第十話「大怪獣・王都大決戦」(後)
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崩れた街の物陰に、半獣の少女は身を潜める。
ムゥムゥは起きたばかりのアケミに八勇者スナフが持ちかけてきた「交渉」とやらを断片的にしか知らない。隣で長い耳をぴょんと伸ばしても、スナフの声は聞こえなかった。直接聞かなくて良かった、と彼女は思った。相手が憎き「八勇者」の一人というだけで冷静ではいられないのだから。その上――
ラスカルは依然アケミを狙っている。
伝えられた事実にムゥムゥは心を掻き乱された。何せザオヤーガ達の仇である。いかに憎くとも敵わない強さも自身の右目に刻まれている。頼りのネロももういない。これ以上アケミまで失いたくない――
けれど当のアケミは狼狽えず、覚悟を決めた目をした。スナフ曰く、ラスカルを倒せば千里眼中でタカノの位置を教え安全に引き合わせると。ならやるだけだ――その時アケミの宝箱が一層強く光り、地下を照らした。
スナフがアケミを使ってラスカルを仕留めておこうと考えたのも、アケミがその思惑に乗ったのも、ひとえに勝算があったからだ。日々宝箱から現れる光の槍、神器グングニルの存在。
「なんかすごい槍ならなんで、渡しちゃうんだよアケミ……」
ムゥムゥは疑問を呟く。アケミから作戦を聞いた時も同じことを言った。けれどアケミはニタリと笑って「ボクじゃなくて相手が持たなきゃ意味ないんだ。ラスカルがこの槍を使った時、多分だけど滅茶苦茶光る。それが最初で最後のチャンス」と毛深いムゥムゥの手を掴んだ。後は頼む、と。
ともかく自分の頑張り次第でアケミの命が助かり、かつタカノと再会できるかもしれない、というならムゥムゥも俄然やる気になった。闘気を隠して地上に出たアケミを50メートルほど先から目で追う。だが実際すぐにラスカルが現れたなら、やはり動揺は隠せない。
「もう一人、どこかにいるのか? 四十四位か? まぁいい。用があるのはお前一人だ、四十八位」
黒いマフラーたなびかせ、八勇者ラスカルはアケミの前に立ちはだかる。
「殺したはずなのに生きていて不思議、とでも私が驚くか? あえて弾が頭蓋骨の手前で止まるよう撃ったのだから」
生来の左腕と比べてアンバランスな機械仕掛けの義手を万能武人で器用に扱い、銃を放る。ちょうど先日アケミから奪って使った銃を。元は転士キリコの持ち物で転士モルガンに改造された、複雑な由縁を持つ銃だ。
「稀代の銃職人マゴロックの、クリスタリカに三丁しかないモデル。こう落としても壊れない頑丈さ、信頼性の高い機構……だがモルガンに弄られては台無しだ。二丁は持っているから返そう」
武器マニアは妙に饒舌になって見下ろす。仮面を捨てたラスカルの表情は実にわかりやすい。拾ってみろと言いたげな相手に応えるよう、アケミは足元の銃に手を伸ばそうとして、
「タダ、じゃないんだろう。何が目的だよ、八勇者様が」
「一週間前、バー『ホームズ』の天井を撃ち抜いたのはお前だとわかっている……神器でもなければ出来ない所業だが、ミストリスで見つかった神器は全てこちらが管理しているはず。となれば可能性はその玩具箱しかないだろう」
「これは返すから宝箱の中身を寄越せ、って?」
日々宝箱が発現する。アケミは素早く銃を箱の中にしまい込み、代わりに眩い光が辺りを包む。呼応してラスカルは目をギラつかせた。
「やはり……ミステリ文書が示す神槍……」
宝箱から光の槍を取り出す敵を前に、溜息を漏らすラスカル。純粋に美しいものを見た感動が彼女の瞳を輝かせる。それこそが邪悪性の発露であったが。
「ああ良かった。本当に良かった、生かしておいて。言っておくがお前を殺してチートを奪うことなど容易い、けれど完全に引き継げるとは限らない。なら玩具箱として保存しておくのが理に適っているだろう? アケミ。お前が欲しい」
ラスカルは鋼の義手を向け、殺し文句を放つ。実のところアケミがグングニルを引き当てたことは事前にスナフからのリークで知っていた。でなければ怪獣よりアケミの捜索を優先したりはしない。
身勝手なラブコールを拒絶するかのよう、アケミは槍を構える。遠くから舞台を整えたスナフは固唾を飲んで見守る――さぁ早くグングニルを撃て、餌に食い付いた獲物が仕掛けるより早く――という風に。
ところが観戦者の思惑はここから外れていく。アケミはじりっと緊張を保って動かない。否、動けなかった。汗が彼女の首筋を伝う――実は日々宝箱から出した槍は全くのハリボテ、グングニルの偽物で全てブラフだったのだから!
