閑話 ~思い出のティアと十二志士
1
先帝の時代に転生を果たした十二志士が十三志士と呼ばれたのは、僅か三年の間に過ぎない。普段バラバラに活動してきた彼女達が十人以上揃ったのは、後にも先にも一回だけであった。
旧都ミストリスとクリスタリカ最西端「ジェリコン長城」との中間に位置する宿場町エルディア。その小さなキャンプ地に押し込められた出稼ぎ転士達は夜な夜な騒ぐ。まるで見た目通りの少女みたいに。
「ねぇ~ヤマト~これ作ってほしいんだけどこれ!」
「ハイハイ、今最強の動力を設計してるから邪魔しないでくれん?」
「新しい飛行船の? そんなのよりこっちの方が役に立つし、可及的速やかに必要だってばねぇ。お願い図面だけでも見てよ」
「……クラリスの絵は見てもサッパリだけど。何これ、あーアレ、千歯扱き?」
「違うよどう見たってパスタマシンでーす! パスタパスタイタリアン食べたいでしょ!? ほら、いくら強い兵器があったって動かす人の腹満たさなきゃ動かないよ。これ真理ね」
序列第二十位クラリスがこうしつこく絡むのはよくあることだ。あしらい慣れていないヤマトは困惑して眉を顰める。
そんな二人の転士の間にもう一人割って入る。虹色に輝く髪をなびかせて。
「いいね。僕も欲しいな、パスタマシン」
「ほぅら! ティアたんも賛成だって!」
第十位で先輩に当たるティアが微笑むと、頑固な技術者のヤマトも態度を軟化させて作ってみようと承諾した。
「確かに日々の食事は大事。ですよねクラリス」
「その通りだよそう言おうとしたところだよレニさん! クリスタリカの食事環境をよくしていかなきゃ。遠征が長引くんなら大変だよ、献立考えるのも」
「いつも美味しい料理ありがとうね」
「ふっふーん。まぁ、実益を兼ねた趣味だけどね」
クラリスは「趣味」の部分に少し謙遜を含めた。彼女の料理の腕はクリスタリカの誰もが認めるが、元の世界ではプロとして通用しなかったのが負い目だった。幸いティア達が美味しい美味しいと褒めてくれるので、それほど気を揉まずに済む。
そのやりとりの間にもヤマトはパスタマシンの設計図をさっと書く――どころか瞬間製鉄のチートで試作品を作り出していた。職人芸にまたティアはすごいと褒める。
「大体こんな感じってのは想像つくから、でも捻りのない製麺機だよ」
「全然いい感じよ。でも一工夫するなら……そうだ! 電力で自動化するのはどうかな。エレナに手伝ってもらおう」
ティアが案を出すと、クラリスもヤマトも部屋の隅で読書に耽る同僚を見た。科学者エレナは露骨に嫌な顔をして本に隠れる。とはいえ無駄な足掻きとは彼女とてわかっていた。覗きこむティアと目が合う。
「付かず離れず、一線を越えないのが信条、でしょ? エレナ」
「……そんなこと言えない。貴方の方から飛び越えてくるから」
エレナは溜息混じりに本を畳む。ファンの多いティアには逆らわない、それが面倒事を厭う彼女の信条だ。そうでなくとも天使のような笑顔でお願いと言われたら誰が断れようか。
「全く、はしゃいでいる場合かい! 学生の遠足じゃないんだぞ!」
すると横槍が入る。怒声の主は先程から腕立て伏せを続けていた。しかも片手で。汗だくでなんとも暑苦しい見た目通り、「熱血のフレイ」だ。八勇者ナナと同じく元帥の称号を持ち、此度の行軍指揮で誰よりもピリピリしている。
「あれらの話も怪獣征伐と無関係ではないでしょう。士気にかかわるでなくて?」
エレナの隣の席、ウリンがティーカップを置いて言う。諭すというより厭味ったらしく。直情タイプのフレイと折り合い悪いのは周知の事実である。まぁまぁ、とティアが仲介に入るのもいつも通り。
「……長引くのかしら」
先の言葉を受けてレニは不安げに呟く。別のテーブルにて何やらガリガリペンで書いている転士も堪らず声を上げた。
「大体なんで全員召集なんだ! 耄碌してんじゃないのかね王様は!」
「それ程の事態だろ! やる気あるのかリューミン!」
「やる気も何も私は非戦闘員なんだぞ……なのにモルガンとサタニエは来ないし!」
筋トレを続けながら怒るフレイに負けじとリューミンも言い返す。今すぐ帰って演劇の台本執筆に集中したいのが正直なところだったが、その通りに言えば焼き尽くされかねない。ので、いないメンバーに矛先を逸らすのが狙いだ。
「戦力外のサタニエはともかくモルガンめ、遺跡発掘にご執心で無視決めよって、大体団体行動出来なさすぎるあいつ!」
