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ちゃんと愛してもらえなくて、ごめんね



「では、そろそろ時間も遅いので帰るっス。ご馳走様でした」

 酔っ払っているアカザキは、顔をほんのりと赤くに染めながら手で扇いだ。



「駅まで送るよ」

 三人で駅まで向かった。空は雲も月もなく、ただ星たちの輝きでこの世界は照らされていた。冷たい空気は、よく透けていて遠くで輝く光をオレたちの元まで届けてくれている。サヤとアカザキはすっかり仲良くなったようで、ずっと話していた。そういえば、サヤが他の人と話しているところを久しぶりに見たような気がした。




 自分以外の誰かに向けた横顔は、どこか遠くに行ってしまいそうな気がして、怖かった。失ってしまうことが、怖いと思った。

 こんな風に笑うんだなって思った。

 どこかで、分かっていたことだった。気付いてしまうのが嫌だったから、気付かないふりをしていただけだ。本当はちゃんと自覚している。



 今の生活には無理があった。



 いつまでも誤魔化し続けられるわけではない。

 もしも、このままずっとサヤといるならば、サヤはずっと、自分を愛してくれない人間と一緒に生活し続けなければならなくなる。



 それは、残酷なことだ。




 オレの意地に付き合わすわけにもいかない。

 いつかは離れなければいけない。それはいつだろう。

 早いのか遅いのか分からない。



「マツモトさんも、今日はありがとうございました」

 一人で考えながら歩いていると、もう駅に着いてしまったようだ。



「チヒロちゃん、またいつでも遊びに来てね」

「はいっ! もちろん!」

 まだ酔いが醒めていないアカザキが、手を大きくブンブンと振っていた。サヤがその姿を見てクスクスと笑った。アカザキは改札の中に消えていった。




「じゃあ、帰ろっか」

「そうだな」

 手を繋いだ。秋の夜風のせいで、より一層温かく感じた。だから、自分の手がかじかんでいたのだと知った。何度も二人で歩いた帰り道。今日はそれがなんだか、宝物のように思えた。冷えたコンクリートの感触も、眩しいヘッドライトも、夜中でも咲いている花も、隣で風に撫でられているサヤの綺麗な髪も。



 全てが愛しいのに、こんなにも愛しいのに、ここには愛がなかった。




「ずっと一人で何か考えてたね」

 無音の世界で、サヤの声だけがオレの鼓膜を震わせた。

「なにを、考えていたの?」

「……オレたちの将来のこと」

「そっか……」

「……うん」

 絡めた指先が、冷たい。




 胸の奥が、なんだかとても痛い。痛いと鼓動が鳴る。

 愛することは、きっと、辛いことの方が多いのだろう。




「ありがと……う、ね。セイイチくん」

「ん? なにが……?」

「なんでもないよ。いつも思ってるから。伝えたくなった」




 家に帰って、後片付けをした。風呂に入って、着替えて、電気を消して布団に入った。

 そばにサヤの温もりを感じた。




「ありがとう……ね」

「なんでそんなことばっかり言うんだよ」

 まるで……、もう二度と会えなくなるみたいな、そんな言い方。



「好きだよ……。サヤ……。本当に愛してる。愛してる」

 何度も言葉で伝えた。でも、言葉は誰かの借り物だから。心までは伝えられないように出来ている。心と心を重ねないと、伝わらない。




「……そんなに苦しそうに抱きしめなくても……いいよ。分かってるから……」

「分かってないだろ……」

「ううん、分かってる。こんな私をたくさん愛してくれてありがとう……ね」

 キュッと喉がしまった。言葉が出せなかった。



「ちゃんと愛してもらえなくて、ごめんね……」




「そんな……、バカなこと言うなよ。オレが金に目が眩んだせいで……後悔しない日はなかった……。なんでオレ、あんなバカなことしちまったんだって」

「間違えることなんて誰にでもあるよ……。私も毎日間違えてばっかりだよ……。

 それに、たぶん、私は……きっともっと前から……だよ。

 嬉しかったよ。好きだって言われるたび、嬉しくて泣きそうだった。

 愛されていることが分かったから

 私も愛してるよ。大切だよ。それだけは、忘れないで」




「忘れない。忘れられるわけがない」

「……そっか。よかった。あのさ……セイイチくん」

「……ん?」

「……幸せに、なってね。私、幸せってなんなのか未だに分からないけど、ちゃんと幸せになってね。セイイチくんの幸せが……私の幸せなの……。ごめんね。幸せになることを、押しつけちゃって……ごめんなさい。でも、本当にそう思うの。



 たくさん……幸せをもらったから。ちゃんと返したいんだ。

 幸せになって……もらいたいの。

 それだけ……知っておいてほしいかった。

 寝る前にごめんね。おやすみなさい。

 また明日」


 


 *







 朝起きたら、サヤの姿はもうなかった。

 机の上に、一枚の手紙と朝ごはんが用意されていた。




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