「どうした? 欲しかったら力づくでこいよ。その前にグングニルをお見舞いしてやる!」
威勢よく吠えながら、すぐにでも手放して平伏する算段を立てていた。彼女の勝ち筋というのはラスカルが本物だと思い込んで偽グングニルを使おうとした時の隙を作り、後は優れた身体能力を持つ伏兵ムゥムゥ頼りという、あまりに細い綱渡りでしかない。けれども可能性があるならそこに賭けるしかなかった。
一時の静寂――が破られる、ラスカルの義手が唸り声を上げた! 内蔵されていたワイヤーがするする飛び出してしなる、目標に絡みつかんと。
合わせてアケミも槍を引き渡そうと手を緩める、が一手遅れた。鉄線は手元ではなく、肩に絡まる。そのまま肉に食い込む。ラスカルの狙いは神器のみならず、使い手の右腕ごとだったのだ!
「お相子だろう、ネロの教え子」
血飛沫弾ける。離れていく腕。真っ赤な血に視界を覆われ、アケミは真っ青になる。それから遅れて尋常ではない痛みがやってきた。
「いゃぁぁぁああああああああああ!!」
悲鳴が鳴り響く。隠れていたムゥムゥは動揺し、思わず叫びそうになった口を辛うじて押さえた。けれどどうすればいいんだ――横たわるは絶望感。倒れたアケミと共に。
ひも状に拡張された義手を巧みに操り、ラスカルは光る槍を手にする。そのなんたる妙技か! 彼女の場合腕を失ったことがマイナスになるどころか更なるパワーアップに繋がっていた。怪我で療養というのも新しい腕の調整に時間を掛けていたに過ぎない。
取り上げた玩具の感触を確かめほくそ笑む少女。動かないアケミを見下ろして、勝ち誇って言う。
「足、まではいいか。手には手をだし、出血多量ですぐ死なれても困る。神器を使うまでは生きろ」
踵を返し、夕日と夜の闇の狭間に消えていく。あっという間にアケミには手が届かなくなる。
「アケミ、アケミッ!」
堪え切れずムゥムゥは血塗れの彼女の下へ駆けつけようとした。対するアケミは呻きながらも左手で彼方を指差す。「ラスカルを追え」の指示だ。
「……わかった、わかったよ。絶対やってやるってば!」
潰れたはずの右目から流れる涙を拭ってから、ヴァルヴァーネの少女は四つん這いになる。己の獣性を引き出し、ムゥムゥは方向転換するなり全力で駆け出す。兎にも角にもアケミの作戦はまだ終わってないのだ、諦めない限りは。
「スナフ、怪獣はどこだ? 早く神槍を試してみたい」
《……このまま北へ。三体、何故かギメラの殻に戻ろうとしているギメリアンがいます。神器ならば彼らごと母体を破壊できるでしょう》
一方で浮足立つラスカルを苦々しく見つめるスナフ。ムゥムゥが後を付けているのも千里眼で捉えているが、あまり期待を持てなかった。八勇者の頭脳からすればアケミなど所詮有象無象の転士、こうなればラスカルを使って折角のグングニルを活用してやろうというもの。
日頃の賑わいが嘘のように静かな商店街。もぬけの殻をラスカルは一人駆け抜ける。前方にギメリアン達がいるのが彼女の目にも映るなり、余裕を持って立ち止まる。そうして光の槍を構えた。
――日没。夜の帳が下りて、ラスカルの周囲は一段と明るくなる。迸る光に武器の達人は手ごたえを感じていた――それが錯覚だと、ついぞ疑わず。
槍を掲げ、投擲しようとした瞬間、光は爆ぜた。
辺りは真っ白に包まれ、宵闇よりも何も見えない。ラスカルは何かがおかしいと気付くどころか瞬時に罠の可能性を思いついた。しかしだからといって今のアケミやスナフに何が出来る、とも高を括ってはいた。来るとすれば怪獣ギメリアン、と視覚以外の注意を前方に向ける。
そう、ラスカルの目は神器という魔力ですっかり眩んでいた――背後から迫る殺気に気付いた時には手遅れなほどに。
閃光の中に無我夢中で飛び込んだムゥムゥは、勢いに任せて宿敵を押し倒した。得物を抜こうとするラスカルの腕を片手で押さえつけたまま、素早く首元を裂く。若干青味がかった鮮血が吹き出し、反撃の余地も残らない。そうしてようやくラスカルの視界はクリアになった。
「お前、は……」
「皆の仇だッ! せめてアケミの命だけは!」
泣きながら叫ぶムゥムゥの顔に、ラスカルはハッとする――深い記憶の底に眠っていた、とある少女の顔と重なって見えて。
――前世で従軍していた頃に見た、占領地の子供達の笑顔。それが自分に向けられているなど、ラスカルには言われるまで気づけないことだった。彼女からすればちょっと暴力的な上官を張り倒し、食べ物を分けてやっただけだ。それで懐かれるとは思いもしない――そんな資格など自分のような異常者にはないと。
