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第十話「大怪獣・王都大決戦」(中)

 八勇者マルコの帰還と時同じくして――

 王都各所にある公園はこうした有事の際に避難場所として機能していた。更にいざとなれば地下遺構に逃げ込めるよう整備されている。


「助けてくださってありがとうございます、オーレリィ様」


 火炎地獄を掻き分けて歩く人の群れは、先頭に向かってしきりに拝んだ。傍らの炎は強まる一方で今にも集団を飲み込まんとするが、見えない壁に隔たれて弾かれる。民を導く聖女の賜物だ。

 オーレリィは怪獣ギメラが王都に襲来した際即タカノを諦めて迎撃に向かうも、途中避難民を熱線から守って今も彼らを安全な場所へと逃がしていた。どちらもテンキの命令ではなく、自身の意思で。もし彼女が絶対勅命(コントローラー)によって縛られていたら、テンキによる指示変更なくして動けなかっただろう。

 あの方なら目先の民を切り捨てられただろう、怪獣を倒すという大目的の為ならば――オーレリィは想像して対比する。そこまで割り切れない自分と、最大の敵である主との差を。

 世の為に全ての転士を消し去る。目指すところは同じ故、オーレリィはテンキに従属してきた。けれど彼女は「全ての転士」に主をも含めていた。むしろ人の心を支配し、容赦なく切り捨てていくあの妖姫だけは倒さねばならない! けれど今の今に至るまで裏切れていない自分に不安を感じるのだった。

 ――勝てるのか? あの方の決断力に。


「オーレリィ様お願い、あいつをやっつけて」


 取り囲む子供達が懇願する。一瞬テンキのことかと思うがすぐ怪獣のことだと思い直し、オーレリィは額に手を置く。今はテンキに気を取られている場合ではない、まずは大怪獣を退けるのが先だというのに――


「オーレリィ様、後は我々だけで何とかします。貴方様は怪獣の下へ向かってください」


 子供達の親らしき大人が言う。自分達がオーレリィの足枷になっているのではないかと心配して。


「まだこの辺りは危険だ。我々転士には国民を守る義務がある」

「なればこそ、一刻も早く怪獣を」

「……わかった」


 オーレリィは不安げな幼子の頭を撫で、


「大丈夫だ。必ずや都に平和を取り戻すと約束しよう。バロン!」


 草笛を吹くやいなや、彼女の愛馬が駆け寄る。白を基調とする聖女とは対称的に黒の毛並みが美しく映える。

 手綱を握れば目の不自由なオーレリィを導くように避難民の集団を離れ、炎の中に飛び込んでいく。バロンは猛馬か、否、並の老馬に過ぎない。けれど長年付き添う主に対する信頼は絶大だ。オーレリィもその思いに応え、四次元壁ディメンジョンシールドによって空にチューブ形の道を作ってやる。家屋を飛び越え最短距離を往く道を。

 生憎オーレリィには見えぬし届かないが、目の前で大怪獣ギメラが青い血飛沫を降らせた。蛇のように伸びた頭から。マルコハンマーの直撃だ。

 のた打ち回りながら殻に戻ろうとするギメラの頭部を追うマルコ。それを邪魔せんと火を噴くギメラ。マルコが跳んですぐのタイミングに合わせてトゥーラの重力が怪獣の首を抑えつける。

 燃え盛る地面を見下ろし、振り下ろされるマルコハンマー。だが重たい首を引き摺ってでもギメラは逃げる。殻に篭る。この装甲は百万馬力(マキシマムパワー)を以てしてでも撃ち抜けない。


「ったくかってぇ~! けど生身に当てりゃダメージ通るな、モグラ叩きって奴かにゃーこりゃ」


 巨大怪獣の亀みたいな背中を滑り降り、マルコは溜息と共に着地する。砕けた殻の一部は意思を持ったかのように小さな勇者を追尾。その上かつてグソクムシの節足があった部分から骨を生やしてはミサイルのように飛ばす。全力でマルコを遠ざけんと。大半は当たらず直撃コースの弾はマルコハンマーによって打ち返されるのだが。