ティアを除き一同頷く。容易く誘導されるフレイを単細胞と内心冷笑するウリンさえ、これには全く同意した。誰もが一度は興味本位でしか動かない問題児に翻弄され、骨を折ったことがあるのだから。
「旧都地下遺構の調査は王様のお墨付きだし、それも大事なことだよ。サタニエは費用出してくれてるし、皆それぞれ得意分野で頑張ってる。ねっ」
「私も本業は作家なんですけど……」
「役得だねぇ」
リューミンに続いて建築家のロカイユも羨ましげに言う。何とかフォローしようとするティアだが流石に分が悪く、苦笑い。
「あー、リューミンの新作、僕も楽しみにしてるよ」
「有難うティア」
「それで、私は長城を修復すればいいのかな?」
「あっうんそうだね」
「どうせならより美しくより堅牢に。壁を壊してくれた超大型怪獣とやらに人民は感謝することになるね。どんな奴か知らないけど」
「それが問題だロカイユ! 報告では長城を破壊した後すぐ消えたらしい。我らの王様としては後願の憂いを絶ちたいところだろう」
フレイはようやく腕立て伏せを止めて立ち上がる。例にない規模の怪獣の、それも不審な行動にはティアも憂慮するところだった。
「今回はいつもと違う。詳しい話は後でトゥーラからあると思うけど、くれぐれも気を付けてね」
「それではここで一曲」
空気を読んだか読まないか、部屋の隅にいた最年少のヲルカが弾き語り始めた。フォークギターのような、彼女自作の弦楽器の音色が響く。気持ちを安らかにリラックスさせつつ徐々に高揚させていく。演奏してる場合かとツッコませはしない。それは音楽家としての腕前か、あるいはチート感情操音によるものか。
曲が中断される。十人の志士がひしめく待機所に、彼女達のリーダーが戻ってきたなら。
黒いタキシードをカッチリと着こなし、凛々しく立ち振る舞う、乙女というより紳士。第九位、トゥーラは告げる。
「夜明けと共に出発する。現地ではツーマンセルで行動し索敵、件の超大型怪獣を発見した場合は直ちに報告せよ」
「リーダー、それ以外のソルジャー級・ボス級は?」
「蹴散らせ。では編成を発表する」
2
第二次西方防衛における転士の初期編成は、以下の通りであった。
一斑 トゥーラ・レニ・リューミン
二班 フレイ・ロカイユ
三班 ヤマト・エレナ
四班 ウリン・クラリス
五班 ティア・ヲルカ
戦力バランスや能力相性を考慮しての編成だった。とはいええてして不満が出るものである。気位の高いウリンは騒々しいクラリスに難色を示すし、芸術家肌のロカイユは体育会系のフレイとソリが合わない。それに――
「全く参る。どうして私とティアが一緒じゃないのかって冷やかされるのは」
「はは、でもさっき言った通りだよ。『トゥーラの判断はいつも正しい』って。初陣のヲルカのことなら僕に任せてよ」
「すまないティア」
「相変わらずマメだなぁ。好きだよ、君のそういうとこ」
トゥーラとティアが同僚の域を超えて交際していることは、十三志士全員に知られるところだ。別の班に分けたことを恋人が気にしていないかと、後で呼び出して詫びる次第。そういうトゥーラの真面目さをティアは好ましく思う。
「ティア……」
「何?」
「いや、何でもない」
「またぁ?」
夜に輝く少女は口を尖らせる。トゥーラのタキシードは身動きせず闇に溶け込む。見とれていた。人並み外れて美しい、愛しのティアを。いつものように――
いつも通り、言えない。はたして本当にティアが愛してくれているのか、という疑問を。
彼女がトゥーラを愛しているのは誰が見ても確かに思えた。けれど彼女と仲を深めたからこそ、疑いを持ってしまう。その愛は個人に恋い焦がれる感情ではなく、全て普遍的な人類への奉仕を「愛」としているのではないか、と。
ティアは決して拒まない。些細な頼みからラブコール、果ては危険な任務まで。誰に対しても穏やかで優しく、滅私奉公。それがトゥーラにはあまりにも行き過ぎるように思えてならない。
「心配なのよ、ティアのことが」
トゥーラは頭に浮かべる、軍の会合の折旧都奪還戦にも参加したという老将からされた話を。彼曰く、ティアはかつての八勇者ハイジと被って見えるという。最強の英雄という皆の期待に応え続けた末心を壊した彼女の二の舞にならぬよう気遣ってくれないか、という自責を暗に含む懇願だった。
「僕のことなら心配いらないよ。むしろこっちが心配だなぁ。トゥーラ、気を張り過ぎないで。仕事モードは仕事の時だけ、ねっ」
「そうもいかないのよ……」