けれど知った。子供達と触れ合う程。自分には彼らを喜ばせるような生き方も出来得るのだと。でも結局は力を振るうことに魅入られ、軍神となってしまった。
「ならず者!」
何度戦場でそんな言葉を聞いたか――ついに致命傷を負った時、あの子供達を思い出して後悔した。やり直したい、来世では人を笑顔にする英雄でありたい。その願いあってか、哀れな軍人は異世界の転士ラスカルになった。なのに――同じことの繰り返し。
顔面を潰され、今度こそ何も視えなくなった。肉体は義手を残して溶けていく。力に溺れたラスカルの魂はとうとう「軍神」へと成り果てた。その結晶は仇討ちを果たした獣人に掬われる。
「御婆様、ネロ様、ザオヤーガ、あたいやったよ……」
勝ったムゥムゥからも力が抜けていく。奇襲に成功して気が抜けたが、膝を付いている場合ではないとすぐさま思い知らされる。
偽グングニルの光に吸い寄せられたか、怪獣が向かってくるではないか! 怪人の勇者もまた不意を突かれて咄嗟に動けない。
その時だ。
傍まで迫っていた一体のギメリアンが足を滑らせて倒れると共に、ムゥムゥの後方から怒涛の勢いで走る蹄の音が聞こえたのは。あっという間に半獣の少女を抜き去る、麗しい白馬。騎乗するは、黒銀の鎧煌めく騎士。剣先から綺羅星を反射する油が迸る。
馬に蹴り飛ばされ浮いた餓鬼の体を、横一文字に大剣が凪ぐ。瞬間火花が散って怪獣ギメリアンを火葬した。その炎が灯りとなって、馬上の少女、いや少女達を映す。金髪の女騎士の背中には常に、赤マント羽織る魔女在り。
「安心せよ。このワルグリアが来たからには、悪鬼など成敗してくれよう! ってその耳、その手足……もしやお主も怪獣?」
「ねぇワル様、見て。こいつ、クリスタルを持ってるわ……見覚えあるマフラー、もしかしてラスカルのじゃない?」
転士ワルグリアとヨミ。一難去ってまた一難とはこのことだった。
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「ワルグリア……ヨミ……!?」
「おおっ、怪獣って喋るのか!」
ムゥムゥとワルグリアは互いに目を丸くする。ヨミだけが目を細めた。
「違うわぁ、怪人よ多分ゲットーの。ふぅん、成程。差し詰め仇討ちってとこ。でも私達と出会ったのが運の尽き。ツイてるわねぇん」
紅白の魔女は騎士の背中にもたれかかって囁く。八勇者の力を手に入れる絶好のチャンスと。
ワルグリアが何かするより早く、ヨミは酒瓶を落とした。割れて飛び散るはずの液体は空中で渦を巻き、供物を取り囲む。明らかな敵意。ムゥムゥは戦慄し、敵愾心を燃やす。
「こ、これ以上あたいから奪うのか!? そんなの嫌だ! これはアケミの物だ、絶対渡すもんか!」
「アケミ……と言ったか? アケミ殿がどうしたのである?」
ヨミの水芸魔術の網に剣を割って入れるワルギリア。一筋の希望か。ここぞとばかりにムゥムゥは訴えかける。
「寿命がもうないとか、でもこれがあると助かるんだって! けどラスカルに腕を斬られてとにかく大変なんだ!」
「それは大変であるな! よし、このワルグリアが助けてやろう!」
「えっ、いいの?」
「アケミ殿には一つ借りがある。それに騎士として」
「弱き者の力となる。でも転士としては駄目。駄目よワル様」
ヨミの鋭い視線がワルグリアとムゥムゥの合間を裂くように注がれる。包囲網の穴は一度チートで塞がった。
「クリスタルを獲らないでどうするの? 四十八位に必要な物は私達にも必要じゃない。見逃したら絶対に後悔する」
「ヨミ」
「私が何言ってもぅ、どうせワル様は聞かないんでしょう。お馬鹿さんだからぁ」
「すまない。私は転士としても礼に則って戦い、打ち倒したい。あれはアケミ殿の戦果だろう、横取りなどしたくない。自分の信念を曲げたら絶対後悔するのである。正直アケミ殿を強くして戦った方が面白そうと思ってて、本当にすまない」
「だから好き。ワル様のそういうとこぉ」
一転、ヨミは攻撃態勢を解いて相乗りのワルグリアに抱きつく。二人の距離感がよくわからないムゥムゥにはどう反応すればわからなかったが、少なくとも敵ではないと思えた。