「怪獣め、これだけの負荷を与えながらまだ!」

「んー、いや、逆だトゥーラ。ちょいとあいつを軽くしてやれ」

「どういうことですマルコ様」


 おもむろにマルコはポケットからコインを取り出し、トスしてみせる。


「……了解!」


 意味を察したトゥーラは怪獣周辺の重力を強めるのではなくむしろ二分の一、三分の一と弱めていく。今まで地面にへばりついていたギメラは四本の足で立つ。狙い通りに。

 弾幕を掻い潜り足元に潜りこむマルコ。これを踏み潰そうと足を上げたギメラだが、体が軽くなったからといってマルコの剛腕を軽んじるのは早計だったろう。


「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇいいいい!」


 彼女は蟻などではなく、クリスタルの転士だ。百万馬力は大怪獣の足を持ち上げるどころか突き飛ばす。全長50メートルの亀が引っくり返る。尋常でない轟音と土煙を立てて。ただでさえ廃墟と化していた一帯は甲羅に押しつぶされ、真っ平らの更地どころかクレーターと化した。

 遠目でも怪獣が宙を舞ったのは見える。すぐさま各地で歓声が沸き起こった。流石は転士様だ、伝説の八勇者様だ――その中でも度々誰が最強か、という議論を大衆は好んでしたが、無敵のハイジは別格としてマルコもまた根強い人気があった。攻撃力なら間違いなく一番と。


「はぁ、はぁ、フルパワーがこれ程とは。加減を間違えたらヤバいわ」


 小さな大英雄は汗の伝う細腕を見つめる。彼女にとって「剛腕」という賞賛はあまりに恐ろしかった。その破壊力は大事なモノまで巻きこみかねない。前世で作っていた数々の兵器のように。強すぎる力を無邪気に振るえる程無神経ではいられず、一見自由人でありながら常に己自身に束縛され、あてのない旅という形で人を避け続けてきた。

 その旅もこれで終わる。大きく息を吐いて、マルコは終着点の形をした怪獣を見据える。


「さて、腹を見せたな。割って話そうじゃないか、よぅ!」


 トゥーラの反重力のアシストを受け、空高く跳び上がるマルコ。鈍器で敵の柔らかな部分を押し潰さんとする。

 ところが素早く、ギメラもまた体を丸め始めた。団子状態になって完全に装甲で覆い隠さんと。そうなればマルコハンマーも通らない。

 先にマルコが隙間に潜りこむが、このままでは彼女の小さな体など押し潰されてしまう。が、実際そうはならなかった。 何やら透明な仕切りに遮られ、ギメラの体は半開きで硬直する――オーレリィの四次元壁!

 愛馬を駆るクリスタリカ最強の盾はようやく射程内に敵を収めた。


「往け、マルコ」

「逝っちまいなぁぁぁぁ!」


 クリスタリカ最強の矛がついぞ、会心の一撃を食らわせる。とてつもない衝撃がマルコハンマーを基点に巨体を駆け巡り、青い液体を細胞という細胞から噴出させた。勢い止まらぬマルコは逆に沈み込む、抉れた肉の内側へと。怪獣はそれっきり動かなくなった。


「やった……やったんだ……」


 トゥーラも全身から力が抜けていくようだった。よく通る馬の鳴き声を聞いて振り返ればハッと、毅然とした体勢を取り戻す。


「オーレリィ様」

「トゥーラ、か」


 十年ぶりの後輩の顔をオーレリィは確認できない。目に映るのはぼんやりとした白いもや――混沌――でしかない。

 だけに、異変に気付く。大怪獣ギメラを表す巨大な混沌の塊が、一瞬にして細かく滲んで分かたれたのを。


「なんだ……?」


 オーレリィと同じ言葉をマルコも発する。怪獣の体内で無数に煌めく、目の光を目撃して。


《我、理解セリ……》

「声!? 頭に直接、ひよこちゃんじゃない……お前!」

《個体ガ進化ヲ続ケテモ下等ナハズノ人間ニ敵ワズ、何故カ? 人間ハ群体故》


 こともあろうに怪獣が喋りかけてきた! 今の今まで、クリスタリカの長い歴史の中で怪獣と意思疎通をかわした記録は一つだってない。古代文献でさえ発掘された限りでは。


《潰シテモ潰シテモ多スギテ漏レル個ガ繁殖シ、再ビ群トナル。我ガ強クナル以上ニ。力有ル個モ増エテ群ヲ成ス》

「いやーまさか喋れるとはねぇ~マルコ感激。で、何が言いたいのさ。一応聞いてやっから、トドメの前に」


 ハンマーを握り直すマルコ。ギメラは、いやギメラ達は、回答を行動で示す。

 怪獣特有の変形能力が極まって、体内で個から群へと分裂した! その数の暴力が一斉に一人の転士を覆う。いかに猛威を振るうマルコといえどそれこそあくまで個の強さ。身動きを封じられ多勢に無勢、もみくちゃにされ、グチャグチャに、彼女が潰した肉と彼女自身が混ざり合った。

