勇者、子持ちになる・4
ウィンターの部屋を出たアルフレッドとアリスは、市場へと買い物にでかけた。
「やはり生肉は高いな……」
ここは野菜を中心に買い、肉は干し肉にするとしよう。
「う~……」
「ど、どうした?」
野菜を買う度に、アリスの表情が曇っていく。
「やさいばっかかってる……」
顔をしかめながら、アリスが言う。
「肉も買っただろ」
「かたいのだし! やわらかいのがいいの!」
このお嬢様はどうやら、干し肉はお気に召さないらしい。
「ワガママ言うんじゃない」
「う~……」
少し強い口調で言うが、それでもアリスは不満気だ。目の端に少しの涙が溜まっている。
「柔らかい肉は、また今度にでもどうにかしてやるから。今は我慢しとけ」
仕方なく、アルフレッドは精一杯のフォローを入れる。
「ホント?」
「ああ」
とりあえずアリスを宥めて、アルフレッドは買い物を続ける。
「こんなものか」
殆どが野菜ばかりだが、ここは我慢してもらうしかないだろう。
我が家である『赤煉瓦』へと帰ったアルフレッドは、さっそく料理を開始した。メニューは野菜炒め。野菜を適当に切り、焼き、干し肉を数切れ入れて完成のお手軽料理だ。
「ほら、食べろ」
アルフレッドは自分の分とアリスの分、二皿をテーブルに置く。
「うん」
アリスはフォークを手に持ち、ブスッと干し肉を突き刺した。そして口に入れる。そして再び干し肉を刺し、口に運ぶ。器用な事に、野菜は完璧に選り分けられており、一欠けらもアリスの口には入っていない。
「肉ばっかりじゃなくて、野菜も食べろ」
思わず苦言を呈すアルフレッドだが、アリスの表情は暗い。
「ん~……」
アリスは渋々といった風に、フォークに野菜を突き刺す。そして口に運ぼうとして、
「あーしまった」
棒読みのセリフと共に、フォークごと野菜が床に落ちた。誰がどう見ても、わざとである。
「おちちゃった」
悪びれもせずに、堂々とアリスは言い放った。
「な……」
あまりにも堂々としていたため、アルフレッドは二の句が継げなかった。どうすればいいのだ? 叱ればいいのか? 怒鳴ればいいのか? 理論的に説き伏せればいいのか? 我が子を育てたことの無いアルフレッドには、まるで判断がつかなかった。
「つ……次は、落とすな」
迷った挙句、アルフレッドは無難な言葉を口にした。
「はーい」
反省した様子もなく、アリスは再び野菜にフォークを突き刺す。そして口に運ぼうとするが、ピタリと動きが止まる。
「ねーねー。アル」
「なんだ?」
「目つぶって」
「なんでだ?」
「いーから! そしたらやさいたべるから!」
「わかったわかった」
それぐらいで野菜を食べてくれるなら、安い物だ。アルフレッドは言われるがまま、目を瞑る。
「い~よ~」
五秒ほどして、アリスから許しの言葉が出る。
「……おい」
アルフレッドはすぐに異変に気付いた。アルフレッドの皿に盛られた野菜の量が、明らかに増えている。そしてそれに反比例するように、アリスの皿の野菜が綺麗に消えている。
「たべたたべた」
アリスは逃げるようにその場からトコトコと走り去っていってしまった。
「肉しか食べてないじゃないか……」
残されたアルフレッドは、山盛りになった野菜炒めをもしゃもしゃと食べる。味覚は減退したと思っていたが、口にした野菜炒めはとても苦かった。それと同時に頭が痛くなってくる。一体どうやってアリスを育てていけばいいのか? どう接すればいいのか? 自分はひょっとして、とてつもなく困難な任務を与えられたのではないだろうか。
「……どうすればいいんだ」
今更ながらに、後悔してしまう。今までの人生で、他者を指導したことは何度もあった。しかしそれと子育てはまるで別物だ。一個の未熟な人格を育てることがどれだけ難しいかを、アルフレッドはようやく理解した。そして子育ての難しさと共に、親としての責務の重さも、同時に理解した。本来ならば、これはアリスの本当の親がやるべきことだったはずだ。だがその親はもういない。アルフレッドがやるしかないのだ。
「とりあえず、野菜を食べれるようになってもらうか」
当面の目標を立てたアルフレッドは、苦い野菜炒めを口の中に放り込んで処理していった。