持たざる者
そもそもこんなことになったのは、本当に些細なことの積み重ねだった。
気づかないうちに積もり積もったストレスが爆発してしまったのだと今になって思う。
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高校生を卒業と同時に家を出たオレは、当時付き合っていた佐倉咲耶と安いボロアパートで同棲をしていた。
夏は暑く、冬は寒い。夏場には黒い害虫が隙間から侵入してくる。冬場は臭いガスを出す甲虫が部屋の中を飛び回っている。天井のシミは人の顔みたいだった。太陽の光がほとんど入ってこないため、よくカビが発生している。簡単に言えば、かなり酷い生活環境だった。
高校は卒業したものの、この不景気だ。学もなければ愛嬌もない。もちろん何かの資格ももっていないオレは社会に必要とされない人間だった。狡猾な人間に摂取されるだけの命。骨の髄まで絞りとられて、壊れたら捨てられる。まるで児童用のおもちゃだ。いや、もしかするとおもちゃの方が幾分かは大切にされているだろうな。
オレは日雇いの肉体労働で生計を立てた。身体への負担が大きい割には、日給一万円も超えない。おそらく派遣会社がほとんど中抜きしているのだろう。しかし、オレには派遣会社を変えるほどの余裕も地位もなかった。現状に甘んじるしか、生き残る術はなかった。
職場は定期的に変わる。だから、そこの現場監督に名前で呼ばれることはない。「オイ」「お前」「派遣の人」だいたいの現場でこのように呼ばれる。オレには名前なんて必要なかった。
一緒に生活しているサヤはパートをしている。給料はオレよりも低いが、安定して給料をもらえるのが強みだ。こうしてオレたちは貧乏ながらも日々を凌いでいた。こんな生活がいつまでも続くはずがないのは、言葉に出さずとも明確なことだ。
サヤは「貧乏でも一緒にいれるだけで幸せだよ。お金なんて生活出来る分あれば十分だよ」と口癖のようにいつもオレに話していた。
それでもオレは金が欲しかった。みんなが買えないような高級なものに囲まれて、誰もが羨む生活をしたいという願望が人一倍強かった。それは生まれ育った家庭環境のせいだろう。オレの実家も貧乏で、みんなが普通に持っているものをオレは何一つ持っていなかった。
それが悲しかった。




