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10年前の少女が泣いた  作者: 冷凍みかん
episode1: あと、365日が5回だけ
13/19

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少し大人向けの表現が入ります

 




 エルはセラフと呼ばれる人種だが、普通のそれとは違っていた。


 例えば、自分の身体の色素を操ることが可能である。




 そう。今このときのように。




 目の前の大きな鏡には、金髪碧眼の女が映っている。ーーー銃を構えて。


 鏡には蜘蛛の巣のようにヒビが入り、中心には金色の小さな銃弾がめりこんでいる。


 しかし、血痕は1mm程も飛んではいなかった。


 エルの射撃は完璧だった。目標からたったの30cm程しか離れていなかった。殺意など一欠片も見せなかった。ーーーなのに。



(…っ!)



 ターゲットーーー高嶺枢は紙一重に銃弾を躱したのだ。


 エルは驚愕の色を隠せない。止めていた息を小刻みに吐いて、目を見開いた。


 一方で枢も少なからず驚いていた。背後からの襲撃に初めから気付いていた訳ではない。


 微かに聞こえたのだーーーデリンジャーの引き金の小さな金属音が。静かで穏やかだったあの空間のおかげで研ぎ澄まされた聴覚。そこに突然響いた銃声により、さらに過敏になっていた。


 だからといって、あの銃弾を常人が躱せるはずがない。エルの経験上、人間相手に初めてみる反射神経。まるで洗練されたセラフのようだ。


 エルが硬直していた時間は極僅かであったが、その僅かな隙を突き、枢はエルのデリンジャーを叩き落とし、両の手首を掴んで押し倒した。


 両手を頭の上に纏めて掴み、自由を奪う。脚の間に自らの片膝を立てて抵抗を防ぐ。


 エルが戦意を取り戻したときには既に拘束が完成しており、動きが封じられていた。



「…っく」


「髪と瞳…色が変わってる」


「!」



 金髪は白銀に。碧眼は赤眼に。肌もより白くなり、色素変化が解けてしまっていた。


 激しい動揺による色素変化への意識の低下が原因だ。



「セラフは2人だった訳だ…君、酔ってなんかないだろう」


「…っはな、して」


「離したら私が殺されてしまうよ」



 枢は空いた片手でスーツのポケットーーー小説を入れたのとは逆だーーーを探った。


 極小サイズの無線機が指先に触れる。この無線機でS1班に収集をかければ、この会場にいる構成員がすぐに駆けつけるだろう。弥生と杏子の戦闘スタイルはこの場の戦闘に不向きなため待機させているが、今の状況を考えると頭数が多いほうが安全かつ確実に逮捕出来る。


 だが、枢は無線機を使うことを一瞬躊躇った。


 それどころか、何かがフラッシュバックして硬直に陥る。





『何も無い』


『私には、何もーーー』






 一瞬、枢の力が緩んだ。


 エルはそれを察知し、思い切り枢の手を振り払う。そしてそのまま、枢に抱きついた。



「…!」



 驚く枢をよそに、エルは枢の首に手を回して引き寄せる。


 嫌味ったらしくニコリと笑ってから、唇を近づけた。


 エルは目を伏せ、枢は目を見開いてーーー2人の唇が触れる。


 触れるだけでは終わらない。


 エルの舌が枢の唇を割って口内に侵入し、上顎を舐めた。



「…」



 枢は目を細め、エルの瞳を覗き込む。


 ーーー何か謀っている眼が見えた。



「…っは」



 エルは1度唇を離し、酸素を肺に満たす。


 そしてもう一度、と口を少し開くと、その隙間に突如枢の舌が挿入ってきた。



「んぅっ」



 唇を深く合わせ、厭らしく口内を枢の舌が這う。


 エルは驚きつつも、懸命に冷静さを保つ。


 静かな部屋に響く水音に、溺れそうになる。


 枢は唇を離すことなく十数秒に渡ってエルの口内を犯し続けた。



「…っはァ」



 枢が少し力を抜き身体を離そうとすると、エルがすかさず枢の後頭部を押さえつける。


 三度2人の唇が重なり、枢はエルを押し倒す姿勢で少しの抵抗を見せた。


 しかしエルはそれに応じず、自分の奥歯を一度噛み締めて、枢の口内に深く舌を埋めた。


 すると、枢が一瞬目を見開き、エルを力ずくで離す。



「…っ…何を飲ませた」



  枢はぐらりと仰向けに倒れ込んだ。



「…麻痺薬。暫く動けなくなる」



 エルは唾液で濡れた唇を軽く拭うと、ベッドから降りて客間の窓を開け放した。



「今夜の仕事は失敗……純人間に対してあの距離で弾を外したのは初めて」



 エルはデリンジャーを拾い上げると、ドレスの裾を捲って大腿部を露わにした。


 太腿にベルトで付けた専用ポケットに、愛銃(デリンジャー)を仕舞う。



「もう行ってしまうのかい?」



 枢はベッドの上で身動き出来ず、顔だけ上げてエルに問う。



「銃声が響いてしまった以上、応援が来る可能性が高い。…きっとまた会うわ。貴方は高いみたいだから」


「へぇ…それは光栄だね」


「貴方の眉間に風穴を開けたがっているお客様がいらっしゃるの。…金額を聞いておく?」



 嘲笑気味にエルが言うと、枢は苦笑して首を横に振った。



「止めておくよ。私の全財産より高かったら自殺してしまいそうだ」


「…可笑しな(ヒト)



 エルは窓枠に足を掛けて、目の前の広葉樹に軽々と飛び乗った。


 そのとき、枢はその木に1人の青年が登っていたことに初めて気付いた。


 深い青色の髪と瞳ではあったが、一目でその青年もセラフだということを察する。



「さよなら。また会いましょう…高嶺枢」



 その言葉を最後に、2人のセラフは闇夜に溶けていなくなった。









次回更新予定日は再来週までにと思います

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