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第九話「始まりの終わり」(前)

 掛かって来い、と勝負を挑む声に応えて、ラスカルは駆けだした。速い。十分引きつけてから――など考える余裕もなく、アケミは引き金を引いた。

 照準は甘い、が着弾。むしろラスカルの方から当たりに行ったよう。けれど爆発は彼女の後方で起きる。一体何故? アケミの動体視力では捉えられなかったが、ラスカルは弾道をしっかり目で追っていて、これを愛刀ヤスツナで一刀両断にしたのである!

 アケミがあんぐりと口を開けている間にこの恐るべき勇者は目の前にいて、振り返って爆発を眺める余裕まで持っていた。


「面白い玩具、だな。今日の宝箱の中身がそれか?」


 ラスカルはアケミの方に視線を戻し、震える腕から銃を取り上げた。

 日々宝箱(デイリーガチャ)について知られている――そんなことに驚いている場合ではないと、ようやくアケミは我に返る。そして宝箱を出現させた。ちょうどラスカルの視界を遮るように。更に光って目くらまし。

 ラスカルの刀に宝箱を貫かれ、危うく顔にも刺さりそうなところ間一髪でかわし、アケミは本当の宝箱の中身を取り出す。棒だ。それもただの棒ではない、伸縮自在の如意棒と、事前に確かめた通りの物だ。


「日々宝箱は、こう使う!」


 攻撃すると見せかけ如意棒を地面に突き立て、伸ばすアケミ。この武器の売りはリーチの長さである故、距離を取って戦おうという判断だ。もっとも臆病な判断でもある。しかも迫るラスカルに気を取られ、セイラの動きが見えていなかった。


「アケミちゃん伏せて!」


 アケミめがけて投げられた爆弾の束を、タカノは正確に撃ち抜いた。早期に起爆したおかげで地面に叩きつけられるだけに済む。しかしタカノはそれで済まない、彼女の方にも爆弾は降りかかる!


「愚かな、狙うなら私を、でしたのに」


 上がる火柱を見て嘲笑するセイラ。ムゥムゥは優れた身体能力で逃れたが、タカノは間に合わず爆散した。「火薬庫のセイラ」は容赦なく、まだまだ花火を打ち上げる。不死身の転士が容易に再生しないよう、クリスタル以外の肉を全て吹き飛ばすまで。


「タカノ! うわっ!?」


 叫ぶアケミ、がよそ見をしている場合ではなかった。伸びっぱなしの如意棒の先端をラスカルに握られてしまった。するとどうか、立場は逆転して使い手は宝具に振り回される。いや、「達人のラスカル」こそが真の使い手となったのだ!

 まるで生き物のように蠢く如意棒によって、宙に浮かされるアケミ。こうなったら手を離すことも出来ない。なすすべなく、燃える廃墟の壁に叩きつけられた。骨の折れる音をバックに呻き声が響く。


「駄目なんだ……勝てない……」


 ムゥムゥは絶望して膝を付く。たとえ同じ転士二人同士でも、格が違い過ぎる。アケミ当人は尚更思い知った。一朝一夕で追いつけるはずもない――八勇者ネロの教え通り。


「やりすぎたかしら」


 あまりに木端微塵でタカノの心臓部を見失い、セイラは目を細めた。


「大体ネロが出てこないんじゃ意味ないじゃない。逃げるような性格じゃあないのに……こちらを見つけられないほどボケたのかしら、ねぇ聞いてるのラスカル?」


 返事はない。ラスカルは手に入れた如意棒を振り回すのに夢中。ああ、いつもの武器オタクの悪癖が出た、とセイラは呆れてそっぽ向いた。

 ふと、彼女の目に留まる――目立つ鐘楼。


「頃合いですわ。ワタクシは棒倒ししておくから後始末よろしく」


 優雅に髪をかき上げたなら、跳躍動具(ワープアイテム)を駆使してセイラは無傷の塔へ向かった。この動きにムゥムゥも慌てて後を追う。なにせ彼女の大事な御婆様――ベアトリトスが指揮を取っている場所なのだから。


