勇者、育児をする
アルフレッドは息を大きく吸い込み、気合を入れた。このドアの先は戦場だ。生半可な気持ちでは入れない。ドアの先からは、狂乱の渦と形容するのが相応しい騒音が溢れだしている。
「よしっ!」
アルフレッドは覚悟を決めて、ドアを開ける。ドアを開けた先では、子供達が遊んでいた。ただし、人間族ではない。人間族以外の、様々な種族の子供達だ。部屋にいるのは五名。
「あ~アルせんせ~だ」
鳥人族のオーニス。歌を歌うことが大好きで、いつもよたよた空を飛んでは何かにぶつかってしまう、とてものんびりおっとりした女の子だ。
「おはようございます。先生」
ラミア族のオピス。礼儀正しく、言葉遣いも丁寧な女の子で、保育園の子供達のまとめ役だ。問題があるとすれば、蛇の下半身を物や人に巻き付かせる癖があるところか。
「おらあ! おっす!」
獣人族のガルラ。とにかく腕白な男の子で、アルに対して過剰に攻撃を加えてくる。もっとも、子供の力なので大事にはならないのだが。それでも痛くないわけではない。
「ガルラくん。そんなにせんせいをたたいたらダメだよ」
そんな優しい言葉を掛けてくれるのは、淫魔族のミーナだ。性に奔放な淫魔族にしては珍しく、生来の性格なのか、非常に恥ずかしがり屋で気弱な性格をしている。しかしおろおろおどおどしながらも、言うべきことはしっかりと言う意思の強さも持っている子だ。
そして、
「アルー! アルー! きーてきーて!」
「はいはい。どうした?」
有角族のアリス。天真爛漫で、裏表の無い素直な性格。だがそれイコール良い子というわけでは決してない。むしろこの保育園の一番の問題児。アルフレッドの頭を悩ます一番の原因だ。
「でっかいカエルつかまえた!」
「おーそりゃ凄い。でもな、勝手に外に出るな」
「うん。わかった」
言葉通り、アリスの手には大人の掌程もある大きさのカエルが握られていた。他の子は興味津々という風に、そのカエルを見て、どこで捕まえたのか口々にアリスに質問する。
「あっちでつかまえたんだ! みんなでつかまえよ」
アリスは他の子供を扇動し、外へと出て行こうとする。
「待て待て待て! 勝手に外に出るなって言ったばかりだろ! 俺が一緒の時以外は外に出るのは禁止だっていつも言ってるだろ」
「えーでも」
「でもじゃない!」
反論を一喝して封じるが、アリスは不満顔だ。そしてその不満は他の子にも伝染していく。
「そんなのおーぼーだー!」
「どこでそんな言葉を覚えてくるんだ……」
「オピスちゃんにおしえてもらった!」
「教えましたわ。他にも色々と」
クスクスと笑うラミア族の子供は、困り果てるアルを見て楽しんでいるかのようだった。
「じゃあさ、アルもいっしょにきてよ。そしたらいいでしょ?」
「駄目だ。これから読み書きの勉強だ」
「やだー! そとでアソびたい!」
「わたしも~おそといきた~い」
「おれもソトがいい!」
「私も外がいいですわ」
「えと、あの……じゃあ、わたしも」
子供達は好き勝手に己の欲望を押し付けてくる。
「駄目だ駄目だ。ちゃんと勉強をしてからにしろ」
アルフレッドは厳しく、威厳を持って子供達に接する。
「ケチー!」
しかし正論で説き伏せようとしても、相手は子供。道理が通るはずもない。
「ぐっ……いい加減に」
忍耐が限界に達しようとしたその時、助け船が来た。
「はいはい。じゃあ皆、今日は特別にお外でお勉強しよっか」
この保育園の園長である、ウィンターだ。さすがに子供の扱いは慣れた物なのか、上手く子供をコントロールして、混乱を収束させていく。
「ったく。アル先生は子供の扱いが下手だね」
「面目ない……」
揶揄ってくるウィンターに、アルは何一つ反論できずに項垂れる。
なぜこんな仕事を引き受けてしまったのか。自分でも、不思議に思う。
事の起こりは、一か月程前に遡る。