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6-①

 


 何度も眠れば、夢を見ることだってある。

 たとえば、こんな夢。

 物心というものがついていたのか怪しい、そんなころ。

 月子は姉と仲がよかった。年の離れた姉だったけれど、随分可愛がってくれていた、そんな記憶がある。

 名前を、ひなたといった。太陽と月、姉妹でそうして揃えたのだと思えば、色々と考えているようで、けれど何も配慮していないようで、でも結局、後から考えてみれば、正しい名前の付け方だったのだろうと、月子はそう思う。

 ずっと、どこに行くにも一緒だった。

 陽は月子の手を握って離さなかったし、月子も喜んで陽についていった。この頃はお互いに幸せだったのだと思う。月子は陽を頼りになる姉として慕っていたし、陽も月子のことを頼りない、か弱い妹として可愛がっていた。

 その関係が壊れたのは、夏の日のことだった。

 親戚一同が揃っていた。あの頃月子はどうしてその時期にばかり田舎の家に行くのかわからなかったけれど、今ならそれが、お盆の季節だったからだとわかる。

 大人たちは昼から酒を飲んで騒いでいた。

 子どもたちは、奥の部屋に集められて、子ども同士で遊んでいた。

 陽は人気者だった。それはどこに行ってもそうで、ここでも、子どもたちの中心になっていた。それはきっと、整った顔立ちであるとか、はきはきした喋り方であるとか、自信に満ち溢れた態度であるとか、そういうのが理由だったのだと思う。

 知らない子どもばかりだったけれど、陽はすぐに打ち解けた。それに抱き合わせになるようにして、月子もその場に受け入れられた。いつもの光景だった。月子は元々引っ込み思案で、いつも陽の開いてくれた道を、後ろからついていくだけだった。友人は年上ばかりで、同年代はほとんどいなかった。

 夏のことだったけれど、子どもには暑さなんて関係ない。中で遊んでいるのがつまらない、と誰が言い出したのかは覚えていないし、それどころか月子は、その場にいた子どもが誰だったのか、自分と姉以外は何も覚えていないが、とにかく、外に繰り出すことになった。

 大人は、誰もついてこなかった。

 何をしたのか、それも覚えていない。虫取りだったのかもしれないし、鬼ごっこだったかもしれない。子どものころなんてそんなものだ。よほど衝撃的なことが起こらない限りは、その細部なんて覚えていない。

 大きな犬が現れた。

 野犬だったのだろう。今でも鮮明に思い出せるその姿に、首輪はついていない。薄茶色の身体は痩せて、毛並みも荒れていた。それでも、当時の月子の顔の高さと、ちょうど同じくらいに目線が来る。

 そんな、大きな犬が現れた。

 そして、こっちをじっと見ていた。

 叫び声を上げたのが、もしも違う人だったら。

 もっと違う展開もあったのかもしれないけれど。

 陽だった。最初にその犬に驚いて叫んだのは。

 中心になっていた陽がパニックに陥ったものだから、みんな同じように逃げ出した。

 月子も、逃げ出そうとした。

 転んだ。

 他は誰も、転ばなかった。

 そして誰も、振り向かなかった。

 お姉ちゃん、と月子は呼んだ。

 それが聞こえたのか、聞こえなかったのか。

 わからなかったし、聞けなかった。

 それ以来、月子の右足には傷跡が残っているし、陽と月子の関係が、今までのような仲良し姉妹に戻ることもなくなった。

 陽はそのまま、すくすくと育ち、明るく、はきはきした人気者として日々を過ごしていった。

 月子はそのまま、ぐずぐずと育ち、暗く、じめじめした日陰者として日々を過ごしていった。

 今にして思えば。

 赤ん坊の段階で、両親は我が子の本質を見抜いて名前を付けたのかもしれない、と月子は思う。

 そんなわけはないのだけれど。

 そしてこれは、夢じゃなくて、単に過去の記憶なのだけれど。

 目覚める直前くらいで、気が付いた。



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