勇者、子持ちになる・3
イセリア帝国首都イリアス。そこは周囲を城壁に囲まれた城郭都市である。その内部は十三の区画に分かれており、数字が小さくなるほど上流階級の人間が住む区画となっている。
「ほわぁ~なんかいっぱいいるね。ここにおうちがあるの?」
「ああ、そうだ」
城壁の『外』に出たアルフレッドとアリスは、眼前の光景に目を奪われていた。
耳の尖ったエルフ族。蜥蜴と人を合わせたようなリザードマン。人間の半分ほどの背丈しかないドワーフ族。下半身が蛇で上半身が蛇のラミア族。その他にも多種多様の種族が往来を行き来していた。
「以前よりも賑わっているな」
十三番区画が建設された当初は、道を行きかう者の数も少なく、戦争の影響からか誰の顔も暗く沈んでおり、難民を集めた収容所とも言える様相を呈していた。しかし今はそうではない。道には露店が立ち並び、多くの食料品や雑貨品が顔を覗かせている。行きかう人々の顔には活気が漲り、とても難民には見えない。
「ねぇねぇ。アルみたいなヒトもいるね」
アルみたいな、というのは、人間族を指してのことだろう。
「ああ。別に人間族が十三番区画に出入りしてはダメなわけではないからな」
好き好んで人外の種族が大手を振って歩く区画に来る者はそういない。この場にいる人間は、区画の治安維持のために派遣されている衛兵か、商人の二種類に大別される。この場の露店に並ぶ商品は、人間族の街では滅多に手に入らない物が多々あり、また人間族が使うような日用品等も通常よりも格安で売られている。商人はその品を買い、より高い値段で売り、財を増やしている。当然これは国の経済基盤が崩壊する原因となるので、近いうちに十三番区画から他の区画への物流に税金が掛けられると、アルフレッドは予想していた。
「あ! アリスとおんなじツノだ!」
「有角族だな。自分の事なんだから、覚えとけよ」
アルフレッドは書物の知識を頭から引っ張り出して、種族名を口にした。有角族は頭の角に魔力を無尽蔵に貯め込める性質をもっており、魔術に長けている種族だ。
「うん。おぼえる!」
アリスは自分の頭の角を小さな手で握り、こくりと頷いた。
「家はこっちの方だな」
指定された場所を思い出しながら、アルフレッドはアリスの手を引いて歩く。
目抜き通りから少し離れた場所に、住居が密集している区画があった。この十三番区画にはこのような住宅区画が六ヶ所存在している。基本的には生活環境が近い種族同士で暮らしており、ここは人間族と住宅環境が比較的近い人型の種族が暮らす区画だ。
「これか」
ジムサから指定された番地には、煉瓦作りの住宅があった。二階建てで、窓の数から察するに六部屋はある。日光も上手く取り込めそうで、二階部分には手すり付きの小さなバルコニーまである。中々良い建物だ。建物には『赤煉瓦』と看板がかかっている。
「けっこうおっきいおうちだね!」
「一応言っておくが、これ全部が俺達の家じゃないからな?」
「じゃあ、どこにすむの?」
「この中の一部屋に住むんだよ」
建物は確かに大きいが、住める部分は一部屋だけだ。もっとも、二人で暮らすのならば十分な広さではある。
「せまいね……」
確かにアリスの言葉通り、勇者と魔王の娘が住むには、質素すぎる住居ではある。
「そんなことはない。二人だけで暮らすんだから、これで十分だ。行くぞ」
アルフレッドはアリスを連れて、一階の角部屋に入る。部屋はそれなりの広さがあった。リビングが一つに、部屋が二つ、ベッドが二つ置いてある寝室、台所。貴族の住宅とまでは行かないが、一般市民でも上流の階層の者しか住めそうにない内装をしている。軍の宿舎より、よほど豪華だ。
「アリス、買い物に行くぞ」
「かいもの?」
「食べ物とか買わないとな」
まずは生活環境を整えなくてはならない。最優先で必要となるものは食料だ。食べる物が無ければ飢えて死んでしまう。
「アリスはおにくがたべたい! たべたい!」
「肉か。でも肉は高いし、日持ちもしないし。野菜とかパンを中心に買おう」
「やさい……」
その瞬間、アリスの顔が露骨に顰められた。