話しこんでいる内に魔法剣油・火属性付与が築いた炎の壁が消える。ヨミの技ではない、ギメリアンが胃液を吐いて消火した! 水蒸気の煙に巻かれ現れたのは二体、いやもっと多い。仲間を呼んだらしい。
「乗れ、急ぎアケミ殿の下へ向かうのである!」
「定員オーバーじゃないのぉ、はいはい」
馬上の騎士がムゥムゥに手を差し伸べると同時に魔女は鞍から降りた。赤いマントがふわり、遅れて地面に着く。
「ヨミ、いいのだな?」
「お互い用事を片付けたら合流しましょ。またいっぱい心配してねぇん」
「無論である。ではここは任せた。お主は……」
「あたいはムゥムゥ。ありがとう、ワルグリアは良い転士なんだな」
引っ張り上げられるなり、クリスタルを持ったままぎゅっと鎧を抱きしめるムゥムゥ。親愛の証だ。けれど敏感な獣耳は一瞬ヨミの嫉妬の視線でも感じたか、ピンと立って強張った。ワルグリアが「ヨミは信頼できる転士だ」と無意識にフォローを入れたなら和らいだが。
騎士が手綱を引けば白馬は吠え、猛烈に駆け出す。赤いマントを翻して見てもあっという間に砂粒程の大きさになって視界から消えた。それからヨミは前を向き直し、間近にまで迫っておきながら動かないギメリアンの一体を睨む。目を限界まで細めて。
「こんな姿、ワル様には見せられないものねぇ。化物退治、退屈しのぎになるのかしら? ねぇ貴方、どう思う?」
怪獣は答えない。首を両手で押さえて息も出来ない。もっともそいつ自ら締めているわけではなく、むしろ見えない何かを振りほどこうと必死の形相だ。それを見つめる狐目の魔女は、ひどく冷酷で人間らしい表情に見えない。
――能面のようなヨミの顔が仄かに紅潮し、目を見開く。
すると敵は勝手に臓物を巻き散らかした。飛散する青い血が不可視の「力」に印をつけ、おぼろげに露わにする。がそれはすぐに塗料を吸いこんで透明に戻った。
これこそがヨミの真のチート――秘匿奇術。彼女はこう呼ぶ、「神の見えざる手」と。
他のギメリアンは本能で危険と判断し一歩退く――が遅い。哀れ原型を留めない肉塊が四つになった。これ程の暴力を振るいながら眉一つ動かさないで済む。なんと理不尽で攻撃性の高いチートか! 液体を操ってみせるなど、本当にただの水芸でしかない。
「これで終わり? やっぱぁ、ワル様で遊ぶ方が楽しいわ」
独り言の後人差し指を咥えるヨミはいつもの糸目に戻っていた。歴戦の八勇者ならいざ知らず、到底初めて怪獣を倒した者とは思えない平静さ。彼女は怪獣も転士も、人間も区別しない。命に区別なく殺戮慣れしていた――前世では「二十一世紀の切り裂きジャック」と呼ばれた通り魔だったのだから。
ラスカルのように強敵を求める戦闘狂ではなく、退屈を紛らわせるのであれば何でも良かった。殺人も経験すれば何か知見が得られるのではないかと始めたことに過ぎない。傍から見れば何をしでかすかわからない、恐ろしく厄介に狂っている!
もしワルグリアと出会わなければ――
怪獣の同類に成り果てていただろう。ヨミは羽根付き帽子を深々と被り、散らばる臓物に背を向けた。
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日が沈み、闇が王都を覆う。されど燃え盛る惨状まで覆い隠せない。
そんな災厄の灯りもある意味幸いであった。完全に真っ暗になってしまえば怪獣ギメリアンの駆除は困難を極める。ということがわかっているからこそ、転士達も忙しなく働いた。
特に目覚ましく活躍するは、やはり八勇者オーレリィ・ナナ・セイラ。彼女達を中心にテンキは志願兵含む部隊を動かし、一体一体殲滅していった。残すところも後僅か。
「標的発見、一本北の路地に誘い込め!」
異様に毛深く肌の黒い、ゴリラのような男が激を飛ばす。彼を怪獣と見間違うなかれ、れっきとした怪人ならぬヴァルヴァーネである。配下の竜騎兵も鼻高族、その肥大化した鷲鼻より長いマスケットを発砲しながら前方のギメリアンを追い立てる。その先には緑肌族の屈強な槍兵が待ち構えており、一斉に敵を叩き潰した。
クリスタ教に改宗したヴァルヴァーネで構成されるフリークス部隊。云わばオスマン帝国のイェニチェリのようなものだ。彼らはクリスタリカ人からは怪人の分際でと蔑まれ、ゲットーの住民からは裏切り者と罵られた。けれども彼らはクリスタリカの軍服を着る。明日の飯にありつく為に。
そして今、転士に並ぶ戦果を挙げて栄達のチャンスを掴もうと必死に戦う。
「やったぞ、一体倒した! やれるじゃないか俺達!」
