第二話「悪夢苛む夜」
1
確かに切り刻まれて死んだはずだ。あれで生きているはずがない、と誰もが思うだろう。しかしタカノは平然と五体満足で現れた。ならば亡霊か。否、彼女は転士である。
「はぁ、無事で良かったよ、アケミちゃん」
「……タカノ、ちゃん、こそ。一体どうして」
「残機無限とでも言えばいいのかな。どうやら私はそういう能力みたい。屋根を吹っ飛ばしたのはアケミちゃんの?」
「た、たいしたチートじゃないよ。運任せで武器が使えるみたいなんだけど……使ったらなくなったし。そっか、タカノちゃんは不死身かぁ、良かった……」
アケミは驚き半分安心半分で腰を抜かした。へなへなと膝を付いて、さっきまで死体だったタカノにも心配される。ともかくここを早く出た方がいいと肩を貸し合い、血塗れの現場を後にすることにした。
まず服を裂かれて裸のタカノは断りを入れて仏の誰かが残した外套を借り、肌を隠す。窓の外をそっと覗けば、案の定店の正面には人だかりが出来ていた。もっともあまりの惨状に誰も中には入っては来まいが。そこで二人は裏側の窓からパイプを伝って降り、人目を避けて逃れる。
このことを嗅ぎつけて新手の転士が来るやもしれぬ。それが先の剣士イセリナのようなタイプなら野次馬を巻き込むのは必定で、それだけは嫌だとアケミもタカノも思っていた。なにせあれ程の犠牲を出したばかりなのだ。
幸い見つからず店の裏から小路地に入ると、タカノは周辺で一番近くかつ地味で目立たないクリスタ教寺院に駆け込むことを提案した。異世界暮らしの日が浅いアケミは二つ返事で従う。クリスタ教に帰依しているタカノならば融通が利くこともわかっていた。
一度光に断ち切られた夜空も、今は何事もなく闇を深めている。不死鳥が如く。文明の灯りも乏しくなっていけば、隠れるには好都合だった。
2
王都南東、サスト寺院。荘厳ではあるがこじんまりとした、町外れに似つかわしい見た目をしていた。都市部が十九世紀末の西欧を模しているならば、こちらも同じくらいかやや時代遅れのキリスト教会といったところだ。
それもそのはず、クリスタ教はこの国土着のクリスタルを祀る宗教だが体系化には異世界の宗教知識が用いられているからだ。今より四代前の維新王の時代に現れた三人の転士――三賢者と呼ばれる――の内の一人が聖人として名を連ねている。もっとも賢者は熱心なキリシタンというわけでもなく、人々に改宗を迫ったわけではない。現地のクリスタル信仰を尊重しつつ、親を敬え姦淫するな飲酒を控え怪獣の肉は食うな日曜は休めと道徳的規範となる戒律を整理したに過ぎない。そうして信仰の場たる寺院を教会風に建て司祭を置いたら、後世の人間が受け継いだ次第。ちなみに司祭を束ねる大司教の最上位は王が兼任で、政教一致である。
かような基礎知識は異世界人も転生初日に教わる。転士がクリスタ教においてはまさに天使で信仰の対象であることもまた。
「おお転士様方、こんな夜更けに如何なされたのですか!? そのようなお格好で……」
「司祭様、転士としてでなく同じ神に仕えるシスターとしてお願いがございます。一晩でいいのでここに泊めてもらえないでしょうか。理由はその……言い難いのですが……」
「構いませんともええ、どうぞ奥へ」
まさか転士同士が殺し合っているなどとは思いもせず、純朴な中年僧侶クラウスは二人の少女を招き入れた。
案内中、王都中央の大聖堂から近くもなければ遠くもないとこう一人で回せる閑古鳥なものだから、転士の訪問は喜ばしい限りなどと麗句を述べる。これくらい小寺院でも司祭は二人体制が普通だが、彼の補佐を務める実子はちょうど地方都市に呼ばれて不在らしい。その空き部屋がアケミ達に宛がわれた。
タカノは黒い僧衣に袖を通し白いベールを頭に乗せる。彼女にとっては正装であるがアケミにもこの変装を勧めた。あまり上等すぎる服を着ていると転士だと悟られるからと。この友人ほど宗教的情熱がないのに同じ服を着るのには抵抗感があるアケミだが、渋々司祭のローブを借りることにする。見習い用の灰色の物を。
「とりあえず今夜は休んで、明日この格好で市場に行きましょう。色々入用だよね。急にこんなことになって、何も準備出来てないし。携行できる食糧と、水と、他何がいる?」
「地図が欲しいかな。王都だけじゃなくて全国版。それと……武器」