「なんだ、野菜嫌いか?」
「ぜんぶキライじゃないけど……」
もごもごとアリスは言い淀んだ。
「にがいのはヤダから、たべたくないだけ!」
「苦いのは嫌か」
だとするなら、ピーマンやセロリ等のクセのある野菜は駄目ということになる。だが、野菜は良いものだ。身体にも良いし、何より安い。
「嫌いな物は克服しろ」
「こくふくって?」
「食べられるようになれと言うことだ」
「ほ、ほかのものはたべるから! だからださないでー!」
アリスはアルフレッドの足にしがみ付き、必死の抵抗を試みる。だがそれはあまりにも小さな抵抗であった。
「ほら、行くぞ」
アルフレッドはそんな小さな抵抗を歯牙にもかけず、そのまま悠々と歩き出した。既に頭の中の買い物表には、ピーマンとセロリを買うことが決定しているのだ。
「いや、買い物の前に他の住民に挨拶をしておくか」
ピタリと足を止めて、アルフレッドは考えた。不特定多数の人物と一つの建物の中で生活していくのだ。顔見知りになっておいて、損はないだろう。
「アリス、買い物は後だ。他の部屋に住んでいる人に挨拶をするぞ」
「たすかった……」
買い物を止めたわけではないし、野菜を買うのを止めたわけでもないが、大人しくなったのだから余計なことは言うべきではない。
「隣の部屋から行くか」
部屋を出たアルフレッドとアリスは、まず隣の部屋のドアをノックした。暫くすると、ドアがゆっくりと開いた。
「誰ですか?」
扉から出てきたのは、整った顔立ちをした隻眼のエルフであった。青年のような外見をしているが、エルフ族は長寿の種族。人間であれば二十代そこそこの年齢であろうが、五十歳を超えていてもおかしくはない。
「エルフ族……?」
アルフレッドは内心驚いた。エルフ族は主に森に住む種族だ。加えて、他種族と交流することなど滅多にない排他的な種族。この十三番区画のように、多くの種族が生活している場所はもっとも嫌うはずだ。
「なにか、用ですか?」
表向きは友好的な態度で、部屋の主は突然の御訪問者を出迎えた。しかしその口調の裏には、厄介事を嫌う響きが隠れていた。
エルフ族は礼節をとても重んじる種族。アルフレッドは姿勢を正し、丁寧な口調を意識して口を開く。
「突然の訪問の無礼、お許しを。今日から隣に住まわせてもらうことになった、アルフレッド・フレベルです。こっちは、アリステイルです。これから、よろしくお願いします」
「そうですか。私はガンドラと申します。よろしくお願いします」
それだけ言うと、ガンドラはドアを閉めて、部屋に戻って行ってしまった。
「なんか……こわかったね……」
「そうか?」
エルフ族は基本的に、他種族に対して気難しい性格の者が多い。むしろ先ほどの態度は、友好的な部類に属するだろう。
「とりあえず、次の部屋に行こう」
気持ちを切り替え、アルフレッドとアリスは次の部屋へ行き、ドアをノックした。
「は、はい?」
ドアから出てきたのは、アリスと同じぐらいの身長をした幼子であった。黒髪をショートカットにした幼子は、おどおどした様子で、訪問者達を眺めている。その背中には小さな羽があり、猫のような黒い尻尾が生えていた。
(悪魔族……? しかし尻尾の形が少し違うような……なんだったか)
この世には百を超える種族が存在し、類似する特徴を持つ種族は複数いる。初見で種族を判別するには、学者にも匹敵する知識量が必要だが、アルフレッドにはそこまでの知識は無かった。
「ちょっと、いいかな? 両親はいるか?」
この幼子一人で生活しているわけはないだろうから、親がいるはずだ。出来れば、その親に挨拶をしておきたい。
「ひっ?」
アルフレッドが声をかけると、幼子は肩をビクゥと震わせ、縮こまってしまった。
「臆病な子だな……」
これではまともに会話が成立しそうにない。どうしたものかと困り果てていると、アリスがトコトコと前に出てきた。アルフレッドは止めようとしたが『歳が近そうなアリスの方が、話が通じるかもしれない』と思い、事態を静観することにした。
「がおぉーーーーー!」
「ひあああああああああ?」