 空気が一変する。

 引っくり返ったまま巨獣の殻がはじけ飛んだ。周囲に広がる前にオーレリィが四次元壁で閉じ込め、最後の足掻きを封じた――かのように見えたのも一瞬、結界の外側の土が隆起し、中から大量の怪獣が現れた!

 人間の子供くらいの大きさ、四肢が長くスリムな分醜く膨らんだ腹が目立つ、ちょうど餓鬼草子に描かれる餓鬼のよう。見た目通りラス・ボス級と比べたら低級もいいところだろう。が問題は百も二百も湧いて出てきたところだ。


「そんな……トロイの木馬だとでも!」

「くっ、私とトゥーラだけでは」


 重力と結界が怪獣の群れを縛りつけるがキリがない。四方八方に散らばり、何体も何体も街に雪崩れ込んでいく。逃げ足だけは異常に速い。もう手が届かない。オーレリィは唇を噛む。

 その時突如爆発が起こり、ギメラの子の一部を消し飛ばした。セイラの増援だ。


「来てみれば何ですのこれは! オーレリィ!」

「セイラか、見てわからないか!」

「わかりますわよ! 大変なことくらい!」


 愛馬に乗り込むオーレリィに詰め寄って怒鳴る。セイラの気位の高さはいつも通りだがそれどころではないのは彼女とて瞬時に理解する。


「街中で爆撃はやめろ。私が奴らを捕まえる。セイラは一刻も早くテンキ様に伝えて、頼む」

「今そうするところでしてよ!」

《その必要はない、私が伝えましょう》

「何よてんせ……いや、この声スナフね!?」


 セイラは驚く。少し距離のあるトゥーラも同様の顔をした。その場にいる三人どころか、ヰト通りを下って中央区が大聖堂へ向かう途中のナナとテンキも聞いた。脳裏に響く、八勇者スナフの声を。


超感応波(テレパスウェイブ)じゃな。いつの間に、抜け目ない奴め」


 テンキは呟く。本体は相変わらず潜んでいて、自分達に怪獣退治をやらせる気だと推察する。しかし渡りに船でもあった。


《ギメラ分裂体、そうですね、ギメリアンとでも呼称しましょうか。その位置は私の目で把握できている。火急の事態につき、転士全員がこの情報を共有すべきでしょう。要望があれば個別に指示を伝えるのも構いません》

「じゃあさっさと教えなさいよ!」


 スナフの千里眼中(レーダーアイ)は王都に広がるギメラの群をあまさず捉え、他の転士から奪ったテレパシーのチートでリークする。縛りつけている個体を全て処分した後、オーレリィ・セイラ・トゥーラは残りを追って三方に散った。


「ふむ。指揮権は我に委ねるのか。お互い信用できんだろう」

《ええ、けれど国を救いたいという思いも同じでしょう。賢者ヰトよ》


 テンキの独り言を拾い、個別に話しかけるスナフ。


「よう悟る奴じゃ。早めに殺しておくべきだったわ」

《私の目を完璧に引き継げなければ、大惨事では?》


 嫌らしいことばかり言う、とテンキは舌打ちする。すでに十分大惨事だ。今まで点で攻めるだけの怪獣が面で攻めてくるのだから。


「すみませんテンキ様、一旦自宅に戻っても」

「アレを取りに行くか。構わん、魔弾のナナを奴らに思い知らせてやれ」

「はい。そちらも御武運を」


 テンキを乗せた馬車と並行して走るナナの馬が列から離れる。彼女の邸宅、正確にはその敷地内にある武器庫、は目的地と同じく中央区にあるが、幾分距離が離れていた。今となっては一刻の猶予もない。

 誰一人、マルコの死を惜しむ余裕さえなかった。



 夕日が巨大な骸に隠れる。その陰に邪悪なる者は蠢き、這いずり回る。

 大怪獣ギメラから生まれた餓鬼ギメリアン共は王都の四方八方に伝播した。狼のように駆け、猿のように器用な手を使い、民家に押し入っては人を食らう。彼らを突き動かすのはただ暴力衝動のみ。進化すれば理性的になるとは限らない、むしろ攻撃本能をより引き出す。それ以外は不要。故に彼らは知らぬ。あくなき飢えと渇きを赤い血で満たすことしか知らぬ。


