Freedom_Pride_Online -戦闘狂には時代遅れな階層ダンジョンが心地が良いようです-
Ⅰ
階層型ダンジョンVRMMORPG『Freedom_Pride_Online』。
通称『FPO』。
自由を信条とする冒険者たちが、大成を夢見て迷宮に潜るという設定の、一定の制限の上でPKありのオンラインゲームである。
そもそも、オープンワールドが主流の時代に、しかもリアリティを求めたVR空間で、態々細かく区切った閉鎖的なダンジョンというのもナンセンスな訳であるが、それでもここにはここの良さ、というものがあった。
先に述べたようにPKが可能なこのゲームでは、同じレベル帯の者同士での殺し合いが絶えないのだ。同じレベル帯に限られる理由は、一定の制限――初心者狩り対策での、PKのレベル差制限――によるものである。
しかも、ダンジョンという閉鎖空間である故、オープンワールドと違って遭遇率が高く、逃げることも難しいのである。
それは、戦いを求める多くのプレイヤーにとって歓迎するべきところであった。銃ゲーではそれなりにPVPが可能であったり、そもそも目的であるゲームも多いが、剣と魔法の近距離戦でそれを嗜めるゲームは意外に少なかった。
Ⅱ
FPOは現在七十階層まで解放されている。そのうち、三十階から五十階は俗に、中級階層と呼ばれる階域であった。
中級階層は、初心者が溢れる初級階層や、攻略組が本来の楽しみ方をしている上級階層と異なり、PVPが盛んな無法なフィールドと化していた。
勿論、それを楽しみにしている者が大半であるから、悪いということは無いのであるが。
三十九階層「アースガイア第四階層」は、森が生い茂る、見た目的には自然豊かなフィールドで、実際にエネミーもそれなりに多く出現する階層であった。
だからこそ、腕に自信があるプレイヤーは、こういった場所で暇潰しにエネミーを狩りつつ、本来の「獲物」を探している。せっかくならば、猛者と闘う方が楽しいのであるから。
そんな狩人の一人が、森の中の獣道を駆けていた。
「ウルフ」という名の、日本刀のように強靭ながらしなやかな長身をもつ、男性アバターのプレイヤーである。黒い髪に黒い瞳、服装もコートからズボンまで黒で統一されている。腰に巻かれたベルトには幾つかのアイテムが下げられているが、メインウエポンが背負った大剣であることは明白であった。
FPOの中では有名なPVPソロプレイヤーで、掲示板やSNSでは、見た目と名前から「黒狼」という二つ名で呼ばれることもあった。その二つ名に込められる意味は、人によって違っていた。ある者は恨みを込めて、ある者は畏敬を込めて、その名を呼んでいるのである。
「黒狼……」
森に響いた高い声は、ウルフの耳に届くことはなかったが、そのどちらの感情も乗っていなかった。FPOにウルフというプレイヤーは複数いたため、あくまでも識別のために、その名で呼んだようである。
戦闘服に包まれた、少女というよりもいっそ幼女といった方が適切かもしれない華奢な躰を、木の枝に預ける彼女は、その名を「サクラ」と名乗っていた。彼女の性質は、狩人というよりも罠であった。正面からの戦いを好むPFOPVPプレイヤーには珍しく、狙撃にて敵を倒すことに愉悦を感じているのである。
そして、高名な獲物は無名な獲物よりも余程美味しいと、ゲームとしてのPKの意味よりも、彼女自身の愉悦が悟っていた。
枝の上に立ちあがり、身長よりも長い強弓をキリキリと引き絞る。片目をつぶり、獲物の狼に照準を合わせた。
指を離すと、弦が元に戻る音と共に、高速で矢が放たれた。ヒュウと風を切る音が僅かに生じ、現実では感じ取れないであろうそれも、ゲーム内であれば感知することが出来るものであった。ウルフは背負った大剣を少しばかり持ち上げて、剣の腹でその凶矢を受け止めた。
カン、と単純なオノマトペで表現するには些か鈍く重い金属同士の衝突音が、三十九階層の森中に響き渡った。
「チッ」
舌打ちしたのは同時であった。片や獲物を打ち漏らした残念さから、片や狙われていたという不快感からと、鏡合わせの理由ではあったが。
