5-①
三枚ガチャ、というものがあることを、月子はカエデから教わった。
「よし! 見て月子ちゃん! 『クリームソーダ』!」
実演付きで。
この世界に海が生まれてから、そして全自動メダル回収システムが完成してから、しばらくはふたりでだらだらしていた。何しろ、これまでの日課だったメダル回収の旅が不要になったのだ。その上、メダルの収入はこれまでの何倍、なんて計算をすることすら馬鹿らしくなるほどの勢いで増加した。
浜辺に山になっていたメダルに飛び込んで、じゃらじゃらとそこで犬かきをしながらカエデは言った。三枚ガチャをやろうか、と。
つまりはこういうことだった。通常、ガチャガチャ箱に入れるメダルは一枚。けれど、一枚以上を重ねられないわけではない。最大で三枚。同時にメダルを入れて、一気に回す。
すると、出てくるらしいのだ。
いつもよりもう少し、具体的で、細かいカードが。
今、自慢げにカエデが抱えているのもそのカードだ。今までは『水』とか、あるいは『食事』とか、もっとざっくりした区分でしかなかったそれが、具体的な名前を持って現れている。
一日の間に、もう一枚ずつでは回し切れないほどのメダルが、この拠点に漂着するようになった。生きていく上で何の心配もなくなって、自分たちが何をする必要もなく生活を向上させてくれるシステムが出来上がったのだから、興味の方向性が、生活の質に向くのは当然のことと言えた。ゆえに、月子はカエデがこれからは三枚ガチャをメインで引いていこうと方針を決めたとき、特段の反対を見せなかった。
が、例によって、それは賛成だからではなく、反対意思を見せるのを躊躇ったからにすぎない。
だって、不安なのだ。
別に何が具体的にどうこうというわけではない。ガチャガチャのことになると明らかに落ち着きをなくしてはしゃぎだすカエデに戸惑っているわけでもない。
単に、性格的な問題である。月子は、悲しい出来事のあとには報われるような展開が待っているとは微塵も信じていないが、楽しい出来事のあとにそれが台無しになるような展開が待っていることには、微塵も疑問を抱かない。
上手くいっているので、いずれ酷い目に遭うんだろうなと思っている。
たとえば実はメダルの数がものすごく限られていて、後から取り返しの付かないカードをガチャガチャでまだ出していなかったことに気が付くだとか、そういうこと。
「……月子ちゃん? 反応……。クリームソーダ、嫌い?」
「え? ううん。好きだよ。カエデさん、またいいの当てたね」
「ふふん、そうでしょそうでしょ。最近当たり続きだからね」
でも、そろそろ自分でも、自分の考えがおかしいことに気付いてきた。
月子は見る。カエデが自慢げにポケットから『ハンバーグ』やら『焼き芋』やら『カレーライス』やら、三枚ガチャで引いてきたお気に入りの食べ物カードを取り出して、今日は何を食べようかな、と嬉しそうに、能天気な顔で呟くのを。
そろそろ、気付いてきているのだ。
別に、幸せになることは、何かの流れに反した、いけないことではないのだと。
「次、私が引いてもいい?」
その言葉が、自然に出てきた。
これまでは、カエデに促されたとき以外に、月子がガチャガチャを引くことはなかった。だから月子は自分で自分の言葉に驚いたけれど、カエデの方も驚いた様子で、目を丸くした。それからすぐに柔らかく微笑んで、
「もちろん」
カエデに代わって、月子がガチャガチャ箱の前に座る。三枚入れて、一枚のときよりも少し多めに力を入れて、レバーを回す。
「あ、」
「おおっ」
紙に一文字。『月』の文字。
「名前のとおりだ。やっぱり月子ちゃん、ガチャガチャの引きがいいね」
「そう、かな」
明るいカエデが言う一方で、月子はその文字を、複雑な表情で見ている。
自分の名前だから、少しうれしかったけれど。
自分の名前だから、少しうれしくない。
「早速出してみようか。これでちょっとは空も綺麗になるよ」
「ううん、やめておいた方がいいと思う」
その感情とは別に、月子は言った。
元々、この大地は星かどうかも怪しいのだ。この世界に、宇宙があるかどうかも怪しいのだ。その状態で『月』を取り出して、その引力がどう働くのだとか、公転や自転はどうなるだとか、そういうところがよくわからない。星ひとつを出すとなると自分たちの拠点に大きな影響を及ぼすだろうし、ここは出さない方がいい。
そう言って伝えると、カエデもなるほど、と頷いた。
「危なくなったら消せばいいだけだと思うけど……、月子先生が言うならやめておこうか」
その言い方に、ちょっと月子は動揺する。普段だったら、説教臭かっただろうかとか偉そうだっただろうかとかすでに煙たがられてるんですよねごめんなさい、とか考えるところだったが、今ではすっかり、
「せ、先生って……」
「よっ、ガチャガチャ博士っ」
照れるだけ。
それを隠すために、月子は次のガチャガチャを引く。また三枚入れて、がちゃり。
「『図書館』だ」
「おっ、とうとう建物系が出てきたね」
うん、と月子は頷く。
「建ててみようか」
「うん。でも大きさがわからないから、少し土地を開けてからにしようか」
カエデが『水』や『地面』のカードを使って、『図書館』の設置に必要なスペースの確保を始める。その間、ぼんやりと月子は自分の引いたカードを見ていた。
自分たちの拠点は、以前に引いた『建物』のカードを使ったくらいで、工夫も加えていなかった。それ以外のカードが出てこなかったこともあり、何の飾り気もない雑居ビルのような建物の一角に、ベッドだけを置いて過ごしている。だからどうしても、物が増えても増えてもどことなく寂しい印象が拭えずにいた。
「家を、」
「ん?」
「家、ちゃんとしたのを建ててみない?」
そう言った月子を、カエデは振り向いて見た。
やっぱり、驚いたような顔をして。
「月子ちゃんさ、」
「ダメ、かな」
「ううん。……ただ私が、なんだか嬉しくなっちゃっただけ」
「え、」
「いいね。家建てるの。折角だから大きいの建てようよ。かなり大きめにスペース取ってみるね」
言って、カエデはみるみるうちに壁を遠くに動かして、隆起した高台の部分をどんどん広げていく。
「ちょうど、次の目標がほしいと思ってたんだ」