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第五話「殺伐少女珍道中」(後)

 ケーブルキャブの窓から北側を覗けば華やかな繁華街が、南側を見下ろせば小汚いスラムが広がっている。王都の明と暗。それを仕切るように、軋む索道。

 通常六人掛けのゴンドラに二人しかいないのをいいことに、アケミはいそいそと着替えていた。ちょうどいい変装とはいえいつまでも裸にコートを羽織った格好でいていいわけがない。幸いポケットには恩着せがましく小銭が入っていたので、駅前のマーケットで男物の服を見繕いつつ、残りは乗車賃とした。

 文化王時代の都市改造の一環として上空に張り巡らされた蜘蛛の糸。それは王都を循環するのみならず、北西区から工場区・鉱山まで、または東区から大河を越えて農業区へにも繋げられた。西の旧都や南の港へは遠すぎてまだ路線は開通していない。馬車より輸送能力は高く快適なものの速度は遅く、結局馬車で十分だから馬乗りを脅かすな、などのケーブルキャブ不要論だっていまだ尽きない。

 かつて劇場に向かう際八人のぎゅうぎゅう詰めで気絶しそうになったのはそう古い思い出ではない。だけにあまり乗り気でなかったアケミだが、タカノと二人きりならゆったり密談でき、景観も心地良く感じられた。


「落ち着くねぇ」

「空いてて良かったね。工場に出勤する人達は逆方向だし……ってもうこの時間はピークすぎてるか。やっぱり運転再開しても不安があるってことなのかな」


 タカノはソレイユ社の新聞を読みながら言う。土曜に止まったケーブルキャブだが月曜の今日から再び動き出したばかり。しかしこの戦いが終わらぬ限りいつ断線して地上に叩きつけられないとも限らない。そういう不安を煽るような記事ばかり書いてある。

 向かい合うアケミの目には一面記事がずっと映っている。その内容には嫌気が差して仕方なかった。


「あのベルナーレとかいう記者、性根腐ってるよ。ボクらをハメておいて、八勇者まで突然の乱心、転士は危険極まる、なんて叩くんだから」

「転士が嫌いなのかな、あの人」

「どうせビジネスでやってんでしょ! フン、だ」

「そんな風に言ってたかな。ごめんねアケミちゃん、あの時私が行こうなんて言ったから」

「タカノちゃんは悪くないよ。ブン屋なんてあんなもんだし、一番悪いのはこんなこと始めた……」


 と言いかけてアケミはしまったと口を塞いだ。転士を争わせる元凶はクリスタルの神である。司祭タカノが信奉する――

 ケーブルキャブが広いヰト通りに差し掛かる。すれば中央大聖堂も姿を見せた。彼女達転士を生んだクリスタルの大元、すなわち神までは見ること叶わないが。

 タカノは手を合わせ、大聖堂に祈りを捧げた。アケミと違い、彼女は僧衣を修繕して着直している。信仰を貫く為この格好のままいさせてほしいと請われれば変装を勧めることは出来なかった、この健気で敬虔な人物の友であり続ける為にも。


《ああ言い忘れたが、転士の数を減らしてる今じゃ、後輩はもう出てこねーぜ》


 御神体であるクリスタルを祭具で砕き、その欠片に異世界人の魂を宿す転士召喚の儀は「今しばらく」行われない。神の使いはそう断言した。転士倍増計画を打ち出した今代の王ですら逆らえない。その有様は昨日二人が直に見た通りだ。


「本当に? 最後の一人になったところで新しく刺客を……とかない?」

《お、そいつは面白そうだ! けどねーな。そういう契約なんだよ。まぁルールを守らせてる奴が死ななきゃな》

「それってどういう意味かしらてんせーくん。神様が死ぬ、とでも?」

《おっと今のは例え話だ、忘れろ》


 バツ悪そうにてんせーくんは姿を消した。大聖堂が建物の影に隠れるのと同じくして。タカノは訝しむ。


「今の反応見たアケミちゃん? きっと何かあるんだ絶対……戦いを裁定しているのは本当に神様なの?」

「わからない……でもこれが物語だったら黒幕みたいな奴がいるもんだよね。現実にはただの陰謀論だけどさ」

「黒幕……」


 神が悪意で以て自分達転士を戦わせているなんて、タカノは信じたくないだろうなとアケミは察した。それならば神の代行を名乗る悪党でもいた方がマシだ。


「八勇者か王様とか」

「まさか。オーレリィ様は人格者だし、他の方も……敵対することになっちゃったけど……でもきっと、望んで戦うんじゃない、と思う。陛下だって転士が減ると困るでしょうし」

