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暫くして、仄かに香る酒の匂いーーー大抵のセラフはあらゆる感覚が鋭いーーーに釣られて細い小道に足を踏み入れたエルは、1軒のカフェを見つけて首を傾げた。
現在時刻午後11時。通常、カフェが営業しているような時間帯ではない。
極めつけは、アンティークな外観に不釣り合いなアルコール臭だ。
看板に記されたカフェの名前は「Wreath」。
エルは好奇心に身を任せ、期待を胸に扉を押し開けた。
✧ ✧ ✧
警視庁特殊部隊S1班は変わり者の集団だ、という者がいる。
枢は今この光景を見て、確かにその通りだと感じていた。
珍しく構成員の大半が集まった今夜の集まりでは、最年少で12歳、最年長で20代(詳しい年齢は女性の秘密だ)と比較的若い面子が揃っている。
いつものようにとあるカフェにて、仕事の話をしつつ酒を飲み、夜を明かす。
路地裏の奥に店を構えるこのカフェには、勿論夜中に客など来ない。S1班の構成員を除いては。
「それで、よく生きてるよね…枢さん」
枢のことを哀れんだ瞳で見てくる無気力そうな青年の名は、原弘人。
こう見えてもS1班の一軍戦闘員である。
自分にとって本当にメリットのあることにしか本気で取り組まない男だ。
それ故に、ひと月前のパーティへの出席も拒んでいる。
ちなみにそのパーティで枢が襲撃を受けたことに関しては、冬馬の尋問により皆の知るところとなっていた。今ちょうど、そのときの話の詳細を弘人に話していたところである。
「まあ私は、あんな美しい女になら殺されても言うことは無かったけれどね」
「枢さんって、ときどき自殺願望示してくるよね…」
「きゃはははっ!タカネ班長ってホントおっかし〜!ね、お酒ちょーだい♡」
「それはだーめ」
未成年である杏子に酒を強請られることはかなり多いが、今まで枢がGOサインを出したことは1度も無い。勿論、飲酒だけでなく喫煙についても同様だ。
「んもう!そーゆートコ硬いよねぇ、タカネ班長〜」
「こういう酒の席に未成年も呼ぶクセにネ」
イントネーションが少しだけズレた言葉を発するブロンドショートヘアの女ーーーエリザベス=B=ミルフォードも、弘人と同じく先のパーティに出席しなかった構成員の1人だ。
日本人とイギリス人のハーフであり、出身はロンドン。このカフェのオーナーでもある。
日本暮らしは5年目でなかなか語彙力があるスペックの高い女だ。
「駄目かい?リズ。私がもともと、S1で親睦を深めたくて始めた会合なんだけれどね」
エリザベスはリズという愛称で呼ばれる、自称20代前半(弥生より年上らしい)の美女である。
「割と長い付き合いよ?ワタシたち。それに、ワタシの店は最早『イイ溜まり場』でしょ」
「その溜まり場でさえ、班員全員が集まることは殆ど無いですけれどね」
弥生は酒が入ってもその硬い性格は変わることがない。というかまずあまり飲まないのだ。今も、ちびちびとチューハイを飲んでいるだけである。
「アイツらは無理だろ。自分勝手に動きすぎてる」
弥生と同じくらいゆっくりとワインを飲む冬馬は、枢を睨みながらボヤいた。
「テメェの統率力がもっとあったら違ったかもしれねェがな」
「厳しいねぇ短崎…」
「神崎だ!!!」
枢は怒れる冬馬を尻目に、やれやれといった様子でロックのウイスキーを煽る。
枢はかなりのザルなので、グラスを空にするペースが冬馬の何倍も速い。
杏子が羨ましそうに枢のウイスキーを見ながら、オレンジジュースを一口飲んだ。
「あれ…誰か来たみたいだ」
弘人はレースカーテンの閉まった窓を見据えて不思議そうに呟いた。
「え?他が来るなんて聞いてナイけど…」
リズがそう言った直後、カフェの扉が軋みながら開いた。
そこには、黒髪の女が美しい微笑を浮かべて立っていた。
「こんばんは……営業中ですか?」
「短崎は下戸だねぇ」
「きゃはははっ!下戸なのぉ?」
「うるっせェ!茶化すなっ!」
「枢さんが強すぎるんだよ…」
「弘人も人のコト言えないと思うけどネー」