「待て、待てってばクソッ!」


 追いすがるがチートでどんどん離されていく。しかも足をラスカル操る如意棒に絡めとられ、もう手を伸ばしても届かない。

 あっという間に侵略者は目標に到達し、ポケットから爆弾を無限複製(エンドレスコピー)で溢れさせた。


「さぁ、爆破セレモニーですわ」

「皆、逃げなさい!」


 鐘楼の中で退避を命じる絶叫が木霊するも、もう遅い。


「やめ、やめてぇ」


 獣の嘆きも届かない。

 ――起爆。


「あの時と同じ……ネロ」


 それがベアトリトスの最期の言葉だった。


「あ、ああ、あああああああああ!」


 ムゥムゥの慟哭と共に、街のシンボルはなすすべなく崩れていく。第三ゲットー終焉の狼煙だ。そして今この時を持って、第二陣の侵攻が開始された。


素晴らしい(トレビアン)! 創造は破壊から生まれる。さて建て直す前に地ならしといこうか」


 また一人、転士がゲットーと王都を隔てる壁から飛び降りた。と同時に地面が隆起して彼女を迎え入れる。

 ロカイユの大地鳴動(アースクエイク)は地上への階段を形成した。その出来を一段一段踏み確かめながら、更に腕を振るう。すると周囲に土の柱が何本も立っていった――地下から逃げようともがくヴァルヴァーネ達を練り込んで。

 なんと残酷な芸術品だろうか! 一般の兵達は戦慄した。しかし彼らが真に恐怖するのはすぐその後であった――

 地面を見下しているばかりのロカイユでは気付けない、上空から急降下する一羽の鴉に。そいつの姿はどんどん大きくなっていくが遠近でそう見えるのではない、実際に体が二倍三倍と膨れ上がった。しかも鴉より獰猛な鷹に変貌している。気付いた時には最早手遅れだ。


「えっ何?」


 そんな間抜けな声が発せられた時すでに、巨鳥の鉤爪が食い込んでいた。十三志士の一人はあっけなく握り潰され、グチャグチャの泥と化した。


「怪獣だ、怪獣が出た!」


 不幸にも場に居合わせた兵士は狂乱状態に陥る。はたして彼らの言う通りか? 怪鳥は何も言わずマッハの速度で飛び去っていく。向かう先は鐘楼の跡地。標的はやはり、転士だ。

 ちょうど翻ってムゥムゥを撃たんとしていたセイラだが、これが突撃して来るなりワープで回避。流石に八勇者の一角、ロカイユと違い無事地面に降り立つ。彼女にとっては土を踏まされるだけで屈辱だったが。


「チッ、おいでなすった……ラスカル!」


 セイラが言うより早く、怪鳥は仮面の転士にも襲い掛かった。その羽だけ残して猛獣の類に変化、素早く格闘戦を挑む。咄嗟にラスカルはアケミがやったように如意棒を伸ばして逃れるが、彼女の玩具は弾き飛ばされてしまった。もっとも気を落とすどころかクリスマスの日を迎えた子供の如く喜ぶ。


「嬉しそうにしやがって……」


 無口な武人の代わりに猛獣が言った。すっかり羽を畳んだ姿は百獣の王ライオンそのもの。泣きながらムゥムゥが駆け寄る。満身創痍のアケミも見た。


「ネロ様ぁ!」

「……ネロ……」


 夜の紺にも染まらない赤い炎の世界で、今対峙する三人の英傑。

 ――ネロが吠えた。踏み躙られた者の怒りだ。



「ムゥムゥ、そこの赤毛を拾って離れてなさい」


 一転、ネロが優しく言うとムゥムゥはその通りにする。


「生きてるかいアケミぃ」

「滅茶苦茶痛い……でもボクよりタカノを」

「わかってるって。もう大丈夫、ネロ様が来てくれた」


 舞い降りた大英雄に希望を抱くのはアケミも同じだ。ネロの強さは二回も肌で味わっているのだから。だけに彼女の思いはムゥムゥ程で純粋ではなく、自身の無力感に裏打ちされた羨望をも含めて――