「当然だろ、昔転士なんかいなかった頃怪獣を狩っていたのは俺達の御先祖様だろうが! 騎馬も火砲も俺達の専売特許、なぁグレゴ隊長」
「調子に乗るのは後だ、情報じゃこの辺にもう一体潜んでる、次行くぞ」
ヴァルヴァーネの中でも稀少な極黒族の部隊長グレゴが号令を掛けて馬を走らせようとした――途端、先程言葉を掛けてきた部下の頭がなくなっているではないか! 最早馬に乗っているのは鼻高族の若者ではない、横から飛び出してきたギメリアンに取って代わられる。
「隊長危ない!」
「こなくそ!」
続いて狙われたグレゴは両手で餓鬼を推し飛ばすが、そう簡単に諦めてくれる相手ではない。ギメリアンはグレゴの馬の脚にしがみつき、これを折った。黒々とした大男はあえなく落馬する。絶体絶命の危機――
だが獲物の喉に噛みつく前に、ギメリアンは何発もの銃撃を受けて沈黙した。ほぼ組みついた状態でグレゴの方には一発も当たらず。そんな芸当ができるのはクリスタリカに一人しかいない。
「大丈夫ですか、生きているなら返事してください」
チャリオットに乗ったナナが通りがかる。
「八勇者、いや元帥殿が私を……?」
「良かった、貴方達は貴重な戦力です。今は共に戦いましょう!」
フリークス部隊の面々も故郷を奪った八勇者に思うところがないわけではない。けれどもそんな八勇者のナナに助けられるなど、熱い感情が込み上げてこないはずもない。
歓声に迎えられる英雄。その脳裏に元同僚の声が響いた。
《ギメリアンは残り一体。そしてこちらに向かって》
「存じていますよスナフ。おそらくマルコを食った個体でしょう」
《よくわかりましたねナナ》
テンキも馬鹿ではないのでスナフに頼らず情報網を敷き、明らかに強力な個体がいることを突き止めていた。食えない人、と内心ナナはスナフに苛立ちを覚えた。彼女の目ならばすぐに気付く情報をテンキ陣営に渡さず黙っていたのだから。
《増援を向かわせていますが、仕留めるなら今よ》
スナフはナナ個人に囁く。最後の一体を倒せば怪獣討伐レイドバトルの勝者となり、神から新たなクリスタルを与えられるという――その餌をチラつかせ、焦らせ、ミスを誘う。そうして怪獣と相打ちにでもなってほしいという邪悪な願いだ。しかも残り一体と言うのも嘘であり、もう一体をタカノを使って捕獲していた。アケミという餌をぶら下げて。
安全圏から眺めていた隠者が重い腰を上げた時、一方ナナの目前で緑肌の大男が空高く舞った。投げられた。その怪力はまさに、百万馬力!
「散開! 私が手を下します!」
ナナは叫び、フリークス部隊を下がらせようとする。その動きに応じて近くの建造物が音を立てて崩れた。そいつに障害物という概念はなく、真っ直ぐ向かってくる――まるで在りし日の剛腕の英雄が如く。
目に入って一瞬ナナは友人とそっくりな姿に驚くも、すぐさま二十連発斉発銃を構えた。視界即ち射程距離。一切の躊躇なく、二十発もの魔弾を叩きこむ。
百発百中、確実に全弾命中した――はずだった。なのに、相手はピンピンしているではないか! 強固な殻が背中から生えては全身を覆い、銃撃を防いでいた。転士マルコに擬態しても、やはり本質はギメラなのだ。
殻をかち割って中身が飛び出す。確かにマルコに容姿は似ているが、それも急速に崩れてきていた。この怪獣はマルコから奪ったクリスタルを混沌へと変換することでチート能力を身に付ける異常進化を遂げたが、その果てにあるのはやはり自滅あるのみだ。
羽化した蝉が最後の輝きとして喚くように、彼の者は破壊の限りを尽くさんとする。叫ぶ。それだけで尋常ではない振動が大気を揺らがせ、馬車は倒される。バランスを崩したナナに向かって大きく振りかぶり、マルコハンマーを投げた。
――これが、私の死か。ナナは静かに目を閉じ運命を受け入れる。
が、悲鳴を上げた。転士を模す怪獣の方が。思わず目を開けたナナは見た、何故かマルコハンマーが投げた本人の殻を粉砕しているのを。
「まさか、そんな……貴方が出てくるなんて!」
八勇者ともあろう武人は一介の少女のように驚愕し、周りを見渡す。するとすぐ見つけられた。誰もが傷つき倒れながら、微動だにせず堂々と歩くのだから否が応にも目立つ。かつてと違い白髪だが、能力と顔を見ればナナにはわかる。
「ハイジ!」
「ハイジ? 無敵のハイジだと……」