「うわああああ!」


 北東区外へと避難中の住民を守ろうと撃つ警官だが、何しろ素早いもので当たらない。勇敢な者、仕事熱心な者ほど死んでいく。そして残った武器も持たない子供老人を蹂躙する。木霊する悲鳴。それももう、北東区のみならず、隣接する北区・中央区・東区からも聞こえてくる。

 ――こんなことが許されていいのか。怒りの声もまだ、途絶えてはいない!


「やめろォ! やった、当たったぞ!」


 若い警官が一人、一体のギメリアンの頭部を撃ち抜いた。日頃の彼は不真面目な勤務態度であったが、好きな射撃訓練だけは欠かさなかった自分に感謝を覚えた。がやはり根は怠惰だったのだろう、次弾を込めずに喜び浮足立ったのは。

 ぬか喜びだ。頭を撃たれたくらいで倒れる怪獣ではなかった! ギメリアンはすぐさま反撃の手を伸ばす、腰を抜かすうっかり者に向かって真っすぐ。


「か、堪忍してつかぁさい!」

「大丈夫だ」


 凛とした声を傍で聞いて、青年刑事は恐る恐る顔を隠す手を解く。すると間一髪、目の前でギメリアンが止まっているではないか! 正確には閉じ込められている、四方を見えない仕切りに。


「転士様……オーレリィ様! 本物ですか!?」


 白銀の美しい髪がふわりと横切る。八勇者オーレリィは警官が落としたリボルバーを拾い、四次元壁に小さな穴を開けて銃口を中に通した。


「さて、お前の弱点はここか? ここか?」


 冷徹に引き金を引く。上から下へ。頭を撃ち抜かれても動いたギメリアンだが、出っ張った腹を撃たれた瞬間膝から崩れ落ちた。赤い内臓に青い血を巻き散らかして、次元の壁がクッキリ可視化される――盲人のオーレリィを除いて。


「スナフ、見ているか? 腹に手応えがある」

《でしょうね、頭はフェイクでその分体の中央に器官を詰め込んでいると予想は付いていました。貴方は近づいて確かめなければいけなかったでしょうが……》


 この期に及んで揺さぶりをかけてみるスナフをオーレリィは無視して、


「後何体いる?」

《転士全員に次ぐ。怪獣ギメリアンの急所は腹部です。腹部を狙ってください。残り四十八体、皆の健闘を祈ります》

《見事全滅させた奴にクリスタルを進呈だ。テメーラ精々頑張れよ!》


 超感応波によるスナフの全体アナウンスに加え、てんせーくんが煽り立てる。全く神というのはいやらしいとスナフは思った。

 全滅させる、ということは最後の一体を倒すということと解釈できる。撃破数が多い者、というわけではないのがミソだ。とどのつまり最後の一体だけ倒せばいいと漁夫の利のみ狙う転士も当然いて、足並みが揃わなくなる。スナフがそれを危惧するのは彼女自身賞品を狙っていることの裏返しである。


「スナフの奴、どうせワタクシ達をいいように使うだけ使って自分だけ利を貪る気ですわ! 全く!」


 セイラは毒づきながら中央区を跳ね回る。敵を追い立てる、無限に精製されるマスケット銃を撃っては使い捨て。跳躍道具(ワープアイテム)を駆使し生身でギメリアンのスピードと渡り合う様は人間離れしている。もっとも銃の腕前は人並みで当たらないが。

 無理に当てる必要もない――それは別の勇者の役割だ。


「こっち追い込んだわよ、ナナ!」

「いつも助かります……捉えた」


 避難民の列はすれ違う、彼らを守るように走る馬車の上、威風堂々仁王立ちするナナと。この魔弾の射手は必殺兵器を構える。それは銃と呼ぶにはあまりに悪魔めいて物々しい鉄の扇、二十連発斉発銃。愛称――


「乱れ咲け、クニトモザクラ」


 視界に収めた四体のギメリアンに総勢二十発もの弾丸を浴びせる。驚異的な動体視力と脚力でもってかわそうとする悪鬼達だが、ナナの百発百中(ノーミスショット)が逃すはずもない。悉く撃たれ討ち取られ、季節外れの青い桜を咲かせた。


「ナナ先生、御見事!」


 馬車の専属御者がすかさず褒める。見物人の歓声も上がった。これが八勇者なのだ――相手がラス・ボス級ならともかく、ソルジャー級相当ならば星の数ほど倒してきた英雄の実力!