明らかにエネミーの挙動ではなかったから、プレイヤーだと作座に判断したウルフは、正面から堂々と来いと呪詛を紡いだ。もっとも、それは形式として、自分自身を鎮めるために吐いたに過ぎず、狙撃手の場所は把握していた。角度から言って、後方の、それも木の上である。
左足を地面を強めに踏み込んで軸とし、右足を横へ蹴り込むことで体の向きを反転させる。
今度は前進の為に、再び地面をけり込む。強靭なバネは、一瞬にして彼を最高速度に乗せた。
アースガイアを冠する階層は、常に昼間であり、同時に澄んだ空気を持っていた。数百メートル離れたところにいる相手を捕捉するなど、慣れた者ならば然程難しいことではない。おおよそのあたりを付けた場所に、人影を認めた。
かといって、認めたときには既に後手に回っていたのである。最初に狙撃された時点で、狙撃手は獲物のことをハッキリと認識しているのであるから。
数多の矢が飛来する。FPOに於いて、矢というものは、弓使いの矢筒に無限に湧くものであるから、撃ち尽くすことを期待することは不可能である。
ウルフもそれを回避こそするが、流石に二本目の曲射が時間差で、回避先に飛来したのは御し得なかった。左肩に矢が深々と刺さり、疑似痛覚――痛みは無いが違和感を与える――を刺激する。視界の端に映る半透明のHPゲージが減少して、その色を緑から黄へと変化させる。舌打ちは禁じ得なかった。
対して狩人は口元を愉悦に歪めた。三日月の口からは余裕の言葉ではなく、甘美の吐息が漏れて、弓を引く腕は一層洗練された。
しかし、既に間合いは弓ではなく剣の領域にあった。
眼前に大剣を抜きはらった黒狼が現れ、相手は中空の不安定な位置ではあるが、それでも自分に攻撃を当てるには充分であると理解した。
それでも、サクラは弓を引き絞った。距離は零。当たらないはずがないのであるから。
サクラが矢を放つのと、ウルフが大剣を振るったのは、同時であった。ゼロ距離の矢がウルフの脇腹に刺さり、重さと腕力を集めた大剣はサクラの躰を吹き飛ばした。
互いの視界には、相手の赤くなったHPゲージは見えない。それでも、二人の狩人は、お互いが限界に近いことを悟っていた。
お互いに、申し訳程度の回復魔法を、半ば無意識に行使していた。
後は、攻めるか、守り受けるか。中々に難しい命題であった。なぜなら、変な所がリアルなこのゲームでは、瞬間的に回復する手段が存在しない。あたかも現実のように、それでも現実よりは圧倒的に早いが、持続的な回復しか存在しないのである。
自分が回復するまで耐えるか、相手が回復する前に倒すか、それだけのことであった。それだけのことであるが故に、難しいのであったが。
もっとも、考える時間などない。刹那で判断を下した選択は、お互いに攻めることであった。
ウルフからすれば、近接武器を使う自分が、弓使いに負けるはずがないという自信。
サクラからすれば、弓の距離を再び取ることは出来ないのだから、一か八かに賭けるしかないという達観。
「悪く思うな」
相手に悪く思わないでくれと願うのではなく、自分が申し訳ないと思ってしまうという、余裕を込めた口調であった。
「こちらの台詞――!」
短い言葉の応報と共に、大剣が空気を切り裂いた。
少女はバックステップで距離を取り、弓を手放し、戦闘服からコンバットナイフを手に取った。メインの武器ではなかったが、運営推奨のサブウェポンであるそれを、使えない熟練プレイヤーはいなかった。
直ぐに二撃目が振られた。大振りにも関わらず、しかし愚鈍ではない鮮烈な大剣に対し、サクラはそれをコンバットナイフで受け流しながら懐に飛び込んだ。否、受け流そうとした。
受け流すようにしたにもかかわらず、ウルフの膂力はサクラの予想を上回り、コンバットナイフを弾き飛ばした。クルクルと回って飛んでいき、彼女はコンバットナイフを失った。
結果として、素手のままにウルフの躰に飛び込むことになった。
サクラは武器を持たず、しかしウルフの大剣も有効な位置ではない。あたかも抱き合うような状態で、戦線は膠着した。