フリークス部隊の者達も一斉に注目した。何せ彼らの同胞を万単位で奪った相手である。その恐るべき行為に彼女自身が恐怖し廃人となって、再び人前に姿を現すとは誰一人も思っていなかった。
――けれど、八勇者ハイジは確かにいた。王都の危機に大英雄が復活した。
スナフの言う増援とは彼女のことを指していたが、スナフとて狙ってハイジを表舞台に引っ張り出せたわけではない。彼女は彼女自身の意思でここに立つ。
出来の悪いマルコのコピーだけはハイジのことなど知らぬ。全力なら止められないだろうと極限まで百万馬力を引き出し、迫り来る。ハイジは顔馴染みの相手を物憂げな眼で見つめた。
遠い日の記憶が、蓋を開けて蘇る。
開拓王の治世もハイジの精神も末期の頃、珍しくマルコから頼みごとを持ちかけられたことがあった。
――なぁハイジ。もし、もしもの話だけどさぁ~オレがこの馬鹿力手に負えなくなっちゃったりだとか、あるいはオレじゃないヤツに悪用されそうになったりしたら、そん時はハイジが止めてくんないか。
その為にハイジが反射チートを有するのは正しい――マルコはこう肯定することで仲間を励まそうとしたとも見て取れた。あるいは本心から強すぎる己が力を怖れ助けを求めたか――生憎当時のハイジはまさにそれで悩んでいて、マルコとの約束など重荷にしかならなかった。
だから、一度は逃げた。王の死と共に全ての因果を捨て去ろうとした。自我でさえ。
けれどハイジは戻ってきた。かつて自分の愛した王が築いたこの世界を守る為。そして今、友との約束を果たす為に。
――勇者のクリスタルが今一度輝きを放ち、真っ白な髪を混沌で赤く染め上げる。
紅蓮のハイジ。血染めのハイジ。そして――無敵のハイジは傷つかない。完全反射はマルココピーギメリアンの全力を跳ね返し、クリスタルの欠片一つ残さず塵へと返した。
格が違う。彼女はクリスタリカ人やヴァルヴァーネはおろか、転士や怪獣からも一人跳び抜けている。そんな存在を目にすれば、誰もが畏怖する。彼女の同志、八勇者を除けば。
「お久しぶりです、ハイジ。本当に……久しぶりです」
「ナナ……」
「しかし驚きました。その、二度と目覚めないと思っていましたから」
「……ネロが」
「ネロ、ですか」
人と会話するのが云十年ぶりのハイジはかすれた声を出すのもやっとで、思考に追いつかないのがもどかしく思う。それを察して意図を汲もうとするナナ。唐突にネロの名を、自分が殺した元仲間の名を出されて動揺する様を悟られまいと。
「あの子が夢枕にでも立って、随分うなされましたか」
「ううん、そうじゃない……でも、そう。ずっと聞こえてた。話しかけてくれたこと、全部。逃げるなって」
「ああ見えて貴方にはお節介焼きでしたからね。昔から」
「あっうそ、ハイジ!? 貴方、今更何しに来たんですの!?」
ナナの後ろからワープしてきたセイラの素っ頓狂な声が上がった。振り向くナナを押しのけ、ずかずかと割って入る。
「もしやハイジが最後のギメリアンを倒したというの?」
《いや、終わったのは今だぜ。最後の一体を殲滅したのはハイジじゃねールーシーだ》
「は? どちら様よ。どういうことよ!」
「確か四十位……じゃなくて四十一位でしたっけ。もしやスナフの手の者?」
《クッククク、獲物を横取りされたスナフの顔と言ったら、思い出しただけで笑いが止まらなくなギャハハハハ! まーそーゆーわけでお疲れさん解散!》
神の使いのひよこはクルクル回りながら宣言する。怪獣討伐レイドバトルの終了を。
するとハイジの体が光放ち始めた。体内のクリスタルが分解され、放出される光だ。すなわちロスタイムが終了しての寿命切れ、ゲームオーバー。
《右手首のタイマーがゼロになったらドカンって言ったろ。オレサマに嘘はねぇ。テメーラよーく見とけよ》
てんせーくんは相変わらず意地悪く言う。
《まぁなんだ、最後の最後にハイジも引っ張り出せて盛り上がったんじゃねーのか満足だろうよ神様は》
「貴方神の使いの癖に曖昧なことを言いますのね」
《寝言はテメーだぜ。オレサマは神じゃなくてただの神の使いだし、何に対しても傍観者でしかねーんだよ。さぁ今の内に感動の別れでも済ませとけ》
「誰が誰と!」
「ハイジ、最後にキツイ仕事を押し付けてしまいましたね」
「ちょっとナナ、もう……ナナは甘いですわ。今までの職務放棄分はキッチリ働いてもらわないと。これで終わりとか許しませんわ。嫌ならせめてクリスタルを渡しなさいよ、ワタクシが引き継ぐから!」