「だよね。ボクはあんまりこの国の歴史とか他の転士のことは知らなくて、ごめんね素人考えで」

「ううん、良いヒントだよ。色々考えてみるね。またてんせーくんにも探りを入れてみるから」

《聞こえてんぞボケナス。もう出てきてやんねー》

「わっちょ、冗談ですよう」


 神出鬼没の幽体ひよこを捉えるなど、雲を掴むようなことだ。気紛れな彼に振り回されてゴンドラは揺れる。バランスを崩したタカノはアケミにもたれかかった。

 ちょうど窓の景色は南東区のシンボル十五重塔を映す。二人して思い出す、これまでの平和な日々を、そしてここから全てが始まったあの日を――それもあっという間に過ぎ去って、もう三日経つ。絶えず流れていく中で残るのは、将来の不安、戦いの恐怖、未来への課題か。

 アケミ達はケーブルキャブを使って農業区の果てへ行くつもりでいた。地図を指しながら先輩が説明を入れる。


「今南東区でしょ、そこから東区の駅で乗り換え……じゃなくてこれは直通みたいだからそのままでオッケー、川を渡ってずっと行ったらここで降りる」

「山の傍だよね。あのおっさんが言ってた奴かな」

「東のここは恵みの山と言って狩猟や採集が盛んなの。でも貴族の私有地も多いから注意だよ。国境沿いのここにミズキ砦、あと少し南に下って東方軍司令部があるからそこも避けないと」

「国境って、この谷沿いの?」

「うん。北もそうだけど自然の要塞になってるの。それより向こうは出るって聞くから……怪獣が」


 南東区の駅に着いたものだから、一旦会話を切った。そして誰も乗り込まないことに一安心して、再び空の二人旅を楽しむ。

 後は東区をパスしたらこの都会ともおさらばだ。アケミは少し寂しいような気がした。まだ王都に住み始めて十日だったが名残惜しくなるほど愛着を持てた。元の世界の狭い部屋よりは、確実に。それが仮初にも平和だった現代日本とは比べ物にならないほど殺伐とした地になるとは、なんとも皮肉である。

 アケミの浮かない顔をじっと覗きこんで、タカノは言った。


「アケミちゃん、笑おうよ」

「へっ? タカノちゃん、どうしたのさ」

「笑おうよ。せめて今は。見て、町がミニチュアみたいでしょ。ウズ通りだ、向こうに立派な橋が見えるよね。ドラグーナっておっきい川があるんだよ。魚が泳いでるの見えるかもね」

「……ごめん、気を遣わせてるよね。いつもだよね」

「いいのいいの。だからアケミちゃんは気にしすぎだってば。肩の力を抜いて。それとも私が馴れ馴れしすぎ、かな……」

「そそそんなことないよ! ボクはタカノちゃんがす……一緒にいてくれて、助かってるから!」


 顔を真っ赤にして慌てふためくアケミ。それを見て友が微笑むと、人一倍不器用な転士も自然に笑えるような気がした。


「さっきもタカノちゃんのおかげでボクなんて出番なかったし……」

「その癖、良くないよ。アケミちゃんはちゃんと頑張ってるんだから……そうだ、今日の日々宝箱(デイリーガチャ)は何だったの?」

「何だったっけ……使わず仕舞いだったし」


 そう言って話題を変えようとするアケミだが、ふと意識すれば再び宝箱が出現した。使用者本人にとっても予想外で驚く。


「アレ、もしかして何度でも出せる……? いや流石に中身が変わったりとかしないよね? てんせーくん」


 ガイド役を呼んでも先程のやりとりでまだふてくされているのか現れない。とりあえずアケミは中身を取り出してみようとして――悲鳴と共に離した。あまりの冷たさに耐えきれず。