「このっ、チビ! 離れろ!」
ウルフはイラつき、思わず声を荒げた。
しかしサクラの方はといえば、くっついていても直ぐに勝つことは出来ないが、離れた瞬間に負けるのだ。
素手による微弱なダメージを相手に与えつつ、防戦一方で貼り付き続ける。最早片腕は、元は獲物であった狩人をしっかりと掴んでいた。
「断る。醜い戦いだけれど、それでも、『血桜』としてのプライドがあるんだ!」
血桜というのは、サクラの二つ名であった。
しかも、ゲーム自体にしか興味を抱かなかったウルフと違い、彼女はSNS等でその名で呼ばれることに喜びを覚えていた。そういった意味での、プライドである。
ウルフには黒狼としてのプライドは皆無であるが、それでも、一プレイヤーであるウルフとしてのプライドというものがあった。
視界の端に映るゲージは、赤色のままに回復しない。回復量と、素手攻撃によるダメージの蓄積が拮抗しているからだ。
このままではジリ貧だ。そう思ったウルフは、引くのではなく押すことにした。
後退するのを止め、足に力を入れて、思いっきり血桜を名乗った幼女を突き飛ばした。
それで、遂に空間が出来た。
突き飛ばすためにラグが生じたが、それでも大剣を振って当てるのには充分以上の時間があるはずであった。
しかし、サクラの方でもそれは同じであった。
先程締まった弓を取り出し、威力は低いが出すのが早いクイックショットを放った。
大剣がサクラの躰を切り裂き、黄色まで回復したHPゲージを0にするのと、放たれた矢がウルフに直撃し、僅かなゲージを削り取るのは同時であった。
示す結果は、即ち、相打ち。
ソロプレイヤーであった彼らは、共に装備品以外のアイテムをドロップして、光となって消えた。
Ⅲ
「そもそも、卑怯にも狙撃をしてきたのが不快だ」
「ゲーム上可能なのに、文句があるというの!?」
「嗚呼、そういうことがしたいならば、他のゲームがあるだろう」
「剣と魔法のファンタジーで弓を使うから良いのでしょう。私は、血と硝煙の臭いがする、軍隊なんて入りたくないの」
アースガイアで死んだ者は、例外なく三十六階層「アースガイア第一階層」の安全地帯=戦闘不可能区域にリスポーンする。
同時に死んだ故、同時にリスポーンした彼らは、さっそく顔を突き合わせ、戦闘中には言えなかった不満をぶつけ合った。勝敗が付けば憤りもマシであっただろうが、引き分けという完全不燃焼であったから、お互いの声は過熱していた。
「戦い方に関しては拘りがあるかもしれない。でも、チビって何!?」
「チビはチビだろう。そういうアバターなのだから」
「アバターは実際の体格に近いものが好まれるって知っているわよね? 外見に言及するなんて下衆のすることよ」
サクラの躰は、小学校高学年女子程度のそれであった。
対してウルフは、身長180cmはある、男性としても大きい方であった。
話し方から自分と同程度以上の年齢と悟ったウルフは、それに関しては直ぐに謝罪した。煽ることは常道とはいえ、言っていいことと悪いことはあった。
ウルフの謝罪をサクラは受け入れたものの、それでもまだ不機嫌そうな雰囲気は消さなかった。
お互いに有名なPVPプレイヤーで、片や興味があり、片や興味がなかった彼らは、しかし今、ズルズルと話し込んでしまっていた。そもそもの口数が違うため、女性の言葉を男性が受け止めている形ではあったが。
不平不満を並べ立てていた彼女は、本来の不満を口にした。
「そもそも、私が罠を、狙撃手をしているのは、タンクが居ないから仕方がないことなのよ! 遠距離の専門家である弓使いが、フェアな決闘をして勝てるはずがないでしょう?」
「俺と引き分けたじゃないか。上等以上だ」
「あんな戦い方、弓使いの戦い方ではないもの。――そうだ、貴方、私と組みましょう。チビ呼ばわりしたことを本当に申し訳ないと思っているのならば、期間限定でも良い、私のタンクになりなさい」
不意な誘いであった。
ウルフとしては予想しえないものであった。お互いに納得のいかない戦闘で出会い、口喧嘩から会話を始めたのだから、互いに印象は良いはずがないのである。