「おい、アケミ」


 唐突に、ネロがアケミの名前を呼んだ。初めてのことだ。赤髪の少女は目を丸くする。


「特別に見せてやるよ。極めきった強さの終着点を」

「あら、それってワタクシのこと? お久しぶり。ご機嫌如何かしら、ネロ」

「お蔭様で最悪だ」


 猛々しい獅子は唾を吐き捨てた。毛を逆立て強い怒りを向ける。かつての同僚、八勇者二人に。


「なんでいつもいつも、こうなる……貴様らの狙いは私だろうが」

「ええ、貴方を含めた不穏分子よ。国家に仇なす害虫を駆除し人民に安寧をもたらす……それが転士ではなくて? 前世が何であれ、私達はもう骨の髄までクリスタリカのモノでしょうに」

「ゲットーに押しこめたのは人民ではないとでも?」


 セイラは鼻で笑って同じことを二度言わせるなと肩を竦めた。


「戦争はまだ終わってないでしょ」

「戦争、戦争ねぇ……ハッ! いつまで続ける気? いいだろう、根絶やしにするまでを戦争と言い張るなら、貴様らを滅ぼしてやるよ」


 売り言葉に買い言葉。ネロが鼻を鳴らした時、先程から戦意を我慢していたラスカルがもう抑えきれんと飛び出した。

 ネロの腕が蛇のように伸び、更に枝分かれして無数の触手となり敵を飲み込む。が一瞬で切り刻まれ、ラスカルは止まらない。一気に肉薄し一太刀浴びせる。ガキンと硬い音が響いた。変幻自在の転士は幾重もの殻に篭り、刃を受け止めたのだ。

 もっとも鉄をも両断するヤスツナの前では持って数秒。力を押しこめば切れ込みが入る。とはいえそれを許すネロではなく、アルマジロの型からハリネズミへと変貌した。察知したラスカルは蹴って離れるが、針はそのまま発射され襲い来る。盾で急所こそ守るも何本かに貫かれ、鮮血を噴いた。

 けたたましく響く声。ところが呻き叫んでいるのではない、ゾッとするほど場違いな――心の底から笑う声。


「ああ、最高だ! ずっとお前とやり合いたかった! 初陣の時から斬り伏せてみたいと憧れた! あの時はハイジに邪魔されたがもういない! 思う存分」


 負傷などなんのその、今度はラスカル自ら針の雨に突っ込んでいく。その頬は血ではなく法悦で赤く染まる。時に盾で防ぎ、時にクナイで撃ち落とし、再び肉薄した。何たる狂人の振る舞いか!


「殺し合えるな! 最高だよネロ!」

「急にベラベラ気持ち悪いわ!」


 ネロは十分な鱗で覆った腕でヤスツナを白羽取りし、そのまま叩き折ってやろうとする。だがあっさりラスカルは愛刀を捨て、代わりにリボルバーを向けていた。至近距離で撃ち込めば、いくらネロとて防げない。避けようとするが間に合わず一発、赤く塗れる。

 けれどネロにとってはこの程度、かすり傷にもならない。傷ついた部位を容易く作り変えられるからだ。


「邪魔よラスカル!」


 刺し合いでは埒が明かないとセイラの爆撃が来る。ラスカルは手裏剣を手榴弾に当てて早めに起爆し、急ぎ愛刀を拾って離脱する。しかし彼女が生んだ逃げる隙はそのままネロが防御する隙にもなった。


「水差すなセイラ!」

「なんですって! 貴方が独断専行するから!」

「フン、二体一なら勝てるとでも? 連携も出来ない癖に笑わせるわ」

「一人で十分ですわ!」


 追撃の手を緩めず爆弾を撒くセイラ。だが肝心の相手が消し飛ばされる前に消えたのをラスカルは目撃した。


「潜った……」

「後ろよ後ろ!」


 ラスカルの背後から巨大な脚が地面から生えた。吸盤が付いてまるでタコのよう、つまり一本に留まらず囲むように現れる。刀で斬って逃れようとするが、八本でも終わらない!

