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10年前の少女が泣いた  作者: 冷凍みかん
episode1: あと、365日が5回だけ
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7





 「本日はおめでとうございます」


 「ああ、どうもありがとう。君も頑張ってくれたまえよ、()()()()()神崎くん」


 「…ええ」



 爽やかな笑顔で冬馬が対峙するのは、つい先日昇進した遠山勇(とおやまいさむ)。60歳直前とは思えない不敵な笑みで去っていった。



 「いやあ、食えないご老人だね」


 「…高嶺テメェ、聞いてやがったなら挨拶くらいしろ」



 後ろからにこにこと近付いてきた枢を、冬馬は心底嫌そうな顔で見上げた。その冬馬の表情にも物怖じせず、枢は笑顔で応対する。



 「死んでも嫌だよ。私はもともと、このパーティにだって来るのが嫌だったんだ」



 このパーティは表向き、長年追っていた規模の大きな事件が立て続けにいくつも解決し、犯人を逮捕することが叶ったという捜査官にとってめでたいことがあったために開かれた、いわゆる祝賀会である。しかし実際は、今しがた見えた遠山勇を始めとする14人もの政府及び警察関係者が昇進を果たしたために開かれた、昇進パーティというところか。



 「フン…俺だって()()()()()()特殊部隊としてこれに参加すんのは嫌だったけどなぁ、万が一テメェが昇進してS1から離れるなんてことが0.001%でも有り得るときのために来てやったんだよ!そのときゃ20年もののヴィンテージワインを空けるぜ俺ァ!」


 「残念だけどね、私がS1から離れることはないよ。今はね」


 「あぁ?なんだそりゃ。迷惑この上ねぇな」



 あっけらかんと言う枢に、冬馬は舌打ちして胸ぐらを掴んだ。



 「はしたないことしないの、短崎…。S1にはまだ用事があってね、例え昇進話が来ても受けることはないよ」



 冬馬の手を払い除けて、溜息をついて枢はそう言った。だが、なんとも勿体無い話である。特殊部隊S班は、5班まで存在しているが、その中で昇進の話があったものなど、この数年は片手で数えられる程度だ。つまり、どれだけ手柄を挙げても特殊部隊については昇進することが難しいといえる。



 「用事ねぇ…死ぬのが用事なら今すぐ叶えてやってもいいけどな」


 「私はまだ死ねないんだよ、残念ながら…っとーーー」


 「その通りなのですよ、高嶺班長。貴方、今月どれだけ他班から苦情が来ているか知っておられるんですか」



 枢の背後から話に割って入ってきたのは、S1班構成員の灰園弥生(はいぞのやよい)。眼鏡をかけた黒髪ぱっつんーーー死語で言うおかっぱというやつだーーーのインテリな女だ。見た目は幼く見られがちだが、これでも実年齢23歳。男っ気の無い仕事一途なクール社畜である。



 「え〜、ゾノくん意地悪だなあ。そんなの私が知ってるわけないじゃないか」



 ちなみに、枢には「ゾノくん」と呼ばれている。他にも「ヤヨちゃん」や「ゾノっち」などと、ニックネームが多い女だ。



 「そうですね。高嶺班長はほとんど特殊部隊S班本部にいらっしゃいませんものね。本当に迷惑な話ですけれど、まあそれはもう諦めましたので」


 「あはは〜」



 ニコリともせずに枢への不満を吐き出していく弥生は、S1班の作戦参謀である。戯言に正論を突き刺していく冷めた女だ。



 「56回だよ〜、タカネ班長!ぷくくっ」



 その弥生の後ろに隠れていたのは、同じくS1班構成員の櫻木杏子(さくらぎあんず)。右頬の大きな黒星のフェイスペイントがチャームポイントの現在12歳最年少構成員。片手にショートケーキを掲げてドヤ顔を晒すあたり、まだ餓鬼である。小さな身長とその口調で、もっと若く見られることも多い。



 「何が56回なんだい?杏子くん」


 「ププッ、ヤヨちゃんの話聞いてた?タカネ班長への他班からの苦情件数に決まってるじゃん!」



 タカネ班長というのは言うまでもなく枢のことである。高嶺という苗字がタカネと読めるのもそうだが、レベルの高い仕事からそう呼ばれることが少なくない。


 といっても、レベルの高い仕事というのは必ずしも評価が高い仕事とイコールではないらしく、寧ろ枢の仕事は他班からの酷評が痛々しい。



 「2班班長、新垣陸(あらがきりく)殿よりーーー『23区を譲れ』5班班長、原太一(はらたいち)殿よりーーー『欠勤しろ』3班副班長…」


 「はいはーい。考えとくって言っておいてよ」


 「灰園ォ…こいつに毒仕込めよ…俺がトドメを刺すからよ…」


 「ですから、まだ死んでもらっては困るのですが…」



 適当な返答をする枢を完全にキレた目で睨む冬馬は弥生に片手を差し出して急かす。


 毒は弥生の得意分野で、対人戦闘にも用いられる汎用型だ。ちなみに枢と冬馬は武力行使の近距離戦闘、弥生は毒系統で中距離戦闘、杏子は狙撃銃を使用した超遠距離型の戦闘を主としている。余談だが、S1班は他にも4人構成員が存在する。しかしその全員が積極的に動く(戦闘する)タイプでない。ーーー今日に至っては出席すらしていない。