「本気か? 血桜よ」
「ええ、本気よ、黒狼さん」
「ちょっと待て、その黒狼というのはなんだ? 俺は、ウルフだ。そうとしか名乗ったことはない」
ウルフは不審げに眉を寄せる。
「貴女の二つ名じゃない。SNSでは有名なPVPプレイヤーよ、貴方は。だからこそ、その手腕を買ってタンクに成れと言っているの」
有名と聞いて、ウルフはあまりいい顔をしなかった。
「まあ、良い。本気ならば組んでやらんでもない。でも、俺は黒狼ではない。ウルフだ」
「そう、ありがとう、ウルフ。私の血桜ではなくサクラと呼んで」
ウルフは首肯を返すのみであった。
この日、黒狼と血桜という、二人の有名なPVPプレイヤーがパーティーを組んだことは、掲示板ですぐに話題になり、半日遅れてSNSでも話題になった。
FPOに親しむプレイヤーたちは、攻略組を除いて、恐怖に震えた。戦うことが望みであっても、あまりにも強い相手がタッグを組んだ状態は、流石に恐ろしかった。
しかし、少なくとも、不意打ちの狙撃で倒されることが無くなったことを、彼ら以外が知る由もない。
Ⅳ
全身を黒で統一した、日本刀のようにしなやかで強靭な長身を持つ、大剣使いの男が、一人のプレイヤーを切り裂いた。
パーティーを組んでいた彼は、体は動かないままに、しかし光となって消えることはなかった。
四人パーティーであったので、残りは三人。
四対一にもかかわらず、彼らは優勢とは言えなかった。現に、今一人倒されたわけであるし、目の前の男はまだ無傷に等しい。
それでも、数的優勢が彼らの心理安定剤であった。二人がかりで男と闘い、残り一人が蘇生魔法をかける。蘇生が終わるにはタイムラグがあり、それまでは彼は無防備であった。彼は残った仲間を信頼していたし、倒れた仲間を見捨てることも出来なかったのである。
しかし、ヒュウと風を切って、蘇生魔法を使っている男の頭に、深々と矢が突き刺さった。
FPOはヘッドショットで即死するゲームではないが、純粋に矢の威力が高く、しかも頭がウィークポイントであることは変わらなかったので、その男は体の自由を失った。
驚いたのは残り二人だ。しかし、彼ら二人にしても例外ではなく、大剣使いの男の頭を避けるかのように飛来した矢が、またも一人を仕留めた。
最後の一人は、純粋に力量に負けて、大剣にて地に伏した。
彼ら四人は体を光と変えて、アイテムを残し、リスポーン地点まで戻された。
獲物が完全に消滅した後、男のはるか後方の木の上から、少女というよりは幼女というのが相応しいような、華奢な躰の弓使いが現れた。
彼女はパーティーメンバーである、大剣使いの男に声をかける。
「気まぐれで始めたけれど、悪くないでしょう? ねえ、ウルフ?」
「嗚呼、悪くないな。暫くは、共に狩ろうか、サクラ」
二人は勝利の愉悦に口元を歪めて、その自信から、明日からの狩り場を四十階台へと引き上げた。
喧嘩から始まった二人だが、コンビネーションは最高に近いものを、ごく短期間で身に着けていた。それが生来のモノか、二人の相性かは定かではない。
兎に角、彼らが、彼ら以外にとって恐るべきタッグであることは確かだった。
Ⅴ
FPOの中級階層は、ある種の無法地帯だ。
その無法地帯を楽しむように運営が仕向けたのであるが、それは成功を収め、ファンタジー世界でのPVPを楽しみたいプレイヤーが溢れている。
その中でも特に強いプレイヤーは、掲示板やSNSでは、狩人に例えられ、勝手に二つ名まで付けられていた。
黒狼。
血桜。
二人の有名PVPプレイヤーは、タッグを組んだ時から「桜狼コンビ」などと呼ばれるようにもなった。複数人で狩りをする者は珍しいから、脅威度でいえばかなりの上位に数えられていた。
もっとも、黒狼と呼ばれるウルフはそんなことには興味がないし、血桜と呼ばれるサクラはそのことを名誉に思っていた。
兎に角、分かることはシンプルだ。
彼ら二人は今日もまた、『Freedom_Pride_Online』の世界にて、愉悦の快楽で、口元を歪めるということである。
自由の誇りとは、勝者の得る悦楽であるから――。
<了>