その一瞬の後、自分の判断の甘さを痛感した。
アリスは大声を上げて、怯える幼子をさらに怯えさせてしまった。幼子はその場にへたり込み、可哀想に半泣きの状態になってしまった。
「お前は何をしているんだ!」
「その……つい!」
悪びれもせずに、アリスは堂々と言い放った。嗜虐心を刺激されてしまったのだろう。
「すまない。怖がらせるつもりはなかった。許してくれるか?」
アルフレッドは幼子と視線を合わせ、必死に弁明する。しかしその努力も空しく、幼子の目にはどんどん涙が溜まっていく。
これはもう泣く! そう思い、覚悟を決めたとき、
「んもぉ~な~に~? なんの騒ぎ~?」
部屋の奥から、間延びした女性の声が響いた。この部屋の主であろう女性が姿を現したその瞬間、アルフレッドは反射的にアリスの目を手で塞いだ。
「うにゃ? なに? みえないー!」
「見なくていい」
その女性は、一糸纏わぬ全裸であった。まるで彫刻のように整ったその身体は、男性であれば誰もが魅了されてしまうだろう。女性が一歩踏み出すたびに、その豊満な胸がぷるんぷるんと揺れて自己主張する。
「あらぁ~。随分な言い方じゃないかしらぁ? これでも身体には自信があるのよぉ~?」
妖艶に笑い、女性は近づいて来る。
「……サキュバスか?」
それは、あらゆる種族の中で最も妖しく美しい種族。こと異性を虜にするという点において、この種族に敵う者はいない。
「うふふ。そうよぉ~。アムっていいま~す。そこで泣きかけてるのはぁ、娘のミーナ」
胸も秘所も一切隠そうとせず、むしろ見せつけるようにして、アムは自己紹介をした。
「お兄さん、新しくここに住む人でしょぉ? お近づきの印に、どうかしらぁ? 今晩。好みのタイプだから、お金はいらないわよ?」
「遠慮しておこう」
性的な事に興味が無いわけではないが、ここで素直に頷くのは、男としてのプライドが許さなかった。
「あらぁ、奥さんに遠慮してるの? 大丈夫よぉ。夢の中のことなんだからぁ……楽しみましょぉ?」
「俺は結婚していない」
「あら、それじゃぁ……」
アムの視線は下がり、アリスに向かう。
「血は繋がっていないが、親代わりをしている。事情は聞かないでくれ」
「ふ~ん? まぁ、こんな時代だものぉ。訳ありの人も多いし、挫けちゃだめよぉ?」
何を想像したかは知らないが、アムは同情的な声色で、アルフレッドを慰めた。
「それでぇ~ミーナちゃんはどうしたのかなぁ~? もう大丈夫よぉ~」
くすりと笑いながら、アムは玄関で座り込んでいるミーナを抱きかかえた。
「うああああああああー! おがぁざーん!」
安心したのか、川が氾濫するように幼子は目から大量の涙を流して大声で泣きわめいた。
「ごめんなさいねぇ~この子、ちょっと臆病なのよぉ。気を悪くしないでねぇ~」
「こちらこそ悪かった。あとでコイツは叱っておく。それより、今日は出直すよ。娘さんのことは、本当に悪かった」
「いいのよぉ~それより、また来てねぇ。そっちの小さい子も。ミーナちゃんの友達になってあげてねぇ~」
「わかった! だれかみえないけど!」
未だ目を塞がれたままのアリスは、元気よく手を上げて返事をした。
「失礼する」
アルフレッドはアリスの目を塞いだまま、その場から逃げるように立ち去った。
「ふぅ……妙に疲れた」
「だいじょーぶ? おやすみする?」
「いや、あと一部屋だけだからな。最後は、この部屋か」
六部屋の中、入居者がいるのはアルフレッドを含めて四部屋だけだった。
「さっさと終わらせて、買い物に行くぞ」
「おにくをかいにいこう!」
「考えておこう」
「やった!」
生返事で返して、アルフレッドは最後となった部屋のドアをノックした。
「……でてこないね?」
「留守か?」
ノックを続けるが、ドアが開けられる様子は全く無い。
「アリスもドンドンする!」
「あ、おい」
アルフレッドの制止も聞かずに、アリスは両手で木製のドアを叩き始めた。
「もう止めておけ」
ドアが壊れることはないだろうが、アリスの柔らかな手は傷ついてしまう可能性がある。アルフレッドはアリスをドアから引き離す。