口ではそう言いつつも、ついティアには甘えてしまう。普段対外的には王子と姫に見える二人だが、プライベートでは逆になる。
「ティア」
「何?」
「どうしてティアはティアなの?」
意を決して聞きたいことを訊こうとするも、つい躊躇ってぼやけてしまった。何を言うか、ジュリエットじゃあるまいに――トゥーラは仄かに頬を赤らめる。
「哲学的な問いだよね。難しいなぁ。この仕事が終わったら答えるから、それまで待っててもらっていい? 納得いく答えを考えてみせるよ」
「無理しなくていい、のに……」
「きっと無理じゃないよ。それに、応えられない方が辛いから」
ティアがふと見せた悔しそうな表情に、ハッとするトゥーラ。薄々感づいていたことだ。彼女が極端に利他的なのは、そうさせるだけの前世を持っているのだと。
何もティアに限ったことではない。彼女達転士は皆、後悔するような人生を送っていたが故に転生する。それも同じ世界ではやり直せないほどの。各々前世の技能を活かして暮らしてはいるが、本人が語らぬ限り前世のことに触れないのは暗黙の了解としてあった。
そうか、とトゥーラは相槌を打つしか出来なかった。夜は深まるばかり。ティアは睡眠も大事だと逢瀬を切り上げるよう促す。
「……引き留めて悪かった。おやすみ、ティア」
「うん。おやすみトゥーラ」
それが、トゥーラが見たティアの、最後の笑顔だった。
翌日、後にラス・ボス級に認定される怪獣と初遭遇を果たした一個小隊が壊滅、五班もこれと運命を共にした。部隊の生存者は転士ヲルカ、ただ一人。戦いは苛烈を極め、最終的にモルガンをも含めた十二志士とハイジ・ネロを除く六勇者が投入され、辛くもこれを撃滅。世に知られる第二次西方防衛は多大な犠牲を払って幕を閉じた。その報告を聞いた病床の文化王はショックのあまり意識を失い、そのまま崩御したとされる。
事態を重く見た新王は転士倍増計画を発表し、戦力の増強を行った。時は流れ、太平の世となっても――
そして転士トゥーラが公に姿を現すことは、十年に渡ってほぼなかった。
3
「信じてた……仲間、だから……のに……よくも騙し」
そこで転士ヤマトの呪詛は途絶えた。黒焦げの肢体は崩れ、液化していく。ただクリスタルだけを残して。
《最初から狙っていたんだぜ。な、エレナ》
転生案内マスコットのてんせーくんは意地悪く突いた。同期を手に掛けたエレナに。「最初から」は正確ではない、と心の中で否定するが口には出さない。必要のないことはしないのが彼女の主義だ。
最後の一人になるまで転士同士争え――最初にそう聞いた時、エレナは半信半疑だった。あまりにも馬鹿らしく利益のない話。末端はともかく国と八勇者がそんなゲームに乗るはずがない、と。すれば参戦する気もなければ、協力を求めてきたヤマトを裏切ることもなかった。
その八勇者オーレリィにレニが狩られた、という情報を掴むまでは。
クリスタリカの医学を発展させた功績あるレニが、十二志士中最も殺人の意思を持たないレニが、である。殺らなければ殺られる。その時エレナがヤマトを始末する運命は決まった。
なにせ合理主義者だ。格上の八勇者は勿論、経験で勝るとはいえ能力を把握していない後輩転士を狩るのと比べれば、同僚の方がリスクが低いと考えるのは当然。特にヤマトの瞬間製鉄に対してエレナの磁力付与は能力相性が良い。倒しやすく、強化も出来る。後はタイミングの問題だけだった。
早くに倒して能力を強化すれば戦闘は楽になるが、寿命延長の効果は薄い。第一事を起こして目立てば周りに狙われる、ギャングスタのキリコがいい例だ。その為しばし大人しくしていたものの、八勇者が分散する好機が巡ってくれば逃すエレナではない。
今、ヤマトのクリスタルを掴む。すると瞬く間に体内に取り込まれ、エレナのクリスタルと結合する。掌には仲間を確かに屠った感触だけが残る。その手で思わず口を覆う。
「吐き気がする……クリスタルが適合しないというの?」
《んなわけねーぜ。どのくらいヤマトのチートを使いこなせるかはテメー次第だが、確実にオメーのもんだぜもう。どっちかっつーと精神的な問題だろ》
その通りだ、とエレナは認めたくなかった。自分は感傷的な人間ではないはずだ――でなければ耐えられなくなる。戦いはまだ始まって七日も経たぬというのに。
「今、ティアが……あの子がここにいなくて良かったわ」
博愛主義者の彼女にとっても――おそらくエレナ自身にとっても。




