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勇者の子育て奮闘記  作者: 砂夜
7/10

勇者、同居人を得る・2

「ここが保育園ですか」


 セリーヌは視線を動かし、周囲の様子を探る。

 朝には子供が遊んでいた園庭であったが、今その姿は無い。建物の中に入っているのだろう。


「結界が張ってありますね」

「結界?」


 朝ここに来た時には気づかなかったが、園の周囲の地面に幾何学模様が描かれた小さな円陣がいくつも描かれていた。たしかこれは侵入者探知用の魔方陣だったはず。領域に誰か立ち入ったら、陣を張った者が即座に感知できるという代物だったか。とするなら、この陣を張ったであろうウィンターには、既にアルフレッド達の事を知られているということだ。遠からぬうちに、こちらに出向いて来るだろう。


「アルじゃない。どうしたの?」


 アルフレッドの予想通り、建物の中からウィンターが驚いた様子で出てきた。アルフレッドは軽く手を上げて挨拶をする。


「まあ、少し用があってな」

「結界が反応したから何かと思って出てきたら……そっちの人は?」

「セリーヌ・ローゼンバーグと申します。アリステイルお嬢様のお世話係をしております」

「お世話係、ですか?」


 ウィンターはアルフレッドに視線を送る。この女の素性を問うているのだろう。


「心配するな。敵じゃない」


 アルフレッドは端的に、それだけ伝えた。


「そう、わかったわ。初めまして。私はこの保育園の責任者の、エイギス・ウィンターです」

「ウィンターさん。保育園について、よろしければ詳しく教えていただけませんか? こちらのアルフレッドに保育園の概要を聞いたのですが、不明慮な点が多くて」

「ええ。構いませんよ。立ち話もなんですから、建物の中にどうぞ」


 ウィンターの案内で、二人は建物の中に入った。


「なんか、小さいな」

「小人の建物のようですね」


 建物の内部は、妙に小さく思えた。天井の高さ、テーブルの高さ、棚の高さ。これは小さいのではなく、子供用の高さということか。通された場所は、広間のような場所だった。ただし物は椅子や机といった物は無く、隅の方に古びた玩具があった。


「ごめんなさい。応接室みたいな、気の利いた場所が生憎と無くて」


 苦笑しながら、ウィンターは言う。


「いえ、構いません。それより」

「この保育園について、でしたね」


 ウィンターは保育園について説明する。アルフレッドは横で話を聞きながら、保育園についてもう一度自分の中で話を整理した。要するにここは、小さい子のための教育施設というわけだ。そしてその教育内容は、遊びを中心にしている。遊びを通して心と身体の教育をするというそうなのだが、アルフレッドにはその部分が今一つ理解できなかった。『遊んで一体何を得られるというのか? それならば身体を鍛える訓練でもした方がよほど有意義なのではないか?』等と考えてしまう。

 しかしセリーヌの方はある程度理解しているのか、特に異論や疑問を挟むことなく話を聞いていた。


「なるほど。概要はわかりました。その上で言わせていただけるなら、気に入りませんね」

「気に入らない、ですか?」


 ピクリ、とウィンターの頬がヒクつく。アルフレッドはこれが彼女の怒る兆候だと知っていたため、肝を冷やした。


「ええ。気に入りません。種族には種族の、個人には個人の価値観があります。この保育園の教育とは、それを無視し、人間の、いえ……貴女個人の思想を植え付ける行為ではないのですか?」

「へぇ。随分言ってくれるじゃないの」


 ウィンターは偽りの丁寧口調を捨て、素の口調となった。


「言わせてもらうけど、私は子供に何も教えていない。何かに気付く切欠を与えているだけ。何を掴むかは子供次第。教えてるとしたら、たった一つ。他者を理不尽に傷つけないってことだけ。それに洗脳って言うんなら、親が自分の子供に色々教えるのは洗脳じゃないの?」