「留守だろうから、また後で痛っ?」
「っるさいわね! そんなに何度もノックしなくても聞こえてるわよ! ちょっとぐらい待ってなさい!」
突然ドアが勢いよく開き、怒りの感情を顔中に張り付けた女性が出てきた。勢いよく開けられたドアは、アルフレッドの額を強かに打ちつけた。幸いと言うべきか、アリスはドアから離れた場所にいたので、無傷で難を逃れた。
「あ、ごめんなさい。どっかぶつけ……アル? アルじゃない。うわ、ちょっと久しぶりじゃない」
燃えるような、赤いショートヘアの女性だった。修道服を来てはいるが、その顔には生気が漲り、敬虔な修道女よりは財宝を狙う冒険者の方が似合いそうだ。その顔を、アルフレッドはよく知っていた。かつて、魔王を殺すために共に戦った仲間。見間違えるはずもない。
「お前、ウィンターか?」
だがなぜこんなところに居るのだろうか。噂では、教会に戻りそれなりの地位を得たと聞いているが。
「それ以外何に見えるのよ」
ウィンターはニカッと笑い、アルフレッドの足元にいるアリスを興味深そうに見た。
「どこで攫ってきたのよ? 牢獄で暮らしたいの?」
「攫ってない」
ウィンターはアルフレッドを軽くからかうと、しゃがみ込んでアリスに挨拶した。
「こんにちは。お姉ちゃんはね、アイギス・ウィンターっていうの。君はお名前、言えるかな?」
「う……アリス……」
それだけ言うと、アリスはアルフレッドの足に隠れてしまった。先程、ウィンターが大声で怒鳴ったのを聞いて『怖い人』だと思っているのだろう。気が強いようで、気が弱いのだ。
「その、悪いな。アリス、もう少ししっかり挨拶をしろ」
「ふふ。可愛い」
ウィンターは気を悪くするでもなく、愛おしそうにアリスを見た。
「上がってってよ。お茶ぐらい出すわよ。アリスちゃんも、お菓子食べよ」
「おかし?」
パァーっと、アリスの顔が喜びと驚きに満ち溢れていく。
「あまい? あまいのある?」
「あるよー。いっぱい食べて良いからね」
「いこ! アル! いこ!」
先ほどのしおらしさはどこに行ったのか。アリスはアルフレッドの足をぐいぐい押して、ウィンターの部屋へと押していく。
「お、おい。あまり押すな」
「ほら、早く来なさいって」
「わかったわかった」
抵抗する理由もない。ここは素直に応じることにしよう。アルフレッドは招かれるまま、ウィンターの部屋へと入った。
「これでも食べて」
部屋の主は来客に、これでもかというほど大量に盛られた焼き菓子を出しだす。
「おかしだ!」
アリスは焼き菓子をむんずとつかみ取ると、口に焼き菓子を詰め込んでいく。その様はまるでリス科の動物のようだ。
「ねえ、ちょっと」
くいっくいっと、ウィンターが手招きでアルフレッドを呼ぶ。
「何だ?」
「あの子、何なの?」
「少し、事情があってな」
「どういう事情?」
はぐらかすことを許さない口調だった。
正直に話していいものだろうか? 上官のジムサからは、この件に関して特に口止めはされていない。任務上の守秘義務はごく当然の事だから、わざわざ言わなかっただけか。だがそれを踏まえても、正直に話すメリットはある。それは、ウィンターを味方に引き入れられる可能性があるという事だ。この先ずっと一人でアリスを護っていける保証はない。人手が多ければ、それだけアリスを無事に守り通すことができる可能性は上がる。
「魔王の娘だ」
逡巡した後、アルフレッドは真実を口にすることを決めた。隠し事は性に合わないし、かつて共に戦い、死線を潜り抜けた仲だ。戦場で培われた絆を、信じることにした。
「は?」
ウィンターは、アルフレッドが何を言っているか理解できていないようだった。だが少しするとその言葉の意味を飲み込んだのか、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「随分と、大変みたいね?」
「ああ、大変なんだ。だから、少し助けてくれ」
アルフレッドも、自分が無茶な要求をしているのだという自覚はあった。しかしウィンターは悩む度ぶりも無く、
