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勇者の子育て奮闘記  作者: 砂夜
6/10

勇者、同居人を得る

「どうだ?」

「おいしくな~い」


 顔をしかめて、アリスは出された料理をバッサリと切り捨てた。


「む、そうか……」


 出した料理は、お馴染みの野菜炒め。各種野菜と干し肉を大ざっぱに切り、焼いた料理だ。やはりこの野菜は嫌いのアリスにとって、いささかハードルが高いのかもしれない。


「どこがダメだった?」

「ぜんぶ! おニクはかたかったし!」


 フォローの一つも無い。せっかく作った料理がここまで不評では、さすがに傷ついてしまう。


「干し肉、美味しくなかったか?」

「おいしいけどかたいからヤ!」


 その言葉に嘘はない。野菜炒めは野菜の部分だけが綺麗に除けられ、肉だけは一つ残らず消えていた。なんというワガママ娘だ。頭が痛くなってくる。

 食事だけではない。数日一緒に暮らして分かったが、アリステイル・グルノーブルは基本的にワガママな性格をしている。嫌いな物は食べないし、トイレに行くのも一人だと愚図る。夜中は添い寝をしないと寝ないし、一緒に遊んでと日に何度もせがまれる。正直、かなり疲れる。だがアリスを育てることは任務だ。アルフレッドは鋼の精神で、なんとかアリスの要望に応えていた。


「肉は善処しよう」

「ぜんしょ?」

「頑張るってことだ」

「うん。がんばっておニクいれてね。まいにちいれてね。やわらかいのがいいよ?」

「まあ、今日の夕飯にでもなんとかするよ。それより、そろそろ出発する時間じゃないか?」

「そうだった!」


 アリスは小さなカバンを持って、玄関までトコトコと走る。


「はやく! はやく行こ!!」

「わかったから、そう急ぐな。転ぶぞ」


 アルは苦笑しつつ、食べ終わった皿を片付ける。

 今日から、ウィンターが作った保育園とやらに行くのだ。

 十三番区画からさらに少し離れた場所に、その建物はあった。木造の平屋で、近くには砂場、水場、大きな木の枝にはブランコまでついている。


「ここが……保育園か」


 不思議な光景だった。色々な種族の子供が、そこで遊んでいた。平和とはこういう光景なのだろうと、アルフレッドは思った。


「あ! ミーナちゃんだ!」


 砂場で遊んでいたミーナを見つけたアリスは、弾丸のように走り出す。


「転ぶなよ」


 しかしアリスは走るのに夢中で、その言葉は虚しく宙に消えた。

 苦笑して頭を掻くアルフレッドに、声がかけられた。


「やっほー。おはよう」


 この施設の責任者、ウィンターだった。その背にはエルフ族の子供が抱きついており、足元には半人半蛇のラミア族の子供がまとわりついていた。


「随分と懐かれてるな」

「まあね。でもこれが結構大変でさ」


 苦笑しつつも、どこか嬉しそうに、ウィンターは子供の頭を撫でた。


「しかしあまり人数いないんだな。もっといると思ったんだが」


 園庭で姿を確認できる子供の数は五人。建物の中にいるのだろうか?


「私一人なんだから、これ以上は面倒見れないって。ま、子供を預けてくれる人がまだそんなにいないから、そんな心配もいらないけどね」


 少し自嘲気味に、ウィンターは笑った。


「それよりさ、アル。あんたこの後どうするの? 畑でも耕すの?」

「いや、肉を調達してくる」

「肉?」

「ああ。アリスと約束をしたからな」


 肉の値段が高ければ、自分で獣を狩ればいいのだ。

家に帰ったアルフレッドは装備を整える。肘や膝等の要所だけを守る簡易な鎧に、ナイフを数種類。それとボウガン。戦争に行くわけではないから、装備はこれで十分だろう。

 準備を整えたアルフレッドは、首都イリアスから少し離れた山の中に入っていく。獲物は鹿がいいだろう。春頃の鹿は、山に餌となる木々の若芽が豊富に生える事もあって格別に美味い。これならアリスの機嫌も取れるだろう。


「こっちか」


 地面の足跡、食われた若芽、落ちている糞を頼りに、アルフレッドは姿の見えない鹿を追跡していく。そして二時間程経ち、ようやく鹿の姿を視界に捉えることができた。場所は渓流。鹿は呑気に水を飲んでいる。気配を殺し、少しずつ距離を詰める。クロスボウに矢を装填し、呼吸を止め狙いを定める。ゆっくりとトリガーを引き絞る。


「っ!」


 矢は音も無くクロスボウから飛び出し、鹿の急所目掛けて吸い込まれるように直進していく。

 ドッ! という鈍い音と共に、鹿の頭部に矢が突き刺さる。鹿は何度か痙攣をくり返し、やがてその動きを完全に止める。


「よし」


 あとは手早く内臓を抜き、血抜きをして、川の水で獲物の体温を下げなければ。獲物の解体手順を頭の中で反復しながら、アルフレッドは獲物に近づく。その時、ガサリと草木の揺れる音がした。熊だった場合、少し厄介だ。アルフレッドはクロスボウを構えて、音がした方を注意深く見る。そこから現れたのは、獣ではなく人間だった。それも、先日襲撃をしてきた魔王軍のセリーヌという女。


