10
冬馬は酒好きだが酔いやすい男である。
本人もそれを自覚しており、仕事の場で思い切り酒を飲んだことなどなかった。
それ故に、今、焦っているのだ。
「あら、お酒あまり進んでいませんのね」
目の前の女ーーー紗枝は全く酔った素振りも見せず、もうボトルを1本開けているのではないだろうかと思われる。相当なザルだ。冬馬の摂取量ではとてもついていけそうにない。
冬馬は潰される前にカマをかけるべきだ、と早々に判断した。
「……貴女方は皆、強い耐性でもお持ちで?」
冬馬の不自然な複数形に、紗枝は眉をピクリとさせる。
「貴女、方…?」
声は少しばかり硬くなったが、その笑みは崩れない。
とぼける紗枝に焦れた冬馬はチッと舌打ちをして、手元も見ずにグラスをテーブルに置いた。ーーーそして。
「そちらさんの話だよっ」
紗枝の足元を狙った鋭い回し蹴り。素早い切り返しに、紗枝は脚を掬われたかのように見えたが、すんでのところでひらりと跳躍し、バルコニーの手摺にバランス良く立った。
「全く…お酒が回ると、殿方は乱暴になっていけないわ」
くすくすと楽しげに笑って、紗枝はグラスに残っていたワインをぐいっと飲み干した。
「愉しいわねぇ」
冬馬は紗枝を殺意全開で睨みつける。
冬馬の右手はスーツの内ポケットに入っている。L字型のソレを、硬く握りしめた。
「遠山さんにはなあ、紗枝さんっつう姪がいるのは確かだ。だがな、紗枝さんは今妊娠されているんだよ。そろそろ臨月だからなあ、テメェは紗枝さんじゃあねェんだよ!」
冬馬は紗枝ーーーもとい、目の前の女の髪を掴んで思い切り引っ張った。
一見、男として呆れた行為だが、女の髪は驚いたことにズルリと落ちてしまった。
赤みがかった髪はウィッグで、女の本当の髪色は、月夜に煌めく白銀だったのだ。
「テメェは誰だ?『セラフ』」
ウィッグを脇へ放り投げて、内ポケットからL字型のソレーーー小型銃を素早く取り出した冬馬は、それを女に突きつける。
「…誰を殺しに来た!!」
冬馬の迫力をものともせず、女は目を細めて笑った。
「う〜んと……50点よ、神崎さん」
「あァ?」
「合っていることと、間違っていることがそれぞれ1つずつあるわ」
楽しげに女は手摺の上を器用に歩く。
冬馬の銃口は女に固定されたまま逸れることがない。
「まず、そうね。私は『セラフ』。そう呼ばれることは好まないのだけど…よくお分かりで」
「仕事柄な。大抵は区別が付いているつもりだ」
「ただ、私は殺しの依頼を受けた戦闘員じゃあないわ。ただのサポーターよ」
「なっ…」
冬馬は予想だにしなかった女の言葉に驚いた。セラフがこの会場に来ている時点で、暗殺稼業だろうという目星は付いていたが、この女が主犯でないというのなら、他にもセラフが存在することになる。しかし、冬馬を始め他のS1班は誰も察知出来ていなかった。つまり、主犯はフリーな状態でパーティ会場を彷徨っていることになるではないか。
「…そいつは今どこだ!誰を狙ってる!?」
冬馬の懸命さに、女は笑いが止まらない。
「うふふっ…流石は我が主様ーーーここまで全てが計画通りなのだもの」
「おい!!答えろ!!」
「ふふ……貴方が気付いていないだけで、もうこの任務はラストスパートをかけているのよ。そろそろ…どこかで銃声が聞こえるのではないかしら?」
一向に見えてこない女の真意に、冬馬は痺れを切らして銃を撃った。
冬馬くんは肉体派なのでちっちゃくても強いんです。お酒は弱いです。きっとチョコレートのお酒にもすぐ酔います。
次回の投稿は来週辺りかと思っています…!