「いいわよ。そういう職業だしね」
あっさりと承諾した。
「さすが聖職者様だな」
神に仕え、全ての生物に対し慈愛の心を持って接する。いつもは胡散臭いと思える聖職者が、今日ばかりは輝いて見える。
「あれ? 言ってなかった? 私もう聖職者は辞めてるわよ」
初耳であった。
「辞めた? じゃあ、その恰好は?」
「拝借してきたの。着心地良いし、丈夫だから重宝してる」
「それ、問題にならないのか?」
「服ぐらいで目くじらを立てるほど、教会は狭量な組織じゃないわよ。それに、聖職者を騙ってるわけじゃないから大丈夫」
ウィンターはニヤリと笑う。
「それじゃあ、さっき言ってたそういう職に就いてるっていうのは?」
「保育園っていう施設を作って、そこで働いてんの」
「ホイクエン? なんだそれは。文字を教える、教会学校みたいなものか?」
それはアルが生まれてから一度も聞いたことの無い単語だった。
「教会学校じゃないわよ。そうね……簡単に言っちゃうと、あらゆる種族の子供だけを集めて、世話をするの」
「子供の世話? なんでそんなことを」
ウィンターはその質問には答えず、代わりに問いを返した。
「ねえ、子供ってなんだかわかる?」
「身体も心も未熟な者のことだろう?」
これは人間だけではなく、どの種族もそう思っていることだ。数少ない、全種族共通の常識と言える。
「私はさ、ちょっと違うんじゃないかって思ってるんだ」
「違う?」
「子供と大人ってさ、全く違う存在だと思うのよ」
「違う? 成長して大人になるんだから、同じ存在だろ。成長過程という意味でなら、違う存在かもしれんが」
「そうじゃなくてさ。何て言ったらいいかな……」
言葉を探すように、ウィンターは唇に指を当てる。
「そのまま成長するんじゃなくてさ、子供時代がその後を形作ると思うの。突然大人になるんじゃなくて、子供時代次第で、どんな風に成長するか決まる……解る?」
「すまん。正直、解らん……」
おそらく、ウィンターが考えている『子供』というのは、今までとは全く違う概念なのだろう。アルフレッドはウィンターの言いたいことを理解しようと頭を必死に回転させるが、理解することは出来なかった。
「しかし妙な考えだな」
「私はそうは思わない」
堂々と、ウィンターは言い放った。
「きっとね、子供の時に優しい心を持てば、大人になっても優しい心を持てると思う。そうしたらさ、世界も少しは変わるんじゃない? 神様の説教を垂れ流し続けてるより、よっぽど意味があると思わない?」
そう言って笑ったウィンターの笑顔は、アルフレッドには眩しすぎた。自分が世界に絶望と倦怠の海を漂っている間にも、彼女は前を見据え、世界を良くするために行動していたのだ。
「その、保育園だったか。アリスも行くことができるのか?」
自分一人でアリスをまともに育てられるか、心配が無かったと言えば嘘になる。だがウィンターであれば、子供を育てることをしっかりと考えている彼女であれば、アリスを任せることができる。アルフレッドの勘が、そう告げていた。
「もちろん。どんな種族でも断らないわよ。一か月、五千デナールね」
「ん? 金、取るのか?」
五千デナールは中々の金額だ。払えない金額ではないが、払い続けるとなると馬鹿に出来ない出費になる。
「慈善事業じゃないんだから、当然でしょ?」
ウィンターは聖母の様に微笑んだ。
「ところでさ、あんたに子供育てられるの?」
「問題ない。たかが幼子一人の世話ぐらい、簡単なものだろう?」
「簡単?」
アルフレッドの言葉を、ウィンターは鼻で笑った。
「そんな簡単なもんじゃないわよ?」
「そうか? 飯を食わせて、一緒に遊ぶぐらいだろ?」
「まあ、アリスちゃんと一緒に暮らしたら、子供を育てる大変さを嫌でも思い知るでしょ」
「どんなに大変かは知らんが、戦場の過酷さに比べれば赤子の手を捻るような物だろう」
「あら、戦場以上よ?」
意味ありげに、ウィンターは笑った。この時アルフレッドはウィンターの言葉の意味をまるで理解していなかった。しかし、すぐに理解することになる。