 一面軟体動物の足だらけで森みたいになる。ラスカルはおろかアケミ達まですっかり飲み込まれた。ワープで距離を稼いだセイラはどうにか逃れるも、いくら爆撃しようが生えてきてキリがない。「変幻自在のネロ」の本領発揮に唇を噛む。


「陣地を形成したわね……ラスカル、地下に隠れてる本体を暴きなさい!」


 そう言うものの時間稼ぎくらいしか期待せず、この場合の適役である大地鳴動のロカイユを連れてこようとセイラは判断した。しかしそれこそがネロの時間稼ぎとなる。なにせロカイユはすでに始末されているのだから。

 セイラの無尽蔵な火力及び支援能力は脅威とネロは考える。だから彼女が無為に往復している間にラスカルを消耗させ、あわよくば討ち取りたい。タコ足での攻撃は有効打になり得ないが、負けもない。そして元同僚が気狂いで無茶をしてでも勝ちを拾いに行こうとする性格だと熟知していた。

 銃弾もクナイも早々に尽き、ひたすらヤスツナで斬りかかるラスカル。ネロの掌の上である。そんなことは百も承知で、仕掛けるタイミングを窺っていた――すなわち新たな触手を地面から突き出す際、当然出来る穴に飛び込むことだ。ネロはロカイユから奪ったチートを不完全ながら用い穴を埋めているが、それには当然タイムラグもあれば、対処できない状況だって起こり得るのだ。

 また、同時にネロの五体改造(ボディチェンジャー)に限度があることも、ラスカルは見極めた。巨大なタコ足を展開できる数は二十本を超えていない。それ以上は一旦地中に戻していると気付くことが出来た。五体改造で増やせる体積の限界だ。ならば――

 狙うは、軟体怪物ネロのアキレス腱。


「ムゥムゥ、早く私の外に出なさい」


 この声が合図だった。まだネロの森の中にいたムゥムゥと蘇生中のタカノに向かって、ラスカルはヤスツナを放った。ネロは新たに足を生やして遮る。防がざるを得ない――心情的な理由もあるが、戦略的にもタカノの残機無限(コンティニュー)を奪われては問題だ。そこで代わりに一本の足が沈むのを見つけた忍者は素早く左籠手のワイヤーを巻きつけ、一緒に潜りこむと同時に右籠手のワイヤーで刀を回収する。二回行動(ダブルターン)あってこそとはいえ、ここまで鮮やかな手捌きがあろうか!

 ラスカルは地中へ潜る、いや触手を切り開いてネロの体内に入り込む。真っ赤なボンテージ鎧のみならず全身が赤く染まる。返り血だけで済めばいいが敵に食われたも同然だからそうもいかない。完全に肉の一部になる前に、ネロのクリスタルを削ぎ落とさんとヤスツナを振るった。


「愚かなラスカル。わざとよ、わざと」


 ネロの本体は、口そのものだった。ムゥムゥ達は撒き餌で、最初から相手を引き込む算段であったのだ。ヤスツナを持った右腕ごと噛み砕く。次は全身。ラスカルとて命綱として左腕と地上を結び付けていたが、脱出を図ろうとすれば当然切断された。もう逃げ場はない。

 これがネロの強さ。相手の実力を図り、己のチートと周囲の状況をフル活用して場を支配すれば同じ八勇者でさえ翻弄する――その全ては理解できていないアケミだが、見入る。見惚れる。その時――

 尋常でない量の爆発が外で起きた。セイラ怒りの帰還だ。


「よくもよくも、よくもやりやがってくれますわネロ! 百倍返し千倍返し地獄の業火で焼け死ね!!」

「お前こそ加減を知れクソ火薬庫!」


 おびただしく体表を焼かれ、流石のネロもセイラへの反撃に集中せざるを得なくなる。射程外をワープで飛び回る相手を捉えんと本体が地上に出た際、ラスカルは幸い脱出することが出来た。しかし武器だけでなく片腕まで失い、仮面も今、割れた。

 ああ、なんという顔をしているのだろう――ラスカルはなおも無邪気な子供のように、笑っている!