「武器、かぁ……本当に、戦わなくちゃいけないのかな。ねぇてんせーくん」
シスターが名前を呼びかけても神の使いは現れない。仮に現れたとしても、同じ事実を突きつけてくるだけだが。そう考えると二人は暗澹たる気分になる。
「ボクのチート、どうも出せるのは一日一回みたい。日付が変わるごとだと思うから日々宝箱ってところだけど……その分いつでも使える護身用の武器がいるよ。タカノちゃんも丸腰じゃ心もとないで……うげぇっ」
「あ、アケミちゃん! 大丈夫!?」
話の途中でアケミはまたも吐いた。もう胃の中はほとんど空だというのに。人が殺されることや自分が殺されること、また自分が誰かを殺すこと考えるのが心理的ストレスになっていた。既に経験しても慣れないどころか余計リアリティが感じられて。
「そうまでして、生き残る価値って、ボクにあるのかな……?」
「ある! あるよ! だって、アケミちゃんが生きててくれて、私本当に安心したんだから……アケミちゃんだって、元の世界になんかいたくないから今こうしているんでしょ……!」
その通りだ。異世界に転生する者すなわち異世界しか行き場がなくなった者、と相場が決まっている。アケミは小さく頷き、ごめんと呟いた。これまでの地獄には耐えらないのにこれからの地獄をも恐れて弱音を吐く自分への戒めか、友の気遣いを受け止めきれなかった反省か。
ともかく今は休んで心身をリラックスさせるのがいい、とタカノはアケミをベッドへと押しやった。タカノはどうするのかとアケミが問えば、片方が寝ている間は見張りをし、後で交代しようと提案する。疲れ切ってしなる赤毛の少女はひとまず相手の好意に甘えることにした。
相方が寝静まるのを確認すると、手持ち無沙汰なタカノは部屋を出た。
3
静かなる拝殿に、カツ、カツ、と足音が響く。
常時開放されてはいても日が沈んでから礼拝に来る者は稀である。特にこれくらい小さな寺院では。
しかし御神体のクリスタルはレプリカであってもそれなりに立派だ。その両脇には建国の際本物のクリスタルを授けたという聖女メイリアンと三賢者が一人ヱナのイコンが立て掛けられている。本物は当然中央大聖堂の方にあるのだが。
「おや、こんな夜更けにどうしまして?」
礼拝に来たタカノは先客がいたことに少々驚きつつも感心した。さぞ熱心な信徒だろうと。
客人はみすぼらしいなりをしているが、見た目は同年代くらいの少年か、あるいは短髪の少女かといった風体だ。真っ白な毛は老いの証にはならない。僧衣を纏うタカノを一瞥して、あなたもここの司祭か、と尋ねた。タカノは少々偽りを含めて頷く。
逆に女僧侶が何をお祈りなさるかと訊くと、客人は首をぶんぶん横に振って、吐き捨てた。
「祈る? 馬鹿馬鹿しい。神に頼まずとも、嫌がろうと、今日はここに居座るつもりだ」
拝んでいるのではない。彼は御神体を睨んでいた。
「そうだ、コイツのせいで家を失くしたようなもんだ。じゃあコイツの家を使うぐらい、いいと思わんか姉ちゃん」
タカノは狼狽え、すぐに返事出来ない。自分達の隠れ家に盗人猛々しい者が迫ることより、その客人に神への憎しみが感じられたのがショックだった。ふと頭に過ぎるは、先程のバーでの惨劇――
呼吸を整え、ようやく問い質す。家を失ったとは如何なことかと。その事情の裏にある背信の理由を知りたくて。
「どうしたかって、どうもこうもない。無慈悲な奴らに実家を追い出され、この歳じゃ働き口もないもんだからずっと根無し草。日がなゴミを漁って生きてきたわ。神様なんて何の役に立つんだ? 教えてほしいよ、なぁ司祭様」
「そうですか、さぞ苦しまれたのでしょうね。けれど神は……時に人に試練を与えます。それを乗り越えた時、きっと祝福してくださります」
「試練、だと? ふざけるな! 祝福? 有り得んわ! オレは奪われるばかりだ!」
夜の静けさが怒声に掻き消された。気圧されたか、タカノは立ち眩む。がすぐに建て直し、司祭たらんとして胸を張った。
「いえ、神は試練の最後に救いを与えてくださいます。私がそうでしたから」
――刹那の静寂。客人の声色が変わる。
「……へぇ、お聞かせ願いたいものだ。あんたはどんな試練を受け、何を得たって?」
タカノは深呼吸してから、