 「まあ落ち着いてよ短崎…ほら、見て?あそこにはあんな美女がたくさんいるんだよ…行ってきていいんだよ?」


 「るっせーよ…第一俺の好みじゃねェし」


 「きゃはははっ!神崎さんの理想高すぎるんだよ!なんだっけ?ほら、背が自分より低くてしっかりしてて、可愛くてふわっとしてて、礼儀良くて頭良くって、それでいて1人でも生きていけるような逞しい子、でしょ?そんな細かいの誰も該当しないから!」


 「黙りやがれこの餓鬼が!!餓鬼だからって容赦しねェぞ!!」


 「この際神崎さんの細すぎる女性のタイプとか心底どうでも良いのですが、そんなことより…」



 冬馬の「どうでもいいとか言うんじゃねェ!」という怒声は華麗に流し、弥生は極々真面目な顔で続ける。



 「私、あのお綺麗な女性が凄く気になるのですが」



 弥生は窓際でワインを嗜む、派手めなドレスの若い女性を目線で示した。



 「えぇ?ヤヨちゃんってソッチ系の女性(ヒト)だったっけ?」



 杏子はニヤニヤと人の悪い笑みを満面に、弥生を小突く。



 「いーや、杏子くん。私も実は、あの女性気になっていたんだよ」


 「んなっ!!」



 杏子は自分の肩に手を置いてにこにこ笑う枢を驚愕の顔でまじまじと見つめた。



 「そっ…そんな…タカネ班長とヤヨちゃんと謎の女とで三角関係、だと…!?」



 勿体ぶってあからさまなフリをかます杏子の金髪ツインテールを、冬馬が両手で掴む。



 「うるせぇ目立つな馬鹿」


 「ぷくく…サーセンした神崎さん…」



 先程とは打って変わって真剣な表情になった冬馬は、杏子の髪を離すと窓際の女に一瞬目を向けて、すぐに逸らした。目を逸らした後の冬馬の顔は、より一層警戒色が強くなっていた。



 「それにしても、()()()()が何故このような会にいらっしゃるのでしょうね…」



 弥生がほとんど口元を動かさずに発言する。この話し方は、S1班で隠密時によく行うため、仲間にはよく通じる。言うなれば不完全な腹話術だ。



 「さあねぇ。どうだい冬馬、小手調べと行くかい?」


 「…仕方ねェな」



 その言葉を聞くと、弥生はすぐに杏子の手を取りフロアの中心へと移動していった。枢は冬馬と並んで、ボーイから酒を受け取り女にゆっくり近付いていく。



 「…冬馬、まだ何もしては駄目だよ」


 「テメェに言われなくても分かってらぁ」



 女まで後少しのところで、枢の視界にふと注目を引くものが現れた。


 少し足元の覚束無い若い女。片手にワインを持っている。


 フラフラし始めたかと思うと、何も無いところで突然つまづいた。



 「おっと」



 枢はその女を優しく受け止める。ワインは間一髪、零れなかった。



 「あ……ごめんなさ、いーーー」



 金髪を後ろで軽く纏めた髪型に淡い色のフレアドレス。明るめの色の瞳に外国の血を感じさせる白い肌。俗に言う美少女ーーー20歳程だろうかーーーは、枢の顔を見るなり頬を少し紅潮させ、目を伏せた。



 「いえ、お怪我は?」


 「大丈夫、です…ありがとうございました」



 金髪の美少女はそう言うと、逃げるように早足で去っていった。



 「おい、高嶺?」



 たまたま人が多くなり、位置的に金髪美少女の顔を見ることが出来なかった冬馬は、少しの間硬直していた枢に不思議そうに声をかける。



 「いや…なんでもないよ。行こうか、冬馬」


 「どこへ行かれるの?」


 「「!」」



 食い気味で発された質問に枢と冬馬は思わずギクリとした。


 2人が正面に向き直ると、そこには窓際にいた女がニコリと笑って立っている。



 「もし良かったら…(わたくし)とお話致しませんこと?」








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