「なぜこんな所にっ!」


 アルフレッドはクロスボウの狙いをセリーヌの胸元に定める。


「お待ちなさい。そのような事をしている時間は無いはずです」

「何?」


 セリーヌの言葉の意味が解らず、アルフレッドは怪訝な表情になる。


「そこの鹿肉に、私も用があります。今は一刻も早く処理をするべきでは?」

「な……は?」


 セリーヌはクロスボウを意に介する風でも無く、倒れている鹿に近寄る。


「お、おい!」

「撃ちたければどうぞ。避ける自信はありますので」


 そう言いながらセリーヌはナイフを取り出し、流れるような手つきで鹿の頸動脈を切断し、血抜きを始めていく。そして放血が止まると、次は内臓を取り出していく。流れるような手つきで、無駄がまるでない。相当手慣れているようだ。しかし、隙だらけだ。今ならクロスボウの矢も当たるのではないか。しかし、妙に毒気を抜かれてしまったアルフレッドは、そうすることができなかった。第一、無防備な背中に仕掛けるのは、男のすることではない。アルフレッドは静かにクロスボウを下ろした。


「何を、やっているんだ?」


 今のアルフレッドには、そんな言葉を紡ぐのが精一杯だった。


「鹿肉の解体ですが?」

「そうじゃなくてだな……俺を殺さないのか?」

「今はこの鹿肉を美味しく処理することの方が重要です」


 まったく迷うことなく、セリーヌは言い放った。


「その……鹿肉、自分で食べるのか?」

「お嬢様に食べてもらうのです」


 その瞬間だけ、セリーヌの顔に微笑みが浮かんだ。


「やっぱり、アリスは柔らかい肉が好きなのか?」

「ええ。豚や牛の肉も好まれますが、特に好まれるのは鹿や猪と言った野性味ある肉ですね。味付けは、繊細な物よりも濃い目の大味な物を好まれます」

「く、詳しいんだな」

「当然です。私はお嬢様が生まれたときから、ずっと傍でお世話していたのですから」

「ずっとか……ん?」


 そこでアルフレッドは、ある仮説に思い到った。


「食事も、お前が作ったりしたのか?」

「そうですが、それが何か?」

「……アリスはちゃんと野菜を食べていたのか?」

「その口ぶりですと、生野菜でも出して拒絶されたのですか?」

「む、まあ、そうだが」


 その時セリーヌの目は、信じられない馬鹿を見るような蔑みの目になった。


「何も知らないようですね。お嬢様はトロトロに煮込んだ野菜で無ければ食しません」


 その物言いに、アルフレッドの頭に少しばかり血が上った。


「お前がそうやって甘やかすから、好き嫌いが多いんじゃないか? アイツ、苦い野菜全般を食べないぞ」

「嫌いな物を嫌いなまま食べる必要はありません。食べられるようにすれば問題ありません」

「そういう問題ではないだろう。ちゃんと生のままでも食べられるようにならないと」

「そのうち食べられるようになります。無理に食べさせるのは逆効果です」


 どうやら、セリーヌとは教育方針が全く合わないらしい。


「できました」


 セリーヌは鹿の解体を終えた。つまり、もう戦いを妨げる案件は無くなったことになる。

 アルフレッドは右手でクロスボウを、左手で短剣を構えた。油断なく、全神経をセリーヌに向ける。


「今は、戦う気はありません」


 しかしセリーヌの方は構えもせずに、殺気すら発していない。


「一度殺し合いをしておいて、そんな言葉は信じられんな。どういうつもりだ」


 擬態かもしれない。アルフレッドは構えを崩さず、問う。


「……あの時、お嬢様は貴方に泣きながら抱きつきました。その貴方を殺したら、お嬢様が悲しむかもしれません」


 それは、戦わない理由としてはあまりに小さかった。


「私にとって魔王様は、恩人でした。本心を言うなら、あの方の仇を討ちたい。ですがそれ以上に、お嬢様が悲しむことだけはしたくないのです」


 しかしセリーヌにとっては、決して曲げることのできない、とても大切な理由のようだ。


「だから、貴方は殺しません」


 真っ直ぐにアルフレッドを見据えて、セリーヌは言った。それはまるで、自分に言い聞かせるようでもあった。


「ですので、なるべく穏便に事を済ませたい。お嬢様を、返してください」


 射抜くような視線。アリスを諦めるという選択肢は絶対にありえないと、その目が物語っていた。


「それはできない」


 当然、アルフレッドもアリスを大人しく渡す気は毛頭ない。


「そうでしょうね。ですので、妥協案を用意しました」

「妥協案?」


 アルフレッドは油断せずに聞き返す。


「貴方は今、お嬢様と一緒に暮らしているのでしょう?」

「ああ、そうだが?」

「私も一緒にお嬢様と暮らします」


 一瞬、アルフレッドは耳を疑った。


「それを俺が承諾するとでも?」


 相手は魔王軍に縁のある者。一緒に暮らすと言いながら、アリスを攫うという可能性もある。いや、客観的に見てそうする可能性はかなり高い。アリスを攫わないにしても、一度殺し合った者と一緒に生活するなど論外だ。