「子に物を教えるのは、親の義務です」


 両者とも怯むことなく、真っ向から意見をぶつけ合う。


「ウィンターさん、一つよろしいですか? ご自分の子はいらっしゃいますか?」

「いないわよ。これでも聖職者だったもんだから、結婚もしてない」

「自分の子を育てたことも無いのに、他人の子を育てられるのですか?」

「だったら、大抵の人は子供を育てる資格はないわね。親になる前は、誰だって子育てなんてしたことないでしょ」


 まさに一触即発。流石にマズいと思い、アルフレッドが仲裁に入ろうとしたその時、


「せんせー。おもしろいユメみたー」


 奥の部屋から、ぺたぺたと足音を立てながら、アリスがやってきた。


「お、お嬢様!」


 感極まったように、セリーヌは目に涙を浮かべながら立ち上がる。


「あ、セリーヌ! なんでセリーヌここにいるの? それにアルもいっしょにいる!」

「それは、色々と事情がありまして。それよりも、本日よりこのセリーヌも、お嬢様と一緒に暮らすことになりました」

「そうなんだー。そんでね、せんせーせんせー! きいてきいて! あのね、アリスね。ユメのなかでね」


 しかし肝心のアリスの対応は限りなくドライ。セリーヌを嫌っているわけではないのだろうが、今は夢の話をウィンターにしたいという思いが何よりも勝っているのだろう。

 感動的な再開を期待していたであろうセリーヌは、アリスに懐かれているウィンターをぐぬぬっと悔しそうな表情で睨みつけた。


「ちょっと睨まないでよ。アリスちゃんも怖がるわよ?」

「っく!」


 そう言われては、セリーヌも睨みつづけることは出来なかった。


「せんせ~おはよ~」

「あら? 知らない人がいますわ」

「だれだコイツら?」


 アリスに続いてわらわらと、他の子供が起きだしてきた。


「あ……アリスちゃんのおじさんだ」


 その中に、見知った顔があった。隣人のサキュバスの子、ミーナだ。


「また、おじさん……」


 たしかに、年齢差的にはそう言われても仕方がない。しかしその言葉は確実にアルフレッドの心を切り刻む。


「あの、おじ様。少し絡ませてもらってもよろしいかしら?」


 そう言ってきたのは、下半身が蛇のラミア族の子であった。随分と大人びた、上品喋り方をする子だ。アリスにも見習わせたいものだ。


「絡ませて? あ、ああ。別に構わないが」

「ありがとうございます」


 にゅるんと、蛇の部分が足に絡みついてくる。


「はぁ~おちつきますわ」

「それは、何よりだ……」


 振りほどくことも出来ずに、アルフレッドはただ立ち尽くすことしかできなかった。


「なぁなぁ! オマエ、つよいのか?」


 そう言ってきたのは、獣人族の子だ。


「ん? まあ、それなりにな」

「おらぁ!」


 獣人族の子は、容赦のない蹴りと拳の連打を、アルフレッドの足に浴びせかける。年齢を重ねて身体の大きくなった獣人族ならば致命傷になるかもしれないが、まだ幼子のこの子の攻撃は、アルフレッドに微塵もダメージを与えることは出来なかった。


「くっそー! ぜんぜんきいてねぇ!」


 悔しそうに地団駄しながら、獣人族の子は言った。


「はは。もう少し大人になったら、効くようになる」

「ホントか? じゃあしゅぎょーだ!」

「随分と、賑やかですね」


 セリーヌが呆れたように呟いた。


「ねぇ~おねえさん。アタシのウタをきいて~」


 そう言ってきたのは、鳥人族の子。鳥人族の声は、あらゆる種族を魅了するほどの美声である。しかしわざわざ聞かせてくるということは、相当の物なのだろう。


「歌ですか? いいですよ。私の心を慰める美声を聞かせなさい」

「さっきの事、随分気にしていたんだな……」

「じゃあうたうね~」


 その瞬間、アルフレッドとセリーヌと鳥人族の子以外の全員が耳を塞いだ。


「ッーーーーーー!!」

「「?」」


 それは歌と呼べる代物ではなかった。良く言えば声の塊。悪く言えば騒音。歌う技術などは全くない、ただ大声を上げているだけのものであった。


「どうだった~? アタシのうた~」

「そ、それは……」


 セリーヌはちらりとアルフレッドを見る。セリーヌは愚直な性格をしている。ほんの僅かに話しただけのアルフレッドにも、それはわかる。だからこそ、嘘が苦手なのだということも手に取るようにわかった。