「……私、病気で身体が動かなくなったんです。指一本ですら。最初は完全に昏睡していましたが、二年くらいで意識は戻りました。けれど話せないし、家族にもずっと気づいてもらえませんでしたし。いっそ死んでくれたらいいのに、と何度も言われました。私も……」
死にたかった。死ぬ自由さえなかった。悪夢のような過去を思い出す。暗闇に一人取り残されて、助けを呼んでも声が届かない。すぐ傍にいる誰かにも。そのうちタカノは一切人間に期待しなくなった。自分自身含め。
「そりゃあ災難な……でも、今のあんたは?」
「そうです。何年も何年も動けない体の、いや檻とでも言った方がいいでしょうか、その中で神に祈り続けていたら……神は言われました。私に自由なカラダをくださると!」
恍惚として両手を広げてみせる。これこそが神の救いなのだと。
「それで姉ちゃんは」
「だから私は、クリスタルの神の信徒になったのです」
「転士になったってわけか」
「……え?」
迂闊なタカノはその場で膝を付いた。自分が転士であるとあっさり悟られて――というだけではなく。全身脱力感に襲われて。
手足が痺れて倒れ込む。その時になってようやく、致命的なミスを犯してしまったことにタカノは気付いた。最初客人は「あなたも司祭か」と言った。ならば先にあのクラウス司祭が面していたはずである。なのに、姿が見えぬではないか。
「あーあ、先客がいたかー。折角ホームレス卒業かと思ったらこれとかふざけてら。けど助かった。クソ神様に感謝してやろうか?」
刺客は勝ち誇って言う。
「いいや、やっぱり神なんかいないね。あんたの体、動くようになったんじゃなかったか? まぁ安心しな。神だろうと転士だろうと毒殺してやる」
「それ、チー、ト……」
「ああ、空気に猛毒付与してやったのさ。祝福なんだろ、喜べよ」
転士シンは倒れたタカノの頭にマウントをとって、上から思いっきり息を吹きかける。甘い死を賜り、聖女は一度殉教した。
4
厭な夢だ。アケミは汗をびっしょり掻いて目を覚ました。
時計の針はぴったり重なろうとする手前。ベッドに横たわってから三時間も経っていない。無理もないとアケミは納得する。あんなことがあって、心地良く眠れるものか。
――あんな奴、死んじゃえばいいのに。
過去に身内から聞いた言葉が繰り返されれば、友達が殺され自分も死ぬ。そんな実体験と現実的な不安が混じり合う悪夢がリフレイン。寄せては返す波のように。
それでも所詮夢は夢だ。そう言い聞かせ目ヤニを取るも、なおアケミの視界に友の姿が映らない。キョロキョロ周りを見渡すが、部屋には一人だけ。悪夢は悪寒へと変わる。
「誰か、てんせーくん! タカノはどこ!?」
《知るか訊くなオレサマに! 便所じゃねーの》
まさか予知夢じゃないだろうな、とアケミは焦って戸を倒す。それから真っ直ぐ向かう、彼女がいるに一番似つかわしい場所に。
廊下を抜けて拝殿に出れば、そこには見知らぬ者と――伏して動かないタカノがいた。
「タカノちゃん!?」
「な、まだいやがったか!」
賊はビクッと体を震わせ、タカノの死体から飛びのいた。
「ちっ、見られたからには生かして返せん」
「転士!?」
「同類か、なら尚更なァ!」
短い白髪を掻きむしりながら、襲撃者は毒霧を思いっきり吹き付ける。何か危ないと咄嗟にしゃがみかわそうとするアケミだが、凶器は空気、微量吸い込んだだけで途端に息苦しくなる。
幸い距離も遠ければ致命傷ではない。それは使い手が一番よく知っているので、走って追いかけてくる。口を手で押さえながらアケミは逃げ出した。概ね敵の能力は推察できても、対抗策をまるで思いつかない。
並ぶ長机の隙間から、ふと中年司祭の骸が目に留まる。タカノ同様外傷はないがやはり息の根を止められている。自分もすぐそうなるのか――恐怖にアケミは襲われる。毒に絡め捕られて動きが鈍くなっていくほど、恐怖は増していく。
狭い拝殿の入口にはすぐ辿り着くが、何故か扉が開かない。獲物の背後で盗賊はクククと笑みを溢した。開かないのではない、開けなかった。ドアノブに付与されていた毒が一瞬でアケミの手も、足も、理性的思考さえ犯した。
「あがが、痺れっ」
「オレのチートを見誤ったな? 毒の吐息だけが武器じゃない。当然このナイフにも沁みこませた。振り返って見てくれよ」
その時、場違いに牧歌的なオルゴールの音色が、響き渡った。拝殿の時計に仕掛けられた、時を告げる天使の歌声。嗚呼、これこそ福音か!
