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7-③



 その夜、月子は目を覚ました。

 微睡のなかで、ぼんやりと昼間のことを考えながら。

 あの会話には、どういう意味があったのだろう。これまでろくに親しい友達もいなかったから、細かい感情の機微がわかっていない。一体カエデは、どんな気持ちで自分にあんなことを聞いてきたのだろう。自分の答えは、どのくらい正しかったのだろう。

 そう思いながら、薄目を開いていく。

 部屋の中は、ランプの灯りにじんわりと照らされている。少し身じろぎすれば、窓も視界に入る。まだ暗い。まだ夜。もう一度寝ようとして、

「――え?」

 がばり、と月子は起き上がる。完全に目覚めた頭で、外を見てもやっぱり変わらない。

 夜だった。

 夜なのに、どうして自分は目覚めたのだろう。間違いなく、カエデの淹れてくれたホットミルクを、眠り薬を今日も二杯は飲んだというのに。

 隣のベッドを見ても、カエデの姿はない。

 ということは、また今夜も出かけているのだ。

 考える、前に月子は部屋の窓に向かって、枕元の懐中電灯を差し向けた。夜中に目覚めてしまったときのために、と思って準備しておいたのだ。かなり強力な光を発するもので眩しいくらいだったけれど、かえってそれがいい。これで、とりあえず黒犬が自分に寄ってくることはない。

 それから、月子は考える。

 どうして目覚めたのだろう。選択肢は、とりあえず、三つくらい。

 ひとつめ。眠り薬を飲みすぎてとうとう耐性ができてしまった。ありえない話ではないと思う。もう何週間、あの薬を飲み続けているのだろう。

 ふたつめ。たまたまカエデが今日だけ眠り薬を入れ忘れた。これもまた、ありそうな話だと思う。最近は疲れ切っている様子だったし、そういうおっちょこちょいをしでかしても何もおかしくはない。

 みっつめ。意図的に眠らされなかった。

「なんで……?」

 声に出して、それで気付く。今夜は『音』も生きている。

 ここまで来ると、単にカエデがうっかりしていた、という線は薄いように思えた。わざと、自分は起こされている。いちばん初めに黒犬に出会った夜のように、『音』のある『夜』に、ひとりにされている。

 カエデがそう、仕組んでいる。

 すると、どうしてだろう、という疑問が次に来る。わざわざ自分を眠らせずにいた理由は何か。そっと、月子はベッドから降りる。

 夜に何かを一緒にしたかった、ということは考えづらい。それだったら、普通に自分に伝えてくれればいい。どこだろうがついていくのだから。たぶん大事なのは、自分ひとりだけで起きた、ということなのだ。

 このまま、ここにいたらどうだろう。それでもいいと、月子は思う。起きたけど、起きなかったことにする。今までどおりに。朝が来たら何食わぬ顔でおはようと言って、カエデが昨日の夜に何かあったか、なんて聞いてきても、ぐっすり寝てたよ、と答えればそれで済む。何の波風も立たない。

 じゃあ、そうしないとしたら?

 サインなのかもしれない、と月子は思った。カエデは、自分に合図したのかもしれないと、そう思う。だって、最近のカエデはおかしかった。参っているように見えた。それが何を原因としているのかはわからなかったけれど、限界を迎えてもおかしくなさそうに、月子には見えた。

 ひょっとすると、昼のやりとりも、それだったのではないか。

 カエデが自分に、嘘を吐かずに正直に答えてほしいと言ったのは、自分も嘘を吐くのをやめようと思っていると、そうした気持ちが仄めかされていたのではないか。

 そうして考えている月子は、冷静ではなかった。このところずっと、日に日に憔悴していくカエデを見ながら、あの黒犬に腹を立てていたし、見ないふりを続けながら自分にできることは何かないかともやもやくすぶり続けていた。

 だから、間違った判断をした。

 きっとカエデは自分に助けてのサインを出したのだ。そう思って、月子は懐中電灯を手に、寝室を出ていく。街のどこかにいるだろう、カエデを探しに、ふたりの家を出ていく。

 勘違いをしていたのだ。



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