「さて次のポイントに向かいます。その間スペアを増やしておきたいのですが……スナフ、私の位置をセイラに教え」

《その必要はありません》

「ったくどいつもこいつも、引っ張りだこですこと!」

「ちょっ、セイラ!?」


 合流を計る間もなく、セイラの方からワープして馬車に飛び乗るも勢い余って押し倒されるナナ。馬乗りとは言い得て妙だろう。

 ナナが呆気にとられている内にセイラは無限複製(エンドレスコピー)で全弾装填済みのクニトモザクラ予備を三丁四丁と増やす。傲岸不遜な性格はともかく、能力自体はサポート向きで誰かと組んで真に効果を発揮するチートだ。


「とりあえず足ります? これ以上は重量オーバーでしょ」

「ええ、またお願いしますよ」

「はぁ? ウンザリですわ」

「皆貴方を頼っているんですよ、セイラ」

「そんな風におだてても、何も出ませんのよ!」


 突き放した物言いで建物の屋根に飛び移るセイラ。気恥ずかしさを隠そうとも顔は明らかに赤い。ナナは同僚の扱い方をよく心得ていた。スナフも同様。

 大方このコンビとオーレリィに任せておけば大半のギメリアンは狩ってくれるだろう――スナフの千里眼中(レーダーアイ)は冷静に戦局を眺める。勇者達の親玉テンキに注目すれば、ちょうど中央大聖堂広場で衆目にその身を晒していた。隣に傀儡の王を携えて。

 命からがら逃げてきた避難民でごった返す場。荘厳な大聖堂をバックに近衛兵が立ち並び、可憐な幼女を舞台へ運ぶ。

 人々の第一印象は概ね困惑。高貴な身なりなのはわかるが誰? だ。何しろ生まれてこの方人前に出たことがない深窓の令嬢、という設定なのだから。よって彼女の第一声は自己紹介から始まる。


「私は第五王妃のテンキです」

「王妃様? 子供じゃないか」

「やっぱ新聞の通りだったんだ……王様は少女性愛(ロリコン)だって」


 ざわざわと雑音が波立つ。それを掻き消すようなよく通る声で、テンキは喉を震わせる。訴えかける。


「皆さん、此度は大変辛い目に遭われたことでしょう。ここに辿り着くまで多くの苦難があったでしょう。大事な物を、愛しい人を失って……それは私達も皆さんと同じです! 昨日お話をした方が、あの炎に飲み込まれてもういません。もう会えません。とても悲しくて、胸が痛みます。この痛みに、悲しみに! 王族だろうと貴族だろうと平民だろうと! 違いなどないのです。国民の皆さんの苦しみは、我が身のように苦しいです」


 いたいけな幼子の痛々しい姿に人々は心を揺り動かされる。小さな見た目を活かした演技と生来のカリスマとが相まって惹きつける。吸い込んでいく、金色の瞳へと。


「帰る家もなく、皆さんが不安でいっぱいなのはわかります。ですが、どうか落ち着いて、陛下の言葉を聞いてください! 陛下を信じて、陛下の導きのままに行動してください! さすればこの苦難、きっと乗り越えられると信じています! どうか陛下の言葉に耳を傾けてください、お願いします!」


 お願いなどとは生温い、絶対勅命。そこでタイミングよく現クリスタリカ国王が登壇。全ては計算通りに。おかげで日頃頼りない彼でもバイアスがかかって威厳ある風に見える。


「諸君、この栄えあるクリスタリカ始まって以来の危機である! 正直なところ、余一人では怪獣を倒すことはできない、それは賢明な諸君の方がよくわかっていよう! よって今まで余は転士の助けを求めてきた。今も彼らはよく戦ってくれている! しかし今回ばかりは彼らだけで足りない! この国を救うには足りない! ではどうすれば足りるか、どうすれば救えるか……それは余や諸君一人一人の力を合わせることである!」


