表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

103号室



 嫌がるサヤを連れて、地図に描かれた建物を探した。暗い路地裏に建てられた古びたマンションだった。見た瞬間、ここだと直感で理解出来た。理由は分からないが、引き寄せられたような気がした。



 マンションに辿り着くまでの道中で、あらかたの説明は済ませておいた。サヤは終始俯いていた。表情は髪に隠れて見えなかったけど、オレには分かった。分かってしまったから、その想像を振り払うように説明を続けた。



 サヤは泣いていたんだと……思う。声が……震えていたから……。

 こんなオレのために、泣いてくれていたんだと思う。




 サヤへの説明の最中に『愛』について考えていた。売り物の『愛』とは一体なんだというのだろうか。オレは誰かが言っていた言葉を思い出していた。




『愛とは、なくしたくないという気持ちだ』


 自分の持ち物の中にしか愛するものはないのだ。自分の中にいてくれる人しか愛せないのだ。なくしたくない、ではなく欲しがる気持ちだったなら、どれだけ楽だっただろう。





 103号室のインターフォンを鳴らした。



「買取でしょうか?」

 オレたちは事前の説明通り、声を合わせて「ハイ」と応えた。



 103号室の部屋の扉が開いた。

 ドアノブに手をかけるとき、サヤがオレの服の袖を掴んだことに気づいていた。

 扉を開くと、スーツを着た女性が出迎えてくれた。



「靴は脱がなくて結構です。そのままおあがりください」

 どうすればいいのか分からないので、黙って指示に従うことにする。

 廊下には扉が二つあった。



「では、それぞれ違う扉にお入り下さい。担当のものがご説明致します」




 ここが最後の分岐点だったんだと思う。

 今ならまだ引き返せる。引き返せた。

 サヤは黙って扉の向こうに消えていった。その後ろ姿を黙って見送った。

 最後まで迷っていたのは、オレの方だった。

 この悲しさも、売られてしまうのだろうか。




 扉を開けると地下に続く階段があった。そこを降りると、また扉があった。

 今度の部屋は、受付のようだった。分厚いアクリル板の向こうの女性が、作った笑顔で僕に告げる。




「お客様の『愛』は、一億円の価値がございます」



 一億……円?

 耳を疑った。よくある詐欺の当選メールみたいな額だった。

 困惑の色を隠せないオレに対して、受付嬢はあくまで業務的な冷たい声で、この金額でいいかと訊いてきた。良いも悪いも、予想の遥か上をいく額だ。断る理由がない。

 首を縦に振った。




「かしこまりました」

 受付嬢は手元のキーボードで何かの操作をしたあと、オレに告げた。



「それでは、一億円お渡し致します」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