追い詰められた転士は振り返る。恐怖で滲んだ泣き顔ではなく、不敵に笑う博徒の顔で。
「はぁ、はぁ、これで日々宝箱が使える……来い、グングニル!」
アケミの目の前にどこからともなく宝箱が出現しては、勝手に開き光放つ。突然の反撃を警戒してシンは一歩、二歩下がった。だが三歩目はならず、困惑。使い手は尚更だ。光が収束してただの金塊を映したならば。
神はインゴットなど授けて一体どうしろというのか。それで敵を殴れとでも――アケミは開いた口が塞がらなかった。
「お前、馬鹿にしてんのか? ハッ、そのお金をやるから許してくださいってか? ふざけるな! ふざけるんじゃない!」
シンは勝手に理由づけて勝手に怒る。そんな金、元の世界であったならばあれほど惨めな暮らしもなかったと、過去を振り返っては顔を歪めた。毒を吐くあまり、自らの頭も侵食されていく。
一通り地団太を踏めば少し落ち着いて、逆転の目が潰えた哀れな敵を始末する気になった。もう駄目だとアケミは今度こそ真っ青になる。逃げる気力も最早ない。
振り下ろされる毒刃。動かなくなる――今まさに、獲物を仕留めようとした手の方が。
突如羽交い絞めにされ、恐る恐るシンが振り向けば、青い髪が揺れる。
「馬鹿な……死んだはずだ……確かに殺したよなァ!」
「確かに死んでいた私を、救ってくれましたよ。神は」
「タカノちゃん!」
「アケミちゃん、私は大丈夫! だから、早く!」
死人の蘇生に驚愕するも、ならば何度でも殺してやるとシンは毒を走らせた。密着すればすぐに回る。それを承知の上でタカノは目くばせする。今のうちにアケミだけでも逃げろと。
だがアケミは逃げない。最後の気力を振り絞り、フラフラの体を前に押し出す。転がったナイフを拾い、それを持ち主の胸元に返した。
赤く染まっていく。髪だけでなく頬も、服にも。毒では宿主を殺せないので、刃を何度も立て、心臓がグチャグチャになるまで刺した。悲鳴が掠れ消え入るまで、何度も、何度も。そうしてシンが事切れると、アケミも力尽きて倒れ込んだ。
5
全く厭な夢だ。アケミは汗をびっしょり掻いて目を覚ました。
窓から新鮮な光が差し込む。もう一晩過ぎているではないか。眼を擦って不安げに周囲を見渡せば、アケミの望むところに友はいた。
「おはようアケミちゃん。良かったぁ、目が覚めなかったらどうしようかと……手足は動かせる?」
タカノに言われるがままにアケミは四肢を動かしてみせる。そこで自分が下着だけの姿なのに気づき、顔を紅潮させた。
「ああ、ごめんね。血塗れだったし服は始末した」
「やっぱり、夢じゃなかったんだ……」
代わりに成人がもう着られそうにない丈の古着を見つけ、羽織るアケミ。司祭の息子は若かりし頃少々傾奇者だったらしく、その派手で奇抜な装いに旅芸人みたいだとタカノは笑った。だがすぐに真剣な眼差しで昨夜の顛末を語る。
「あの後ね、アケミちゃんの毒をどうしたらいいんだろうって、あの転士のクリスタルをあげればチートが使えるようになって助かるかもっててんせーくんが教えてくれて……」
《転士が死ぬと肉体は三分以内に溶け、中のクリスタルを露出させる。でもコイツがソイツを吸収しちゃったんだよな。ホントひでー裏切りもんだぜなぁ、アケミ》
意地悪なてんせーくんが割って入り、わざとじゃない、触ったら自分の物になってしまったとタカノは必死に弁明する。袖からチラリと見える彼女の残り時間は、僅かに回復して162。だがアケミは構わないと言った。実際不死身の友がいなければ勝てなかったのだからと。
「でもじゃあ、どうしてボクは生きてる?」
《それよ! んじゃーアホのタカノの代わりに説明してやるぜ。いいかよく聞けよ。オマエラ転士のチートってのはな、それぞれの気質が反映されてんだ。だから十人十色で能力が違う。そうだなアケミ、オメーは何でもいいから楽して力が欲しいとか、どうせそーゆー性根してんだろ?》
「……うっ」
《それが基本の一人一つのチート。で、ここからが本題だが……他の転士を倒してそいつのチートを手に入れたとしよう。その能力、例えば毒を与える技がそのまま使える場合もある。そいつとの相性がいい場合は、だ。しかしよー全然違うタイプのチートを得たら、その能力が変化する場合がある。本来持ってるチートに引きずられてな》