 太平王は台本を読み上げながら、拳を高く掲げる。それにつられた周囲の高揚感にあてられて、彼自身ますます熱が入る――まるで自分が指導者とでも錯覚して。


「この国を築き上げたのは余や転士だけではない、そなたら兄弟達である! だからどうか、余に力を貸してほしい! 余と共に戦ってほしい! 武器を持てる者は持ち、そなたらの愛する人を守れ! 家族や友を脅かす敵を迎え撃て! クリスタリカ万歳!!」

「クリスタリカ万歳! クリスタリカ万歳!」


 大きな歓声が上がる。辺りはすっかり熱気に包まれた。若者は使命感に溢れ、老人はかつての旧都奪還戦の昂りを思い出す。もっとも当時から真の王は一貫してテンキことヰトで、手慣れたものだ。

 軍の主力を失った分民間人を動員して数合わせにするのが主目的。ただそれだけなら絶対勅命のチートで何とでもなる。なのにわざわざ毎度王に演説させるのは、啓蒙君主を通じてゆくゆくは国民国家を実現させたいという意図による。戦場にわざわざ一般人を投入するのだって、転士に頼らず彼ら自身が国を守るという意識を持たせる狙いがあった。

 ただ一連の流れを眺めていたスナフには薄ら寒くしか感じられない。どうせ彼らは囮や鉄砲玉として使い捨てられるだけだと思えば。とはいえテンキの人心掌握術には目を見張る。


「戦力は多ければ多いほど良い……この際貴方のあくどさには目を瞑りましょう。そんなことより」


 聞かれたくない独り言はテレパシーを切って口にするスナフ。テンキ一派のみならず、景品に釣られて他の転士も続々と参戦するのが目に見えている。最早怪獣殲滅は時間の問題だろう。

 スナフにとっては、このボーナスゲーム中いかに今後有利になるよう立ち回るかの方が大事だった。何しろ神の使いてんせーくんが言うにはあくまで「一時中断」なのだ。四十八転士の生き残りをかけたバトルロイヤルは決してなくならない。むしろここらでテンキ達の牙城を崩さねば、勝機は巡ってこない。

 真っ先に怪獣出現の報をトゥーラに伝えたのも布石の一つだった。スナフは貪欲に欲する、八勇者に対抗しうる駒を。

 ――そのトゥーラの動きが、何やらおかしい。

 ギメリアンを追っていたはずが立ち止まってブツブツ言っている。するといきなり方向転換するではないか。


《……ティア、ですか? こんな時にどうしたのですトゥーラ》


 お得意の読唇術で彼女の言葉を読み取り、そのまま疑問とするスナフ。顔も注視すれば血相を変えて、クールな転士トゥーラらしくないのが気にかかる。


「……おかしい、そんなはずないのに、でも確かに」

《どうしたのですトゥーラ》

「スナフ様、ティアだ! ティアがいるんです!」


 すっかり取り乱しているトゥーラに呆れつつ、スナフは彼女の目線を追った。すると誘うように路地の裏へ裏へ入る、フードで顔を隠したいかにも怪しげな人物が目に留まる。素顔を覗き見て、スナフも驚く。

 ――似ている。

 確かに今は亡き第十位ティアに。虹色に輝く髪は隠そうとも隠しきれない。けれどもスナフが驚いたのはたんに死人そっくりの者がいた、ということにあらず。そっくりなのは状況だった。

 十年前、西方に現れたラス・ボス級怪獣に食い殺されたティアと酷似する者の出現。そして今、ギメリアンの中にも先程殺されたマルコを模した個体が混じっているのだ!

 その情報はまだテンキやオーレリィには渡していない。不確定要素が多く人に伝えるどころか仮説を立てる段階にもないというのがスナフの判断。だがここにきてトゥーラの証言が示す――転士が他の転士のクリスタルを奪うことで相手の特性を奪えるようなケースが怪獣にも当てはまる可能性を。


《トゥーラ》

「すみません、今はそれどころではないというのはわかって」

《いえ、貴方の気持ちは理解できます。彼女を追って構いません。オーレリィらには私の方で隠しておきましょう》

「……この恩は必ず!」


 トゥーラの性格ならば熟知しているので、律儀に借りを返すことを見込んで自由にさせてやるスナフ。それに彼女としてもティアらしきものの正体を知りたかった――そいつが怪獣の擬態か、そうでないかを。

 思えばギメラの熱線は飲み込んだフレイの灼熱地獄の応用と言えなくもない。怪獣には変形能力があるからチート能力のみならず外見まで元の転士の影響を受けるかもしれない。そうだとしたら対怪獣戦術が根底から崩れ去ってしまう由々しき事態――倒された転士の力が敵の手に渡る、更には食った転士のふりをして紛れ込んでいる怪獣さえいるかもしれないのだ。今この時すでに!