 あまりに美しく、狂っていて、神々しささえある微笑。戦女神とはこういうものなのかもしれない。彼女は前世で生きながらに「軍神」と呼ばれた。いわば名誉の戦死を遂げた軍人のことで、死を恐れぬ狂戦士ぶりを皮肉った渾名だ。転生したところで変わらない、彼女は軍神以外の何者でもなかった。


「ああ、楽しい。堪らない。チート戦で私を負かすほどの強敵と会い見える快楽、これを打ち倒せば一体どれほどの悦楽?」

「寝言は永眠して言えラスカル」

「まだ体術が残っているが!」


 ラスカルは素手でネロに向かって行った。あの馬鹿め、と呆れるセイラだが遠ざけられて武器を送ろうにも送れない。

 やはり無謀、セイラを相手する余力でも容易く捕まえられる。細い触手でラスカルの体を締め上げながら、大きく開けたガマ口で噛もうとするネロ。ここまで来れば流石に油断があった。アケミだけが気付いた――隠された奥の手、奪われた改造銃の存在に。

 左腕を押さえられる前に切れたワイヤーを口の中に仕込んでいた。それを腕の代わりに操ることなど、万能武人(ウェポンマスター)のチートをもってすれば容易い。いつの間にやら背中に収納していたアケミの銃を引き出し、顎の力も使って引き金を引いた。ネロの口の中目がけて。

 当たれば爆発する魔弾だ。至近距離で撃ってはラスカルもタダでは済まない、がネロのクリスタルも無事ではない。変幻自在の転士は慌てて巨体を切り捨て、一羽の鷹となってかわす。

 そのままラスカルの心臓を啄めばいいだけだ――ネロは突撃を敢行した。いくらラスカルでも手を使わず引き金を引く芸当なんて一回きり、依然一手上回っているのはネロの方だ。

 遮るものがなくなってマスケット銃で狙撃を試みるセイラだが、掠めるのみ。とはいえネロもラスカルの腹を削いだだけで急所から逸れてしまった。落下する敵に急降下し、今度こそ仕留めようとする。セイラの腕ではもう掠りさえしない。

 ――勝敗は決した。



「なっ……!?」


 ヒュンとものすごい風音がしたと思えば、変幻自在の転士は鳥から人間の少女の姿に変わっていた――クリスタルを射抜かれて。砕かれて。

 二人がかりならセイラとラスカルの負けだったろう。けれど八勇者はもう一人、潜んでいた。じっと狙撃の機会を待っていたのだ。

 鏃が地面に、ラスカルの真横に刺さる。彼女には見覚えのある形だった。


「ナナ!? 聖槍ロンギヌスか!」

「使用許可は取ってありますよ、ご心配なく」


 互いに声が聞こえる距離などではないが、心配性のナナは予想して答えた。第三ゲットーの東門の上で、望遠鏡を覗きこんで。視界にさえ納めれば、後は物理法則を無視してでも当てられるのが百発百中(ノーミスショット)の恐ろしさと言えよう。

 聖槍ロンギヌス――それこそがクリスタリカ王国最大の秘宝であり、唯一クリスタルを削ることが出来る神器であり、故に転士召喚に使われる祭具である。正確にはクリスタルとは同硬度でかち割ると聖槍自体も砕ける消耗品でもある。がクリスタルがある限り不死身に近いネロを倒すには、これを使う他なかった。どうせ転士召喚の儀はもう行われないのだから――

 散華するネロ。その素顔と共に残された意識はコンマ数秒しかもたない。彼女は最期の瞬間に何を思っただろうか? ――あまりに一瞬で敗北に気づけなかったか、それともアケミからラスカルに渡った爆弾を避ける為にナナの前で姿を曝したのが敗因とまで気づいて、恨みでも抱いたか。

 なんにせよ、彼女は最後にアケミを見て、何かを言おうとして、溶けた。八勇者ネロは全てを失って退場した。


「……クリスタル! ネロのクリスタルを回収なさい!」


 セイラは慌てて叫んだ。ネロのクリスタルを手に入れてようやく勝利と言える。ラスカルの手に渡るのは癪だがその場にはまだアケミがいる。ネロの最期の意図は反体制的な転士に能力を受け継がせ第二のネロを生み出すこと、と解釈すれば焦りも出る。

 けれどセイラはおろか、ラスカルも間に合わない。アケミは、ネロから回りくどくもレッスンを受けたアケミには、師の意図を完全に理解できた。そして感謝した。


「こうすればいい、いいんだなネロ様!」


 突如宝箱が空中に出現し、砕け散りゆくネロのクリスタルを飲み込んだ。余さず全て。そして姿を消し、行方を知るのはアケミ一人。


「マズイですわ!」

「一体何が?」


 ナナの視点では宝箱が現れて消えたところしかわからなかったが、セイラはアケミを狙いワープする。距離を詰めて相手を拘束しようとするが、流石はラスカル、先にアケミの額を正確に銃撃した。