「その、ですね……」

「あーその、なんだ。将来的な才能を感じさせる歌だった。うん。将来が楽しみだ」


 言い淀むセリーヌに代わり、アルフレッドは必死にフォローをする。


「はーい。それじゃあ皆、お昼寝が終わったら顔を洗ってきなさい」

「「はーい」」


 幼子達は揃って返事をし、騒がしく水場へと向かった。


「……少し話の腰は折れましたが、ここにお嬢様を預けることはできません」

「まだそんなことを言うのか」


 たしかにセリーヌにとってウィンターは見ず知らずの人間だ。そんな相手に大事な『お嬢様』を簡単には預けられないだろう。


「勘違いしないでください。お嬢様があれだけ懐かれているのです。悪い人間ではないのでしょう。ですが、私とアルフレッドの二人がいれば、お嬢様の面倒は十分に見られます。他人の手を借りる必要はどこにもありません」

「それは……そうかもしれんが」


 元々、アルフレッドがアリスを保育園に預けようと思ったのは、一人でアリスの育児をするのが難しそうだと考えたからだ。しかし今は、家事、育児、護衛と、あらゆる面でアリスのサポートが出来るセリーヌという存在がいる。確かに、アリスが保育園に行く意味はもう無いと言える。


「せんせー! かおあらってきたー」


 バタバタと足音を遠慮なく響かせて、アリス達が戻ってきた。


「お嬢様、帰り支度をしましょう」


 セリーヌはアリスの前にしゃがみ、微笑み言った。


「え? なんで? これからみんなであそぶんだよ?」

「そうですか。では終わるまでお待ちいたします。ですが、明日からはわざわざこんな場所までくる必要はございません。自宅の方でこのセリーヌがお世話をいたします」

「やだ!」

「…………え?」

「だってそれってみんなとあそべないってことでしょ? そんなのヤだ」

「あ、いやしかし……もうここに来る意味は」

「そんなイジワルゆうセリーヌはキライ!」


 ぷいっとそっぽを向くアリス。アリスにしてみれば何も考えずについ口から出た言葉だったのだろう。しかし、その言葉はセリーヌの精神をズタズタに引き裂くには十分に過ぎた。


「き、嫌い……」


 ふらふらと、まるで幽鬼のような足取りで外に出るセリーヌ。その様子があまりにも弱々しかったため、思わずアルフレッドも後を追った。

 外に出たセリーヌは腰の剣を抜き、それを自分の首筋に突きつける。アルフレッドは一瞬セリーヌが何をしているのが理解できなかったが、一瞬後、弾かれたように飛び出した。


「何をしている?」


 アルフレッドは慌ててセリーヌの腕を掴み、凶行を阻止する。


「離してください! もう生きている意味などありません!」

「落ち着け! あんな小さい子の言うことを一々真に受けるな!」

「お嬢様の言葉を取り合う必要のないものだとでも?」


 心底面倒くさいヤツだ。アルフレッドは心の中で盛大にため息をつきながら、なんとかセリーヌを宥める方法を考える。


「アリス! アリス! こっちに来い!」


 やはりここは、原因となった者にセリーヌを止めてもらうしかないだろう。


「もぅ。な~に~? これからみんなと、どろだんごつくるのに」


 アリスは若干不機嫌そうに、アルフレッドの元へ来た。


「いや、お前肉を食べたがっていただろう? セリーヌが、鹿肉を獲ってきてくれたんだ。お前好きなんだろ?」


 鹿肉という単語を聞いた瞬間、アリスの顔がパァ~っと輝いた。


「ホントに? セリーヌだいすき!」


 カシャーンと、音を立てて、セリーヌの手から剣が落ちた。


「お嬢様! もったいないお言葉にございます!」


 そして眼からはボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。いったいどれだけ感激しているのか。


「それで、どうするんだ? 保育園」

「そ、それは……お嬢様が行きたいとおっしゃるなら、それで……」


 前言をあっさりと撤回し、セリーヌは折れた。

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