 心配して寄ったタカノも見てみる。宝箱の中にある、一本のつららを。


「アイスニードル。そのまんま氷属性の武器かなんかだと思う……でもこんなの使える? 使えないよ……」


 アケミは落胆して宝箱を仕舞う。そしてもう一度出現させ中を開けてみるが、やはり日々宝箱の名に恥じず、同じ結果をあらわすのだった。


「ひんやりとしてるね……」

「今日一日、これ一本で凌げって。投げたら終わりなんじゃ。やっぱ駄目だよこのチート」

「そんなことないって……あ、私良いこと思いついたよ! こう、水筒を一緒に入れて閉まっておくとさ、いつでも冷たい水が飲めるんじゃない? 冷蔵庫みたいに」

「タカノちゃん……天才では!」


 早速二人は期待を胸に水筒を二つ、放り込む。一旦閉まって再び宝箱を出現させた時こそ少々不安があったが、本来のアイスニードルの他不純物が混じったままなのを確かめて、各々ガッツポーズで喜んだ。


「クーラーボックスだよ! これでマグロの刺身でもなんでも入れておける!」

「あはは、ツナはないと思うよアケミちゃん。というか普段から小物を収納しておけるんじゃない?」

「じゃあお金とか入れとく? いやーこんな使い道があるなんて、タカノちゃんならボクより……」


 チートを使いこなせそうだ。そう言おうとしたがまたしても駅に到着した機械音に遮られた。


「こちらは農業区行きですがよろしいので?」


 ちょうど扉が開いて、駅員が客と話している声が聞こえてくる。アケミとタカノは誰か乗り込んでくる様子に身構えた。


「大丈夫、変に反応しなきゃバレないと思うから。自然に、ね」


 タカノは小声で諭す。けれどもアケミのことだ、緊張で早くも固まる。あーあーなど急に発声練習し出す始末。


「相席だけどいいのん?」

「時間が惜しい! 行くのである!」


 それが聞き覚えのある声が近づけば、アケミどころかタカノまで声を出せなくなる。逃げ出そうとしてももう遅い。見覚えのある甲冑はもうゴンドラに乗り込んできて、目が合う。


「お主達……」

「わ、ワルグリア!」

「あらあら。様を付けなさい。四十四位に四十八位」


 二度あることは三度ある。ワルグリアとヨミだった。



「……逃げ場はない」


 絢爛豪華な洋館の色彩豊かな庭園に、今二人の少女が向かい合う。ここは王都東区に位置する八勇者セイラの別荘。シンメトリーに同じ屋敷が西区にもある。位置取りからして彼女の美意識が如何なく発揮されていた。

 片やテーブルに腰を落ち着け、優雅なティータイムを送る屋敷の主人。片や無理やりに座らされ、状況を理解できないまま喋らされる客人。この客の珍妙なことにセイラがカップに茶を注ぐまで一切姿を見せず、飲もうとした矢先突如として着席したのだ。厳重な警備に一切引っかかることなく。

 カップに口を付けたまま、勇者は聞いていた。そいつが口走る「伝言」を。


「私はヘスター。移動自在(テレポーテーション)のチートを持っている、がもう使えない。籠の中の伝書鳩なり。ただ私は貴方に伝える。東方軍司令部より怪獣による領土侵犯の報告を受けた。セイラ、至急勇者としての務めを果たせ。以上……えっ何、私何言ってるの!?」


 ヘスターと名乗った転士は我に返り、そして混乱した。あろうことか目の前に八勇者の一人がいる――しかも敵の領地内で正体を曝け出してしまうなど、有り得ないことだ。そのような異常事態に陥ってもチートを使えばすぐ逃げられるはずなのに、何故か体が梃でも動きそうになければ、この哀れな供物は発狂寸前だった。

 セイラはいつも通りカップの中の液体を飲み干すと、諭すように言った。


「はぁん。貴方、さぞチートに自信がおありでしたのね。それで王宮に忍び込んだんでしょう? フフ、でもあそこには恐ろしい悪魔が潜んでいる。出会ってしまったのねぇ、あいつに」


