4-①
「非生産的だよね」
と、カエデは言った。
「はあ……」
特に何の脈絡も感じられなかったので、とりあえず月子は頷いておくことにした。
急に何もかもは上手くいかない。昨日までコミュニケーションに臆病になっていた人間が、いきなり誰かと親友になれるわけではない。
けれど少しずつ上手くいくことは場合によっては可能であり、今回の場合、カエデと名付けて二週間が経つ頃には、とうとう月子も人並に話すことができるようになっていた。
「何が?」
なんと、敬語抜きで。
「いやあ、なんていうかさあ。今の私たちって、目的とかそういうの、全然ないじゃないか」
「え、ないの?」
「ないだろう」
「でもカエデさん、世界を創り直すって……」
「最終目標じゃないかそれは。月子ちゃん、君、人生の最終目標は幸せに死ぬことだから、毎日死ぬことばかり考えて生きていますって人間がいたらどう思う?」
「合理的……」
「おかしいおかしいおかしい」
面と向かって言われて、ちょっと月子はしょんぼりした。
「最終目標自体は、確かにそこにあるよ。でも幸せに死ぬためにはっていうのの前段に、幸せに生きることっていうのが普通は設置されるでしょ? 私が言いたいのはそういうことなんだよ」
「うん……」
「よくわかってないだろ」
「うん」
たはー、と言いたげにカエデは首を竦めた。大変正直でよろしいよ、お姉さん感心しちゃう、とも付け加えた。
「つまりね、何か小さな目標を立てようってことなんだよ。月子ちゃん、何か欲しいものとかない?」
「ない」
「君、本当に人間?」
うん、と頷こうとして、その手前で顎先が止まった。
聞かれると不安になってくるのだ。別に日常的に自分が人間以外の生き物なのかもしれないと疑いながら生きているわけではない。ただ、この何もなくなった世界で、よくわからない怪しいガチャガチャから出てきた紙を媒介に、再び生を受けた自分。カエデはこの怪しいガチャガチャが世界ができるその前からすでにあった道具だとか、神様はこれを使って世界を作ったとか、そういうことをさりげなくほのめかしているけれど、でもそれだって、明らかに普通の生まれ方をしたわけではない自分が人間という証拠には、
「こらこら、考え込むな」
「あ、」
「大丈夫だよ。君、『人間』のカードを使ったときに出てきたんだから。人間だよ、普通に。突然よくわからないところでアイデンティティクライシスに陥らないでくれ」
「……うん」
言われたとおり、陥らないことにした。どうせ開き直るしかないのだ。すでに事態は自分の考えの及ぶ範囲にはないのだし。
「で、」
カエデはぱん、と手を叩く。
「本当に何もないの?」
ううん、と月子は頭を悩ませた。正直に言ってしまえば、まったくない。が、ない、と即答したときのカエデの目はこう語っていた。マジかよ。さすがに二度もそんな目で見られたいとは思わない。
「じゃあ、あの、もっと簡単にメダルを集められる装置を作る、とか」
「……ちょっと予想外の方向から来たけど、まあよしとしよう」
「え、どういう方向がよかったの」
「よしとしよう。でも、それって具体的にどういうやつだろう。ちょっと私には思いつかないんだけど」
「えっと……」
月子は人差し指を口元に当てて、
「メダルは金属みたいだから、強い磁石をガチャガチャで当てて……」
「ふむふむ」
「ガチャガチャの隣に置いて、あとはひたすらメダルが集まってくるのを待つ……」
「カブトムシを集めるんじゃないんだから」
ダメかな、と聞くと、ダメとは言わないけど、とカエデは言う。
「いくら強い磁石だってそれ、限界があるだろう。近くのメダルを全部集めたら終わりだよ」
「じゃあ、ラジコンも引いて、磁石をくっつける。それを走らせてメダルを回収する」
「あ、それいいかもね」
カエデが素直にうなずいたので、月子もご満悦でうなずいた。実際のところ、ラジコンにどんな風に磁石をくっつけたらいいのかはあまりよくわかっていないが。たとえばラジコンのボディの底にくっつけたとして、それだとメダルを拾うたびにボディの底に積み重なっていくわけだから、いずれ地面と擦れてまったく走れなくなるんじゃないだろうか。でも、そんなことを実際にラジコンを引き当てているわけでもない今の段階で悩んでも仕方ない、と思い、実際に作る段での苦労を今の内から想像して、背負い込んでおく。
「うん、じゃあ当面はそのアイディアで行ってみようか。確かに、何をするにしてもメダルは必要になるし、それに毎日毎日メダル探しで一日を潰したりするのもなんだかなあと思っていたんだよ。月子ちゃん提案のメダル回収システムが作れるようになったら、一日のほとんどの時間を自由に使えるようになるしね」
それで行こう、とカエデは言う。えいえいおー、と拳を作って腕を挙げる。
おー、と月子も、腕を挙げた。