セイラは強引にハイジの右腕を引っ張ろうとする、が掴んだ瞬間ぐにゅっと変形して、溶けた。刻まれた寿命0の数字は有耶無耶になったが、最早転士としての形を維持できないのは火を見るより明らかだった。
ハイジは申し訳なさそうに俯いて、溶けていく自分の腕をじっと見た。まるで全身から涙を流しているような感覚がある。
「ごめん、セイラ。これは私の咎。誰にも背負わせられない」
「ああそう!」
「やっと納得できる……ビルケナウの収容所に戻っても、この世界でたくさんの命を奪ったんだから、処分されるべき罪人なんだって納得できる。だから変に思うかもだけど、むしろちょっと安心だから」
「はぁ。相変わらず世迷言となると途端に饒舌になるわね貴方。そうそうこういうお莫迦さんでしたわ。あのねぇ、私達は生きる限り多かれ少なかれ罪を犯す生物だし、それは死ねばチャラになるというものでもありませんわ。けれど生きる限り徳を積めるし積むべきですのよ。もう手遅れでしょうし力づくで貴方をどうにかできないけど……でしたら死んでも肝に銘じなさい!」
「セイラの説教も相変わらずでしょ、ハイジ。本当は貴方に逝ってほしくないんでしょうけど」
「ナナ!」
顔から火を噴くセイラを横に、ナナは崩れかけたハイジの左腕に触れる。感触はただの泥だ。彼女は寂しげな顔をして、
「でもセイラの言うことも一理ありますよ。機会があればまた別の地獄で会いましょう」
「……地獄、かぁ。どこもそうね」
対して眉を八の字に曲げて困ったような笑みを最期に、転士ハイジは消滅した。その光景を目撃した者は皆、一つの時代が終わったのを実感した。
輝かしい八勇者の活躍も、王都の華々しい発展も、その陰で流された者達の血も、全て過ぎ去って荒廃した街を遺す。けれども決して滅びてはいない――
ナナはぐっと拳を握り、腕を掲げた。
「戦いは終わりました! 動ける者は逃げ遅れた民間人の捜索、負傷者の救助を! 火災が広がらぬよう消火をお願いします! 我々はまだ生きています、生きている限り我々の勝利です!」
元帥の号令に呼応して歓声が上がる。ナナはフリークス部隊の者に言って無事な馬を借り、すぐさま全体に伝えようと駆った。
「ではナナ、ワタクシは中央区の方に」
「ええお願いしますセイラ……セイラ? 気の早い」
一瞬にして視界からセイラが消えたのをナナは跳躍道具のせいだと勘違いした。ナナに随伴する一人の兵士が異変に気付く。
「ナナ様!? お体が消え……」
遅れて彼女自身気が付いた。なんと、自分までも消えかけているではないか! 待ってましたとばかりにてんせーくんは語りかける。
《始まったぜ。セカンドステージだ》
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《怪獣討伐レイドバトルはおしまいっつーことで生き残った二十人、んー大分減ったなぁ、にはまた殺し合ってもらうが仕切り直しだ。今からオメーラはバラバラにどっかに転送される。一カ所に固まり過ぎたからな。まぁその分他の奴を探す猶予として72時間プラスのボーナスだぜ。コイツは上限を超えて加算されるから素直に喜びな。じゃあこれからも頑張ってオレサマを楽しませてくれ》
一方的な宣告が二十人の転士の脳裏に響く。その内には意識も絶え絶えなアケミもいた。
「おい、アケミ! アケミ! なぁ返事してくれよアケミィ! なぁワルグリア、アケミは本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫である、多分! 腕が無事なら寿命を確認できるのだが」
アケミの体を揺らすムゥムゥとその後ろで仁王立ちするワルグリアの声もまた聞こえてくる。けれど彼女はまともに返事することが出来ない。頭の中ではしているつもりでも、声にならない。呼吸に精一杯で。
「しかしまずいのである、ヨミの元に戻らないと……すまない、ここでさらばだ」
ワルグリアはぐっと顔を近づけては爛々と翡翠色の眼を輝かせ、
「次、次こそは一戦交えよう。その日を楽しみにしている!」
相も変わらず好き放題言って、慌ただしく立ち去った。しかし途中相棒と再会すること叶わず、どこかへと消えてしまった。
「……ムゥ……タ……を」
「アケミ!?」
「タカノ、を……」
ようやくアケミは口に出せた。ワルグリアの言葉を聞いて、彼女も焦る――今すぐにでもタカノに会わなければ!
