返しそびれた愛
その手紙は、サヤのいつもの丸っこい文字で書かれていた。
手紙の端っこに消しゴムで消したあとがあった。
それがなんなのか、オレにはなんとなく分かっていた。
これはきっと、もう言わないほうがいいだろうから。
分かってるよ。
ずっと一緒にいたから。
それなのに、心はサヤの名前を何度も呼ぶんだ。
幸せってなんなんだろうな。
お金があってもなくても、幸せはあって、でも手には掴めなくて、
繋いでいたつもりでも、いつのまにかなくなってしまう。
朝ごはんは冷めていた。
目玉焼きとウィンナーだった。
一人で食べるご飯は、冷たかった。
目の前にサヤがいてくれたなら、どれだけよかったのだろう。
これが正しい選択なのかは分からない。
でも間違いじゃなかったと言えるようになりたいとは思った。
一度なくしたものはもう手に入らないんだ。
ならばせめて、忘れないようにしよう。
遠ざかっていく日々を忘れないように。
*
*
*
*
あれから数年が過ぎた。
オレは結婚をし、子供を授かった。
未だにサヤと離れたことが正しい選択だったのか分からない。
ただ、オレは今の嫁も子も心から愛することが出来ている。
幸せだと、自分の家族を見るたびにそう思う。
忘れようとしたことは一度もなかったけれど、
忘れることは、やっぱり出来なかった。
忘れる必要もなかった。
とある休日、オレは家族で広い公園に遊びに来ていた。
空はよく晴れていて、春の陽気が暖かかった。
家族連れはオレたちの他にもたくさんいて、誰もが皆幸せそうだった。少なくともオレにはそう感じた。
妻と子供は二人でバドミントンをしている。なかなかラリーはうまく続かないが、腹をくすぐられるような、そんな笑みを浮かべていた。
オレはグルっとこの広い公園を回ることにした。桜の花びらが宙を舞っている。足元に何かが当たった。ボールだった。転がってきたであろう方向に目を向けると、子供と女性が小走りで近づいてきた。オレはボールを拾い上げて渡そうとした。
見間違えるわけがなかった。
「……サヤ?」
「……セイイチくん?」
サヤだった。子供を連れていた。オレたちは歳を重ねた。変わってしまったところもあるが、変わっていないところもある。
「幸せそう……だな」
「うん……、セイイチくんも……、ここに遊びに来てるってことは子供と来てるの?」
「あぁ、向こうで遊んでるよ。元気そうでよかった」
「セイイチくんも、ね」
「お母さんはやくボールであそぼうよぉ」
サヤの子供が駄々をこねている。それを見て少し笑った。
「じゃあな」
オレは自分の家族の元に歩き出した。
「うん、じゃあね」
サヤも自分の家族の元に戻っていった。
涙が一粒だけこぼれた。
オレが振り返ると、サヤも振り向いていた。
サヤは笑って、大きく手を振った。
オレもそれに応えるように大きく手を振った。
明日も明後日も、オレがいない世界で笑って生きていけますようにと、サヤの幸せを願いながら。
オレたちの過ちを、後悔しないために。
オレたちはちゃんと幸せになろう。
ちゃんと愛せなくて、ごめんな。
遠く向こうで笑い声が聞こえた。オレが本当に望んだ幸せはそこにあった。