「……というのは些か飛躍した発想、かしら」


 常に最悪の状況をスナフは考えるが、現状精神疾患を拗らせたトゥーラの見間違いとする方がずっと自然だとも思う。第一ティアを殺した怪獣は退治しているはずなのだ。ただこの件はさておいてもマルコに似たギメリアンの一体は看過できない問題だった。

 見た目だけならまだしも百万馬力のチートまで有するなら、並の転士では止められない。八勇者クラスでようやく対抗できよう。とはいえ素直にオーレリィやナナをぶつけていいものかとスナフは躊躇いを起こす。欲が出てきた。テンキ側にこの怪獣を渡したくない、出来れば自分の目で十分見極め有用な情報は手の内に収めたい、という欲が。

 広く見えすぎるが為、次々と目移りしていく狭量な隠者。トゥーラ以外にも駒の候補ならいる――スナフは三人の転士をじっと見つめる。

 一人は、八勇者ネロから異形を受け継いだ青い髪の乙女。

 一人は、たった今地下で目覚めたばかりの赤い髪の乙女。

 そして、もう一人は顔馴染みの――



 オーレリィの四次元壁の射程外に出たことで解放されたタカノは、混迷の王都を駆け抜けていた――無論、アケミの下を目指して。

 今となっては彼女を延命する為のクリスタルなど探している場合ではない。怪獣ギメラとギメリアンの侵攻でしっちゃかめっちゃかな状況の中だ。ただタカノは会いたかった、もう一度大切な人に。

 中央区へ入るなり広がる惨状にタカノは心を痛める。更に北東区に近づけば近づくほど景色は炎の赤と灰色とで二極化する。ギメラの熱線が通ったところは黒い大通りになっていて、死体なのか何なのかもよくわからない炭が転がっているばかり。先日のゲットーを経験しているからこそ、桁違いの規模に震えが止まらなくなる。

 ――キミは優しいから。アケミの言葉が脳裏に響く。


「違うよアケミちゃん、怖いだけだよ。君がこうなっちゃうのが怖くて、今も素通りしてるじゃない」


 タカノは自己嫌悪しながら走る。下半身を駿馬の四足にして。

 五体改造(ボディチェンジャー)の調整が疲労で上手くできない。この中途半端な姿はすれ違う人々を怪獣ではないかと恐れさせた。けれどなりふり構っていられない。心も体も前のめりになる。

 つい、足がほつれて横転した。挫いた足がジンと痛む。タカノは一瞬死んで蘇生した方が早いかどうかを考えるも、そんな自分がなお嫌になる。ゆっくりだが新しい足を生やし、立ち上がった。


「ハァハァ、ねぇてんせーくん、アケミちゃんは無事なの? ねぇ」

《さっきからしつけーなー自分で確かめろっつー》

「……じゃあ、その怪獣を倒したらくれるっていうクリスタル、私が貰ったらアケミちゃんにあげることって出来ない?」

《テメーのクリスタルと同化したのをやりゃあいいぜ。まぁそうする気があるならとっくにしてただろーがな、出来ねーよなぁ! プックククク……》


 てんせーくんの態度は極めて辛辣だが、タカノには返す言葉もない。見透かされている――ただアケミを生かしたいという献身ではなく、自分がアケミと共に生きたい、アケミが欲しいという我欲に突き動かされていると。

 その為には他の全てを犠牲にする覚悟でいた。いたはずだった。

 大きな人の流れを避けて東区に入った途端、怪獣に追われる親子を目撃した。

 小さな子供を抱えて母親は必死に馬車を走らせる。しかし一向にギメリアンを引き離せない。命の危機が迫っているせいもあるが何かの病気だろう、母子ともに顔が真っ赤で子供の方は随分ぐったりしている。そのせいで逃げ遅れたらしかった。

 哀れな病人はかすれた声で助けを求める。が誰も応えない。この辺りにタカノ以外の転士がいないことはオーレリィ達とまた出くわすのを避けてきたタカノが誰よりも知る。

 ――自分とは関係ない。見なかったことにしよう。

 なんて、出来るタカノではない。有無を言わせない。向こうからタカノの存在に気付き、新手の怪獣と勘違いして反転する。その数秒のロスは確実に響く。ギメリアンは一気に母子との距離を詰める。無力な彼らにはどうすることも出来ない