 人を魅了する金色の瞳。思い当たったヘスターは恐怖に顔を引きつらせる。実際彼女は神出鬼没の能力に全能感を抱いていた、上には上がいるとも知らず。それ故見事罠にハマってしまい、絶体絶命の危機である。


「くっ、勇者セイラ御覚悟をッ!」


 それでも起死回生に望みをかけ、銃を抜いた。バン。しかし先に引き金を引いたのはセイラだ。バン、バン、バン。リロードすることなく、セイラは銃を増やしては使い捨てていく。全く動じることなく。

 バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン。過剰に撃ちこまれる弾丸。周りに詰まれていく空砲。無限複製(エンドレスコピー)のチート、及び「火薬庫」の異名に相応しい苛烈な性格は、護衛を務める執事衆の出番さえ奪った。


「あの女狐め、昨日の獲物をラスカルに横取りされたからってエサをやって働かせようというのね! 王じゃあるまいに、このセイラ程の者を見下して、この、この、この!」


 席を立って死体に近づきながら、なお撃ちこんでいく。やり場のない怒りをぶつけるかのように。

 ヘスターは最早原型を留めておらず、流れ出る血に溶け出している。その中に光るクリスタルをセイラは無造作に掴んだ。すぐさまクリスタルは彼女と一心同体になる。


「……まぁいいですわ。野蛮な怪獣も転士も成敗する、それが高貴なる者の責務ですもの」


 当然セイラも金色の眼に魅入られていて逆らえないが、自発的に動くのだと思わなければ彼女のプライドが許さない。そんな性格まで計算の内にお膳立てされたのだが。

 空を見上げると、ちょうど庭の外のケーブルキャブが映った。普段は乗客に自慢の邸宅を見せつけているのだが、此度は逆。先んじて東に向かわせた手駒を彼女は見ようとした。

 ――彼奴等の働きが悪ければ、ついでに狩ってしまおう。

 一度の失敗には寛容だが二度はない。学習しない者は許さないのがセイラの信条である。執事長は言われるまでもなく後始末を始め、他の若い執事に出立の準備をするよう指示する。

 部下の手際を眺めつつ、今度は西の空を見るセイラ。焦点を絞らず、王都全域に対して、


「残念でしたわねスナフ! 貴方のことだからこういう卑怯なチートは欲しがったでしょう! 悔しかったら姿を見せなさいよ、いつでも相手して差し上げますわ!」


 言い放った。しかし返事は聞こえない。

 フン、と鼻を鳴らして踵を返す。「張り合いがないですわ」と愚痴を溢しながら、セイラは愛車へ乗り込んでいった。


「……そんな安い挑発に乗るタイプではないと知っているでしょうに、セイラ」


 もっとも屋敷から一キロほど離れた家の地下室で、確かに彼女は返答した。滅多に開かない目を更に長髪で覆い尽くしているが、一部始終視えていた。それもヘスターが王宮に偵察するところから。

 八勇者が一人、全知のスナフ。または千里眼のスナフである。

 広大な範囲を透視するのはチート能力によるが、異世界に来て七十年の間に読唇術は勿論、深謀遠慮を体得していた。故に王宮に潜む魔の支配をも受けずに済んでいる。


「西にナナ、南にラスカル、今度は東にセイラを送るとは。王都を手薄にすれば私が尻尾を出す……そういう筋書きは通りませんよ。テンキ、お前は些かオーレリィを重用しすぎる」


 スナフはかつての同僚達のチートを知り尽くしている。その中でもっとも捕獲に向いた能力者が後宮と大聖堂を往復しているのを見て、警戒を強めた。標的としては西方のマルコなどより優先度が高い証なのだから。

 表舞台に出るのはまだ先だ。用心深い元参謀はまたも隠れ家を移す準備に取り掛かるのだった。



 宙ぶらりんの狭いゴンドラの中、二人組の少女が二組、向かい合いひしめき合う。その真下には大量の水が流れていた。

 大河ドラグーナ。クリスタリカの生命線であり、都会と田舎の境界線でもある。


「何も、今すぐここで煮たり焼いたりしないから、もっとリラックスしたらぁ」


 赤い羽根付き帽子を外しながら、和装のマジシャンはくだけた態度を示した。隣の全身鎧の女騎士はいつも通り堂々としている。しかし相対する男装の遊び人とうら若きシスターはやはり緊張したまま肩を寄せ合い、縮こまっている。