 勿論あの改造銃だ、爆死するかと思いきや……不発弾。モルガンの悪戯か? とはいえアケミは倒れた。赤い髪を血の赤で染め直して――


「アケミィィィィィィィィッ!」


 ネロに続きアケミまで倒され、ムゥムゥは悲しみに泣き叫ぶ。


「何殺してるのよ脳筋アホアホラスカル! ネロのクリスタルどうすんの!」


 ラスカルの隣に降り立ってセイラは責めた。相方は露骨に嫌そうな顔をして、


「殺ってない……」

「タカノ、起きたか? アケミが、アケミが!」

「アケミちゃん……死んでないよね……そうよね、これ」


 タカノの方を見て目を丸くすると時同じくして、タカノも同様に驚き、納得した。

 ――宝箱だ。宝箱はタカノの膝の上にある!

 血相を変えてセイラは爆弾を投げた。ラスカルも改造銃を撃ち、今度こそ性能を引き出した。広がる爆炎の向こうには揺らめく陽炎もない。跡形もなく消し飛ばしてしまった――にしては死体の破片も見つけられない。それもそうだ、二人の勇者の視界は、転がってくる巨大な毛玉に占められた!

 危うく逃れるセイラとラスカル。毛玉は勢い止まらず旋回し、次にアケミを轢いた――いや、引き込んだ。すると毛玉はゆっくり止まって、中から三人が現れる。アケミを抱えるムゥムゥと、タカノだ。


「ありがとう。本当にありがとう。ネロ様、アケミちゃん……この力、護る為に使います」


 アケミにはわかっていた。宝箱でネロのクリスタルを回収すればまず一番に自分が狙われると。だから瞬時に自分を切り捨て、親友に全てを託す判断をした。ネロから教わった「強さ」とはそういうことだ、と解釈して――

 そして五体改造(ボディチェンジャー)は、ネロの遺志は、確かにタカノに受け継がれた。

 飛矢がタカノに襲い掛かった。ナナの長距離狙撃だ。咄嗟に掌を広げて肉の壁を作り、致命傷に至るまでに受け止める。もっとも冷や汗をダラダラ流して余裕は見えない。


「ムゥムゥちゃん、ごめん。私まだ使いこなせてない」

「……いい、生き残ったもん勝ちって前に御婆様言ってた」

「ありがとう。じゃあ、逃げるよ」


 タカノの肉体が崩れて肉塊になっていく。そうして再びアケミとムゥムゥを包み込んだ。


「逃がすわけにいきませんわ!」


 肉薄してありったけの銃弾を浴びせようとするセイラ。しかし毛玉に脚の生えたタカノは一気に加速して離した。跳躍動具で追いついた時既に、相手は地面に沈みこんで追えなくなった。ロカイユが死んだ今、地中深くに潜られては手出しできない。ナナの狙撃もお役目御免になった。


「どうされましたナナ様!」


 弓を下ろしたのを見て、若い補佐官が堪らず声を掛ける。


「これは……少々厄介なことになりましたね。オーレリィもいて四人がかりでないと駄目でした。これはスナフに一本取られた、でしょうか」


 ネロの厄介さもさることながら、スナフの分断工作なのではないか――かつての同僚のいやらしい顔を頭に浮かべ、敵に回すとこうも恐ろしいものかと溜息をつくナナだった。


「失敗を認めて次へ活かす。次、頑張ればいいんですよ。四十四位の捕獲、あるいは殺害を最優先事項とし、捜索を始めましょう」



 第三ゲットーで八勇者同士の壮絶な戦いが繰り広げられると同時刻――八勇者が一人オーレリィもまた、かつての同胞を捉えていた。


「……スナフか。久しく姿を見る」


 ランタンの灯りを手に、彼女は待っていた風だ。王都の地下に広がる古代文明の名残りにて。暗がりにぽっと浮かぶ八勇者スナフの顔――しかしその表情は長い髪に覆い尽くされ窺い知れない。