「ということは、今回の場合ソレ?」
《ほー察しいいな。元々持ってるチートが回復系のタカノが猛毒付与を得たら解毒チートになってしまったというわけだ。まぁ結果オーライか。けど幸運だったから良かったようなもんだ、あんまり相性が悪いチートじゃ手に入れても使えないケースだってあるんだぜ》
もっともクリスタルの容量が増えた分能力の強化は何かしらあるとして、ガイドは説明を終えた。ここからは余計な悪態だ。
《まぁ寝首をかかれなくて良かったな》
「そんな、酷いことアケミちゃんにしません!」
「うん、タカノちゃんは何度も助けてくれたもんね。バーでも最初、ボクなんかを庇って……ありがとう。本当に、ありがと」
「こっちこそだよ。泣かないで、ほら、私も泣きたくなっちゃうよ」
肩を抱き合う少女二人に、付き合いきれんとてんせーくんは吐き捨てる。
《仲良しごっこはいいが殺し合いやってんの忘れんなよ。一日目で脱落者はひぃふぅみ……へー八人か。その四分の一がテメーのキルスコアって割とスゲーな。だが八勇者が本気出したらオマエラなんかワンパンだからな、精々チートを集め》
その先を言う前に不細工なひよこは顔を赤らめた。まさか特定の転士に肩入れしそうになるとは。つい監査役としての領分を超えそうになる己を反省し、口を噤んだ。
「八勇者……そうか、その人達も参加してるわけか」
ガチャを引く能力なんかで勝てるのだろうか。自分の手をじっと見つめるアケミ。そのすぐ下に刻まれた聖痕は155の数字――確実に余命は減っていく、勝てない限り。そんな友をタカノは複雑な気持ちで眺めていた。
――アケミはギラギラと光る刃を内に秘めている。自分と違って。そう、刺客二人にトドメを刺したのは自分ではなく、アケミなのだから。
「どうしたのタカノちゃん。やっぱり心配?」
「うん、まぁ……でもきっと乗り越えられるよ、一緒なら」
願わくば、最期まですれ違うことなきよう。タカノはアケミの手を強く握る。祈るように。
アケミもまた、てんせーくんの言ったことが引っかかっていた。チートには個人の気質が反映されるのだと。ならば不死身のタカノは、誰よりも生きたいのではないのかと。
「うん、一緒に」
生きられるなら生きたい。一度マンションの上階から飛び降りたアケミも、転生したことでそう思えた。
6
司祭クラウスの死体は、サスト寺院拝殿の祭壇に安置された。
朝になれば礼拝に来た者が発見するだろう。変に隠すよりその方が良いとタカノは判断した。しかし自分達が関わったとなれば面倒になるので、そうなる前に出て行く。
そもそも最初から関わるべきではなかった。クラウスも、酒場の客も。転士共の殺し合いの巻き添えにしてしまったことを思えば、胸が苦しくなるアケミだった。タカノはアケミのせいではないと慰めるが、司祭だけに余計罪の意識が刻み込まれる。
「この世界の人は、あの世……ボクらの世界に転生するのかな」
ふとアケミは疑問を口にした。そうであれば救いがないと、己の前世を振り返りながら。
「それはクリスタ教の経典にはなくて民間信仰みたいね。旧くはクリスタルに魂が還ると言われていたみたい。なんであれ苦しみから解放され救われる、そう信じていれば本当に救われるかもしれない」
だから祈る。そう説いて僧侶は手を合わせる。彼の魂に安らぎを。そして神様、せめてこれ以上は――
しかし一晩明けて明らかになる惨劇は、これだけで済むはずもなかった。
「号外、号外だー! 大変なことになってるぞ!」
寺院からすぐの通りに出ると、危なっかしく自転車を漕ぐ新聞屋が真っ先に過ぎった。その落とし物を拾ったタカノは一瞥するなり、慌てて隣に回す。
「アケミちゃん見て。中央銀行襲撃、ホテル炎上……あのバーのことも載ってる!」
「ええと、『転士様狂い、人民多数殺傷す』だって!?」
まるでこの世の終わりかの如く記者は紙面で熱弁する。転士四十八人によるバトルロイヤルは、アケミ個人が望む望まないにかかわらず、クリスタリカ王都百万人をも巻き込んだ大事変と化していた。