 恐る恐る、タカノは問いかけた。どうしてケーブルキャブを使って農業区へ行くのか、ワルグリアとヨミの目的は何かを。


「それを素直に教えると思う? 私達」

「賊を討伐しに行くのである!」


 騎士は得意げに答えた。ワルグリアという転士はどこまでも素直で正直である。この相方の性格は熟知しているヨミなので、仕方ないとぼやきつつも何やらチラシを取り出し、アケミ達に見せつけた。

 それは転士の名簿だ。名前と似顔絵、それに特徴などが記されている。もっとも全員分ではなく、オーレリィら四人の勇者やヨミ達本人の姿はない。よって正確にはそれが何なのか、タカノには容易に推察できた。


「これ、指名手配のブラックリスト……だったりします?」

「アッタリ。優先して排除すべき国賊が載ってるわけ、順番に」


 似顔絵の欠けた変幻自在のネロを筆頭に同じく八勇者のスナフ・マルコと続くが、そこから先は公式の序列順ではない。危険度順だとヨミは言い、ワルグリアの黒銀に覆われた指は五番目を指す。


「こやつが我らが追う悪党よ!」

「ギャングスタのキリコ。元々反社会的勢力と結びついてやりたい放題の悪名高い転士だったんだけどぉ、初日に銀行強盗二日目は貴族の屋敷を襲撃、そして現在は郊外の山荘に潜伏中ってわけ」

「ギャング……ヤクザ?」

「グレンタイ、ってのが近いかもねぇ。あらん? アナタ日本人?」


 話は逸れるが条件反射的にアケミは頷いた。恰好からしてヨミの方こそそうじゃないかと密かに睨んでいたが、心を読んだかのように自分は違うと当人は言い切った。日本かぶれの開拓王が着物をファッションに取り入れた歴史も知らぬ新米転士は、恥じて顔を真っ赤にする。

 そんなアケミなどは無視してヨミは説明に戻る。


「チートがちょっち厄介で、自動反撃(オートカウンター)で斬ったり叩いたりだとかは完全に防がれる。なんで近接戦闘には滅法強い。まぁ、セイラを見たら逃げ出した程度だけどぉ」

「うむ。あの時は取り逃がしたが次こそはそうはいかない! 最早対策は万全、我々に任せよ!」

「なんてったって、ワル様は最強だもんねー」

「ふふーっ!」


 おだてられて調子づいたワルグリアが急に立ちあがったものだから、索道が軋む。もう川を渡りきってしまったので落ちたら地面に直撃だ。たとえそうなっても彼女の自信は揺るがぬだろう、戦々恐々とするアケミとタカノに対し、細目を微かに開けて面白がるヨミ。

 ふとブラックリストが裏返る。その下の方を目にすれば自分達も例外ではなかったことにアケミは気付いた。公式の序列――四十八位――の通り、一番最後であったが。


「もしかしてこれ、衛兵とか……警察とかにも配ってたりするんじゃ……」

「知―らない。でもぬかりはないんじゃなぁい?」


 ただただ背筋が凍る逃亡者。ヨミの悪戯っぽい笑顔が何よりも恐ろしいアケミだった。物々しい装備のワルグリアとはまた違った形で威圧しているようで。今朝のサタニエに続いての呉越同舟は身が持たない。

 耐えきれず目を逸らすと、窓の外の風景が入ってくる。一面黄金色。たった数分で近代的都市の気配は去り、果てしない小麦畑が広がっていた。アケミはその美しさに心奪われた。


「懐かしいねアケミちゃん」


 一方タカノは米イリノイ州でもシカゴの都市圏からは遠い故郷の姿を見ていた。そんな田園を駆け巡ったのは、彼女にとって遠い遠い日のことだ。もっともアケミがいくら過去を振り返っても、東京育ちの都会っ子には共感しえなかったが。