「随分探し回った、って顔かしら。オーレリィ」

「最初から私に用があったのだろう? のに時間稼ぎをした目的は何だ?」

「全てに回答すると思う?」

「思わないな。尋問させてもらうが」


 オーレリィは早々に四次元壁ディメンジョンシールドで相手を閉じ込めた。スナフに抵抗する素振りは見えない。何人侵すことのできない結界だ。もし本気で捕まりたくなければそもそもこの場に現れなかっただろう。

 ――なにせ、相手は「全知のスナフ」だ。

 目撃情報から芋づる式に彼女の拠点の数々を割り出していったオーレリィだったが、千里眼中(レーダーアイ)のチートで捜査状況も筒抜けである。事実こうして直接会い見えたのは、一日中王都を駆け巡ってようやくだった。コソコソ逃げ続けることだって出来ただろう、と疑わない方がおかしい。

 あるいは、「本物」はやはり隠れたままか――


「スナフらしくない。今更仲間だと思ってもいないだろう?」

「ええ。貴方は誰も仲間と思えないのでしょうね。私が神の使いから戦いの始まりを聞いた時、レニの診療所にいたでしょう。そうして真っ先に彼女を始末した。実に興味深い見世物でしたよ」


 おおよそ当事者以外に知り得ない情報を出すことで、暗に千里眼のスナフであると主張する。


「それが、何?」

「不思議で。第十一位を選んだのは王妃の指示ではなくアドリブに見えたので」

「だったら、何?」


 オーレリィは顔色一つ変えない。が声色を少し低くした。何もかもお見通しとでも言いたげに、前髪を逸らして裸眼を覗かせるスナフ。不快な仕草だと同僚が記憶していた通りに。


「私と貴方は組むべき、ということですよ。レニでなく私なら協力できるはず、貴方の真の目的にも。違いますか?」


 ふっ、とオーレリィは微笑を洩らした。いつもの鉄面皮を捨て、嘲笑う。


「わかった風なことを言う。本当に私を理解できているなら、協力など求めるはずもない。こちらこそ面白い見世物だよスナフ。全て知った上での茶番か、それともまだ全てを知らぬのが恥ずかしくて、見栄っ張りか? だとしても随分警戒されたものだ」

「……そちらこそ、随分とよく笑う」

「ああ、すまない。あまりに粗末な筋書きだったので」

「オーレリィ!」


 スナフらしからず、声を荒げた。スナフを演じる役者の素地が出た。

 ――その正体は文化王十二志士の一人、リューミン。

 空洞を見つめるオーレリィから死角に当たる、後方の瓦礫の裏で彼女は上映していた。幻覚幻聴をもたらすチート幻想劇場(ファンタズムシアター)による、八勇者スナフが主人公の劇を。そして今か今かと握っては緩める、猛毒を塗った吹き矢を。

 彼女は焦っていた。売れない物書きだったのが異世界に転生した途端、文壇の第一人者となった。ありきたりな小説でも演劇でもクリスタリカではかつてないほど斬新で、何を書いても評価された。けれどその栄光は束の間、本当に才能ある後進達が雨後の筍のように現れては抜き去って行く。その事実が作家リューミンを追い詰め、急かすのだ。

 そんな時、逆転のチャンスが巡ってきた。それがこの転士四十八人の生き残りをかけたゲーム。もし優勝すれば、転士リューミンは名声を取り戻すことが出来る。そう思えばこそ功を焦って、最強格の八勇者を倒しその力を得る、なんて夢物語に憑りつかれもする。

 もっとも今回のシナリオの原作者はスナフだった。人の用意した台本を使う時点でリューミンの安いプライドは傷つき余計焦るのだが、それも踏まえてけしかけたのだ。リューミンがオーレリィを奇襲で倒せたとして、自己顕示欲の塊の作家では他者を拒絶する「鉄壁」は使いこなせず、元の幻覚チートも自分の千里眼には通用せず倒すのは容易、直接オーレリィと戦うよりずっとリスクが低い――と非情な計算で成り立った策と言えよう。

 今もスナフは一人安全地点から見透かしている。捨て駒がボロを出す前に仕掛けてくれないものかと冷ややかに。


「……私にもわからないことはある。オーレリィ、貴方は主君を愛している? それとも憎んでいるの?」


 台本にはない台詞をスナフの影絵は口走った。脚色したがるリューミンの悪い癖だ。が効果アリ、オーレリィの眉がピクッと動く。僅かな動揺。逃すことのできない暗殺の好機!


