き過ぎても戻りが大変になっちゃうし、もう少しだけ歩いて何も見つからないようだったら、ご飯食べて引き返そうか」
女が笑って言うのに、月子は、はい、とだけ頷く。
世界を創り直すための作業は、学校で無理矢理やらされるゴミ拾いのボランティアに、とてもよく似ていた。
というより、動きとして見ればほとんど九割方一致していた。
一時はとんでもない重圧を課せられたと思ったのだ。だって、世界を創り直すだなんて壮大なことを言われたら、ものすごいことをやらされると思うではないか。この世界を滅ぼした邪な悪魔と聖剣で戦わされるとか、そういうことを想像してしまうではないか。もちろん自分がそんな器ではないということは自覚しているから、すぐにそういうヒロイックな想像は否定されて、失われたアステカ文明よろしく祭壇の上で心臓を抜き取られて世界を救うための生贄にでも捧げられるのだろう、ともう一度この世にさよならバイバイする準備を始めてしまうではないか。
でも、そんなことはなかった。
女は言ったのだ。
じゃあ、話も一段落したことだし、探そうか、メダルを。
それだけ。
そして今のように、月子は女とふたり、とぼとぼと、変わり映えのしない土地を歩き続けている。
いつまでも、いつまでも。
「いやあ、全然ダメだねえ。世界は広いしメダルは少ないし。歩いても歩いてもまるで見つからないや」
「……そうですね」
言いながら、女は服のポケットの中から、英単語の暗記帳のような、小さな紙束を取り出す。その中から三枚セットを引き抜いて、握る。そこに何が書いてあるのか、月子はもう聞くまでも、見るまでもなく知っている。『椅子』、『机』、それから『食事』。
開くと、何もない荒地の上にそれがすべて出てくる。つまりは、即席のダイニング。
「食べよ食べよ。もう今日は三枚見つけたし、上出来だよ。いつもみたいにちょっとルートを変えて帰って、それでガチャして今日もおやすみしよ」
はい、と月子は頷く。本当に、いつものことになってきている。
だって、もう一週間も経つのだ。
時間の感覚はないけれど、寝て起きて、を繰り返して八日目。初めのころはやっぱりこれは夢なんじゃないかと疑っていたけれど、今ではもう、かえってこれが夢だと疑う方がおかしいように思えてきた。だって、一夜に見る夢にしては体感時間が長すぎるし、流れた時間に対する記憶もくっきりしすぎている。
一週間、女とふたりで歩いては、メダルを拾い集めて、ガチャガチャのあるところに戻ってはそのメダルを投入して新しい紙札を引く、それだけの単調な作業を繰り返している。
机の上に置かれた、真っ白なブロックと同じくらい単調だった。
「効率はいいんだけど、食べるための楽しみには欠けるよね、これ」
「私は、食べさせてもらえるだけありがたいです」
これが食事、の究極形らしい。味もしなければ匂いもしないが、少なくとも腹は膨れるし、一週間こればかりを食べていても体重に変化があった感覚はまるでない。
女はこれを食べるたびに不満そうな顔をするけれど、食べさせてもらえるだけありがたい、というのは月子の本心だった。飢え死にするよりずっとマシだ。女が初めからこの食事のカードを持っていなかったら、今頃自分は間違いなく死んでいた。
一日に集められるメダルの平均枚数は五枚。
だから、ガチャガチャを引けるのも五回。
それでこの『食事』のような重要なカードを、体力が持つ間に引くのは無理だったろうと、現実的にそう思う。
だから、本心から、月子はそう言ったのだけれど、
「いや、そんな悲しいこと言わないでよ。これからもっと、いいことばかりになっていくんだからさ」
「……はあ、はい」
「大丈夫だよ。こんなに何もないのも今だけなんだから。たくさんガチャを引けば、ちゃんとそれだけ物がたくさん手に入るようになるんだから。寂しいのは今だけ。もっとこれから賑やかになるし、それに三枚ガチャができるようになればこういう大味のものだけじゃなくなるはずだし。ね?」
励ますように、女は笑う。
この女のことも、月子にはよくわからない。この一週間、実を言うと名前の呼び方すら迷い続けて、そのまま一度も呼んでいなかったりする。
ここはどこですか、と問いかければ滅んだ世界だ、と教えてくれる。
ここはいつですか、と問いかければずっと先の未来だ、と教えてくれる。
あなたは誰ですか、とは聞けなかった。失礼な気がして。あなたは、まで口にして、その先は押し込めてしまった。女は、それを察した様子にも見えたけれど、結局何も答えないまま、曖昧な笑みで誤魔化した。あのガチャガチャが神様の道具だと言ったから、その道具を使えている女は、ひょっとすると神様そのものなのかもしれない、と月子は思っている。あるいは、それでもこの世界では自分と同じように苦労しているのだから、天使くらいなのかもしれない。それとも神様や天使から選ばれただけの、ただのすごく綺麗な人間なのかもしれない。
名前くらいは聞いてもいい気がするけれど。
それをするには勇気がいるくらい、聞かないままの時間が長すぎた。
「よし、食べ終わったら、戻ろっか。今日のガチャは何が出るかな~」
言って、女は残った『机』と『椅子』を、カードの中に戻していく。紙札をその表面に触れさせるだけで、綺麗さっぱりそれはなくなってしまう。
何もなくなった道を行く。




