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1.0682g



 長い長いトンネルの先には、また扉があり通過すると例のごとく自動で鍵がかかった。目の前の階段を上がると高架線沿いに出た。車のエンジン音が遠くなっていく以外、なにもない場所だった。



 スマホのGPSを使って帰宅した。まだサヤは帰っていないようだ。一口も食べていないカレーが冷めきっていた。メモ用紙に『オレの荷物は全部捨ててくれ』とだけ書き置きして、オレはこのボロアパートを去った。



 未練もなにもない。波紋の起きない水面のように、オレの心は静寂そのものだった。ここにはもう、なにもない。





 念のためコンビニATMで口座残高を確認すると、きっちり一億円が振り込まれていた。十万円だけ引き落とした。もっと引き落としても、今のオレの口座はビクともしないだろうけど、日和ったのだ。こんな大金を財布に入れて持ち歩くことは生まれて初めてだった。



 近所の漫画喫茶の深夜パックを使って夜を凌いだ。安物の重たい毛布は、あるだけマシといったところだ。飲み物を取りにブースから出歩くと、チラホラと人の姿があった。みんな目線を合わさない。こんなところにいる人とトラブルになるのが嫌なのかも知れない。自分もこの中の一人だというのに。



 ブースに戻り、毛布に包まった。十万円が入った財布はいつもの何倍も重たく感じた。

 1.0682gが10枚分、増えただけだというのに。



 薄い壁の向こう側から人の気配を感じた。遠くではおっさんがいびきをかいているのが分かった。フラットシートは対角線上に寝ても、足を伸ばすことは出来ない。



 今日オレは『愛』を売って大金を手に入れた。自分の人生を三回ほど変えてもお釣りが返ってくるほどの額だ。正直、一億なんて大金はオレが一生働いても得られる額ではない。

 明日からだ。明日からオレは金持ちになって、この世界を鼻で笑ってやる。

 ここから金を使って這い上がってやる。





 *





 午前九時。オレは銀座にいた。まずは、この安物の服を買い換えるとしよう。よく分からないが有名ブランドのスーツと靴を購入して、恥を承知でその店で着替えさせてもらった。そのまま時計を購入する。この時点で出費は300万円を超えた。



 身に纏うものは高ければ高いほどいい。誰もオレの中身など興味がないからだ。現にオレがそうだった。高級品を身に纏っている人間はそれだけで魅力的に見えていたからだ。それを利用する。



 次にSNSに自撮りを載せる。スーツ、靴、時計。あとで車も買いに行こう。出来るだけ成金が乗っていそうな車がいい。イメージが大切だからだ。

 地元の『ナカノ』という女から連絡が来た。五年程連絡などとっていない女だったが、オレが金を持っていると知ればすぐに食いついてくる。



『やっほー、久しぶり☆ 今度久しぶりに飲みにでもいこうよ』



 頭の悪い女だ。でも最初はこのくらいのほうが試すには丁度いい。

 相場と、それに伴う費用の損益を把握しておきたい。




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