 タカノに迫る選択肢は二つに一つ。アケミを優先して見殺しにするか、助けてアケミを放置するか。

 ふと脳裏に過ぎるは、ゲットーで爆炎に消えた耳長族(ルフ・エイン)の親子。


「ごめんなさい」


 下半身だけ馬の化物は母子の馬車とすれ違う。上半身は熊のように変貌し、そして続けざまに襲い来る餓鬼の腹部に爪を突き立てた。出っ張った怪獣の腹が風船のようにパーンと割れ、臓物を巻き散らかす。怪物を倒した怪物の上半身は人の姿に戻り、その蒼い髪より青く染まった手をじっと見る。

 ねっとりとした恐ろしい感覚が手から全身に広がって、タカノは身震いした。覚悟していたはずなのに、生き物を殺すということがこんなにもおぞましいなんて! 過去のトラウマがここぞとばかりにフラッシュバック。せり上がる吐き気と共に。

 けれどもアケミはこの感覚を何度も味わっていたはずだ――そういう役を相方に押し付けてしまっていたことを申し訳なく思うタカノ。加えてアケミと同じ土俵に立てた嬉しさもほんの少し、少しだけは感じてはいた。


「あ、有難うございます……転士様、ですよね」


 助けた相手から感謝の言葉を掛けられ、ハッとタカノは我に返る。


「ありがと、タカノさま」


 子供が熱に浮かされながらも、ハッキリ名前を呼んだ。落ち着いて母子の顔を見てようやく、タカノも思い出す。ちょうど一週間前、てんせーくんに戦いの始まりを告げられる直前に言葉を交わした母子ではないか! 父を亡くした子を励ましてやったのはタカノからすれば些細だが、相手からすれば一生忘れられないことだった。


「それでは私達、行きます。先程も助けてくださって本当に有難うございます」

「待ってください!」


 この辺りはまだ危ない、とタカノは引き留めようとする。放っておけるはずもないのだ。けれど母親は綺麗なお辞儀をして、


「大丈夫です、この車は夫の形見なんです。オンボロですが、きっとこの子を守ってくれますわ。転士様は他の方をお助けください」


 子供も手を振り、危なっかしくも去って行く。

 ちょうどその反対方向から新しい悲鳴が聞こえた。タカノはふぅと深く息を吐いてから、翻った。


「ごめんなさいアケミちゃん、ごめんね。君に誇れるタカノでありたい。自分勝手でごめん」


 彼方へ向かって謝りながらも、タカノは転士としての使命を果たそうとする。


「私は転士タカノ、でしょ」


 その実大層な理由などなく、ただ困っている人を助けたい――それがタカノの行動原理。アケミと初めて出会った頃から変わらず。


《……四十四位、タカノ。聞こえていますか》

「またこの声、スナフ様!?」


 突如スナフに話しかけられる。キョロキョロと見えるはずもない相手を探そうとするタカノの誠実さを嘲笑うかのように、彼女は告げた。


「四十八位、アケミを助けてあげましょうか? 貴方次第で」



 同刻――血の海に沈みこむ、血の色より赤い髪の少女。在るべきはずの右腕を失くして。

 見下ろす少女は失くしたはずの右腕で背後の月さえ霞む眩い光の槍を手に取る。たなびく髪は血の色より淡いが、血の臭いは取れない。

 仮面の外れたラスカルは興奮を隠すように背を向け、夕焼けを染める濃紺に溶け込んでいく。

 神槍グングニルのみならず、右腕まで獲られてしまった。アケミは猛烈な痛みに顔を歪ませる。

 ――これほど痛いなら、薄れゆく意識に身を委ねた方が楽だ。痛い、早く楽になりたい。

 けれど歯を食いしばり、芋虫みたいに地を這う。宝箱から零れて割れた瓶、その中の薬液を左手で掬って傷口に塗りたくる。止血し、身を潜めねば。アケミはまだ諦めきれなかった。たとえどれほど分の悪い賭けであろうと。


「ムゥムゥ、後は頼んだ……」


 クリスタリカと怪獣の全面戦争が佳境に入る中、一人の転士の命を賭した戦いが始まった。

「大怪獣・王都大決戦」(後)につづく

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