「何が言いたい」

「私の勝ちだオーレリィ」


 と言い切るより早く、リューミンは影から吹き矢を放った。がオーレリィの反応も早く、自身の周りを四次元壁で覆う。ちゃちな毒矢など簡単に止まる、と思うだろう――攻撃者を除いて。なんということか、矢は次元の壁を容易く突破した!

 リューミンはもう一つ、貫通チートを手にしていた。でなければあの鉄壁のオーレリィを倒そうなどと思い上がることはない。すでに一人の転士を倒した幻想劇場と合わせて無敵だ、と全能感に浸る。それが幻想と、この時まで目を背けて――

 避けられた。オーレリィはまるで予想していたかのように手で受け止めた。致命傷でなければ転士レニから奪った回復感染(ケアパス)で治る。それよりも幻覚チートで背景に溶け込んでいた矢を正確に捉えてみせたのが、まるでチートのようだ。更に驚くべきことにリューミン本体まで正確に狙い、結界に閉じ込めてしまった。


「馬鹿な、何故わかる!?」


 もうスナフの声真似をする余裕もないリューミン。オーレリィは答えない。敵に手の内を明かす性格ではない。

 袋の鼠は貫通チートで抜けられることを思い出し、威勢を取り戻そうとした途端――悲鳴を上げる。次元を隔てる壁が、彼女の右手と上腕を隔てていた! 四次元壁は防御のみならず、非常に攻撃的なチートである。関節ごとに切り込みを入れられ、瞬く間にバラバラになってリューミンは絶命した。


「リューミン、お前が死んでも作品は残る。誇っていい」


 一言添えて、オーレリィは彼女のクリスタルを拾い上げた。


「ハイジの反射は持ってないはず……なのにリューミンの幻覚が通じている様子はない……」


 刺客が返り討ちに遭うのは予想の範疇でスナフは驚かなかった。貫通の能力が手に渡ることがやや惜しいくらいだ。それよりも一番の目的は、元同僚の中で妙に不可解な動きを見せるオーレリィを見極めることにあった。リューミンに渡した台本の探りを入れるような台詞も本心からである。

 八勇者きっての頭脳は推理材料を頭の中に並べ、カラクリを探る。やがて一つの仮説を導き出してようやく、スナフは驚愕のあまりティーカップを落とした。


「視えているわけじゃない……見えていない!? まさか、そうか」


 オーレリィは盲人――ならば見えないはずのスナフが視えた時点でリューミンのチートだと見破れる。位置取りを調整すればどこから奇襲が来るかも予想できるだろう。それに盲人はえてして他の感覚が敏感になるのをスナフは知っていた。前世の彼女がまさにそうだったのだから。

 だが鉄壁の勇者が失明するようなことがあろうか? しかしたったの一度だけ、十年前の第二次西方防衛の折顔に重傷を負ったことがあった。怪獣を殲滅し事態が収拾した後殆どの転士は王都に帰還したが、オーレリィと医者のレニだけ療養の為西方に留まったのをスナフは記憶している。一カ月遅れて完治した姿を見せてくれたが、どことなく違和感を覚えたことも――

 オーレリィの目は治っていなかった、いや治していなかった! 何の為に? 当然決まっている、目を合わせた相手を支配するテンキの絶対勅命(コントローラー)に対抗する為以外にない。そしてこの秘密を知るからこそレニを真っ先に始末したとすれば辻褄は合う。スナフは確信した。

 しかしわからない。オーレリィが目を捨ててまで得ようとするものが。テンキの魔眼を封じておきながら何故従順であり続けるのか。


「少なくとも、一人でやりたいらしい。貴方の悪癖ですよ、オーレリィ」


 得体の知れない不気味さを感じつつも、相手のスタンスを見定めひとまず良しとしておくスナフだった。

 ――懐柔の余地なし、ならば生かすこともなし。


「視ようとしないのが命取りになりますよ。次は確実に」

「次はお前の番だスナフ」


 オーレリィもまた、殺意を口にした。彼女の本意はただ一つ。

 ――全ての転士を滅ぼすこと。

「始まりの終わり」(後)につづく

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