 素直に相槌を打てず、広いね、とだけ返す。するとワルグリアが否定の声を上げて割って入る。


「いやいや、狭いであろう! お主達は窮屈に感じないのか?」

「クリスタリカは所詮都市国家だからねぇ……器の大きなワル様には小さすぎるのよん」

「その通りだヨミ! 現に今も狭苦しい!」


 それはゴンドラの中で甲冑など着ているからだ、と内心思いつつも誰も突っ込まなかった。

 ワルグリアとヨミの言う通り、元の世界の基準で言えば決して国土は広くない。窓からも遠目に見える北から東にかけての山々に、南の海と西の砂漠、それらで囲まれた内側が最大生存圏である。その先は暗黒。転士によって国が発展して人口が増える一方、かえって閉塞感も増しているのが現状だ。

 いくら鳩にも追い抜かれるケーブルキャブとて、次の駅に着くまでの猶予はさほど残されていない。束の間の平穏が約束されているうちに、タカノはずっと聞き出したかった質問をした。


「貴方方は……どうして戦っているんです? どうして貴方方同士では戦わなかったんです?」


 ワルグリアの翡翠色の瞳が煌めいた。よくぞ聞いてくれた、とまた立ち上がって、力強く答える。


「我こそは世界一の騎士と名を轟かせる良い機会だ! それだけが我が望み! 他に何があろう。そして騎士として、善良な民や大事な仲間を傷つけはしない、させないと誓ったのである!」

「騎士として……転士として、ですか?」

「転士も人も変わらん! ただ私は、御伽噺に出てくる騎士に心打たれ、自分もそうありたいのよ。この世界に来る前からそうしてきた」


 けれど現代社会ではただの異常者としか見られない。よくて体のいいカモ。だからこそワルグリアは転士である。異世界転生者とはそういうアウトサイダーな生き物だ。

 このクリスタリカならばと奮起してなお空回りしてきたが、同じ転士という「敵」が生まれたことで彼女の願いは叶いつつあった。このあっけらかんとしたドンキホーテにとっては、手段こそが目的。だから歪んではいても邪心はない。純粋。時に人を引きつける。


「そんなワル様を置いて覇者に相応しい者はいないよねぇ。どうせ吹けば飛ぶよな命、この人の為に捧げるべきよねぇ」


 ヨミの口ぶりは心酔している風だった。流石のワルグリアでもこれにはタジタジなのか、それほどではないと謙遜するがラブコールは止まらない。

 しかし実直な騎士と違い、恰好から言動まで胡散臭いヨミにアケミはつい疑いの目を向けてしまう。そんな視線に向こうも気づいてか、意地悪っぽく問いを返してきた。


「こっちだけ答えるのはフェアじゃないと思わない? アナタはどうなのかしら。タカノんは大体察しが付くけど……アナタはよくわからないよね?」

「ボ、ボク!? えーっと、その……」


 アケミは答えに詰まって俯く。その実大層な理由があって戦いに挑んでいるわけではない。今までは矢継早に襲われ対応に追われてきただけにすぎない。逃げているだけだ、と思うと答えられなくなる。

 ――ちっぽけだ。外の景色が広く感じられたのも、たんに長年社会から逃げて引き籠っていたせいじゃないか。そうして何の知識も経験も見に付けなかったから、文明レベルの違う世界に来たところで役に立てる技などない。スタートラインにも立てないマイナス。いつも相方におんぶにだっこ。


「アケミちゃん、アケミちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ」


 今もタカノは割って入ってフォローしてくれる。しいて言うなら彼女がいることがここにいる理由だ――というのは気恥ずかしくて結局言えない。


「ヨミ、村が見えてきたぞ! いよいよであるな!」

「あらあら。お楽しみねぇ」


 幸い問答の時間はもうなくなった。ワルグリアが占領するのとは反対側の窓から左手に覗きこめば、役場を中心とする小さな集落が見えた。そして背後にそびえるは「恵みの山」。

 ぶらり索道旅は早くも終わりを迎える。そして四人の転士を出迎えるは、やはり血と暴力であった。

 ――今、到着のアラームは、幾多の銃声に置き換えられる。

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