でなければ一生会えないような悪い予感がする。気が狂いそうになる。生死の境を彷徨って一層強く求めるアケミ。何と言ってもアケミの魂がこの世界に執着するのは、全てタカノの存在に惹かれるが為なのだから。
――タカノに会いたい。会って伝えたい。ただキミの傍にいることだけがボクの望み、と。
「ああ、タカノを探しに行くんだろ! あたいに任せて、行きたいとこにつれてってやるから! どこまでもついてってやるよ」
「あり、がと……」
背中を差し出すムゥムゥに甘えてアケミはしがみつく。片腕で不安定なのをムゥムゥの方からしっかり押さえた。
スナフからタカノの居場所を教わっているアケミだが、結構な時間が経ってしまってアテには出来ない。結局ムゥムゥの鼻頼りで進む。
事実タカノも場を離れていた。スナフとの取引で押さえつけていた怪獣を突如現れたルーシーが倒してしまった後、いの一番に元の地下壕に戻ろうとした。しかしアケミもムゥムゥも移動した後だと知らない。アケミがラスカルのクリスタルを得たのも知らないのだ。
そして不幸にも見つけてしまう。アケミ本人、ではなく切り離された右腕を。瞬間、タカノはヒィと悲鳴を上げた。確かめる前に悪い方悪い方へ想像が働いて血の毛がさっと引けていく。
「うそ、うそよねアケミちゃん……いやよ……こんなの私嫌だよ……」
蒼い髪より青ざめる顔。恐る恐る近づいて、そっと腕に指を触れる。それだけで心臓はバクバク鳴り、汗も止まらない。けれどタカノは確かめずにはいられない、腕に数字――転士の寿命――が刻まれているかを。それがなければただの気のせいで済む。
では、もしカウントが0などであれば――タカノにはとても耐えられない。
一瞬の躊躇。その一瞬の内にアケミの物らしき腕は霧散した。
「えっ……」
間抜けな声が漏れる。目を丸くするタカノ。彼女には見分けが付かなかった――アケミが腕ごと転送されたのか、それともタイムオーバーで元の世界に返還されたのか。
――悪い方悪い方へ、想像が働く。
「いやああああああああああああああああああああああああああ!!」
「いっ今の声、タカノ!?」
タカノの絶叫をムゥムゥの大きな獣耳は確かに捉えた。と同時に背中が軽くなっていることに気付く。
「あれ、アケミ? なんで、どこいったんだよアケミ!」
ムゥムゥの声を聞く前に、タカノも消失した。
転士も怪獣もいなくなった廃墟に夜の静寂が訪れる。しかし世界は終わらない。夜が明ければ新しい一日が始まる。それは誰にも等しく訪れる。クリスタリカの人間にも、怪人と呼ばれるヴァルヴァーネにも、アケミとタカノにも。生きている限り――
戦う運命にあった。
故に物語は続く。二人に関して語るべき物事は未だ尽きぬ。
13
「ここは、どこ……」
見渡せば一面見知らぬ風景の中に、彼女はいた。透き通るように淡い髪を不規則に伸ばし、顔の半分は隠れている少女。地味な服は行き交う人々と大差なく、西欧風の街並みに馴染む。小奇麗で煉瓦も新しいのに、妙にレトロな街だ。少なくともクリスタリカの王都ではない。あまりにゆったりとした雰囲気で突然現れた娘を拒むことなく、誰も気にすることがない。ここに限らず、存在感の希薄な彼女はどこでだって埋没した。
もっともそういう裏技を持っているからである。序列四十一位、転士ルーシー、気配遮断。その力を使って世界との関わりを絶ってきた。元々そういう生き方しかできない人間故。
けれどそれでいいとは彼女も思わない。でなければ異世界転生を望んだりはしなかっただろう。ただ中々一歩踏み出す勇気がなかった――今の今までは。
たった先程、転士タカノが怪獣に襲われていると勘違いして彼女を助けようと手を出した。そのお蔭で幸か不幸か、ルーシーは怪獣討伐レイドバトルの優勝者として神からチートをもう一つ授かった。
――それがあまりにも恐ろしく、手に余る代物だったが。
今まで通り人を避けていれば問題ではないだろう。そう思って気配遮断を発揮しようとした時――ルーシーは視線に気づいた。目が合って、蛇に睨まれた蛙のように固まった。
相手もずっとルーシーを凝視している。彼女が目を合わせる前からずっと。そのなりは対照的に異様。まず身長が二メートルを超えているし、肌に身に付けている金属は装飾品というより肌そのものと言えるくらい密着していてサイボーグのようだ。著しく人間らしさが欠如している。精々二人に共通点があるとしたら、片目が髪に隠れていることくらい。
そいつはカツカツと不気味な足音を立てながら、まっすぐ近づいてくる。息を呑むルーシー。巨女は五十センチは小さい生娘を飲み込まんと、舌を出した。
「ねぇ、バラバラにするという話だったのに、同じ場所に転送しては意味ないんじゃない」
《マジでランダムだからしゃあねーだろ、たまたまだぜ。これも運命って奴だと思っとけ》
頭上で繰り広げられる会話にルーシーは一層萎縮する。相手は間違いなく転士だとわかったのだから。
「運命、ね」
序列十三位、モルガンは屈んで目線を合わせ、逃れんとするルーシーを釘付けにする。
「転士と転士は惹かれ合う。そう思わない? ルーシー」
その殺し文句にルーシーは堕ちた。この距離で名前を呼ばれたのなんて、前世含めて初めてだったのだから。
そして一歩、踏み出した足を思いっきり踏み外した――
第一部『王都動乱』了
第二部『旧都崩壊』につづく