「何か問題が? ああ、私が魔王軍とまだ繋がりがあるとお考えですか? ご心配なく。今の私はどこの組織にも属していません」

「簡単には信じられん」


 アルフレッドは要求を突っぱねるが、セリーヌに諦める様子は微塵もない。


「私にとって優先すべきは、お嬢様です。お嬢様のお世話をすることができるなら、問題はありません。それに、貴方にとっても悪い話ではないはずですよ?」

「どのように?」


 アルフレッドは先を促す。


「お嬢様の食事の用意はもちろん、身の回りの世話を全て引き受けましょう。元々、貴方にとっては何ら関わりの無い少女です。お嬢様のお世話で苦労する必要などない。違いますか?」

「……そうかもしれないな」


 セリーヌの言う通りだ。アリスを育てると決めた要因は、『命令』と『罪悪感』だ。そこに積極的な意思は介在していない。それにアリスを、子供を育てるのは本当に大変だ。アリスの世話は全てセリーヌに任せた方が、万事上手くいくのだろう。


「だが、俺には責任がある」


 魔王を殺した代償に一人の少女が不幸になったのだとしたら、その不幸は消し去らなくてはならない。それが魔王を殺した勇者としての責任だ。


「交渉は決裂のようですね」


 セリーヌは腰に下げていた二振りの剣に手をかける。


「そうは言ってないだろう」

「……では、了承して頂けると?」

「一つだけ聞きたい。なんで人間のお前が、魔王とアリスのためにそこまで忠を尽くす?」


 その問いは、アルフレッドがセリーヌを信用するかどうかの、一つの試金石であった。


「私が本当の事を言うとは限りませんよ?」

「眼を見ればわかる」


 セリーヌを真っ直ぐに見据えて、アルフレッドは言った。


「魔王様には、恩があります。死にかけていた私を救って頂いた恩が。お嬢様はその方の子です。私の全てを捧げるに値します」


 セリーヌも、アルフレッドを真っ直ぐに見据えて答えた。その瞳は曇り無く、美しくすらあった。


「信用する。提案を飲もう」

「随分と簡単に信用するんですね?」

「眼を見ればわかると言ったはずだ。それに、俺にとっても悪い話じゃない」


 たしかにリスクのある提案だったが、セリーヌの言う事にも一理ある。事実、一人だけでアリスの世話をするのは厳しい。アリスをよく知る者がサポートしてくれるのであれば、大助かりだ。それに、セリーヌが嘘を言っているようには思えなかった。セリーヌのアリスに対する愛情は本物だ。言葉通り、アリスが悲しむようなことを彼女はしないだろう。


「ただし条件がある」

「条件?」

「俺もアリスの世話をする。さっきも言ったが、俺には責任があるんだ。アイツを育てる責任が。助けは借りても、誰かに全部任せるわけにはいかない。ちゃんと、育てたいんだ」


 それは罪悪感なのかもしれない。アリスの親を殺した罪悪感からの逃避なのかもしれない。しかし心のどこかで、アリスに対して情がわいていたのも確かだった。


「……いいでしょう。条件を飲みます」


 セリーヌは剣から手を離した。


「それと、少し確認をしたいのですが。お嬢様が貴方に甘えたという話。本当ですか?」

「ああ。いつもベタベタとくっついてくるし、ワガママも言い放題。今までどういう教育を受けたのかと不思議に思った」

「そうですか」


 ガッ! と、セリーヌの踵がアルフレッドの足を踏みつける。


「ぬがっ? 何をする!」

「お気になさらず。さあ、鹿肉を運びましょう」


 セリーヌは取り合わず、解体した鹿肉を布に包んでいく。


「……お前が世話をしてたんだったな」


 理由に思い到ったアルフレッドは、気まずい思いをしながら、セリーヌの手伝いをした。


「そういえば、今お嬢様はどこに? まさか一人にしているのですか?」

「いや、保育園に預けてある」

「保育園? なんですかそれは」


 セリーヌは怪訝な顔をして、説明を求める。


「えっと、だな」


 アルフレッドは以前にウィンターからされた話を、そのまま伝えた。


「ふむ……少し要領を得ませんね。貴方も保育園というのが何か、理解していないのでは?」


 セリーヌの指摘通り、アルフレッドはウィンターが語った保育園という概念を、完全に理解してはいなかった。そのため、素直に首を縦に振る。


「行きますよ」

「行くって、どこへ?」

「決まっているでしょう。その保育園です」

「今からか? 迎えに行くのは、夕方だぞ?」

「よくわからない場所に、お嬢様を一刻たりとも居させるわけではいきません。案内してください」


 もっともな言葉であった。反論する術を思いつかずに、アルフレッドは鹿肉を持ちセリーヌを保育園まで案内した。

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