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5-②



 もういっそ、とはカエデが言った。

「家だけじゃなくて、街全体もデザインしてみようよ」

 それに月子は、慄いた。スケールが大きい、と。そう思って。

 ちゃんとした家を作ろうというのも、月子の中ではかなり頑張った方なのだ。かなり頑張って、大きな、私的な欲望を述べたつもりだったのだ。それをカエデがさらりと超してきたことに対し、少なからず驚きを覚えている。

 というか、かなり。

「とりあえず図面でも描いてみようか。せっかく描くものもあるんだし」

 カエデがテーブルの上に早速大きな紙を広げるのに、月子は尻込みして、

「あんまりそういうセンス、ないんだけど……」

「私だってないよ。いいじゃないか、どうせ私たちふたりしかいないんだし。とりあえず作ってみて、ダメならちょっとずつ修正していけばいいんだよ」

 ほら座って、とカエデが椅子を促すのに、まあそれなら、と月子は座る。

 確かに、と思った。

 どうせふたりで作って、ふたりで見るだけなのだから。

 自分の作ったものを見るのは、自分と、カエデだけなのだから。

 さて、と早速カエデはペンを握って服の袖を捲った。普段は袖の膨らんだ服に隠れていた、ほっそりとした前腕が覗く。

「真ん中にはとりあえず、噴水と広場だよね」

「えっ? そこから?」

「えっ、ダメ?」

「ダメじゃないけど……。そうなんだ、そこがいちばん最初なんだ……」

「だってほら、街の中心でしょ? 広場がなくちゃ話にならないし、噴水がなくちゃ始まらないよ」

「そうなんだ……。話にならないし、始まらないんだ……」

「そうだよ。はい、じゃあ次は月子ちゃんの番。何入れる?」

「えっ」

 交代交代でやるの、と意表を突かれた月子が言うと、交代交代でやるんだよ、と当たり前のようにカエデが答えた。

「じゃあ、えっと……」

 カエデから渡されたペンを握って、

「噴水があるなら、そこから水路を通すのはどうかな。なんだかんだ言って、定期的にメダルの回収場所に行かなくちゃいけないし……」

 す、と中心部から、外の海の流れが辿りつく、メダル回収場所まで一本線を引く。それだけじゃあんまりにも地図への描き込みが少なすぎるか、と思って、

「どうせなら街全体に水路を引いてみようか。こうして、同心円状にして、その円と円の間に連絡路を引いて……。この水路に沿うようにして建物を建てていけば、移動も楽になるかも……」

 ぐるぐると、月子は円を描き始める。そこまで描いてから、どうやって移動しよう、と気付く。もうカエデが引いたカードのすべては覚えられていない。水の上を移動するためのカードは持っていただろうか。持っていないようだったら、今までどおり自動車を使って移動した方が効率的じゃないだろうか。いやいや、今までみたいにただの荒野を行くのだったら自動車でよかったけれど、たくさんの建物を立てて街を形成するのだったら、自分たちの運転では心もとない。どうせ代替となる交通手段を確保しなければならない、とそこまで考えて、とりあえずこのあたりのことを説明しようとカエデを見て、

 ムッとしている。

 すうっ、と血の気の引いた。

 やり過ぎた。もう一度図面を見ればわかる。カエデが描き込んだ噴水と広場に対して、自分の描き込んだ範囲が広すぎる。カエデが出したのはひとつの場所の案なのに、自分が出したのは街全体のネットワーク案だ。明らかに釣り合っていない。

 出しゃばり過ぎた。

「月子ちゃんさ、」

「あの、ごめ――」

「また謙遜してたね」

「え?」

 ぐっとカエデはテーブルの上に身を乗り出して、言う。

「得意じゃないか。こういうの」

「えっ、えっ?」

 それから、にっ、と笑って、

「すごく素敵だと思う! どんどん考えていこうよ! 水路があるんだったらそうだな、建物もその雰囲気に合わせてデザインしていった方がいいよね。水路を渡るのはどうしようか。モーターボートは持ってないし、そもそも運転の仕方もふたりだとちょっと微妙だしね。ボートを『水流』のカードを調節して流してみようか。ね、月子ちゃんはどう思う?」

 予想外の反応に月子は慌てながら、

「え、えっと、『水流』を使うの、いいと思う。カエデさんがカードを使ってくれるならその場その場で行き先を決められるし。そうじゃなければ常にぐるぐる循環させるみたいにしてもいいし。ちょっと時間はかかるけど、この円周上にボートをそれぞれ配置しておけば定期便みたいに使えると思う。でも、いちばん外側の円だとちょっと、端から端まで動くのは時間がかかっちゃうかも」

「それならこうするのはどうかな。この円と円を繋ぐラインを直線にして、これを通るようにすれば……。あっ、これだとこの交差点で水流が混ざっちゃうか」

「じゃあそこには別の動力を入れてみる?」

「うーん、一回水流が混じるかどうか試してみてからでもいいかもね。……これ、上から見ないとちゃんと機能してるかどうか、わかりづらいか」

「うん、確かにそうかも……。どうする? ドローンとカメラみたいなのが出るまでガチャガチャ引いてみようか。流石に自分で飛行機とかヘリコプターを操縦するのは難しいだろうし……」

 ううん、と月子は考え込む。すぐにはアイディアが出てこない。何しろ、空を飛ぶなんてこと、普通に生活していて必要に迫られることがなかったのだ。それに、これまでの失敗してもそこまでダメージを受けない実験と違って、今回は地面から離れる以上、どうしても危険が――、

「あ、」

「ふふ、その必要はないよ」

 思いついた、と言おうとしたのに。

 その言葉を、自信ありげに笑うカエデが遮ってしまった。

 月子の考えはこうだった。カエデが『地面』のカードを使えば、大地を隆起させることができる。だったら、単純に自分たちの足場をぐっと持ち上げて、高いところから見て見ればいいのではないか。もしくは、これはかなり危ないけれど、『電信柱』のような背の高い建造物型のカードを重ねて、どんどん上まで登っていけばいいんじゃないか、と。

 でも、あんまりカエデが胸を張るので、何も言わずにまず聞いてみることにした。

「月子ちゃんがいない間、ここに初めて来るその前にね、もちろん私は人間を呼び出したときにもこの環境に耐えられるように色々とカードを引いて対策していたわけなんだけれども……」

 言いながら、カエデはポケットの中から、一枚のカードを取り出す。それを人差し指と中指の間に挟んで、ぴっ、と鋭く目の前に掲げる。

「当然、他にもいいカードを引いていたりするのさ」



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